恋路は茨の道

神原青（かんばら あお）と別れて5ヶ月目、柳本蘭（やなぎもと らん）は医者から右耳が完全に聞こえず、左耳も軽度の難聴だと告げられた。

「柳本さん、左耳はまだ治療の可能性があります。海外に最新の人工内耳があって、諸々含めて600万円ほどで済みます。できれば今月末までに治療を受けることをおすすめします」

今月末？600万円？

たった一ヶ月で、どこからそんな大金を用意すればいいのか。

医者のオフィスを出たとき、テレビでは青と百花の婚約のニュースが流れている。

彼はもう婚約するのか！

彼女は苦笑いを浮かべたが、立ち止まることなくその場を去った。どうせもう会うこともない。

耳が聞こえないせいで、蘭は何度も断られた末、ようやくあるホテルでサービス係として働き始めた。

マネージャーが彼女を探しに来たとき、彼女は床にひざをついて汚れを掃除している。

「蘭、どこ行ってたのよ。VIPのお客様が来てる。すぐ来なさい！」

「すぐ行きます」

彼女は急いで身なりを整えて個室に向かった。

「これはお客様が恋人のために用意したサプライズよ。落とさないように気をつけろよ！」

彼女は2億円相当のブルーダイヤモンドのネックレスを手にし、マネージャーと一緒に外で出番を待った。

ドアが開いたとき、蘭は見覚えのある顔を目にした。

青だ。

5ヶ月ぶりの再会がまさかこんな形で訪れるとは思いもよらなかった。

トレイを持つ手が震え、思わず後ずさろうとしたそのとき、彼女はちょうど中から声が聞こえた。

「青、その胸の蘭のタトゥー、消すつもりないの？柳本蘭を忘れられないのか？」

自分の名前を聞いて、蘭は驚きに顔を強ばらせた。

青は頭を少し上げ、口元に皮肉な笑みを浮かべた。

「柳本蘭？とっくに忘れた。今は心臓手術が終わったばかりだから、まだ療養中だ。結婚したら、すぐに消しに行くさ」

友人たちは笑いながら口々に言った。

「柳本はお前が婚約したって知ったら、どう思うかな？あの時、お前が手術室に入っただろ。なのに、あいつは金を惜しんで、お前を置き去りにしてたとはな！」

「そうよ。それほど冷酷な女とは思わなかった。でも今、お前が無事だけでなく、他の人と結婚すると知ったら、きっと死ぬほど後悔してるよね」

蘭は唇をかみしめ、心の中は苦しみでいっぱいだ。

みんなは、彼女が冷酷無情な女だと思っている。

でも、彼女の身に何が起きたのかは、他人にわかるはずがない。

青と付き合い始めたのは5年前だった。彼女は親を亡くした孤児だが、彼は裕福な家庭の御曹司だ。

よくある恋愛ドラマのように、青の母親は二人の交際に反対したから、彼は彼女のために家を出た。

5ヶ月前、彼が心臓病で倒れて手術室に運ばれた時、莫大な手術費に彼女は必死で助けを求めた。

だが、彼女はどれだけ土下座して頼んでも、青の母親はお金を出そうとしなかった。

「私に息子を助けてほしいなら、別れの手紙を書いて彼の前から消えなさい。そうでなければ、彼を息子として認めない。もちろん、彼の命なんて、知ったこっちゃない」

あの日は大雨で、雷鳴と稲妻が交差していた。

病院の廊下で絶望しながらひざまずいている蘭は、結局、その条件を呑んで手紙を書き、彼の元から去った。

その後間もなく、彼が命を取り留めたと知った。

だが、彼の様子をこっそり見に行こうとした道中で、彼女は強盗に遭った。

彼から贈られたネックレスを守るため、危険を顧みず抵抗した結果、数十メートルも引きずられ、重傷を負った。

再び目を覚ましたとき、彼女は耳が聞こえなくなったが、彼は婚約した。

青は隣にいる女性の額に軽くキスをした。

「彼女の話はやめろよ。気分が悪くなる。このタトゥーも前から気に入らなかったし、百花と結婚したらすぐ消すつもりだ」

青の婚約者の名前は浅草百花（あさくさ ももか）だ。

「やだ。タトゥーなんてすごく痛かったよね。あの女、心が痛まないの？」

百花は彼の胸に飛び込み、笑い声を上げた。

「心が痛む？聞いたことないか？最もあくどいのは女の心だ。

このタトゥー、本当に嫌いだ」

青の口調は一気に冷たくなり、手にしたワイングラスを握りながら、蘭のいる方向を見据えた。

「お前、百花へのプレゼントを持ってこい」