「今日もいい男だね~」「そうですか?ありがとうございます」白川先生は、個室に入っている齋藤さんという80歳の女性の患者さんを診ていた。「ずいぶん顔色も良くなりましたね。手術の傷も良い具合です。来週には退院できると思います。よく頑張りましたね」患者さんにいつものように優しく話しかける蒼真さん。「白川先生みたいなハンサムな主治医なら、私、ずっとここに居たいわ~。退院しても家に1人だから寂しいし」「私も齋藤さんとお話するのは楽しいですが、傷が治ったら退院です。またいつか……と言いたいところですが、医師としては戻って来られないことを願うしかないですね。でも、退院まではいつでも声をかけて下さい」「本当にいい男だ。優しい男は女を幸せにするからね」齋藤さんはかなりの蒼真さんファンだ。みんな、この容姿と言葉の魅力にハマっていく。だけど、先生は私に厳しい。最近は、アメとムチを使い分けられている気もするけれど、蒼真さんの本音はなかなか読み取れない。「あなた、えっと……」「あっ、蓮見です」蒼真さんに比べて、私は何と存在感の薄いことか。患者さんに名前も覚えてもらえないなんて――「そうそう蓮見さんね。あなたはとってもキュートな女だね」「そ、そんなことありません!」齋藤さんは、顔から下の方まで視線を落としながら、私をまじまじと見た。キュートだなんて、蒼真さんの前で恥ずかしくて顔から火が出そうだ。「あなた、キュートの意味がわからないの?」「えっ、い、いえ。意味はわかります。でも、私はキュート……ではないので」否定をする時の顔に笑顔は無い。私は、蒼真さんに注意されないように慌てて無理やり笑顔を作った。
「キュートっていうのは蓮見さんみたいな人のためにある言葉だよ。あなたは私の若い頃にそっくりだから。昔は私もあなたみたいにキュートだったんだからね」「齋藤さん。あなたは今でもとてもキュートです」蒼真さんは、優しさ満開の笑顔で言った。「あらぁ~。白川先生にそんなこと言われたら嬉しくて心臓がドキドキするわ~。今じゃなくて、もっとずっと若い頃に先生に出会いたかった。そしたら、人生バラ色だっただろうに」可愛らしく胸に両手を当てる姿が乙女だ。年齢を重ねても、こんな可愛らしい仕草のできる素敵な女性でいられることがうらやましい。「でも、若いってことは素晴らしいね。宝物だよ。今を大切にしなよ、蓮見さん」「……はい。1日1日を大切にしたいと思います」「真面目だね~。ピチピチの蓮見さんは、白川先生とお似合いだよ。あなた達は付き合ってるのかい?」齋藤さんの突拍子もない質問にとても驚いた。「ち、違います!そんなわけないじゃないですか。絶対に有り得ないですから。そんなこと言ったら白川先生に失礼ですよ」照れすぎて、速攻、全否定した。「あら、顔が赤いわよ。別にいいじゃない、そんな恥ずかしがらなくても。本当に2人はお似合いなんだから。白川先生、あなたはどうなんだい?」止めて……それ以上聞かないで、と心が叫ぶ。「齋藤さん。うちの看護師をあまりからかわないで下さいね」「そ、そうですよ。からかわないで下さいね」蒼真さんは、私とお似合いなとど言われて嫌な気持ちになっているかも知れない。そう思うと苦笑いするしかなかった。「ですが……蓮見は齋藤さんほどではないですが、結構可愛らしいところがあるんです」「えっ」「ですから、この先はどうなるかわからないです」蒼真さんの言葉に一瞬頭がパニックになりそうだった。いや、これは冗談に違いない。だとすればかなりのブラックジョークだ。「 あらやだ。素敵じゃない!もし他の人だったらヤキモチ妬いちゃうけど、蓮見さんは可愛らしいから応援するわよ。本当に、私もあと少し若かったら白川先生の彼女になれたのに残念だわ~」齋藤さんの笑い声が病室に響いた。「いいですね。その元気があれば大丈夫ですよ。齋藤さんにはきっと、私なんかよりずっとダンディな男性がお似合いです。じゃあ少し休みましょう」そう言って、蒼真さんは齋藤さんの掛け布団の歪みをさり
「先生、ありがとう。また2人で来てね、本当にいいコンビだよ」「じゃあまた。失礼します」私達は病室を出た。「あの、患者さんに適当なこと言わないでもらえますか?」「いきなり何だ?」「何だって、冗談だとしても、あんな言い方して間違って広まったらどうするんですか?」「広まったら?何か問題か?」蒼真さんは私に真顔で答えた。「も、問題かって、そんなの問題に決まってます!蒼真さんに迷惑がかかりますから。もし私なんかと変な噂が流れたら……」「それならそれで構わない」「えっ……」「白川先生!すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」「ああ」蒼真さんは、看護師に呼ばれてさっさと行ってしまった。構わないなんて……本当に適当過ぎる。実際、噂になったら嫌な思いをするくせに。私は、その場で齋藤さんみたいに心臓に手を当ててみた。どうしてだろう、すごく鼓動が激しい。「おかしいよ、こんなの……。本当、何なの?」思わずそう呟いた。蒼真さんは、私の心を振り回して楽しんでいるのか?もしからかわれているとしたら、かなりキツイ。私は、何ともいえないモヤモヤした気持ちを引きづりながら、ナースステーションに戻った。「ちょっと蓮見さん!」その時、突然、誰かに声をかけられた。「痛い!!」かなり語尾の荒い口調に驚き、私は思わず持っていた医療機器を足の上に落としてしまった。「藍花さん!!大丈夫ですか!」叫び声を聞きつけて、歩夢君が慌ててこちらに駆け寄ってくれた。「大変です、靴下にかなり血が滲んでます。切れてしまったのかも知れません」しゃがんで私の足先を見ながら歩夢君が言った。指の部分に重いものが落ちたせいで、確かに白い靴下が真っ赤になっていた。ふと顔を上げると、その視線の先に春香さんがいた。私に声をかけたのは春香さんだったんだ――歩夢君と私のやり取りを見てしまったせいか、春香さんはそのまま背を向けてどこかに行ってしまった。
「だ、大丈夫だから、これくらい平気。心配しないで」「何言ってるんですか!ダメですよ。今、外来時間外ですから白川先生に診てもらいましょう」そう言って、私の肩を支えて数歩だけ歩かせてくれた。「ここに座ってて下さい。白川先生呼んできますから。痛いと思いますけど、少し我慢して下さいね」歩夢君は、私のために必死になってくれている。ナースステーションにいた他の看護師達も心配してくれ、そのせいで仕事の手を止めさせてしまった。私が仕事に集中していなかったことで、みんなに迷惑をかけてしまったんだ。こんな調子ではいつまでたっても立派な看護師になんてなれない。「先生、こっちです!」歩夢君は、たまたま近くの部屋にいた蒼真さんを連れて戻ってきてくれた。「す、すみません!」怒られると思い、私はとっさに謝った。「何してる、気をつけないとダメだろ!」やっぱり、怒っている。「は、はい、すみません。たいしたことないのに先生にお手数をおかけして……」「バカ言うな。傷をなめていたら感染症を引き起こす。そんなことくらいわかるだろ?」「……はい。すみません」「見せて」「はい……」蒼真さんは、ゆっくりと私の靴下を脱がせた。そして、しゃがんだまま私の足を持って患部をじっくりと見た。足の指を見られてるだけなのに、ものすごく恥ずかしい。「ここ、痛いか?」ビニールの手袋をしてる蒼真さんの手は血で染まってしまった。「はい、少し痛みます」患部の辺りを触れられると確かに痛かった。「ここは?」「大丈夫です。……先生、本当にすみませんでした。私の不注意でした」「そうだな。万が一、患者さんの足に落としたら取り返しがつかない。常に機器を取り扱う時は気をつけるんだ」蒼真さんの言葉にハッとした。「はい、気をつけます。本当に……すみません」蒼真さんの言う通りだ。もし患者さんの足に重い機器を落としていたら……そう思うだけでとても恐ろしくなった。
もっと注意を払って日々の仕事に取り組まなければならないと改めて反省した。「爪が少し割れてしまって血が出てるんだ。縫わなくても大丈夫そうだな。歩夢、念の為、整形外科にレントゲンを頼んでくれ」「わかりました!」私の怪我は、結局、ナースステーションにあった救急箱と薬で治療できる程度だった。レントゲン検査も異常がなく、骨折はなかった。みんなは安心してくれたけれど、包帯を巻いてくれた蒼真さんにも、色々動いてくれた歩夢君にも、心配をかけてしまった他の看護師達にも……みんなに迷惑をかけてしまった。本当に心から反省しなければいけない。それにしても……あの時、私を呼び止めて、春香さんはいったい何を言いたかったのだろうか。あんなに怒った口調で……でも、私のために必死になっている歩夢君を見て、きっといたたまれなかっただろう。自分の好きな人が私なんかに優しくしていたら……腹が立ってしまうのは当然のことだ。春香さんを思うと申し訳ない気持ちにもなるけれど、でも……この複雑な思いはいったいどこに向ければいいのだろうか?傷の痛みは痛み止めで少し落ち着いてはいるけれど、心の中にはグレーの雲がかかって晴れないままだった。
「嘘!!七海先生、うちの病院辞めちゃうの?」そのニュースは、突然ナースステーションに稲妻みたいに落ちてきた。「えー!どうして辞めちゃうの~。私、七海先生の大ファンなのにショックだよ」「私だってめちゃくちゃショック!白川先生とどっちにするか悩んでたのに~」看護師達が噂してる話をすぐには受け入れられなかった。七海先生が病院からいなくなるなんて……先生とはついこの間話したばかりなのに、そんなことは一言も言っていなかった。また今度誘うからって……あれはやはり社交辞令だったのだろうか?「七海先生のご実家って、それはそれは大きな産婦人科なんでしょ?そこに戻るんだって。うちの松下院長と七海先生のお父様が親友だから、お父様に言われてここで修行してるって聞いたことがある。でもさ、イケメンツートップの1人がいなくなるなんて、絶対寂しいよ~」「病院に来る楽しみが減っちゃう」「私も~」そっか……七海先生、本当にいなくなるんだ。あの時、先生に誘ってもらい、初めてゆっくり話したけれど、あれから病院でもなかなか会えていない。確かに、七海先生の優しい笑顔にはいつも癒されていた。もう会えなくなるなんて……私は急に複雑な気持ちになった。「ほらほら、噂話はそれくらいにして仕事しなさい」中川師長の言葉で、みんなはまた仕事に戻った。平穏な日々の中に当たり前のようにあることが、急に無くなってしまうことはある。だけど、松下総合病院に七海先生がいなくなるなんて、それがどういう感覚なのか、私にはまだわからなかった。私もみんなと同じように「ショック」なのか。本当にいなくなって初めてわかるのか。「あっ」また余計なことを考えている自分にハッとする。前のような失敗をしてはいけない。とにかく仕事に集中しなければ……私は、七海先生への気持ちを一旦、胸の奥にしまい込んだ。
しばらくして、蒼真さんが七海先生のお別れ会をしようと提案してくれた。やはり、七海先生のことは本当だったんだ。同じ大学の先輩である七海先生のために、みんなでバーベキューをと考え、病院からそれほど遠くない都会の中でグランピングができる場所を予約してくれた。そんなところがあるのことも知らなかったけれど、すごく興味があった。自然の中のキャンプにも行ったことがなく、実際に実現するのは無理そうだから。キャンプの雰囲気が味わえるならそれで十分素敵だと思った。私達の仕事では全員が1度に集まることはできない。七海先生と白川先生がお休みの日に、他のメンバーが入れ代わり立ち代わり入ってこれるよう考えてくれていた。***数日して、その日がやってきた。偶然にも私も休みになり、今日は1日中ずっとお手伝いをしようと思った。それにしても都会の真ん中にこんなオシャレなキャンプ場があるなんて……何も準備せずにキャンプができるよう全てが揃っていてとても便利だ。かなり広くて明るいグランピングの中は本当に豪華で、テーブルや椅子、寝ころべるようなソファもあった。殺風景ではなく、可愛らしい小物をたくさん使った飾りも素敵で、そこにいるだけで楽しい気分になれた。特に女性の看護師達はみんなテンションが上がっていた。バーベキューもすぐ横でできるようになっていて、材料もお任せで、至れり尽くせりの環境だった。お肉や海鮮、新鮮な野菜もたくさんあり、すごく美味しそうだ。プロの料理人がいてバーベキューの焼き方を教えてくれたり、それ以外の料理もその場で作ってくれるのには驚いた。今日はこんなに素敵な集まりなのに会費は1000円だけで、場所代や料理、七海先生に送るプレゼントまで、残りは全て蒼真さんが負担していた。かなりの出費だと思う。だけど、蒼真さんは、それ以上お金を受け取ろうとはしなかった。
蒼真さんの先輩や周りへの気配りに感謝しながら、私達は乾杯し、七海先生のためのバーベキューパーティーが始まった。アルコールは一切無いけれど、料理のクオリティがかなり高く、先生達や看護師もひとときの癒しの時間を過ごした。みんなで写真をとったり、おしゃべりしたり、途中で看護師仕切りのビンゴ大会があったりと、普段できないことができて、みんなとても楽しそうだ。いつもとは違う看護師達の一面が見れたりしてちょっと面白い。アルコールが入っていないのに酔っ払ってるみたいに陽気だったり、いつも大人しめな人がずっとゲラゲラ笑ってたり。そんな風に羽目を外して騒いでるみんなを、七海先生もずっとニコニコしながら見ていた。とても優しい眼差しに心が温かくなる。七海先生は、新たに来た人や帰っていく人にその都度丁寧にお礼を言った。個人的にプレゼントを渡してる看護師は、七海先生の優しい笑顔に我慢できず、本気で泣いていた。1人1人を包み込むように、大きな心で対応する七海先生。その姿にますます好感が持てた。とても素敵で、性格も良くて、こんなにもみんなに好かれている先生は珍しいかもしれない。それに、よく知らなかった私にまで気さくに話しかけてくれて、この間一緒に中華料理を食べたことも、先生との最後の楽しい思い出になった。産婦人科の担当看護師じゃないけれど、それでも七海先生がいなくなって、この穏やかな笑顔が見れなくなると思うとすごく寂しくなった。
翌日、堂本先生が内科の診察前に、私に会いに来てくれた。「済まなかったね、昨日は」「まさか蒼真さんに電話されるとは……びっくりしました」「何だかね……無性に電話しないとって体が勝手に動いてた。自分でもよくわからないけど……そうしなきゃいけないって」「先生は優しい人です」「買いかぶりすぎだよ」「いいえ。じゃなかったら、電話なんかしないですよ。でも……本当にありがとうございました」「え?」「蒼真さん、喜んでいましたよ。堂本先生が電話をくれたこと。そして……堂本先生に申し訳なかったって言っていました」「……そっか……。久しぶりに昨日は学生時代の頃のことを思い出しながら眠った」「そうなんですか?」「ああ。不思議と楽しかった思い出ばかりが浮かんできて……なんだか懐かしかった。いつまでも彼女のことを引きずっているなんて、未練がましくて情けないってことがわかったよ。ほんと、バカだった」先生の顔は、優しくて安堵感に溢れていた。「堂本先生……」「これからは、僕も新しい人生を楽しみたいって思ってる」「よかったです。めいっぱい楽しくて幸せな人生を送ってくださいね。私も蒼真さんも、堂本先生に素敵な未来が訪れるって信じてます」「ありがとう、嬉しいよ」「私も先生に負けないよう、楽しい人生を送れるようにしたいと思います」蒼真さんと蒼太と3人で……「そうだ。新しい病院が決まったんだ。僕の実家がある近くに友達のクリニックがあるんだけど、ずっと前から声をかけてもらっててね。そこで一緒に頑張っていこうと思う」「そうなんですね。寂しいですけど……頑張ってくださいね」「ああ。彼女とならうまくやっていけそうだし」「彼女?女医さんですか?」「僕の幼なじみ。幼稚園の頃からのくされ縁でね。本当に優秀な内科医なんだ。……なんだかね、昔から僕のことが好きみたい」「えっ!」「もちろん、僕にはまだ彼女に対して恋愛感情は無いけどね。まぁ、でも、この先はどうなのかわからないしね」幼なじみの間柄、何だか勝手に恋の予感を巡らせた。堂本先生がとても嬉しそうだからかな。いろんなことが吹っ切れたような爽やかな表情に、私は心からホッとした。「いつかまた……蒼真さんに会いに来てください。いつでも堂本先生のこと大歓迎ですよ。あの人も楽しみにしていると思います」「……そうだね、またいつか
「藍花……」「蒼真さん……?」「もっともっと俺のことを好きになって……」「……あっ……」蒼真さんの手のひらが私の頬に触れる。そこから直に伝わってくる愛情。蒼真さんへのどうしようもない愛しさが、私の体を巡る。「でも、どれだけ俺を好きになっても、俺が君を好きな気持ちには勝てないけどね」キュンと胸を貫く甘い言葉。自然に唇を塞がれて、蕩けそうになる。こんなことが私の日常にあることが今でもまだ不思議で仕方ない。上から下まで、とてつもなく美しい蒼真さん。年齢を少し重ねた私達。それでも、この妖艶な魅力を醸し出す蒼真さんに、私はいつだって心を奪われる。「堂本先生の話を聞いて、改めて思った。君の心は、誰にも奪わせない。どんな宝石をも盗み出す怪盗にだって……この体と心は盗ませない」「蒼真さん……」「何があっても俺のそばから離れるな」「はい。絶対に離れません……」幸せだった。いくつになっても蒼真さんに抱かれる幸せは、私の最上の喜びだ。「藍花のこと気持ちよくしてやるから」その言葉をきっかけに、蒼真さんの愛撫が始まった。嬉しい……本当に……嬉しい。「ああんっ……はぁ……っ」「ここ、気持ちいいんだろ?」「はあっ、ダ、ダメっ」「ダメじゃないだろ……こんなに濡らしてるくせに」「で、でも……っ」「もっとしてほしい……って、言って」耳元にかかる熱い吐息。蒼真さんの唇がそっと耳に触れると、体が勝手に身震いした。「ああっ、も、もっと……して……」体中がしびれ、我慢できないほどの快感に包まれる。言葉で表すことのできない刺激的な快楽が押し寄せる。「藍花……可愛いよ」「蒼真さん……はぁっ、い、いいっ、気持ち……いい」蒼真さんの舌が私のいやらしい部分に這う。どうしようもなく濡れている場所をさらに愛撫され、私はもうどうなってもいいと思った。「イキたい?」「は、はい……もう……我慢できないっ」蒼真さんは、人差し指で私の秘部の奥を何度も突いた。こんなことをされたら……「ああっ!ダ、ダメぇ!もう……イッちゃう……」案の定、私は簡単にあっけなく絶頂を迎えた。蒼真さんに私の敏感な部分を全て知られ、逃げることなんてできない。もちろん……逃げたいなんて思わないけれど。「蒼真さん……」「ん?」「蒼真さんは……本当に私の体で満足してます
「……残念だな。確かに……嘘だよ」「……う、嘘?」「彼は、僕の彼女の告白を見事に断った。僕のことを裏切った彼女にも腹が立つけど、1番憎いのは白川先生だよ。彼は何もかも持っているのに、誰1人女性を相手にしようとしなかった。そういうところがめちゃくちゃ嫌いだったよ。余裕があるっていうか……」嘘だったと聞いて、信じていたとは言え、心からホッとした自分がいた。「蒼真さんは誠実な人なのに、勝手に悪者にしないでください。そんな理由……ひどいです」「……君はほんとに彼のことが好きなんだね。よくわかったよ。それに、白川先生も……嘘偽りなく藍花さんのことが好きなんだろうね」「……」そうだといいなと、一瞬考えてしまった。蒼真さんに嘘偽りなく愛されたい――私は心からそう思った。「どんな女も寄せつけない男が選んだんだ、君は相当良い女なんだろう」「そ、それは……。で、でも、これ以上、蒼真さんに何か言ったり変なことしたら私、許しませんよ」「強いな、君は。別に、今まで彼に何かをしようと思った事はないよ。もう忘れていたし、僕は僕の道を進んでいた。なのに、白川先生が突然連絡してきて……。あれだけ女性を相手にしなかったくせに、君みたいなとても素敵な女性を奥さんにしていたから……。結局、ああいう男が、君みたいないい女を手に入れるんだと思うと、なんだか無性に腹が立ってきて……。あの時彼女を奪われた僕の気持ちを白川先生にも味合わせてやろうと思ってね」「そんな……」「僕の密かな企みは結局失敗に終わったけどね。残念だけど、僕じゃ、彼には到底かなわないってことだな」堂本先生は苦笑いした。「僕はね、あれから誰かを好きになることができなくなってしまったんだ」「えっ?そんな……」「本当のことだよ。彼女ができても、またフラれるんじゃないか、誰かに盗られるんじゃないかって思うと怖くてね。情けないけど、誰かを好きになることができなくなってしまって」「堂本先生……」何だかその告白に胸が痛くなった。トラウマになってしまった先生の気持ちはわからなくはない。でも、それは蒼真さんのせいではない。彼氏がいながら、他の男性に告白した女性が悪いと思う。「今の病院すごくいいでしょ?働きやすくて、みんないい人ばかりだ。正直、そんな中でこんな歪んだ心を持った自分が、これから先、うまくやっていける自信は
蒼太が小学校の高学年になり、私は蒼真さんの勧めで、近くの病院で看護師として働きだした。蒼真さんの知り合いの内科の先生がいる地元では有名な総合病院。松下総合病院と比べると、かなり規模は小さいがそれなりに立派な病院だった。いろいろ教えてくれる中川師長のような頼りになる先輩がいてくれて、とてもありがたかった。私は、外科の病棟に勤務していた。「藍花さん。少しは慣れましたか?」「あっ、堂本先生。はい……と言いたいところですが、まだまだです。堂本先生がこちらの病院を紹介していただいたおかげで本当に助かりました。ありがとうございました」「いえいえ。白川先生から頼まれると断れません。彼は僕の学生時代の友達ですから」「主人からも聞いています。堂本先生はとても優秀だから、勉強させてもらいなさいと」スラット背が高く、白衣も似合っていて、とても落ち着いた雰囲気のある真面目な先生だ。病院内の評判もとても良い。看護師達からの信頼も厚く、患者さんにも人気がある。松下総合病院で頑張っている蒼真さんと同じだ。「とんでもない。学生時代から彼の方がとても優秀で、僕なんか足元にも及ばないですよ」「……あっ、いえ。短期間ですが、先生を見ていて立派な方だとわかります」「ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえると嬉しいです」「よかったら、1度、食事でもいかがですか?」「本当ですか?主人も喜びます」「……あ、いや。できれば、藍花さんと2人で話がしたいんですけど……。いろいろと……」えっ、2人きりで?……と、心の声が口から出そうになった。堂本先生の突然の誘いに驚き、なんと答えればいいのかわからなかった。「……ダメかな?」「す、すみません。2人きりはちょっと……。ナースステーションの誰かを誘ってみんなで行きませんか?」そう言った途端、堂本先生の顔つきが険しくなった。「みんなでワイワイするのは好きじゃないんだ。落ち着いたところで、白川先生の学生時代の話とか……できたらいいんだけど……」「主人の学生時代の話ですか?」そう言われると、とても興味がある。それでも蒼真さんに内緒で行くことはできない。「ああ、そうだよ。学生時代の白川先生のことを君に教えてあげたくて。聞きたくないの?」「き、聞きたくないことはないです。でも……」「とても興味が湧く話だと思うけどね」
僕はその結果に心からホッとしながらも、正直、自分を情けなく思った。自分にとって何よりも大切な人がこんなになるまで頑張っていたのに……無理していることに気づいてあげることができなかった。結果、桜子に不安を与えてしまい、痛い思いをさせてしまった。医師として、そして、彼氏として本当に申し訳ないことをしたと心底反省した。医師だから、体も心も強いわけではない。もがきながら、苦しみながら、逃げ出したい気持ちもある中で、みんな必死に患者さんのために頑張っている。僕も今回の事を教訓にして、桜子の体調も気にしながら、お互い励ましあって、支え合って生きていきたいと思った。もう二度と桜子を不安にさせないと、心に誓った。「ごめんね。本当に心配かけて。何だかみんなに心配をかけてしまって……恥ずかしい。これからは、一生懸命、妊婦さんや婦人科の病気を抱えている人のために頑張っていくね。あ、でも、自分の体にも気をつけていきます」「……うん。そうだね。僕もたくさんの人の命を守りたい。その気持ちを永遠に持ち続けて、そして、桜子のこと、必ず……幸せにしたい」「蒼太さん……?」「本当はもっとロマンチックな形で言いたかったけど、今どうしても君に伝えたいから」「えっ?」「桜子。僕たち結婚して、夫婦にならないか?」「……蒼太……さん?」「お互いに支え合って、いつまでもずっと一緒にいよう。絶対幸せにするから、僕についてきてほしい」「……嬉しい。蒼太さん、私、とっても嬉しいよ」「ほんと?」「うん、私を選んでくれて本当に本当にありがとう」「こちらこそ……。うわっ、すごくドキドキした」あまりの緊張に思わず心臓を抑えた。「私もドキドキしたよ。ありがとう、ほんとに嬉しい」「うん、僕も嬉しい。良かった……」病院の片隅、僕たちは永遠の愛を誓った。泣きながら笑うなんて変だけど……でも、こんなに幸せでいられることに感謝しかなかった。***それからしばらくして、両親と僕たちは川の近くにあるキャンプ場にやってきた。流れる水がとても綺麗で、心地よい風が吹いている。最高のキャンプ日和だ。早速、近くにテントを張ってバーベキューの準備をする。父も母も、桜子の元気な姿を見て、とても嬉しそうだった。「何だか蒼太の子供の頃を思い出すわね。川辺で遊んでいる姿がとても可愛かったわよね。ほ
数日して、桜子が胃カメラを受ける日がやってきた。一旦腹痛も治まり、翌日には退院して、仕事にも戻っていた。僕の両親と桜子、4人でその話をしたら、父も母もとても心配していた。父は外科医、母は看護師、2人とも熱い志を持って今も仕事をしている。2人とも可愛い桜子に対して何かしてあげたいとの思いを語ってくれた。「お父さん、お母さん。私のことをそんなに心配してくださって、本当にありがとうございます。産婦人科医として働いている自分が病気になるなんて……すごく情けないです」桜子は沈痛な面持ちで頭を下げた。「何を言ってるの。人間は病気になるものよ。でも病院に行って治療を受ければ大丈夫。病院と先生を信じてね。きっと良くなるわ。情けないなんて言っちゃだめよ」母が丁寧に諭すように言った。看護師としての母も、普段の母も、とても穏やかで優しい人だ。「お母さん……。励ましていただいてとっても心強いです」「いえいえ、私は昔、外科医である主人によく怒られていたのよ。笑顔で患者さんに接して、決して不安にさせてはいけないって」「別に怒っていたわけじゃないよ」父が照れながら言う。僕にはわかるけどね、父は母のことが大好きで、でも、うまく気持ちを伝えられずに、そういう態度で接してしまっていたんだって――「とにかく患者さんに優しく不安を与えずに治療を続ける主人を見て、とても感動したの。患者さんは先生に頼るしかない。わからないから不安になる、だから、先生に優しくされたら心から安心するのよね。主人と関わる患者さんは皆そうだったわ」「……そのくらいでいいから」「お父さん、照れすぎだよ。お母さんはそんなお父さんのことをいつだって尊敬していた。僕もその姿を見ていたから、お医者さんになりたいって子供の時から決めてたよ。無事に父さんと同じ外科医になれて本当に良かったと思ってる」「そうよね。だってそのおかげで蒼太は、桜子さんと出会うことができたんだもの」「お母さんがお父さんと出会ったように……ですね」桜子が少し目を潤ませて、そう言った。「そうね。私も主人と出会えて本当に幸せよ。可愛い桜子さん、本当に蒼太と出会ってくれてありがとうね。病気の事はきっと大丈夫だから。信じましょう。元気になったら、みんなでバーベキューでも行きましょう」「うわぁ、楽しみです。バーベキューなんて小学生の時以来で
優秀な外科医である父の背中を見て育った僕は、昨年研修医を経て、無事に父と同じ外科医となった。まだまだ未熟だけれど、志は熱い。これからたくさんのことを学んで、多くの患者さんを救いたいと心に誓っている。大学病院の外科での仕事は大変だけれど、それを支えてくれる父や母、そして、僕の彼女の「相川 桜子」、みんなのおかげでモチベーション高く頑張れている。桜子は同じ大学で医学を学んだ同士であり、現在は産婦人科医として頑張っている。父や母の知り合いの七海先生の話はよく聞いていたが、僕も、産婦人科医はとても大変で尊い仕事だと認識している。桜子とは新米の医者同士、励ましあったり、知識を共有したりして、お互い尊敬しあっていてとても良い関係だ。そう、彼女は、僕の最高のパートナー。来年あたり結婚して、仲の良い楽しい家庭を作りたいと思っている。もちろん、授かることができれば、かわいい赤ちゃんも欲しい。僕の両親もそのことをとても喜んでくれていて、優しくて品があって、努力家の桜子のことをすでに娘みたいに可愛がってくれている。***そんなある日のこと。桜子はいつものように実家から大学病院に向かった。電車を降りて病院まで歩いている途中の事だった。桜子が急に腹痛を訴えて倒れ込み、たまたま近くにいた人が救急車を呼んでくれ、僕たちが勤める大学病院に運ばれた。知らせを聞いて、僕は慌てて桜子の元に飛んでいった。桜子はお腹を押さえ、冷や汗をかいてベッドに横たわっていた。「桜子!大丈夫か?」「あっ、ごめんね。仕事中なのに」「何言ってるんだ。そんなこと気にするな。それより大丈夫なのか?」「……うん、急にお腹を刺すような痛みがして……」僕は目の前にいる桜子を見て、胸が張り裂けそうなくらい不安になった。一体何が起こったのかと心配で心配でたまらない。なのに、今の自分には何もしてあげることができず、医師として情けなくて悲しくて、無力さを痛感した。「蒼太先生。桜子先生は今から検査に入ります。すみませんが、しばらく待っていて下さいね」「わかりました。先生、どうかよろしくお願いします」 「大丈夫ですよ。しっかり検査させていただきます。終わったらまた連絡しますね」「お世話になります。ありがとうございます」僕はそう言って、担当の先生に頭を下げ、不安な気持ちを抱えたまま外科に戻った
伯母さんに結婚をせかされてから数日後、僕は、いつものように松下総合病院で仕事をしていた。「歩夢さん。あの……私、もうすぐ退院ですよね」「そうですね。よく頑張りましたね」「あの……退院する前に話しておきたいことがあって……」しばらく入院していた田川 紗英さんに、突然話しかけられてびっくりした。「……どうかしましたか?田川さん」「……入院中、仲良くしてくれてありがとうございました。すごく不安で仕方なかったけど、歩夢さんのおかげでリラックスして手術も受けれたし、術後もいっぱい励ましてもらったから今日まで頑張れました」僕より2つ年下の彼女。気づけば、田川さんは僕のことを名前で呼んでくれていた。「ありがとうございます。そう言ってもらえたら嬉しいです。少しでも田川さんのお役に立てたならよかったです」「少しだなんて。歩夢さんにはたくさんたくさん励ましてもらいました。私、すごく……幸せでした」「そんな大げさですよ、幸せだなんて。これから先、あなたにはたくさん幸せなことが待っていますから」「そうですかね……。私にも何か良いことありますかね」「もちろんですよ。絶対あります。田川さんは、退院したらやりたいこととかあるんですか?」田川さんは、小柄で女性らしいふんわりとした印象のある、とても可愛らしい人だ。しかも、性格が良い。趣味の話や、テレビや食べ物の話など、いろいろなことを話している中で意気投合することも多かった。きっと、こんな人と結婚したら毎日楽しんだろうなと、ほんの少し思ったりもした。「……やりたい事はたくさんありますよ。映画も見たいし、ショッピングもしたい。キャンプに行ってバーベキューもしてみたいし、夜空の星を見るツアーにも参加してみたい。あっ、遊園地にも行きたいですね。あとは……う~ん、まだまだやりたい事がいっぱいあってまとまりません」必死に語る田川さんが可愛く思えた。「いいじゃないですか。楽しみがいっぱいですね」「でも……」「でも?」「どれもこれも1人では寂しいです。2人でなら楽しいことばかりですけど……」田川さんは目を閉じて、そして、何かを想像するかのように微笑んだ。「ん?仲良しの友達がいるんですか?」「……友達はいますけど……そういう楽しいことを一緒にしたいと思うのは、やっぱり……」田川さんは、急に僕から視線を外し戸惑
「歩夢、いい加減、そろそろあなたも結婚とか考えたらどうなの?いつまでも1人じゃ寂しいでしょ」伯母の中川師長にまた同じ質問をされた。もう何度目だろう。もちろん、伯母さんだって本当は言いたくないだろうけど……「だから、いつも言ってるように、僕には彼女がいないんだから結婚なんてできないよ。相手がいなきゃ、結婚はできないんだからね」「当たり前でしょ。そんなことわかってるわ。ほんとに毎回毎回同じことばかり。歩夢にはその気がないの?」今日の伯母さんはいつも以上に必死だ。「その気がないわけじゃないよ。でも……病院にいたら出会いなんてないよ」「そうはいうけど、今どきネットとか出会いはたくさんああるんでしょ?何か試して前に進んでみたら?この間も、私の知り合いの娘さんが、その……なんて言うのかしら?マッチングアプリ?そういうので、素敵な人と出会ったらしいわよ。いろんな相手がいてね、こちらが興味を示したらボタンを押すんですって。それを見て相手も興味を持ってくれたら、会ったりするんですって~。すごいわよねぇ~」伯母さんの口からマッチングアプリなんていう言葉が飛び出すとは思ってもみなかった。確かに……伯母さんの助言は有難いと思う。だけど、今の僕には誰かと付き合うなんてまだ考えられない。正直、藍花さんと離れて数年、他の誰かを好きになることはなかった。無理して誰かを好きになろうとも思わなかった。僕は……きっとこのまま独身のまま人生を終えるのだと……そんな気がしていた。それでもいいとさえ思っていた。「伯母さんの気持ちは本当にありがたいけど、もう少し今は仕事を頑張っていたいんだ。まだまだ未熟だし、仕事が1番楽しい。もっと勉強して、いろんなことを知りたいから。そうだ、伯母さんこそマッチングアプリとかしてみれば?良い相手が見つかるかも知れないよ」「な、な、何を言ってるのよ!伯母さんをからかわないで。ま、全く何を言ってるのかしらね。私がマッチングアプリなんてするわけないでしょ」かなり慌ててる伯母さんをみたら、さらにからかいたくなった。「伯母さんも第2の人生を楽しんでみたら?イケメンでお金持ちの人もいるかも、僕、断然応援するよ」「私のことはいいのよ、ほんとにもう。歩夢……。あなた、もしかして、まだ藍花ちゃんのことを?」伯母さんにはとっくの昔から僕の気持ちを見抜かれ