LOGIN月日が流れるのは速い。まばたきしてる間に数メートル先に進んでるみたいだ。それを意識させるのは環境の変化。けど自分の成長を感じさせるには少しばかり物足りない。「お疲れ様でしたー!」今ではすっかり慣れた、居酒屋のバイト。制服に着替えた夕都がキッチンに向かって叫ぶと、副店長の女性が手を振って微笑んだ。「お疲れ、梁瀬くん。気をつけてね」「ありがとうございます! お先に失礼します!」春は新入社員の歓迎会があるため、団体客が多く忙しかい。ひとまず賑やかな店を出て、一息ついた。何だかんだでもう一年も働いている。飽きっぽい自分にしては頑張ったと思う。一年はあっという間だ。夕都も高校三年生となり、身の回りの環境も少しずつ色を変えていた。大好きな恋人とも、もう一年近く付き合ったことになる。会いたいな。早く帰ろ。そう思って歩き出すと、スマホの通知音が聞こえた。宣伝広告を含めた五、六件のメッセージ。何となく確認しようと思っただけなのだが、一件の名前を見て手が止まった。開いてみると、たった一行。今どこにいる? ……というもの。「……」嫌な予感がする。久しぶりに重たい何かが肩にのし掛かった。これ以上外にいるのは危険と判断し、早足で駅の方へ向かう。しかしその瞬間、誰かに肩を掴まれ引き止められた。「ひっ!」恐怖がマックスだったせいか、本当に情けない声を上げてしまった。案の定、現れた人物は腑に落ちない表情を浮かべる。「なんだ。やっぱり夕都じゃないか」そこに立っていたのは黒いロングコートを着た、長身の青年。「兄貴……!」自分にとって唯一の家族、梁瀬秀一。彼のことは、それは嫌というほど知っている。「な、なんだはこっちの台詞だよ。何でここにいんの?」「お前なぁ。一年近くも家出してその言い草はないだろ。メッセージも返さないし……心配して会いに来たっていうのに」彼は呆れながらため息をつく。が、それにはつい言い返してしまった。「……家出はどっちだよ……」反発したものの、視線を逸らした。久しぶりに会えて嬉しいのは確かなんだけど。久しぶり過ぎて反応に困る、というのも本音。恐恐見上げると、彼も気まずそうにに頬を掻いた。「……そうだな。俺も家を空けてばっかだったから……ひとりにして悪かった。だから今日は久しぶりに、二人で過ごそうと思って帰って来たんだ」
「そう考えたら悪いことばかりじゃない。本当に……」壁に背を預けて、夕都は顔に貼ったシップをなぞるように指で触れた。「俊紀さん。俺に思ってること、またちょっと変わった?」「?」「尚太から全部聞いたんだろ。今回のことは、俺があいつを巻き込んだんだ。でも俺、俊紀さんにはずっと話せなくて」それは夕都が俊紀に交際を迫る前からで、近々の話ではなかった。それでも確実に、自らの傷を庇うように隠していた。自分が可愛いから、と捉えられても仕方ないほどに。そしてそんな汚い心理を彼に知られてしまうことを、夕都は一番恐れていた。「……見損なったよな」絞り出した声は弱々しく、相手に届いたかも分からない。しかし言葉より先に、その答えは夕都に返ってきた。「……っ!」全身を包む温もりと、唇に当たった感触。あ。忘れていた。この人はいつも───俺が不安になってる時、こうしてくれたんだっけ。俊紀は優しく夕都の額にも口付けを残し、微笑んだ。「仮に見損なっても、見限る理由にはならなかったな。そんなことで嫌いになるほど、軽い気持ちで好きになったりしてない」夕都の身体を更に引き寄せて、俊紀は甘く囁いた。「お前がいなくなることの方がずっと、俺は怖かった。むしろ俺の方が、お前に捨てられんじゃないかって思うこともあった。未だにお互い知らないことばかりだし」「捨てるって、俺が? そんなわけ……」夕都は驚いて俊紀の顔を見返す。しかしその表情は苦しげに歪んでいた為、口を噤んだ。「目を離したらすぐに居なくなりそうだからさ、お前。でも好きだよ。どんなに離れても、どんなに経っても……お前が好きだ」「俊紀さん……」もう泣かないって決めたのに。気付いた時には、涙が溢れていた。「夕都。泣いてるのか?」「うん。何でかな……って、俊紀さんも若干きてない?」「だな。……また会えて嬉しいから……かもな」夕都はただ、今の幸せを表現する術が見付からずに。俊紀もまた、そんな彼を大事に抱いて瞼を擦った。静かな朝だ。静寂を破らぬよう、時針だけ進んでいる。「何か飲むか?」俊紀は椅子に腰かけて、ベッドで横たわっている夕都に問いかけた。「うん」もう太陽は完全に昇っていたが、カーテンを閉めきっている為活力が湧かない。それに何より、もう丸二日起きている。体力なんてとっくに尽きている。けど頭が冴
「寒い……!!」指先は悴んで完全に感覚がない。俊紀達の動向を知る由もなく、圭司は弱々しく白い息を吐いた。「あいつら、戻ってくる気配ないな。これはマジで朝まで放置パターンじゃないか」なんて彼のぼやきを聞いた夕都は悲観的になりそうなのをグッとこらえた。これ以上ネガティブにはなりたくない。寒さと空腹だけでもうこりごりだった。 「まぁ、今度こそ何されるか分かったもんじゃないし。それぐらいなら戻って来ない方がいいっていうか」「いやでも戻って来なかったら餓死する」餓死も嫌だが、リンチにあうなら同じだろう。永遠に帰れない。結局八方塞がりだ。でもずっとこのままなんて……。一体前世で俺はどんな悪行をしたんだ、と圭司は考えていた。こんな事なら常日頃から遺書を用意しとけば良かった、なんて想いまで頭によぎる。しかし二十分後、その考えは断ち切れた。「兄貴! やっぱりここだったんだ……!」部屋に反響する透き通った声。この聞き慣れた声は────、「尚太!」小走りで駆け寄ってきた少年は幻ではなく、本物の弟だった。「お前、よくここが分かったな」「まぁね。……色々ごめん。さっ、早く出よう」尚太は圭司の手を縛るロープをほどきにかかる。「梁瀬を捜してたんだろ。何で俺も一緒にいるのか聞かないのか?」「……聞かないよ。兄貴が先輩に絡む理由なんて、どうせ俺の為だろうし」尚太の物言いにムッとして言い返そうとしたが、その前にロープは解けた。「でも、先輩は良い人なんだよ。兄貴と同じで口は悪いけど、俺のことを助けてくれた……だから俺は今ピンピンしたられるんだ」尚太は、圭司の袖を震えるほど強く握った。「わかってる。やっとわかったよ。……遅すぎだけど」二人は可笑しそうに笑い、手を取り合った。「本当にごめん。俺、これからはちゃんと学校行くから。早く家に帰ろう」……良かった。仲直りできたみたいだ。丸く収まった様子の二人を廊下から眺めて、すぐに俊紀は隣の部屋へ向かった。「夕都、待たせたな。生きてるか?」夕都は、部屋の一番奥に座り込んでいた。「生きてるけど、今にも死にそう」「大丈夫そうだな。待ってろ、すぐに解いてやる」色褪せたロープは雁字搦めに結ばれていたが、力押しで強引に緩めて解いた。「痛いところは?」「体勢がずっと同じだったからそこら中痛いけど……大した
その後は、退屈ではなくなった。代わりに幼稚な苛立ちが増していった。学校も家も居心地が悪い。だからか、やはり俺は壊れていく仲間達の元へ足を運び続けてしまった。そしてその結果は、わりと早く俺自身に返ってきた。『尚太。クスリ買う気ないならせめて、俺の言うこと聞いてくんね?』ある夜更け、一層暗くなった溜まり場へ行くと、染谷先輩は開口一番にそう言った。というか、やっぱり買う気がないって見抜かれてたみたいだ。『ほら、そこにいる奴、何回か来てるから顔は知ってるだろ』染谷先輩が指差す先を見る。そこには、ひとりの少年が倒れていた。一体どれだけ殴られたか分からないほど、顔面が腫れ上がった状態で。『ちょっ……大丈夫なんですか? その人』『あいつ、俺の女とヤッたんだよ。吸ってる最中に妄想入って襲ったんだと』年は俺らと同じぐらいだろうか。 顔は知ってるだろ、と言われたが、面識があるかなんて分からない。ハッキリ言って原形が分からない。それだけ重体に見えた。 『そいつにトドメさしてくんない? そんでどっかに捨ててきてくれよ』『はっ?』我ながら馬鹿みたいな声を出してしまった。いや、だって何で憎い奴を俺に……。『大丈夫だって、捕まったりしねぇよ。俺ら皆協力してやるから』先輩がそう言うと、呆然とぽかんと口を開けてた連中もゲラゲラと笑い始めた。そこでようやく彼らの魂胆がわかった。罪を被せるのに丁度いい人間を探していたんだろう。カラン、と小気味いい金属音が響いた。『ほら、そいつで首もとかっ切ってやれ』先輩が投げた、鋭利な刃物が足下に落ちていた。それを拾いはしたが、……切りつけたりなんてできるわけがない。先輩からしたら殺したいぐらい憎い人物かもしれないけど、自分にとっては赤の他人だ。『できるだろ? ……赤沼』視線が痛かった。先輩だけじゃない、ここにいる全員がそれを望んでる。その圧迫感が半端じゃなかった。……っ。でもやっぱり、俺には無理だった。ナイフを持ったまま、膝が震えそうになるのを堪えるだけで精一杯だ。『それもできないなら……どうしてやろうかな』先輩は一歩ずつ俺に近づいてきた。けど、それを止める誰かの声が響いた。『おい! お前ら何やってんだよ!!』部屋に乗り込んできたのは夕都先輩だった。『お前って……あぁ、梁瀬か。やばい久しぶりだな』染
別に困っていたわけじゃない。ただこの生活に、差し障りの無い程度に刺激を足したかったのかもしれない。あの時の俺は……。「俊紀さん」尚太は少し咳払いして、息を整えた。「少しだけ聞いてほしいんです。俺らのこと」「え」「先輩達をさらった奴らが誰かは分かってます。俺らの昔の遊び仲間。それが理由じゃないけど、まだ警察には連絡しないでほしい」「どうして?」俊紀は話が飲み込めないまま小首を傾げた。「夕都先輩は、多分そう言うから」「……そういや、俺と会ったときもあいつはそう言ってたな。でも、その遊び仲間はどういう繋がりなんだ?」「元々俺は何の関係もなくて、夕都先輩の知り合いばっかなんです。ただ集まったら遊ぶだけの仲で……学校が好きじゃなかった俺を、先輩はよく誘ってくれてた。皆俺と同じで家も学校も嫌いだったから、楽しかったんだけど」毎日にウンザリしていた。学校はつまらない。家では優秀な兄と常に比較された。だから同じ気持ちの仲間と喋って、気が楽になった。いつからか、夕都先輩より俺の方がそのたまり場に顔を出すようになった。それは一時的な現実逃避で、ずっと続くわけない。馬鹿な自分でもわかっていた。けど。『尚太、これやるよ』ある日のこと。夕都先輩が来なくなってから、グループの中心になった染谷という先輩がいた。彼が持ち出した麻薬によって、明らかに自分の住む世界が変わった。『お前の為にも少し貰っといてやったからさ。結構高いんだぜ。今回だけは俺の奢りだから、次からは自分で買えよ』手渡された袋の中に入っていたのは、テレビや教科書の中でしか見たことない薬物だった。 『え。これ、本物ですか?』『あぁ。俺らも使ってる』息を飲んだ。俺が知らなかっただけで、皆気持ち良さそうにそれを使っていたらしいから。効果は確かによく聞くけど……。その後に地獄の苦しみが待ってるというのも、よく聞く。苛々が収まってく具合なら煙草とそんな変わりないんじゃないか、と何も分からない自分は思ってしまう。『あの、夕都先輩は?』『あいつは駄目だ、頭固いから。お前は信用してるからもらってきてやったんだよ』『……』生まれて初めて、“信用”という言葉に引っ掛かるものを感じた。手に嫌な汗をかきながら、彼の気分を害さないよう穏やかに笑う。『あ……ちょっと、また今度でもいいですか? 今日は…
「……おい。おい、起きろよ」感情も何もない、無機質な声。────夕都は白い息を吐きながら眉を顰めた。「このクソ寒いのによく寝れるな。寝てる間に死ぬかもしんねぇぞ」「別に寝てねえよ。暇だからボーッとしてただけ」まるで氷の上に座っている感覚。冷蔵庫の中にいるようだ。本当に、この寒さで寝れるわけない。じっとしていたら震えてしまう。「相変わらずボケてんな。梁瀬、お前俺らに何か言うことあんだろ」……もう疲れた。この質問も何回目だろう。さすがにうんざりだ。時計がないから分からないが、どれぐらいの時間、ここに監禁されているのか。────国道から少しそれた森の中にある、暗い廃屋。夕都はそこの小さな部屋の中に居る。いや、居るというよりは拘束されていた。地べたに座り込んでいる状態だが、両手両足を硬いロープでキツく縛られている。そんな彼を見下ろしているのは、二人の少年。「はー、なんか反応薄すぎて萎えるわ。ちょっと出掛けようぜ」「そうだな。おい、俺らが戻るまで生きてろよ? 死んでたりしたらビビるからさ」二人はそう言い残すと、夕都の頭を軽く叩いて部屋から出ていった。やがて響く足音も聞こえなくなり、部屋は静寂に包まれる。やっと行ったか。そう思った時、隣の部屋からそう小さくない声が飛んできた。「おい。あいつらどっか行ったか?」少し声が枯れてる気がする。姿は見えなくても、隠しきれない疲労感が伝わってきた。「あぁ、飯でも食いに行ったんじゃない? 束の間の平穏だよ。良かったな、お兄様」「何も良くないだろ。お前のせいで俺までこんな目に遭って、最悪だっつーの」壁の向こう側にいる声の主。それは、夕都と全く同じ状態で拘束されている赤沼圭司だった。今は昼か夜か。それすらわからない。 静まり返った、窓のないコンクリの部屋で夕都はため息をついた。気温が低いのは確か。だがこの部屋は廊下から冷たい風が流れ込んできて寒いため、おおよその時間帯も見当がつかなかった。……嫌だな。ここにいると、また昔を思い出しそうになる。「梁瀬、お前ちょっと大声出せ。もしかしたら誰か気付くかもしんないぞ」「はあ? お兄さんがやればいいじゃん。何で俺が」圭司の突然の提案に、夕都は怒気を含んだ声で返した。直後、忌々しいと言いたげな舌打ちが聞こえる。「誰のせいで、俺までこんなことに







