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第6話

Author: 歩々花咲
「白石さん、自分の立場、分かってるよね?」

試着室でウェディングドレスに袖を通した琴音は、ようやく仮面を脱いで、本性をさらけ出した。

苑の心は、もうずっと前に麻痺していた。

「芹沢さん、朝倉が落ちぶれた時にあなたは離れて、今になって戻ってきた。あなたこそ、何様のつもりです?」

「だから何?蓮は私を愛してるの。だから私と結婚する。それに比べてあなたは?ベッドを共にして、一番どん底の時を支えたのに、それでも選ばれなかった」

得意げに、琴音は唇をつり上げた。

でも、それが事実だった。

苑は、張り合うつもりなんてなかった。男を巡って争うつもりもない。ただ、静かに問いかけた。

「……で?それをわざわざ私に言う意味、なんですか?」

「結婚式の後、あんたの顔は見たくないわ」

琴音は、あくまでもストレートだった。

苑はふっと笑った。まぶしいくらいに。

彼女は、去るつもりだった。でも、誰かに追い出される形ではなく、自分の意志で。

だからその「未来の奥さま」の期待は裏切って、挑発するように言った。

「その言葉、蓮から直接聞きたいですね」

「まさか……まだ蓮が自分を愛してるって思ってるわけ?」

琴音の目が鋭く光る。

いいえ――

あの人が、彼女の指からリングを引き抜き、それを琴音の指にはめたあの日。苑の中で、すべてが終わった。

「芹沢さん、そのドレスすごく素敵です。式当日、きっとお似合いですよ」

そう言い残して、更衣室をあとにした。

外に出ると、蓮がもう着替えを終えていた。濃い色のタキシード姿は、一段と凛々しさを際立たせて、無縁メガネの奥のまなざしは、あの日のまま――初めて出会った時と同じだった。

――どうして、こんなに綺麗な人が存在するんだろう。

そんなことを思った、あの頃の自分が懐かしい。

今の蓮は、昔よりもっと洗練されてて、相変わらず目の保養だった。

でも、もし時を巻き戻せるなら。絶対に関わらなかった。近づきもしなかった。

過去は変えられないけど――未来なら、彼のいない未来にすればいい。

「気に入ったのがあれば、選べ」

蓮はそう言って、彼女の目の前に並んだウェディングドレスを指差した。

――何のために?当日、結婚式をぶち壊すつもり?

……そんな幼稚な真似、するわけない。

「プレゼントがドレスだけって、ちょっと寂しくないですか?新郎もセットでくれます?」

苑は皮肉混じりに笑って言った。

蓮の表情が一気に冷える。

「白石、どういう意味だ?」

苑は目の前のドレスに手を添えて、ぽつり。

「急にね、私も結婚したくなったのです」

「お前……わざとだろ?俺は前にも――」

蓮が言いかけたところで、試着室の扉が開いた。

中から琴音が現れた。

高そうなウェディングドレスを身にまとったその姿は、まるで別世界の人みたいで、思わず苑は目を奪われた。

かつては自分もこんな風に、蓮の隣で真っ白なドレスを着る日を夢見た。

でも――それは夢。触れたら消える泡みたいなものだった。

「ねえ、蓮。私、綺麗?」

琴音は蓮の前で、まるで何の裏表もない少女のように笑った。

「……ああ。琴音が一番綺麗だ」

その言葉。かつて苑にもかけた言葉だった。

葉が一日で色を失うわけじゃないし、心が一瞬で冷えることもない。

少しずつ、少しずつ――蓮の言葉や仕草の一つ一つで、苑の心は確かに冷めていった。

「白石さん、どう?綺麗でしょ?あなたも早く選びなさいよ。結婚する時、蓮がまたドレスくれるかもしれないし」

琴音は笑いながら近づいてきて、苑の腕をつかんだ。

その瞬間だった。何か鋭いものが触れたように、ズキンと痛みが走る。

思わず反射的に腕を払った。

琴音の叫び声と同時に、彼女の体がぐらりと傾いた。

そのまま後ろへ倒れていく。

けど、倒れ際に苑の腕を掴み――

そのまま、ふたり一緒に床に崩れ落ちた。

「琴音!」

蓮の声が響いて、彼は琴音のもとへ駆け寄った。

そして、彼女をしっかりと受け止めた。

……苑は、誰にも受け止められることなく、固い床に背中から叩きつけられた。

頭が床にぶつかり、鈍い音が響く。

その音は、まるで店中に響き渡ったかのようだった。

頭がぐわんぐわんして、視界がゆらゆら揺れる。

あのとき――琴音が言った言葉を思い出す。

「まさか、まだ蓮が自分を愛してるって思ってるわけ?」

答えは、ここにあった。

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