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第2話

Author: 柚乃
「バカね、莉奈の言うことなんて本気にしなくていいのよ!」

佳代はそう言うと、莉奈をたしなめた。「何をくだらないこと言ってるの。一日中ふざけてばかりで、子どもに変なことを教えないでちょうだい」

莉奈はにこにこと笑った。「はいはい。じゃあ、私はお邪魔みたいだから先に行くね」

ちょうど玄関を出たところで紗季と鉢合わせしたが、まるで見えていないかのように、鼻歌を歌いながらその横を通り過ぎていった。

紗季は中へ入ると、「お義母さん」と声をかけた。

佳代は軽くうなずいた。「おばあちゃんは二階で休んでるわ。あなたたちを呼んだのは私よ」

紗季はふと視線を向け、一人掛けのソファに座る怜司を目の端で捉えた。怜司は脚を少し開き、体を前に傾けて雑誌をめくっている。まるで、周りで何が起きようと自分には関係ないとでもいうように。

彫りの深い端正な顔立ちは、どの角度から見ても隙がない。その身からは冷たく人を寄せつけない空気が漂っていて、誰もが無意識のうちに近づくのをためらってしまう。

だが、以前の紗季は、どうしようもなく彼に惹かれていた。怜司を見るたび、どうしてもそばに寄りたくなった。

たとえ嫌がられても、それでいいと思っていた。

「莉奈の性格は、あなたたちもよく知ってるでしょう。今日のことは、あの子が冗談を言っただけよ。だから、誰も気にしないこと。もう二度と口にしないで。いいわね?」

怜司は立ち上がると、そのまま外へ向かった。佳代の長い小言を聞くのが、昔から苦手だった。

「パパ……」奏太も後を追いかけ、怜司の手を握った。

リビングには、紗季と佳代の二人だけが残った。

佳代はため息をつき、少し背もたれに体を預けると、隠そうともせず紗季を上から下までじっくり見た。

「怜司は外で仕事をしてるんだから、人付き合いも多いし、仕事のために愛想よく振る舞うことだってあるわ。

あなたが仕事の面で怜司を支えられるなんて、私たちも最初から期待してない。ただ、妻としてやるべきことくらいはしてちょうだい。自分はいつもきれいにして、家の中もきちんと片づけておくの。

黒田家の妻が、そう簡単に務まるものじゃないわ。結婚さえすれば、あとは何もしなくていいなんて思ってるなら、大間違いよ。

今回のことをいい教訓にして、これからちゃんと黒田家の妻としてどう振る舞うべきか学びなさい」

紗季は佳代の前でうつむいたまま、足が痺れるほど立ち尽くしていた。

唇の端を苦しげに引きつらせる。

おかしな話だ。浮気をしたのは怜司なのに、叱られているのは自分だ。

佳代は言いたいことを言い終えると、「もういいわ。行きなさい」と追い払うように言った。

何を言われても黙って受け入れる紗季の態度は、どこか卑屈で、見ているだけで佳代は苛立ちを覚えた。

「怜司を呼んできて」紗季が出ていくと、佳代はすぐに使用人へ言いつけた。

……

一方、紗季はそのまま奏太を探しに向かった。

午後になってから、まだろくに顔も見ていない。今は無性に奏太に会いたかった。

奏太は家の使用人たちに見守られながら、池のほとりで子ども用の釣り竿を手に魚釣りをしていた。

紗季はその姿を見つけると、そばへ歩み寄った。

「ママ」奏太は振り返って声をかけた。

紗季はしゃがみ込み、息子の小さな頭を優しく撫でてから、柔らかな頬にそっとキスをした。

「さっき、莉奈と何を話してたの?」

優しく尋ねると、奏太は眉を寄せた。「何も話してないよ」

奏太が何も教えてくれないのを見て、紗季は少し間を置いてから、また尋ねた。「じゃあ、今日の午後、パパとどこへ行ってたの?」

奏太は水面をじっと見つめたまま、「ねえ、ママ、もう聞かないでよ。せっかくの魚が逃げちゃうじゃん」

紗季はそれ以上聞くのをやめた。水面で揺れる光が顔に反射し、紗季の顔はいっそう青白く見えていた。

唇を噛みしめ、胸の奥に広がる苦しさを必死に押し込める。

奏太は生まれつき体が弱く、紗季はずっと家に残って彼の世話をしてきた。

体が弱いくせに、性格は怜司によく似ていた。同年代の子どもより大人びていて、その冷たく淡々としたところまで、怜司とそっくりだ。

以前はいつも紗季にべったりだったのに、ここ二年ほど、どういうわけか少しずつ距離を置くようになっていた。

……

怜司がリビングに入ってきた。

佳代は困ったような口調で言った。「美月のことは私も好きよ。よく思うの。あのとき、あなたが美月と結婚してくれていたらよかったのにって。でも、もう紗季とは結婚しているんだから、奏太のためにも、もう少し慎重に行動したほうがいいわ」

怜司は冷めた表情のまま、何も答えなかった。話を聞いているのかどうかも分からない。

「たとえ離婚したいと思っていても、焦って決めることじゃないわ。忘れないで。あなたはまだ、今の立場を完全に固めたわけじゃないんだから。

本当に紗季が嫌なら、あと二年待ちなさい。あなたの立場がしっかりして、奏太ももう少し大きくなってから、二人で離婚すればいいわ」

怜司には叔父が一人いた。その叔父には息子が二人いて、そのうち下の息子は、祖母の黒田千鶴(くろだ ちづる)に特に可愛がられていた。

黒田家の当主が亡くなったあと、千鶴は一時、本気でその末の孫に家を継がせようと考えていた。

幸い、怜司は決断が早く容赦もなかった。叔父一家を海外へ追いやり、千鶴の望みを断ち切った。

そんな不安定な時期に、紗季は怜司と結婚した。

「分かった」怜司は苛立ったように立ち上がった。

「あ……」佳代は最後まで言葉を続けられず、怜司が出ていくのをただ見送るしかなかった。

どこか寂しそうな目をして、心の中でつぶやいた。

この子は、どうして昔から私には懐いてくれないのかしら……

奏太は魚を釣れなかったので、祖母のところへ行くと言い出した。

紗季は使用人に奏太を連れて帰るよう頼み、自分は池のほとりにある東屋のそばに立っていた。すると突然、電話で話している声が聞こえてきた。

振り向くと、葦の茂み越しに怜司の姿が見えた。

風に揺れる葦の向こうで、黒いスーツに身を包んだ怜司は、冷たく整った顔立ちをしていた。手には一本の煙草を挟んでいる。

「意外でもなんでもない」怜司が言った。

電話の向こうから、甘えるような声が返ってくる。「もう、何それ!」

「だって、昔からずっと優秀だっただろ。これくらいの結果が出ても、俺は全然驚かないよ」

向こうの女性は、怜司の言葉を聞いてすっかり機嫌をよくしたらしい。

紗季は指をぎゅっと握りしめた。胸の奥に、細かな痛みがじわじわと広がっていく。

怜司は、女性を喜ばせることもできるんだ。

あんなに甘い言葉まで言えるなんて。

電話の向こうで何か言われたのか、怜司はスマホの画面にそっと口づけた。

紗季は呆然とした。まるで頭を殴られたようだ。

怜司がこんなことをするなんて、考えたこともなかった。

それでも、考えてみれば当然なのかもしれない。どれだけクールな男でも、好きな相手の前では子どもっぽくなって、自分から積極的になるものなのだ。

「もう十分聞いただろ?」怜司は電話を切ると、振り返った。

紗季がそこにいることには、とっくに気づいていた。隠すつもりもなかったのだ。

紗季は緊張した。怜司を前にすると、どうしても本能的な怖さがあった。

大学時代、彼に一目惚れした。ずっと片思いをしていたせいで、彼を前にするといつも緊張して、胸が激しく高鳴った。まともに一言話すことさえできなかった。

結婚してからは、怜司に自分を好きになってもらいたくて、いつも彼の機嫌をうかがいながら過ごしていた。

あの頃の紗季はまだ若く、顔立ちも整っていてスタイルもよかった。子どもを産んだあとも、体型はきれいに保っていた。

怜司の機嫌がいいときは夫婦の営みをすることもあったが、彼はいつも自分のことしか考えていなかった。自分だけ満足すると、さっさと部屋を出ていく。後始末は、いつも紗季が一人でするしかなかった。

けれど、そんな日々を送るうちに、紗季はどんどん太っていき、表情からも生気が失われていった。怜司は、もう彼女に触れなくなっていた。

「午後、パーティーで奏太と一緒にいるところを見たわ」紗季が言った。

カチッ。

銀色のライターが鳴り、青い炎がふっと立ち上がる。怜司は少し顔を傾け、煙草に火をつけた。「それで?」

煙の向こうで顔はぼんやりと霞んでいたが、冷たく険しい目だけは、刃物のように真っすぐ紗季へ向けられていた。

紗季は口元をわずかに引きつらせた。

それで、どうしろというの?

まさか、ここで泣いて騒ぐわけにもいかない。そんなことをしたら、惨めな自分を晒すだけだ。

それに、そんなことをすれば、怜司にますます嫌われてしまう。

「別に……何でもないわ」紗季はそう言って、背を向けた。

その背中に、怜司の声が飛んできた。「離婚したいなら、来週の月曜、午前十時に会社へ来い。そこで話そう」

紗季の足が止まった。

しばらくして、彼女は答えた。「分かった」

煙草を挟んだ怜司の指が、わずかに止まった。振り返り、遠ざかっていく紗季の背中を見つめる。その返事があまりにもあっさりしていたことが、意外だったようだ。

「時間は守れ。俺は人を待つのが嫌いなんだ」

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