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第4章:動物たちの証言

Author: 佐薙真琴
last update Last Updated: 2025-12-02 15:36:53

 封印から三日後、奇妙な現象が始まった。

 カルメル7 の野生動物が、発掘現場に集まってきたのだ。

 最初は一羽の鳥だった。地球由来の鳩に似ているが、羽が虹色に輝く、この惑星固有の種。それがミリアムのテントの外に巣を作った。

 次に、小型の哺乳類。六本足で、大きな瞳を持つ、ウサギのような生物。それが庭園の縁を掘り、巣穴を作り始めた。

 そして——群れ。

 数十匹の動物が、種を超えて、庭園の周囲に集まってきた。

 レイラは困惑していた。

「行動学的に説明がつきません」彼女はデータパッドを睨みながら言った。「この惑星の動物は、通常、人間の居住地を避けるのに」

 ミリアムは窓の外を見た。一匹の動物——四本足で、猫に似た生物——が、彼女をじっと見つめている。

「避けていない」彼女は呟いた。「近づいている」

「理由は?」

 ミリアムは答えなかった。

 だが、心の中では理解していた。

 動物たちは、何かを感じている。庭園から発せられる、量子的な何かを。

 測定されない存在の気配を。


 その午後、アデムが興奮した様子でラボに入ってきた。

「ミリアム、これを見て」

 彼は小さな装置——量子スキャナー——を持っていた。画面には、複雑な波形パターンが表示されている。

「これは?」

「動物たちの脳波だ」アデムは説明した。「より正確には——量子脳波。彼らの意識の量子的なパターン」

「それが?」

「庭園の量子パターンと、同調している」

 ミリアムは息を呑んだ。

「つまり——動物たちは、庭園の真実を『見て』いる?」

「視覚的にではない」アデムは首を振った。「だが、感じている。量子的なレベルで。人間が失った、あるいは抑圧した感覚で」

 彼は窓の外の動物たちを見た。

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  • 愛は測定を超えて――カルメル7の真実   第4章:動物たちの証言

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