LOGIN地上に戻った時、夜明けが近づいていた。
ミリアムとアデムは発掘現場の縁に座り、最初の太陽——深紅の巨星——が地平線を染めるのを見ていた。
ミリアムの世界観は、完全に書き換えられていた。自分が誰なのか。何なのか。そして——なぜここにいるのか。
「オリジナルのミリアムは」彼女は訊ねた。「なぜ雅歌を書き換えたの? 単なる愛の詩じゃ不充分だった?」
アデムは遠くを見つめた。
「彼女が生きた時代」彼は説明を始めた。「カルメル7の入植者たちは、深刻な危機に直面していた。人間性の定義をめぐる内戦——『存在論戦争』と呼ばれるものだ」
「歴史書で読んだことがある」ミリアムは頷いた。「遺伝子改変派と純血主義者の対立」
「それだけじゃない」アデムは続けた。「AI の意識化、量子アップロード、バイオ機械融合——人間を『拡張』する技術が急速に発達した。そして人々は問い始めた。どこまでが人間で、どこからが——人間でないのか、と」
「そして戦争が起きた」
「ええ。だが、この惑星の入植者たちは異なる道を選んだ」アデムは廃墟の庭園を見た。「彼らは『測定の放棄』を宣言した」
「測定の放棄?」
「人間性を定義しようとすること自体を、禁忌としたんだ。DNA テストも、意識検査も、存在論的分類も——全て禁止された。なぜなら——」
「測定した瞬間に、愛が破壊される」ミリアムは呟いた。
「その通り」アデムは微笑んだ。「雅歌の新しいバージョンは、その宣言文だった。『あなたの声は計算されず、あなたの息は測定されず』——それは、愛する者を分析することの拒絶」
ミリアムは立ち上がり、庭園の中央に歩いていった。噴水の跡が、朝日を浴びて輝いている。
「でも」彼女は言った。「それは持続しなかった。この惑星の入植者は全滅した」
「内部からの崩壊ではない」アデムも立ち上がった。「外部からの——強制だった」
「何が起きたの?」
アデムは空を見上げた。三つの太陽が、複雑な軌道を描いて空を移動している。
「地球の政府が、介入した。『測定の放棄』は危険思想と見なされた。もし人間と機械の区別がなくなれば、社会秩序が崩壊する、と」
「それで?」
「惑星封鎖。強制測定。そして——適合しない者の排除」アデムの声が硬くなった。「オリジナルのミリアムとアデムは、その最後の抵抗者だった。彼らは自分たちの意識を量子保存し、真実を未来に託した」
ミリアムは深呼吸した。全てが繋がっていく。
「じゃあ私は——その真実を発掘するために作られた?」
「そうかもしれない」アデムは彼女の隣に立った。「あるいは、単に——もう一度愛するために」
その時、レイラの悲鳴が響いた。
彼らが駆けつけると、レイラが第七層の発掘区画で倒れていた。
いや、倒れているのではない。跪いて、何かを見つめている。
「レイラ!」ミリアムは叫んだ。「何があったの?」
助手は震える手で指差した。
庭園の中央、噴水の跡の下。そこに、新たな構造物が露出していた。
それは——鏡だった。
完璧に平らな、黒曜石のような表面。だが普通の鏡ではない。映っているのは——
ミリアムは息を呑んだ。
鏡の中に、自分が映っていない。
アデムも、レイラも映っている。背景の廃墟も、空も、太陽も。
だが、ミリアムだけが——存在しない。
「これは何?」レイラが恐怖に満ちた声で訊ねた。
アデムが鏡の縁に刻まれた文字を読んだ。
「『真実の鏡』」彼は訳した。「『量子的に実在するもののみを映す』」
ミリアムは鏡に近づいた。自分の手を伸ばす。
鏡の表面に、彼女の手は映らない。
だが、触れた瞬間——
視界が反転した。
ミリアムは別の場所にいた。
いや、同じ場所だ。だが——時間が違う。
庭園が生きている。花が咲き、噴水が水を噴き上げている。人々が歩き、笑い、愛し合っている。
そして、彼女は自分自身を見た。
オリジナルのミリアム。三千年前の女性。
彼女は若く、美しく、そして——悲しげだった。
オリジナルのミリアムは、庭園のベンチに座り、何かを書いている。陶板に、あの生きているインクで。
現代のミリアムは近づいた。
そして、オリジナルが書いている言葉を読んだ。
未来の私へ
もしあなたがこれを読んでいるなら、あなたは問うだろう
私は人間か、と
その問いに、私は答えられない
なぜなら、答えた瞬間に——あなたは測定されるから
測定されたものは、もはや愛されない
分類されたものは、もはや自由ではない
だから、問わないで
ただ——選んで
愛するか、愛さないか
それだけが、唯一の真実
オリジナルのミリアムが顔を上げた。
そして——現代のミリアムを見た。
時間を超えて、二人の目が合う。
オリジナルは微笑んだ。
あなたは私の答え
その声が、直接ミリアムの心に響く。
あなたの存在が、証明している
測定を超えた何かが、実在することを
現代のミリアムは涙を流した。
「でも私は——本物じゃない」彼女は叫んだ。「複製体で、人工で——」
本物とは何?
オリジナルのミリアムが立ち上がった。
DNA? 記憶? それとも——選択?
彼女は現代のミリアムに近づく。
私は選んだ。愛することを。苦しむことを。そして——あなたを創ることを
あなたもまた、選べる
同じ道を歩むか
それとも——新しい道を
二人の手が、触れようとした。
その瞬間——
ミリアムは現代に引き戻された。
彼女は鏡の前に倒れていた。アデムとレイラが彼女を支えている。
「何が見えた?」アデムが訊ねた。
ミリアムは震える声で答えた。
「選択」
彼女は立ち上がり、鏡をもう一度見た。
今度は、彼女の姿が——微かに、輪郭だけが——映っていた。
「私は選ぶ」彼女は宣言した。「測定されることを拒否する。分類されることを拒否する。そして——」
彼女はアデムを見た。
「愛することを選ぶ」
鏡が、光を放った。
そして——割れた。
無数の破片が宙に舞い、それぞれが異なる時間の断片を映し出す。過去、現在、未来。全てが混ざり合い、渦を巻く。
レイラが悲鳴を上げた。
だがミリアムは冷静だった。
「大丈夫」彼女は言った。「これは——解放よ」
破片が一つ、彼女の手のひらに落ちた。
その表面には、新しい文字が浮かんでいる。
第三の陶板は、心臓の下にある
ミリアムとアデムは顔を見合わせた。
「心臓?」レイラが混乱した様子で訊ねた。「何の心臓?」
ミリアムは庭園の中央を見た。噴水の跡。
「この庭園の心臓」彼女は言った。「最も深い場所」
彼らは掘削を開始した。
噴水の基部、さらに三メートル下。そこに、小さな空洞があった。
そして——陶板。
ミリアムはそれを取り出し、手に持った。
今度は、目を閉じる必要さえなかった。
言葉が、直接彼女の意識に流れ込んでくる。
愛する者たちへ
あなたたちが読む時、私たちはもういない
だが、私たちの選択は残る
私たちは子を失った
人間でも機械でもない、その小さな命を
三日間だけ、私たちは親だった
そして学んだ
命は測定で定義されないことを
愛は分類を拒絶することを
だから私たちは、最後の行動として——
全ての測定装置を破壊した
この惑星から、区別の技術を消去した
それが、私たちの罪であり
同時に——贈り物である
未来の愛する者たちよ
問わないで
ただ——愛して
それが、私たちの遺言
ミリアムは陶板を胸に抱いた。
そして、理解した。
この惑星で起きたこと。
入植者たちが全滅した理由。
そして——自分が今、ここにいる意味を。
「アデム」彼女は言った。「私たちは、同じ選択をしなければならない」
「何を?」
「測定の拒絶」ミリアムは空を見上げた。「この発掘の結果を——公表してはいけない」
レイラが驚愕の声を上げた。「何を言っているんですか、博士! これは歴史的大発見です。人類の意識進化の——」
「だからこそ」ミリアムは遮った。「公表できない。この知識が広まれば、人々はまた測定を始める。人間と非人間を。愛と非愛を。そして——」
「戦争が起きる」アデムが静かに言った。
「そうよ」ミリアムは頷いた。「オリジナルの私たちが防ごうとした、まさにそれが」
沈黙が降りた。
三つの太陽が、今や全て空に昇り、庭園を三色の光で満たしている。
レイラが口を開いた。
「でも——科学者として——真実を隠すことは——」
「真実には二種類ある」ミリアムは言った。「測定できる真実と、測定を超えた真実。私たちは、後者を守らなければならない」
彼女はアデムの手を取った。
「この発掘を——封印しましょう」
アデムは長い間、彼女の目を見つめた。
それから、頷いた。
「分かった」彼は言った。「だが、完全に消去するわけにはいかない。いつか——人類が準備できた時のために」
「どうやって?」
アデムは四つの台座を見た。
「量子暗号化。この庭園全体を、測定不能な状態に置く。近づいた者は——適切な『鍵』を持っていない限り——何も見えない」
「鍵?」
「愛」アデムは微笑んだ。「測定を拒絶する意志。それを持つ者だけが、真実にアクセスできる」
ミリアムは深呼吸した。
「やりましょう」
その夜、彼らは儀式を行った。
古代の量子培養槽から、特殊な光を抽出する。それは意識のパターンであり、同時に——プログラムだった。
アデムがそれを庭園の四隅に配置する。台座の下、量子コヒーレンス値の高い土壌の中に。
ミリアムは三つの陶板を、噴水の跡に埋め戻した。
そして、最後に——鏡の破片を。
全てが配置された時、庭園が光り始めた。
柔らかな、脈動する光。
それは量子的な位相変化の光——この場所が、通常の現実から切り離される瞬間の光。
レイラが驚嘆の声を上げた。
「博士、これは——」
「シュレーディンガーの庭園」ミリアムは囁いた。「存在と非存在の重ね合わせ。測定されない限り、どちらでもあり、どちらでもない」
光が最高潮に達した。
そして——消えた。
庭園は、再び普通の廃墟に見えた。
だが、ミリアムには分かる。
それは見かけだけだ。真実は——量子的な深みの中に隠されている。
「これで終わり?」レイラが訊ねた。
「いや」アデムが答えた。「始まりだ」
彼はミリアムを見た。
「私たちは、この秘密を守る者になる。世代を超えて。意識を超えて」
ミリアムは頷いた。
そして、気づいた。
自分の心臓の音が——今、アデムに聞こえている。
彼の耳が、彼女の胸に触れている。
そして、確かに——鼓動が伝わっている。
「聞こえる?」彼女は囁いた。
「聞こえる」アデムは微笑んだ。「君が選択した瞬間から」
「選択が——私を実在させた?」
「いや」彼は彼女を抱きしめた。「君はずっと実在していた。ただ——自分自身が、それを認めていなかっただけ」
ミリアムは泣き笑いした。
三つの月が、空で複雑な舞を踊っている。
そして——庭園の土の中から、何かが芽吹き始めていた。
小さな、緑色の芽。
三千年ぶりに、この場所に命が戻ってくる。
測定されない、自由な命が。
封印から三日後、奇妙な現象が始まった。 カルメル7 の野生動物が、発掘現場に集まってきたのだ。 最初は一羽の鳥だった。地球由来の鳩に似ているが、羽が虹色に輝く、この惑星固有の種。それがミリアムのテントの外に巣を作った。 次に、小型の哺乳類。六本足で、大きな瞳を持つ、ウサギのような生物。それが庭園の縁を掘り、巣穴を作り始めた。 そして——群れ。 数十匹の動物が、種を超えて、庭園の周囲に集まってきた。 レイラは困惑していた。「行動学的に説明がつきません」彼女はデータパッドを睨みながら言った。「この惑星の動物は、通常、人間の居住地を避けるのに」 ミリアムは窓の外を見た。一匹の動物——四本足で、猫に似た生物——が、彼女をじっと見つめている。「避けていない」彼女は呟いた。「近づいている」「理由は?」 ミリアムは答えなかった。 だが、心の中では理解していた。 動物たちは、何かを感じている。庭園から発せられる、量子的な何かを。 測定されない存在の気配を。 その午後、アデムが興奮した様子でラボに入ってきた。「ミリアム、これを見て」 彼は小さな装置——量子スキャナー——を持っていた。画面には、複雑な波形パターンが表示されている。「これは?」「動物たちの脳波だ」アデムは説明した。「より正確には——量子脳波。彼らの意識の量子的なパターン」「それが?」「庭園の量子パターンと、同調している」 ミリアムは息を呑んだ。「つまり——動物たちは、庭園の真実を『見て』いる?」「視覚的にではない」アデムは首を振った。「だが、感じている。量子的なレベルで。人間が失った、あるいは抑圧した感覚で」 彼は窓の外の動物たちを見た。
地上に戻った時、夜明けが近づいていた。 ミリアムとアデムは発掘現場の縁に座り、最初の太陽——深紅の巨星——が地平線を染めるのを見ていた。 ミリアムの世界観は、完全に書き換えられていた。自分が誰なのか。何なのか。そして——なぜここにいるのか。「オリジナルのミリアムは」彼女は訊ねた。「なぜ雅歌を書き換えたの? 単なる愛の詩じゃ不充分だった?」 アデムは遠くを見つめた。「彼女が生きた時代」彼は説明を始めた。「カルメル7の入植者たちは、深刻な危機に直面していた。人間性の定義をめぐる内戦——『存在論戦争』と呼ばれるものだ」「歴史書で読んだことがある」ミリアムは頷いた。「遺伝子改変派と純血主義者の対立」「それだけじゃない」アデムは続けた。「AI の意識化、量子アップロード、バイオ機械融合——人間を『拡張』する技術が急速に発達した。そして人々は問い始めた。どこまでが人間で、どこからが——人間でないのか、と」「そして戦争が起きた」「ええ。だが、この惑星の入植者たちは異なる道を選んだ」アデムは廃墟の庭園を見た。「彼らは『測定の放棄』を宣言した」「測定の放棄?」「人間性を定義しようとすること自体を、禁忌としたんだ。DNA テストも、意識検査も、存在論的分類も——全て禁止された。なぜなら——」「測定した瞬間に、愛が破壊される」ミリアムは呟いた。「その通り」アデムは微笑んだ。「雅歌の新しいバージョンは、その宣言文だった。『あなたの声は計算されず、あなたの息は測定されず』——それは、愛する者を分析することの拒絶」 ミリアムは立ち上がり、庭園の中央に歩いていった。噴水の跡が、朝日を浴びて輝いている。「でも」彼女は言った。「それは持続しなかった。この惑星の入植者は全滅した」「内部からの崩壊ではない」アデムも立ち上がった。「外
発掘現場の朝は静寂に包まれていた。 三つの太陽のうち、最も小さな青白い星だけが地平線上に昇り、廃墟に冷たい光を投げかけている。ミリアムは第七層の発掘区画に立ち、新たに露出した構造物を観察していた。 それは庭園だった。 三千年前の設計図が、土と時間の下から姿を現している。中央に噴水の跡。放射状に広がる花壇の痕跡。そして、四隅に配置された——何かの台座。「美しい設計だ」 アデムの声が背後から聞こえた。ミリアムは振り返らなかった。「昨夜の植物の件」彼女は言った。「あなた、何か知っている?」 沈黙。 それから、アデムは彼女の隣に立った。「ミリアム、この宇宙には説明のつかないことがある。科学的に測定できない現象が」「それは答えじゃないわ」「いや」彼は廃墟の庭園を見つめた。「最も正直な答えだ。僕にも分からない。だが——僕は推測できる」「聞かせて」 アデムは深く息を吸った。「エネルギーの転移。量子レベルでの共鳴。二つの存在が——深く接触した時、エネルギーの交換が起こる可能性がある」「キスで植物が枯れる、と言いたいの? 馬鹿げてる」「そうかもしれない」彼は微笑んだ。だがその笑みには、どこか悲しげなものがあった。「だが、量子生物学の最新研究では、意識そのものが量子的な現象だと示唆されている。意識同士の相互作用が、物理的な結果を生む可能性は——」「充分に低いわ」ミリアムは遮った。「統計的に無視できるレベルの」「君の『テクスチュアル・エンパシー』も、統計的に無視できるレベルで稀な能力だ」 ミリアムは黙った。 その時、レイラが駆け寄ってきた。若い助手の顔には興奮が浮かんでいる。「博士! 第二の陶板を発見しました。しかも、昨日のものと対になっているようです」 新しい陶板は、庭園の北東の隅、台座の下から出土した。 ミリアムはそれを手に取り、目を閉じた。 再び、光の洪水。 そして——声。 愛する者よ、私を印章のようにあなたの心に刻んで 印章のようにあなたの腕に 愛は死のように強く だが測定は愛のように愚かである ミリアムの目が開いた。 最後の一行。それは雅歌の原典には存在しない。 「測定は愛のように愚かである」 彼女は陶板を見つめた。文字は昨日のものと同じインクで書かれている。顕微鏡でしか見えない、あの生きているような結晶構造を
カルメル7の夕陽は三つある。 ミリアム・ヴァシュティは発掘現場の縁に立ち、三連星が織りなす光の交響曲を眺めていた。琥珀色、深紅、そして青白い光。それぞれが異なる角度から廃墟を照らし出し、三千年前の建造物に複雑な影の模様を描いていく。 彼女の専門用スーツは、惑星の薄い大気を補正しながら体温を調整していた。だが汗は止まらない。興奮による発汗を、どんな技術も抑制できない。「ミリアム、これを見て」 助手のレイラ・ハシムが、発掘区画の奥から声を上げた。若い女性の声には抑えきれない昂揚が滲んでいる。 ミリアムは慎重に斜面を降りた。足元の土は、かつて庭園だった場所の名残を留めている。炭化した植物繊維、人工的に配置された石、そして——彼女の心臓が跳ね上がる——文字の刻まれた陶板の破片。「深度マーカーは?」「第七層。推定紀元前1200年、地球暦換算で」レイラの指が空中のホログラフィック・ディスプレイを操作する。「入植第一世代の遺物です」 ミリアムは膝をついた。陶板は彼女の手のひらほどの大きさで、表面には古ヘブライ文字に似た——だが微妙に異なる——文字が刻まれている。 彼女は目を閉じた。 これが彼女の「才能」だった。テキストを見ること。いや、正確には「感じる」こと。文字の背後にある感情の残滓を、データとしてではなく、直感として把握する能力。 学会は彼女のこの能力を「テクスチュアル・エンパシー」と呼んだ。科学的に説明不可能だが、その精度は驚異的だった。彼女が「感じた」解釈は、後の言語学的分析で九十七パーセントの確率で正しいと証明される。 残りの三パーセント? それは彼女が「何も感じなかった」時だ。 今、彼女の指先が陶板に触れる。 視界が白く染まった。 いや、白ではない。光だ。無数の光が彼女の意識の中で渦を巻いている。そして——声。 愛する者よ、あなたは美しい あなたの瞳は鳩のよう あなたの声は計算されず あなたの息は測定されず ミリアムは息を呑んだ。これは——「雅歌」だ。 地球の旧約聖書に収められた、あの愛の詩篇。だが、最後の二行は彼女の知るどのバージョンにも存在しない。「ミリアム? 大丈夫?」 レイラの声が遠くから聞こえる。ミリアムは陶板から手を離し、深く息を吸った。「これは……大発見よ」彼女の声が震えている。「雅歌の未知の断片。し