LOGINなんというタイミングだろうか。
顔を合わせるのがつらい。
きっと私の顔なんて見たくないだろうにわざわざ声をかけてくれるんだね。
「え? お酒飲んでます?」
「ちょっとね」
顔を合わせないことで拒絶の意志を伝えたつもりだけど桑島君は気にせず私の横に座った。
「何かあったんですか?」
「特になにもないよ」
「ない訳ないですよね?」
私の顔を掴んで無理やり顔を向けさせられる。
涙でメイクがボロボロの顔を見られて限界が来てしまった。
目から涙があふれ出てくるのが止められない。
「部下がね、異動したいって」
「……」
「上司失格だって。 パワハラだって」
「先輩、店出ましょう」
「どうして?」
「どうしてもです」
腕を掴まれてレジに連れていかれる。
桑島君はそのまま手早く精算まで済ませて外に出た。
私のお勘定を桑島君に払わせてしまった……。
後でお金渡さないと。
「よさそうな場所がないので僕の家に案内しますね」
有無を言わせぬ態度で私を引っ張っていく。
酔いが回ってるから頭が回らないけど、どうして私は桑島君に連れられているんだろう。
桑島君の家に連れていかれてソファに座らされる。
「水です、飲んでください」
「ありがとう」
持ってきてもらった水を飲む。
外の冷たい空気に当たったのと水を飲んだことでようやく少し落ち着いた。
「落ち着きましたか?」
「うん、ありがとう」
「まだ倒れそうになってるじゃないですか」
「思ったより酔いが回るのが早かったね」
「普段お酒飲まない人が飲むからですよ、危ない所だったなぁ」
桑島君は昔と変わらない対応だった。
涙を流したせいか気持ちは少し楽になったし、どうせ最後になるだろうから直接聞こう。
「桑島君は私が嫌で購買に行ったの?」
「そんな訳ないです、向こうからの要望です」
少し怒りながらきっぱりと言い切る。
よかった、少なくても桑島君は違ったんだ。
でも私のパワハラについては部下だった桑島君が一番詳しいはず。
「ちょうどいいので私の悪い所を教えてほしいの」
「先輩に悪い所なんてないですよ」
「本音での意見が欲しいの」
「……なら一般論として言わせて頂きますね」
桑島君は少し悩んだ後にそう前置きして話し出した。
「先輩、必ずこちらの考えを聞きますよね?」
「そうだね」
これは必ずやっている。
相手の考えが分からないのに何も言えることはないから。
「それで考えの間違いを指摘する」
「うん」
「それなら正解を先に言えよと思う人が多いです」
「でもそれじゃ」
自分の考えのどこが間違っているのか理解できない。
正解を聞くだけで自分の間違いを全て理解できるなら学校の勉強なんて100点取れるだろう。
それに自分の考えの間違いを自分で探すのは非常に大変だ。
理解している人がいるなら教えてもらう方が早いに決まっている。
そう思ったのが明らかに顔に出ていたのだろう。
桑島君が話を続ける。
「わかります、考えの間違いを理解できないということですよね」
「うん」
「でもそもそも先輩の理解が間違っているんです」
「え?」
「彼らは先輩の頭の中の答えを予想する問いかけだと思ってます」
「そんな問いかけに何の意味が」
答えの良しあしならともかく答え自体は私が一番よく知っている。
わざわざ他の人から教えてもらう理由はない。
「先輩が怒るための材料探しですね」
「怒る材料探し……?」
「つまり八つ当たりされてるという認識です」
なんてこと……。
もしそう思われているなら私の質問は何の意味もない。
みんな自分の考えではなく正解っぽい何かを答えているだけ。
「そう思われる理由は他にもあります」
「他にも……」
「こちらが強く言うと引き下がりますよね」
「そうだね、嫌だと思っているならやめなきゃって思うから」
嫌だと思うには理由がある。
必ずやらせないといけないことならともかく、ある程度選択の余地があるならその理由を尊重したい。
「弱いものにだけ強いと思われます」
「そんな……」
「まとめると弱いものに八つ当たりしているということですね」
弱いものに八つ当たり、そんな風に思われていたんだ。
それなら私は最低の人間だ。
「僕が思うに先輩は愛が重すぎるんですよ」
「愛……?」
「出来るようにしてあげたいって思ったんでしょ?」
「そう……」
「でも彼らは出来るようになりたいなんて思ってないんですよ」
「え、でも出来るようになりたいって言ってたよ?」
本人がそう言っていた。 これは間違いない。
でもそれを見て少し残念そうな表情になる。
「それは夢を語っているだけで努力する気なんてないんですよ」
「夢があるなら努力するものだよ?」
「そこが理解が間違っている点です」
首を大きく振って否定する。
めったに見かけないオーバーリアクションな仕草だった。
「努力なんてしたくない、でも夢は叶えたいということです」
「え?」
「例えるなら『なにもせずお金持ちになりたい』です」
意味が分からない。
努力せずに夢がかなう可能性はほぼ0だ。
そんなものに期待するの?
「でもそれじゃ夢がかなわない時どうするの?」
「その時は人のせいにすればいいんです」
「その時は人のせいにすればいいんです」「人の!?」 何言ってるの!? 自分が出来なかったのに人のせいにするなんてありえない。「ありえないって顔してますね」「実際ありえないよ、だって自分の夢だよ!?」「思い出してください、彼らの仕事が失敗した時誰が責任取ってますか?」 ……私だ。 教育が悪いんだから私が責任を取らないと、って……。「成功したら自分のおかげ、失敗したら他人のせい、理解できますか?」 そんな、そんなことって。「先輩がしないといけなかったのは相手の考えの本質を知ることです」「あ……」「上辺の考えを知って理解した気になっていたのが失敗点です」 その言葉を聞いて親の言葉を思い出した。 親も私のためだと言っていた。 それは私を理解した気でいたからそう言っていたのかもしれない。 私も親がやっていたことと同じことをやっていたんだ……。「ごめんね……、桑島君も嫌だったね」「一般論を言っただけで僕個人の考えは違います」 ちょっと不愉快そうな顔をして答える。「たしかに先輩は厳しかったです、それは認めます」「やっぱり……」「でも購買に行って、教えてもらったことは役に立っていると実感しました」「え?」 そういうと桑島君は購買に行ってからのことを話し始めた。 みんな優しかったこと。 分からないと言えば一からじっくり教えてくれること。 失敗しても責められず誰かがフォローしてくれること。 考えを否定されないこと。「素晴らしい職場だね」 私はどれも出来ていなかった。 優しくないしすぐに答えを教えず考えさせる。 失敗したら原因追及するし成果は必ず自分で出させていた。 相手の考えも否定して自分の考えを押し付けた。 なんてひどい上司だったんだろう。 そんな私の教育が役に立ったなんてとても思えない。「そう思いますか? なら先輩に一つ質問をしましょう」 桑島君が険しい表情で口を開く。「どこで自分の考えの間違いを矯正するのでしょうか?」 え? そんなの指摘されれば……。 あ、考えを否定されないなら自分の考えの間違いに気づけないの? でも気づく方法は他にもあるよね。「成果を出せないからそこで気づくんじゃないかな」「周りがフォローしてるから成果は出せなくても困りません」「一から教えてもらう時に気づくと思
なんというタイミングだろうか。 顔を合わせるのがつらい。 きっと私の顔なんて見たくないだろうにわざわざ声をかけてくれるんだね。「え? お酒飲んでます?」「ちょっとね」 顔を合わせないことで拒絶の意志を伝えたつもりだけど桑島君は気にせず私の横に座った。「何かあったんですか?」「特になにもないよ」「ない訳ないですよね?」 私の顔を掴んで無理やり顔を向けさせられる。 涙でメイクがボロボロの顔を見られて限界が来てしまった。 目から涙があふれ出てくるのが止められない。「部下がね、異動したいって」「……」「上司失格だって。 パワハラだって」「先輩、店出ましょう」「どうして?」「どうしてもです」 腕を掴まれてレジに連れていかれる。 桑島君はそのまま手早く精算まで済ませて外に出た。 私のお勘定を桑島君に払わせてしまった……。 後でお金渡さないと。「よさそうな場所がないので僕の家に案内しますね」 有無を言わせぬ態度で私を引っ張っていく。 酔いが回ってるから頭が回らないけど、どうして私は桑島君に連れられているんだろう。 桑島君の家に連れていかれてソファに座らされる。「水です、飲んでください」「ありがとう」 持ってきてもらった水を飲む。 外の冷たい空気に当たったのと水を飲んだことでようやく少し落ち着いた。「落ち着きましたか?」「うん、ありがとう」「まだ倒れそうになってるじゃないですか」「思ったより酔いが回るのが早かったね」「普段お酒飲まない人が飲むからですよ、危ない所だったなぁ」 桑島君は昔と変わらない対応だった。 涙を流したせいか気持ちは少し楽になったし、どうせ最後になるだろうから直接聞こう。「桑島君は私が嫌で購買に行ったの?」「そんな訳ないです、向こうからの要望です」 少し怒りながらきっぱりと言い切る。 よかった、少なくても桑島君は違ったんだ。 でも私のパワハラについては部下だった桑島君が一番詳しいはず。「ちょうどいいので私の悪い所を教えてほしいの」「先輩に悪い所なんてないですよ」「本音での意見が欲しいの」「……なら一般論として言わせて頂きますね」 桑島君は少し悩んだ後にそう前置きして話し出した。「先輩、必ずこちらの考えを聞きますよね?」「そうだね」 これは必ずやっている。 相手
数か月後のとある日、課長から呼び出された。「突然で申し訳ないんだが、桑島君が購買に行くことになった」「え?」「英語を話せる人が不足していてどうしても欲しいそうだ」「そうですか……」 いろいろ仕事を覚えてきてこれからって感じだったのに。 でもスキルが活かせるならその方がいい。 早速桑島君のところに行くと既に机を片付け始めていた。「聞きましたか」「うん、すぐなの?」「らしいですね」「そうなんだね……」「いろいろお世話になりました」「まだ早いよ」 桑島君は引き継ぎの終わった数日後に異動していった。 また一人になってしまった。 仲良く出来ていたと思ったのに残念。・・・ 2年後 桑島君は購買でトップクラスに活躍しているらしい。 私の下ではきっとそこまで活躍させてあげられなかった。 適材適所ということだろう。 そして私の所にもようやく新人が配属された。 名前は坂本君と言う。 ただどうにも上手く教育できていない。 自分で考えさせようとしてるんだけどまったく自分の考えを言ってくれない。 それは行動も同じで何を考えてその行動をしたのか教えてくれない。 少しでも出来ることをやってもらおうと仕事を厳選して理解しやすい仕事を割り振っていく。 説明を理解したかは都度確認するようにして一歩ずつでも前に進むようにする。 出来るだけのことはやってきたつもりだった。 しかし、ある日のことだった。 坂本くんがA社に発注を出すといって見積もりを持ってきた。 これはB社と同時に見積もりを取っていてB社の方が少し値段が安かったものだ。 あえてA社を選んだ理由が気になったので質問した。「ここはどうしてA社を選んだの?」「A社のほうが良さそうだったので……」「どうしてそう思うの?」「A社の方が納期が早いので……」「B社の方が料金安いよね?」「まあそうですけど……」「納期急いでる仕事なの?」「分かりました。B社にします」「え? 何が分かったの?」「料金安い方がいいってことですよね、分かりました」「……分かったならいいけど」 納期が重要じゃない仕事で料金より納期を優先する意味はない。 A社の方がアフターサービスがいいとかの理由があるなら教えてもらおうと思ったのだけど。 この時はそれぐらいの印象だった。 しばらく時間が
数カ月後 桑島君は大分仕事を覚えてくれた。 きちんと自分の考えを説明できるし私が思いつかない発想があったりして面白い。 わからないことをちゃんと質問できるのも良いことだ。「先輩、これ発注お願いします」「……どうしてこの納期なの?」「え、発注先が提示してきたのがこの納期だったので」「この納期で間に合うのか他部署に確認は?」「すみません、してませんでした」「ならすぐする」「はい」 だいぶ考えられるようになったけどたまに抜けている。 どういう所で抜けやすいか纏めて注意するポイントとして教えてあげよう。 ポイントをまとめるついでにちょっと休憩もしようかな。 そう思い休憩室に行くとちょうど同期がお茶を飲んでいた。「頑張ってるね」「うん、いろいろ努力してるのが伝わってくるよ」「奈美もね」「私はそこまで……」 私は褒められるほどのことはしていない。 頑張っているのは桑島君だ。 言われたことを理解して自分なりに行動している。「ただちょっと指導が厳しいって声も聞こえるよ」「そこまで厳しいつもりはないんだけど」「まあ、奈美は上司が厳しかったからね」 言い方は注意しているつもりだけどもっとポイントを絞って要点だけを指摘しないといけない。 相手の感情否定とか人格批判にならないようにしないと。「まあ、コミュニケーションは取ったほうが良いよ」「ありがとう、頑張ってみる」 コミュニケーションか。 といっても仕事中に雑談する訳にもいかないしどうしても定時後になるよね。 となるとご飯を食べにいくぐらいかな? でも上司とご飯って楽しいんだろうか……。 休憩所から戻ると桑島君が一生懸命働いている。 よく頑張ってるよね。 下手に話しかけて邪魔しちゃいけないけどこれもコミュニケーションの一環かな。「どうかな?」「あ、先輩、順調ですよ」「それはよかった」「何かありました?」 私の態度を見て何か言いたそうなのを察したみたいだ。 ここまで来たら勇気を出すしかない。「本当に気が向いたらで良いんだけど定時後一緒にご飯行く?」「いいんですか?」「無理しなくていいからね」「今日で考えておけばいいですか?」「え、あ、うん」「楽しみにしています」 よかった、思いのほか食いつきがよかった。 上司とのご飯なんて気を使うだろうし少し
しばらくして代わりの新人が配属された。「桑島と申します、よろしくお願いいたします」 教育担当は私になった。 責任重大な仕事だ。 井原君のようなことが起きないように頑張らないと。 まずは簡単な仕事から教える。 手書きのアンケート用紙の内容をexcelに入力する作業だ。 作業自体は単純だけどいくつか注意しないといけないポイントがある。「アンケート用紙の内容をexcelファイルに入力してほしいの」「先輩、これはそのまま入力すればいいんですか?」 答えを教えるのは簡単。 でも自分で考える癖をつけた方がいい。「うーん、どうやるのが正解だと思う?」「こんな感じでやってみたらどうですか?」 手書きのアンケート用紙をスキャナーを使ってPCに取り込み文字を自動で読み取らせて(OCR機能)コピペしている。 おお、すごいな、この子。 でも今回は失敗かな。「どうしてこれが正解だと思ったの?」「手順が一番楽で早いですから」 なるほど、たしかに手作業で入れるより段違いに早い。 ただこの方法には問題があるんだよね。「今回は手作業で入れる方がいいかな」「なるほど……それはどうしてです?」「読み取り間違いが困るから」 OCR機能の問題、それは読み取り間違いが多いこと。 特に手書きの文章は読み取りづらい。 人間の目で見ても判別がつかないような文字がたくさんあるから。「先に自動で入れて後で見直したらどうでしょう?」 良い意見。 ちゃんと話を理解して対応策を考えてる。 ただちょっと知識が不足しているかな。「校正するってことだね、その校正ってかなり難易度高くなるの」 みんな軽く考えているけど校正という仕事はかなり大変だ。 人間は最初と最後の文字があっていれば自動補完してしまう。 有名なのはこの文章だ。 [こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です] 普通に読めてしまう。 これぐらい入れ替わっていれば気づくけど、一字入れ替わってるぐらいなら気づかずに読んでしまうものだ。 校正はこういうのに全て気づかないといけない。 専門技能職であるのは伊達ではないということだ。 しかもOCR機能の場合、さらに2つ問題がある。 一つ目は入力時の違和感が存在しないこと。 例えばさっきの文章のように明らかに間違っている文言を
小さいころ勉強をしていると決まって両親に怒られた。「女の子が賢くなっても何の得もない」「勉強する暇があったら可愛くなる努力をしろ」 二言目にはそれだった。 なぜ賢くなってはいけないのかと聞いても、まともな答えは返ってこない。 お前は考えなくていい、ただ言われたことだけしていろ。 私の考えは聞いてすらもらえなかった。 大学に行きたいと言った時はとくにひどかった。「女の子は結婚して家庭に入るから大学は意味がない」「お金の無駄」 特待生を狙える成績だったのに願書すら出させてもらえなかった。 必死に大学に行くメリットを説明したけど、理解する気すらないようでとにかく就職しろの一辺倒。 結局、高卒で就職したのが今の会社だ。 最初の上司は厳しい人だった。 ミスしていればさんざんに怒鳴るし理屈のおかしいことを言うとずっと追及される。 よく他の子から「最悪な人が上司になったね」と同情された。 でも私としてはそこまで悪い環境じゃなかった。 たしかに説明の矛盾点を追及されるのは大変だったし怒鳴られるのは嫌だった。 けど私の話を聞いて理解しようとしてくれた。 考えの間違いを指摘して、出来るようになるまで指導してくれた。 親のように「何も出来なくていい」と言って放り出すようなことはなかった。 怒鳴られることがなくなったころに上司が異動になった。 周りからは心配されたけどもう十分一人でやっていける。 それぐらい私はいろいろなことが出来るようになった。・・・ 数年後、同じ部署に新入社員が配属された。 井原君と言う男の子だった。 同じ部署の工藤さん(女性)が上司になるので立場的には同僚となる。 傍目で見る限り仲良く仕事をしているようで怒られている所を見たことがないぐらいだった。 そして井原君が入社して一年経った頃のことだ。「これ発注したいんですけど」「あの、発注書は?」「え?」 井原君が発注したいと言う部材は、発注書を書いて私経由で上長に提出するものだった。 発注書が必要なことも書き方も全て入社一か月以内に教わるものなので、なぜ発注書を持ってこずに頼みに来たのか不思議だった。「発注書が必要なので持ってきてもらえますか?」「あ、そうなんですか」 返事はするけど動かない。 持ってくるのを忘れたのかと思ったけどもしかして書く







