LOGIN全身ずぶ濡れになりながらも一生懸命に走る背中を追いかけるべく、井上さんに食らい付くように走っていたのだけれど。(ん? 疲れてきたのかな、スピードが落ちてるような? でもここは急がなきゃなんねぇし)「あのっ、もう少しスピード上げてもいいっすよ!」 「済まない。つい考え事をしてしまって、スピードが落ちてしまったね」 「考え事って、さっきの康弘くんだっけ? 大丈夫っす! タケシ先生がぜってー、助けてくれますから」 俺の病気を一発で見つけてくれたりと、腕はばっちり保障済み。名医なんだ。 タケシ先生の顔を思い出し、微笑みながら告げると、井上さんは意味深な笑みを浮かべて、俺の顔を横目で見つつ、自分の首にちょいちょいと指を差す。「そのチョーカー、すごくステキだね。彼からの贈り物なのかい?」 井上さんの言葉が、頭の中で何故だかリフレインした。 この人の色っぽい流し目や眩しい微笑みは、タケシ先生が見習えというくらいに魅惑的なもので、ドキドキさせられてしまい――それだけじゃなく、『彼からの贈り物』というセリフが、更にドキドキを加速させた結果、足の回転速度が勝手に高まり、井上さんを追い越した挙句、ずしゃっと絡まってこけてしまった。(――俺ってば、超バカ!) ((((o ̄. ̄)o ・・・・・・・・ミ(ノ;_ _)ノ =3 ドテッ「おい、大丈夫か!?」 井上さんが慌てて駆け寄り、ずいっと手を差し伸べてくれたんだけど、思わず退いてしまう。 タケシ先生とは違った感じのイケメンな上に、声色や仕草が妙に色っぽくて、無駄にドキドキするんですけど! さすがは元ホスト。只者じゃねぇ……「みっ、水に滴るいい男にそんなことを言われても、俺的には無理って言うか、えっと……そのぅ」 あれ、何か変な感じがするのは俺の気のせい? (正しくは、水も滴るいい男w) 結局、井上さんの差し出してくれた手を借りずに、さっさと自分で立ち上がり、転んで汚れてしまったズボンを、ばしばし叩きまくった。「……誘ったとか、そんな深い意味はないよ。ただチョーカーがとても似合っていたから、指摘しただけなんだが」 「すみませんっ、普段滅多に褒められたりしないから、いきなりワケわかんねぇことを、つい口走っちゃって」 「こっちこそ急いでる足を止めて済まない。目の前にある白い建物がそうだから」 指を差
「でかした! こっちに運んでくれ」 手間取ったという割りには早いと思ったのだけれど、渋い顔をして男のコをその場に横たわらせてくれる。 多分、水面にでも浮いていたのかもしれない――そんな姿を見たら、少しでも早く助けてやりたいと思うのが人というものだ。 余計な邪念を追い払うべく、気を引き締めながら男のコの頚動脈に両手で触れつつ、他にケガがないか、大まかに診ていった。「康弘!? 康弘っ」 横たわる男のコに、追いすがってきたお母さん。気持ちはわからなくはないが、バイタルチェック中の今は、離れていてほしい。「歩、患者さんからお母さんを遠ざけてくれ」 その指示に、歩はお母さんを軽々と持ち上げ、引き離してくれる。「康弘っ……どうして……」 「お母さん、絶対大丈夫だから。タケシ先生、すっげぇ名医なんだ」 普段聞いたことのない落ち着かせるような声色が、お母さんの心を打ったのか、離れたところから、俺たちを見守ってくれた。 その様子に安堵しながら男のコの胸に耳を当てて、心音を確かめる。ショック状態でも、わずかに心臓が動いているときがあるから。 頬を強く叩いてみても、声をかけながら体を揺すってみても、まったく反応なし。呼吸停止に心拍も……止まったままか。意識レベルは300だな。「千秋……千秋、大丈夫かい?」 「穂高さん――」 「俺がちゃんと捜していたら、こんなことに」 自分を責めるなんて、バカなことを考えているな。こういう事故は、偶発的に起こるものなのに。「千秋くん、自分を責めるのはお門違いだよ。あの場面で君が思い出してくれたから、無駄な動きをせずに、みんなで捜さずに済んだ。しかもお兄さんがちゃんと、見つけてくれたじゃないか」 心拍を再開させるべく男のコの上に跨り、胸を押してやる。千秋くんがどんな顔して、俺の言葉を聞いたかはわからない。だけど小さな声で、ありがとうございますと言ってくれたのが、結構嬉しかった。「発見が早いに、こしたことがないんだからね。俺としては、大助かりなんだから……っと、やっぱあまり水を飲んでないみたいだ」 胸を押し続けたら、口から少量の水が出てきた。冷水に浸かり続けたせいで、早く意識を失ったため、水を飲まなかったのかもしれない。「歩、親父んトコ行って、ドクターヘリを頼んでくれ。低体温療法ができる病院に、搬送するように! 医者
ぜーぜー息を切らしながら、歩に引っ張られ、元来た道を歩いていると、浜辺から大きな声が聞こえてきた。「おーい、ヤスヒロ~! 出ておいで」 もしかして、さっきの小さい男のコを、捜しているのかもしれない。「歩、声のするほうに行こう。人助けをするぞ」 「えっ!? 何で?」 「困った人がいたら助けるのは、当り前のことだろ」 すぐに、親父のところに行きたくなかった俺は、無理矢理な理由をつけて、声が聞こえてきた浜辺に、勇んで足を踏み入れた。そんな俺の後ろを、渋々といった感じでついてくる歩。 目の前には最初にこの島で見たイケメン漁師と、山で見かけた細身の男性が手を繋いでいる姿が目に飛び込んできた。 大きな声を張り上げるイケメン漁師に連れられ、細身の男性がどこか困った表情を浮かべながら何か言いかけるところに、無理やり割って入るべく、息を大きく吸い込む。 結構、勇気がいることを理解して戴きたい……だってふたりは、仲良さそうに手を繋いでいるのだから。見るからにふたりの世界を満喫中って感じだしね。「あのさ人捜し、手伝ってやろうか?」 辺りに響き渡る俺の声に、ぎょっとした顔で振り返りながら、慌てて手を離したふたり。イケメン漁師がじぃっと俺の顔を見つめ、小首を傾げて口を開く。「……周防先生の息子さん、ですか?」 初見でそれを見破るとか、親父の顔の広さに呆れ果てるしかないな。「やれやれ。この島では親父のせいで、悪さができないね。内地で小児科医をしている、周防武と言います。コイツは連れのバカ犬」 面倒くさくなり歩の自己紹介を省略してやったら、バカ丸出しの顔をしてくれた。いつもながらの反応に、内心笑ってしまう。「ちょっ、それって酷くない!?」 「自己紹介くらい自分でやれよ。だからいつまで経っても、バカ犬呼ばわりされるんだ」 そんなやり取りをしている俺たちを、細身の男性が口元を押さえて笑いを堪えていた。さっきまで悲壮な表情を浮かべていただけに、和んでもらえて何よりだ。「こちらこそ、紹介が遅れてしまって済みません。島で漁師をしている、井上穂高と言います」 「えっと弟の千秋です。はじめまして」 なるほどねー。まったく似ていないから兄弟に見えなかった。むしろ、恋人同士かと思ったんだけど――「看護学生の王領寺歩です、はじめましてです……」 ふてくされながら自己
「やっぱ実際に目で見て確かめたら、どこか印象が違うな。ちょっとだけスケッチしていい?」 俺が了承するのを見越してなのか、いきなりしゃがみ込んで、カバンから画材を取り出し、目の前の景色を見ながら丁寧に色を塗っていく。 そんな歩の背中に自分の背中をくっつけるようにして座り込み、反対側にある海の景色を楽しむ。気持ちが軽くなったお蔭で、歩にいろいろ話せそう。「……俺さ、昔っから親父とケンカして、困らせてばかりいたんだ」 「さっきのやり取り見て、スゲェなって思った」 ちょっとだけ笑った声が、耳に心地いい。「親父がさ、個人病院を開業していたから俺がそれを継ぐっていう、将来が決まっていたのが、実はイヤでね」 「タケシ先生は、他になにかやりたいこととかなかったのか?」 時折吹いてくる下からの海風が、荒んだ俺の心を和ませてくれるみたいに吹き抜けていった。「他にやりたいことがあれば、医者なんかになってないよ」 「あのさ、俺バカだからよくわかんねぇんだけど、医者になるのって超頑張らないとなれないじゃん?」 「超頑張ったかどうか、覚えていないな」 実習漬けの毎日に、ただ日々を過ごしていた感じかも。「タケシ先生、どうして小児科医になったんだ?」 紙の上をなぞるような筆の音が止み、不思議に思って顔だけ振り向くと、歩が俺の耳元に唇を寄せていた。 興味津々のその眼差しに、応えられるだろうか?「子どもが一生懸命に病気と向き合うところに、心を打たれたから、かな。その手伝いがしたいと思ったんだ」 「そっかー。そのお陰で俺はタケシ先生と出逢うことが出来たんだよな。子どもたちに感謝しなくちゃ!」 歩らしい言葉に笑みが零れる。さっきまで落ち込んでいたのがウソみたいだ。「だけど俺が小児科医を専攻したことで、親父と見事ぶつかっちゃったんだけどね」 「あ、そういえば……お父さんは内科医だったっけ?」 「うん。併設してやろうって俺から提案出したんだけど、そんな中途半端はイヤだって、随分とごねられてさ。結果、この島に移住させてしまったんだ」 俺が親父を追い出した。だけどこれでよかったって思ってる、自分がいるのも確かなことで。一緒に病院経営なんてしたら、きっと診療方針やその他のことで、揉めるのが目に見えているから。 視線を伏せると、後ろから体をぎゅっと抱きしめてくる歩。「
(言った……言ってやったーー) 山に通じる道をワケもなくどんどん登って行くと、肩に手を置かれて止められる。「ちょっ、タケシ先生待てって。あれはないんじゃないのか!?」 「はじめに言ってあったでしょ。それを口頭と行動で示してやっただけだ」 「いくら何でも、あれはやり過ぎだよ。お父さん、ショックを受けていたじゃないか」 「あの人には、あれくらいが丁度いいんだよ。心配する必要ないね」 困り果てる顔をした歩をひと睨みし、颯爽と上を目指した。どこに続いてるのか、知らないけれど。「なぁ、タケシ先生」 「何だ? これ以上、お前からの苦情を聞きたくないよ」 「違うって。この道、ずぅっと登って行ってほしいんだ。ちょうど行こうとしていた場所に繋がっているから」 「歩?」 告げられた言葉にふと立ち止まると、俺の右手をぎゅっと握りしめる。「タケシ先生のお父さんとお母さんが、この島でどんな景色を見て過ごしているのか。俺なりに調べてみたんだよ。さぁ行こうぜ」 掴んだ手をぶらぶら揺らしながら、どこか楽しそうに引っ張ってくれる。まるで、慰められているみたい。「っ……歩、俺は――」 「大丈夫、わかってるって。今は黙ってついて来てよ」 それはそれは包み込むような柔らかい笑みで、俺を見ながら告げてきたのだが、そんなふうに言われたら素直に従うしかない。 苦笑して引っ張られるまま黙って後をついて行くと、繋がれている手がいつもと違うことに、そこで気がついた。左手親指に嵌められた見慣れないシルバーリングが、日の光を浴びて輝いている。時折きらりと光るそれに今まで気がつかなかった、俺っていったい……(それだけ自分のことで、いっぱいいっぱいだったってことか。恋人のちょっとした変化に気づけないなんて、本当にバカみたいだ) なんの気なしに繋がれている親指でそれに触れていると、歩がそれに気がついて振り向いた。「どうした、タケシ先生?」 「あ、うん。これ、似合ってるなって」 気づいてやれなくてゴメンって言いたいけど、自分に余裕がなさ過ぎてそこまで言えない。 どうにもバツが悪くて顔を伏せていた俺を、歩はわざわざ覗き込んでから、掬い上げるように、ちゅっとキスをしてくれた。「サンキュ、褒められるとやっぱ嬉しい!」 いつものようにデレデレという感じの、だらしない顔をする。実はそんな
*** フェリーが港に横付けされ、俺らを含めて数人の客が降りて行った。出迎えてくれたのは自転車を傍らに、白衣を格好よく着こなしている、白髪混じりのメガネをかけた、タケシ先生によく似た人だったのだが。(まんま、タケシ先生を老けさせたみたいじゃん!) お父さんに向かって、ふたり並んで歩いて行く。ドキドキが高鳴ってしまい、手と足が一緒にカクカクと動きそうになってしまった。「もしかして、診察の帰り道だったの?」 開口一番に話しかけたタケシ先生をお父さんはチラッと見てから、俺に視線が移される。明らかに、何だコイツはという眼差しが痛い。初めてタケシ先生に逢ったときにされたような眼差しが、違う意味で更に俺の心拍を高鳴らせた。 ――懐かしさを感じるよりも、恐怖を感じるよ……「ああ、元気そうだな。タケシ」 タケシ先生に話かけているのに、刺す様な視線は俺に釘付けのまま。震え上がる俺を尻目にタケシ先生は突然スマホを取り出して、あちこちの風景をカメラ撮影をしだしたのが、すっげぇ謎だ。緊迫したこの空気を物ともせず、マイペースを貫けるのは、タケシ先生らしいといえばそうなんだけど。「変わらないねぇ、島も親父も」「俺は変わらないが、そこにあった建物が昨年の爆弾低気圧で吹き飛ばされて、なくなっているから」「あっ、ホントだ。スッキリしちゃった感あったのは、それが原因か。おおっ!? 島に似合わないイケメン漁師、発見!([+]Д・)」「彼は元ホストだったそうだよ。今はちゃんと、島に馴染んで生活している」 交わされる他愛のない会話に、当然俺は口を挟めず、ただ黙って聞くしかなかった。「元ホストね。漁師なんて博打みたいな仕事しないでホストに戻った方が、金銭的に生活が楽そうだけど」「どんな仕事にも、楽なものなんてないだろう。コイツは誰だ?」 ビシッと指を差され訊ねられたので、タケシ先生が答える前に何とかしなきゃと頭を下げる。「はっ、はじめまして、お父さんっ! 王領寺歩と言います」「おとうさん?」 不機嫌そうな声色で言われてしまい、震え上がってしまった。「す、すみませんっ。周防先生っ!」 言い直しつつ、隣にいるタケシ先生に視線を飛ばす。これで大丈夫? ねぇこれで大丈夫? ってな感じで。「あんまり苛めないでやって。この体でウチの病院を支えてくれるであろう、未来の看護師なん