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第3話

Author: 甘寧
last update Last Updated: 2025-09-15 16:00:00

柚は高校時代に撮った奏との写真を捨てられずに持っている。その写真を結花に見られてしまったことがあった。

子供ながらに写真に写っているのが父だと直感したのだろう。何度も「パパは何処にいるの?」と聞かれた。その度に「パパはね、結花の生まれる前に亡くなってしまったの」と伝えてきた。

それが、今回奏と出会ってしまったことで、写真の人物と同一人物だと気付かれてしまった。

柚は焦る素振りを見せず、極めて冷静に結花と向き合った。

「あのね、結花のパパはもうこの世にはいないのよ。残念だけど、あの先生は結花のパパじゃない」

しっかりと目を見つめながら言い聞かせるように伝えると、結花は黙って頷いた。

悲しい顔で俯く娘の姿を見る度に心が痛む。素直に聞き入れてくれるから尚更だ……

だが、今はそんな事を言っている場合では無い。これから急ぎの会議があるので、会社へと急がなければならない。結花を送って行く時間もなく、このまま会社へ連れて行くしかなかった。

「あっ!」

会社のロビーで結花が声を上げたかと思えば、顔を輝かせて走り出した。その視線の先には、柚の上司である神谷煌がいた。

煌は飛びつく結花を受け止めると、嬉しそうに抱き上げた。

「お転婆娘!重くなったな!」

「もう6歳だもん!」

傍から見れば仲の良い親子のような光景に、周りの目も暖かい。

上司である煌は柚の命の恩人でもある。

7年前、煌は仕事の都合で訪れていた国で、道端に倒れている柚を見つけ病院へと運んだ。すぐに処置をされ大事には至らなかったが、身寄りのない身に加え妊娠中だと聞き、放っておけなかった。

煌は行く所のなかった柚を自分の家へと連れてきた。最初は遠慮して拒まれたが、半ば無理やりに連れ帰ってきた。

「ここの方が少しは休めるだろう」

「ありがとうございます」

そこで改めて自己紹介を交わした。そこで、お互いに日本人である事が分かり意気投合して、故郷の話に華が咲いた。緊張が解れたのか、自然と笑顔になる柚を見て煌も笑みがこぼれた。

「良ければ落ち着くまで俺の所に来ないか?」

「え?」

「あぁ!変な意味じゃないぞ!身重の体では何かと大変だろう?それに妹が君と同い年だから、いい話相手にもなってくれると思う。嫌になったらすぐに出て行ってくれて構わないから」

捲し立てるように説明してくれた。

明らかに訳ありの女だと言うのに、この人は何も聞かずに受け入れてくれると言ってくれた。それだけで充分誠実さは分かった。

そんな煌の好意を断ることも出来ず、煌にしばらくの間お世話になっていた。

煌の妹である神谷桜とは、同年代という事もあってすぐに打ち解けた。毎日のように連絡を取り、他愛のない話で盛り上がった。その時間が楽しくて、学生に戻った様にも感じた。

当時、煌の仕事が忙しく、家に仕事を持ち帰ってくる事も多かった。その度に頭を抱える煌を見ていたので、少しでも力になれればと助力してみた所、目を見開いて驚かれた。

「驚いた……君は聡明な人だな」

そこまで驚かれるとは予想外だったが、力になれた事が嬉しかった。その後、煌に能力を買われて仕事を斡旋してもらえた。

現在は、仕事の都合で同じ時期に帰国している。上司と部下として…そして、家族のような存在として側にいてくれる。

「俺がこの子の父親になるよ」

父親のいない結花を心配して、自分が父親になると言ってくれたが、それは煌の未来を奪うことになってしまうからと断った。

これ以上、この人達に迷惑はかけられない。感謝してもしきれないほどの恩がある。

(いつか返せたらいいな)

***

奏は、朝倉遥乃が亡くなったと言う報せにしばらく呆然としながら、7年前のことを思い出していた。

彼女と付き合っていた二年間は、奏にとっても穏やかで幸せな時間だった。彼女のぽっちゃりとした容姿させえも可愛らしいと思っていたが、みんなの前では言えなかった。

遥乃の誕生日、初めて身体を重ねた。心も身体も満たされ、最高に幸せだった。当然、彼女も同じ気持ちだと思っていた。

それなのに、彼女は卒業パーティーに来なかった。

最後まで待っていたが現れず……会場を出る時、扉の前に綺麗に包装された箱を見つけた。

「なんだ?」

そこには、彼女からの卒業を祝うメッセージと、自分の為にと贈られた万年筆が入っていた。

彼は慌てて探したが、目の前には誰もいなかった。それ以来——奏はずっと遥乃を探し続けていた。

周囲の人々は「もう諦めたほうがいい」と言ったが、彼は頑なに拒んだ。今も独身で誰とも交際していない。

この数年、彼はすべての近づく温情を拒み、周囲の思いやりも拒絶し、一度の本当の恋愛も始めなかった。孤独だけが彼の伴侶となり、夜の静寂の中で、思い出が針のように心を刺し、息が詰まるほどの痛みを与えた。

無数の人混みの中で、彼は彼女に似た背中を何度も見かけた。

そのたびに胸の中に希望の火が灯るが、毎回、絶望で終わった。どれほど馴染みのある輪郭でも、結局は彼女ではなかった。

しかし先ほど、偶然にその母親の背中を目にした瞬間、強烈な既視感が潮のように押し寄せ、彼は思わず足を止めた。心の中で思った——たぶん、ただ自分の思いが過ぎたせいだろう、と。

奏はそれ以降、遥乃を探した。周りからは「いい加減諦めろ」と言われたが、頑なに拒否しつづけた。その結果、未だに独身を貫いて彼女すらいない。

「そう言えば、さっきの母親……何処かで見たような」

診察室から出る柚の背中に懐かしさを感じた。気のせいかもしれないが、何故だろうか……脳裏に焼き付いて離れない。

「次の診察は……一ヶ月後か」

次に会えば、この違和感の原因が分かるだろうか。そう思いつつ、仕事へと戻った。

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