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第529話

Auteur: シガちゃん
義久の素性について、智宏は以前からどこか引っかかるものを感じていた。啓太郎から裏付けを取っても、その違和感は消えず、むしろ確信に近い形で胸の奥に残り続けていた。

栄東市に来たばかりで、しかも妹ともまだ数えるほどしか顔を合わせていない男が、どうしてあそこまで自然に彼女に近づけたのか――

理由は一つしかない。

正体を見抜かれた祐一は、もう隠すつもりもないのか、静かに手を伸ばして仮面を外した。「やっぱり、あなたには隠し通せませんね」

「滝沢グループは、この一年ずっと混乱続きだったって聞いてますよ。それなのに社長本人が別人になりきって栄東市まで来てるなんて……正直、ずいぶん余裕があるなと思いました」

祐一は指先で外した仮面の縁をなぞりながら、ゆっくりと視線を上げた。その瞳の奥に渦巻いていた感情は、いつの間にか底の見えない闇へと沈んでいる。

「俺が内輪揉めを全部放り出し、こんな危ない橋を渡るまでここに来た理由……あなたが一番わかってるはずです」

そう言って仮面をテーブルの上に置くと、硬い金属音が静まり返った部屋にやけに大きく響いた。

「死んだことにしたのは、やむを得ない選択だった
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  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第805話

    「どうして私が、そんな話に乗ると思います?」倫也は口元にわずかな笑みを浮かべた。「西村さんが海外に『彼女』がいること、ご家族はまだ知らないんですよね?」その瞬間、愛莉の表情が変わった。鋭い視線が倫也を射抜く。「……私のことを調べたんですか?」「結婚を前提に紹介された相手ですから。たくさん知りたいのは当然でしょう」淡々と返され、愛莉はグラスを握る手に力を込めた。倫也はそんな彼女を気にする様子もなく、静かな口調で続ける。「あなたの私生活や恋愛事情に興味があるわけではありません。ただ、ご家族がその事実を受け入れられるかは別問題です。私と協力することは、今のあなたにとって一番現実的な選択だと思います。私はあなたの協力が必要。そしてあなたにとっても、私と組めば、少なくとも当面は家族から別の縁談を持ち込まれることはないはずです」反論する余地はなかった。その条件は、愛莉にとって決して悪いものではない。彼女の秘密は、家族にだけ隠していればいいものではない。父が重要な役職に就いたばかりの今、もし自分のことが公になれば、父の立場にも影響が及ぶ可能性がある。しばらく考えた末、愛莉は倫也との協力を受け入れた。……紬がレストランへ駆けつけた時には、2人はすでに食事を終え、店を出ようとしていた。その姿をいち早く見つけたのは倫也だった。彼は足を止めると、隣にいた愛莉を自分の前へ引き寄せる。突然のことに、愛莉は反射的に抵抗しようとした。しかし、倫也は彼女の肩を軽く押さえる。「動かないでください」「……何?」愛莉は一瞬戸惑った。だが、倫也が意味もなくそんなことをする人間ではないことは分かっている。まさか――誰かに見られている?「しばらくの間、私に合わせてください」「……分かりました」愛莉はそれ以上何も言わず、倫也の動きに合わせた。2人の距離は近い。けれど、そこに恋人同士の甘い空気など微塵もなかった。しかし――紬には、その光景がまったく違って見えた。彼女の目に映った倫也の表情は、いつもの冷静なものとは違っていた。あの女性を見る目が、自分に向けられた時よりもずっと柔らかく見えた。胸の奥が、鋭く痛む。紬は無意識に、身体の横で手を強く握り締めた。……そんなはずはない。きっと、何か理由がある。倫也があの

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第804話

    倫也は彼女を見て、口を開く。「お久しぶりです、西村さん。急なお願いですみませんが、今夜一緒に食事でもいかがですか?」西村愛莉(にしむら あいり)は一瞬、意外そうに目を瞬かせた。まさか倫也のほうから誘われるとは思っていなかったのだろう。しかし、すぐに穏やかな笑みを浮かべると、快く頷いた。「ぜひ」2人が出て行った直後――入れ替わるように、紬が倫也の執務室へやって来た。退院したばかりの彼女は、緊張と期待を胸に抱えながら、執務室の前を何度も行き来していた。どんな顔で入ればいいのか。最初になんと声をかければいいのか。あれこれと悩んでいる時、突然ドアが開いた。中から出てきたのは涼太だった。涼太は栄東市で倫也の助手を務めていたが、倫也が江川市の研究所へ移るのに伴い、彼も一緒に移ってきていた。「つ、紬さん……!退院されたんですか?」「うん、そうなの」紬は笑って答えながら、何気なく室内へ視線を向けた。しかし、そこに倫也の姿はない。「……白石さんは?」涼太は一瞬言葉に詰まった。「えっと……」「どうしたの?」紬は涼太の態度が気になった。「白石先生は……さっき、女性の方と食事に行かれました」その言葉を聞いた瞬間、紬の長い睫毛がわずかに揺れた。胸に驚きが広がる。そして、その目には隠しきれない寂しさが滲んだ。「女性……?どんな人だった?若い人?綺麗だった?」涼太は答えに迷った。本当のことを言えば、きっと紬を傷つける。けれど、嘘をつくこともできなかった。「僕も詳しくは……ただ、聞いた話では……白石先生のお見合い相手だそうです」お見合い相手……紬はその言葉を胸の中で繰り返した。心がじわりと痛む。それでも、すぐに笑顔を作った。「そうなんだ……それで、2人はどこに行ったのか、分かる?」……レストランで、倫也と愛莉が食事をしながら、店内に流れるクラシック音楽に耳を傾けていた。演奏されているのは、誰もが一度は耳にしたことのある名曲だった。「白石さんは、クラシックがお好きなんですね」愛莉はグラスを手にしながら、向かいに座る倫也を見た。「私の周りでクラシックを聴く人って、年配の方ばかりですけど……白石さんは、私とそんなに年齢が離れているわけではないのに、落ち着いた趣味をお持ちですね」どこか探るような笑みを浮かべなが

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第803話

    心愛はその言葉を聞くと、俯きながら小さく笑った。これまでにも、異性からアクセサリーを贈られたことは何度もある。けれど、どれもどこか似ていた。「どれくらいのものを贈れば喜ぶのか」――相手はそんなことを考えながら、彼女の機嫌を取るための「正解」を探しているようだった。高すぎれば惜しくなる。かといって安すぎれば、彼女に相応しくないと思われるのが怖い。そうして選ばれるのは、結局その時々で流行っている無難な品ばかりだった。彼女のことを本気で考え、時間をかけて選んでくれる人はひとりもいなかった。だからこそ――智宏が渡してくれたこの贈り物が、同じアクセサリーであっても、込められた想いがまったく違うと、心愛にはすぐに分かった。心愛は小さく唇を噛んだ。「今、中道さんに渡せるようなもの……何も用意してなくて」そう言いかけた瞬間だった。智宏が何か言葉を返すより先に、心愛はそっと身を寄せ、彼の頬に口づけを落とした。一瞬、智宏の動きが止まる。普段、どんな時でも冷静で感情を表に出さない瞳に、初めて大きな揺らぎが浮かんだ。驚きと、隠しきれない喜び。長い間抑えていた感情が、静かに表情の奥から滲み出ていた。やがて智宏は小さく息を吐き、いつもの落ち着きを取り戻すように尋ねる。「……今のが、僕への贈り物ですか?」心愛は恥ずかしそうに視線を伏せた。長い睫毛がわずかに揺れる。「えっと……その……贈り物の代わり、ということで……」本当は、後でちゃんと選びたいと思っていた。彼に似合うものを、自分の気持ちを込めて贈りたい。そんな想いは胸の奥にしまったまま。智宏はすぐには答えなかった。ただ、彼女の手をそっと引き寄せ、もう片方の手で後頭部に触れる。真っ直ぐ向けられた視線に、心愛の鼓動が急に速くなった。まるで、周囲の時間だけが止まったようだった。「……じゃあ、僕からお願いしてもいいですか?」低く穏やかな声が耳元に届く。その瞬間、心愛の耳まで一気に赤く染まった。けれど――彼女は逃げなかった。智宏はそんな彼女を見つめ、ゆっくりと額へ口づける。それは、何かを確かめるような、そして大切なものに印を残すような優しいキスだった。心愛はそっと目を閉じる。胸の奥は、どうしようもないほど大きく揺れていた。――けれど。彼がくれたものは、

  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第802話

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  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第801話

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  • 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る   第800話

    紬は身体を強張らせ、しばらくの間動かなかった。その言葉のおかげで、少しだけ冷静になれた。本当は酔っていたわけではない。ただ、倫也に会いに行くための口実が欲しくて、わざと無茶をしていただけだった。けれど、誰も彼女の気持ちを分かってくれない。「……谷川くんには分からないよ」紬はゆっくりと口を開くと、そのまま涼太の隣まで歩いていき、彼の手からバッグとスマホを受け取った。「ここ数日、付き合ってくれてありがとう」「紬さん……」「私、酔ってないから。一人で帰れる」そう言ってバッグからウェットティッシュを取り出し、落ちた口紅と顔に残ったメイクを拭き取る。そして一人で道路脇まで歩き、タクシーを止めた。涼太は、彼女が車に乗り込んで去っていく姿を黙って見送った。力なく垂れていた手は、いつの間にか強く握りしめられている。その表情には、隠しきれない心配の色が浮かんでいた。……家に戻ったのは何時なのか、紬には分からなかった。ただ、洗面所で一度吐いたことだけは覚えている。鏡に映った、崩れた化粧と夜更かしで疲れ切った顔。それを見た瞬間、倫也に言われた言葉が次々と蘇ってきた。「今のあなたにとって、恋愛以外に向き合いたいことはないんですか?」「もっと自分自身を大切にしてほしい」「何度聞かれても、私の答えは変わりません。ごめんなさい」自分が江川市へ来てから、もう長い時間が経った。倫也には何度も拒絶されてきた。毎晩のように酒を飲み、酔ったふりをして、わざと騒いでみせても――彼は一度も心配してくれなかった。まさに涼太が言った通りだった。彼は、自分のことなど気にしていないのだ。「……っ」紬の心は限界だった。声を上げて泣きたいほど苦しくなりながら、最後にもう一度だけ、頑張ってみようと思った。これが本当に最後。これで駄目なら……胸元を押さえながら、涙が止まらなくなる。その時だった。突然、胸が締め付けられるように苦しくなり、息がうまく吸えなくなる。頭もぼんやりとし始めた。紬は反射的に洗面台へ手をついた。胸の圧迫感はどんどん強くなり、まるで呼吸ができなくなるようだった。「……え、嘘……私、まさか……」過労で倒れるとか、そういうやつ?そんな不安が一瞬で頭をよぎる。「嫌……死にたくない……!」

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