로그인その瞬間、充の瞳が激しく揺れた。彼は美紀を突き放し、携帯を奪い取った。全身が石のように固まり、張り詰めた神経が限界を超えて張り裂けそうになった。美紀が充に見せたのは、DNA鑑定書。それも充と黎に関するものだった。そして結果は――充は黎の生物学上の父親ではない。その結果を見た途端、充の視界が真っ暗になり、体中の震えが止まらなくなった。氷の底に突き落とされたような感覚で、頭の中が真っ白になる。美紀は息を整えながら立ち上がり、か細い声で続けた。しかし、その声ははっきりと充の耳に届く。そして、一言一言がナイフのように充の胸を突き刺した。「前、夢香さんと3人で奈緒さんの娘を奪ったのは、あの子の検体を採取して、充さんとDNA鑑定するためだったの。充さんと似ても似つかないからって、ずっと前から、翠さんはあの子が充さんの子じゃないって疑ってて。だから、私たちは鑑定に出した。予想通り、充さんはあの子の父親じゃなかったわ。充さん、まだ奈緒さんのことをいい女だと思ってる?彼女はとっくの昔に充さんを裏切っていたのに。産んだ子供だって、あなたの子どもじゃない。なんで奈緒さんが、騒ぎを起こしてまで充さんと別れたがってるか、これで分かってくれた?」美紀はチャンスとばかりに、長い間胸に溜め込んでいた言葉を、一気に吐き出した。充はぼんやりと美紀を見つめた。体はこわばり、まともに動くこともできない。胸の中で何かが崩れ去る音がした。美紀が涙を拭いながら続ける。「信じてもらえないかもしれないけれど、これが真実。私だって仁哉を裏切りたくなんてなかった。でも、あの日……いとこの聡が海外まで私を追いかけてきて、関係を強要してきたの。そうしなければ仁哉を殺すとまで言って。だから、私にはどうすることもできなかった。まさか、たった一度の関係で、裕弥を身ごもるなんて思っていなかった。もしあの子が仁哉の子じゃないと分かっていたら、産むなんてこともしなかったのに」美紀は泣き崩れた。「私は仁哉を守りたかっただけなのに、事実を知った仁哉は事情も聞かずに別れを切り出してきた。私は……」充は恐る恐る問いかけた。「聡って?この国の裏社会を牛耳り、世界中の犯罪組織と繋がっているあの聡か?」美紀は静かに頷いた。「そう、その人。小さい頃からあの人に
「誤解しないでくれ。美紀は辛いことがあったから、ここへ相談に来ただけなんだ。奈緒。お前が美紀を嫌っているのは分かってる。でも、だからといって坂本にあんなことをさせるなんて、許されることじゃない」充の言葉を聞いた奈緒の瞳は、一瞬で氷のように冷え切った。「真夜中にレースのネグリジェ姿で、男の部屋に来て愚痴を聞いてもらうの?まあ、そういう『従兄妹同士の関係』には、何も言わないよ。でも、美紀みたいな最低な女は、顔を見るたび殴ってやりたくなるのは事実よ!本気で守りたいなら、二度と私の前に現れないようにして。次があったら、私が何をするか分からないから」奈緒の胸の内には怒りが渦巻いていた。二人を見ているだけで、不快で仕方がない。奈緒は携帯を掲げ、充に向けて鼻で笑った。「青木家の身内には何一つ後ろ暗いことはない、なんて言ってたっけ、今決定的な証拠がここにあるわよ。もし母の動画を公開するなら、私は今夜撮ったあなたと美紀の写真と動画、それに私たちの婚姻届受理証明書を全部ネットに流す。今どきの若い人は、母の昔話なんて興味ないでしょうね。でも、『青木グループ社長とその従妹の不倫騒動』っていうスキャンダルなら、大喜びで飛びつく人はいくらでもいると思うけど?気分が悪いから私はもう戻るよ。後は、二人でごゆっくり」胃の奥から吐き気が込み上げてくる。これ以上ここにいたら、本当に吐いてしまいそうだった。だが唯一救いだったのは、充を牽制できる材料がなくて頭を抱えていたのに、美紀のほうから、これ以上ない弱みを差し出してくれたこと。奈緒は堂々と背を向けて部屋を出る。充は苛立ちを露わにしながら、反射的に後を追おうとしたその時、背後から美紀の悲鳴が聞こえた。充が慌てて振り向くと、美紀の身体は今にも倒れそうにふらついていた。彼はとっさに駆け寄り、その身体を抱き留める。「美紀、大丈夫か?」充の眉間には深い皺が刻まれ、その瞳には先程の冷たさの代わりに、本気で心配するような色が滲んでいた。美紀は顔をしかめ、小刻みに震えながら充の手を必死に握りしめる。「充さん、今……さっきの聞いた?奈緒さんが、私の顔を見るたび殴ってやりたくなるなんて……怖くて……私……仁哉と一緒になって私を虐める。二人とも……きっと、これからもっと酷くなったらどうし
奈緒は枕が変わると眠れないうえに、水鏡ヶ丘にあるものすべてが息苦しかった。ベッドで寝返りを繰り返していたその時、隣の寝室から充の叫び声と物音が響いてきた。しかし、一体何が起きているのかは分からなかった。あの充があれほど取り乱すなど、ただ事ではないと思い、少し考えた末、様子だけ見に行くことにした。ところが扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、抱き合っている充と美紀の姿……レースのネグリジェを着て、上から充のジャケットを羽織っている美紀。そして充は黒いシルクのローブを身に纏っていたが、それはベルトも締められず、はだけたまま。以前奈緒が選んだベッドも、今は見るも無残に乱れていた。この状況を見れば、誰だって何が起きたのか瞬時に理解できるだろう。奈緒は一瞬目を見開いたが、すぐに冷たい視線を二人へ向ける。胸の奥から嫌悪感が込み上げた。「邪魔しちゃったみたいね。どうぞ、続けて」そう吐き捨て、その場を離れようとした。だが、背後から充の厳しい声が飛ぶ。「待て!」足を止めた瞬間、背後から追ってきた充が奈緒の手首を強引に掴み、凄まじい力で引き寄せた。「お前がここまで冷酷で、残忍で、趣味の悪い人間だったとは思わなかった」奈緒は呆然と充を見上げた。「私が何をしたっていうの?」何が起きているのかさっぱり分からない。不倫しているのは充と美紀のほうなのに。それに、自分は必死で離婚しようとしているのに、無理やりこの場所に連れ戻された。そのうえ、一睡もできないまま、突然こんな言いがかりまでつけられるなんて。充は冷たい瞳で奈緒を見下ろす。「何をしたか、自分が一番よく分かってるはずだろ?美紀の傷がどうしてできたのか、お前なら知っているよな?お前がこれほど酷い人間だったとは、本当に信じられないよ!」奈緒はますます意味が分からなくなり、勢いよく手を振り払った。こっちだって怒りで胸がいっぱいだというのに、こんな夜中に罵声を浴びせられるなんて、一体どういうことなのだ?奈緒も苛立ちのままに言い返す。「美紀が傷だらけなことと私に何の関係があるの?私が理由なんか知るわけないでしょ!私が冷酷だと言うなら、それは認める。でも、そんなの今さらでしょ?それに、残忍とか趣味の悪いなんて言葉は、あなたたち二人にこそ
「まず話してくれ。一体何があったんだ?誰にこんな目に遭わされた?美紀、一体どうしてこんなことに?」美紀の痛々しい姿に胸を締め付けられた充。幼い頃と面影の変わらないその顔を見つめていると、心の奥がじくりと疼く。かつて、美紀は自分が何よりも大切にしていた従妹だった。どれほど可愛がっていたかというと、自分の好きなお菓子はすべて分け与え、一番大切にしていたプラモデルも、他人には触れさせないのに美紀だけには許可していた。心から可愛がり、甘やかし、勉強も手取り足取り教え、時間さえあれば一緒に遊んでいた。それなのに今、自分の知らないところでこれほどの傷を負わされてしまった。「私……私は……」充の眼差しに浮かぶ同情を感じて、美紀はたまらず彼の胸に飛び込んで、声にならないほど泣いた。「な……奈緒さんと仁哉にやられたの……」充は全身を強張らせ、指を固く握りしめた。その目には冷酷な光が宿る。「続けろ」「充さんが病院で仁哉を殴ったでしょ?それに私が彼らの動画を持っているから恨みを買って……それで坂本さんに私を殴らせたの」美紀は泣きながら話した。「彼らは私に動画を削除させるために……男8人に……私を……」そこまで言ったところで、美紀は嗚咽に耐えきれなくなった。そのまま泣き崩れ、充の胸へ倒れ込み、身体を痙攣させるほど激しく泣いた。充は全身を震わせていた。抑え込んでいた怒りが、美紀の言葉で一気に噴き出す。その場に立ち尽くしたまま、瞳は氷のように冷え切っていた。美紀はその時を見計らい、おもむろにスカートを持ち上げる。太ももには屈辱的な言葉の刺青があった――その瞬間、充の怒りは限界を迎えた。「なんてことを……あいつら、許さない!本当に仁哉と奈緒が、坂本を使ってお前にこんなことをしたんだな?」美紀は激しく頷き、スカートを直すと、小動物のように充の胸にしがみついた。「充さん……私、自分の身体を使ってまで嘘をついたりなんてしない。彼らにやられたの。それに知っているでしょ?坂本さんは奈緒さんの言うことなら何でも聞く。彼がやったのなら、奈緒さんが指示したに決まっている。あんなことがあってから、私、怖くて家にも帰れない。でも、行く場所なんて他にない……充さんのところに来るしかなかった」美紀はさらに力を
静かで艶めいた夜。そのわずかな音に、充の全身が一瞬で強張った。耳を澄ませる。やがて軽い足音とともに、かすかな香りが近づいてきた。充は暗闇の中で目を見開き、身じろぎすらできない。心臓が一度止まったかと思うと、次の瞬間には激しく脈打ち始めた。胸の奥の血まで沸き立つ。どうやら、寂しさに耐えきれなかったのは、自分だけではなかったらしい。あれほど激しく拒んでいたくせに、結局は自分から来たのか。まったく、女ってやつは……つくづく本音と言うことが違う。充の唇に、わずかな笑みが浮かんだ。すぐに、温かな身体が脚に沿うようにして近づき、そのまま大胆に胸元へ飛び込んできた。大胆な女だ。あろうことか、いきなり耳たぶに噛みついてくるなんて。随分としていなかったみたいだな。充は反射的に女の腰へ両手を添える。その間にも、女の唇は耳元から頬を辿り、ついには充の唇へ重なった。それと同時に、女の手が充の下腹部へと忍び寄る……その瞬間、充は強烈な違和感を覚えた。女の体つき、触れ方、そして唇の感触……どれも自分が知っているものとは何かが違う。それに、奈緒は最初からこんなふうに大胆には迫らない。拒むように見せながら、少しずつ導かれていくタイプだ。そして充が好きだったのも、その過程で彼女を自分へ引き寄せていく感覚だった。だが目の前の女は、あまりにも手慣れている。積極的で、奔放で、迷いがない。まとっている香りすら、奈緒とはまるで違う。むしろこれは……パシッ。充は急いでベッドサイドの明かりをつけた。次の瞬間、目の前の女が誰なのか理解した途端、思わず叫び声を上げ、転がるようにベッドから飛び降りた。美紀はまだ意識がぼんやりしているようだった。ネグリジェの肩紐は片方が外れ、充に強く突き飛ばされた勢いで床へ落ちた。額がちょうど壁の角にぶつかった。美紀は痛みをこらえて唇を噛み、充を見上げて切なげに叫んだ。「充さん……」充は目を見開いたまま、動揺を隠せない。「美紀!?」手も震え出す。「どうやって入ってきたんだ?」美紀は鼻をすすった。「この家のオートロックの暗証番号、前のままだったから。私の誕生日から変えてないでしょ?」充は言葉を失った。リノベーションは終えたが、確かにまだ暗証番号は変えていなかった。しか
でも、奈緒にはわかっていた。充が今、頑なに離婚を拒んでいるのは、二人がよりを戻し、その上で黎が戻ってくると信じているからだ。まったく、虫が良すぎる話だ。だが、絶対に思い通りになんてさせない……眠気など少しもなく、怒りに任せて部屋の中を何度も往復する。心を落ち着かせてから、携帯を取り出し、真司へと電話をかけた。「坂本さん、よくない知らせがあるの……」その一言で、真司の胸に緊張が走る。「奈緒様、どうしたんですか?」「充に母の昔の動画や写真を握られて脅されたから、今は仕方なく水鏡ヶ丘に戻ってるの。それに、充は黎を連れて帰ってこいと言っていて。しかも、期限は3日しかない」真司は眉をひそめた。「今すぐ人を連れて乗り込みましょうか?すぐにでも……」奈緒は慌てて制止する。「今は相手に弱みを握られているから、真っ向勝負はだめ。この数日間は妥協して従うしかないと思ってる。だから、坂本さんに頼みたいのは、青木家の人たちが悪事を働いていた証拠をすべて集めること。できるだけ致命的なものを、徹底的に掘り下げてほしいの。充を牽制できる材料がなければ、あの人はこれからもお母さんの動画で私を脅し続ける。そうなったら離婚できないどころか、どんどん追い詰められるだけ。頼んだわよ、坂本さん!」最後の一言に、真司の全身を巡る冷たい血が、一気に熱を帯びた。声にも力がこもる。「わかりました。ただ、3日では少し厳しいので、準備のために少し時間をもらえますか?」奈緒は焦ったように尋ねた。「どれくらい必要?3日後には黎をここへ連れてこいって言われてる。でも私は、本当に娘を充と関わらせたくないの」「少なくとも1週間は必要かと……申し訳ありません、可能な限り急ぎますので」1週間……それなら、充を何とかやり過ごせるかもしれない。奈緒は声を低くした。「分かった。これで全部が決まるの。私が離婚できるかどうかは坂本さんにかかってるから!」真司の胸はますます熱くなった。「はい!奈緒様のお役に立てるなら、それだけで嬉しいです!」そう言って、真司は電話を切った。なぜだか分からないが、鼓動が妙に速くなっている。奈緒は電話を握りしめ、小さく首を傾げた……自分の力になれるのが嬉しい?真司と知り合ってから長いが、あんな感情のこもった言
それから、蛍は奈緒が傷つくのを心配して、充から返信ひとつないことは、結局言い出せなかった。そして、奈緒が退院するまで、充は結局、姿を見せなかった。退院後、二人は黎と香織を連れて、碧瀾郷へと引っ越した。そこは、奈緒が半年前に入手した、リノベーション済みのマンションの一室だった。蛍の家はその真向かいの部屋で、隣同士に住むのは大学時代からの二人の夢だったのだ。だから半年前、蛍の向かいの部屋が売りに出されたと聞いて、奈緒は迷わず購入した。部屋には家具や家電が揃っていたが、まだどこか殺風景だった。蛍はすぐに自分の家から布団やポットなどの日用品を運んできた。奈緒は買い物リストを
「産後の回復がかなり遅れていますね。出産時に出血が多かったですし、低血糖で倒れやすい状態です。しっかり栄養をとって、気持ちをあまり高ぶらせないようにしてください」診察が終わっても、奈緒はまだ眠ったままだった。医師は病室で蛍に病状を説明した。隣で聞いていた香織が、ため息をついた。「奥様は産後の肥立ちが悪くて……最初の2週間はお乳が張って痛くて食事が喉を通らなかったんです。その後は赤ちゃんが夜泣き続きで……それでも奥様は自分で母乳をあげていたから、夜もまとまって眠れていませんでした。昼間は仕事もしていて、体が回復する暇もなかったんですよ」それを聞いて、蛍は怒り心頭になりそうだった。
一方、音を聞きつけた恵が慌てふためいて部屋から飛び出してきて、声を張り上げた。「地震です!地震が来たんですよね?」そして、香織もギャンギャン泣いている赤ちゃんを抱っこしていたけど、その音を聞いて、裸足のままバッグを掴んで外へ飛び出し、靴を履くのも忘れてしまうほどだった。……しかし、二人がリビングに駆け込むと、いつもは冷静な奈緒が、狂ったように大切にしていた置物を次々と床に叩きつけていた。その光景に、二人はあっけにとられた。それを見て恵が慌てて駆け寄り、止めに入った。「奥様、おやめください!ちゃんと話し合ってください、奥様!」香織も泣きやまない赤ちゃんをあやしながら、
一方、奈緒は会場を出るとアクセルを踏み込み、二人の新居である水鏡ヶ丘の家へと車を走らせた。そして、ドアを開けると、昔からいる使用人の井上恵(いのうえ めぐみ)と、奈緒が雇ったベビーシッターの黒崎香織(くろさき かおり)が、一緒になって赤ちゃんをあやしていた。二人は、奈緒の顔が真っ青なのを見て、ぎょっとした。「奥様、どうかなさいましたか?」そう言われ奈緒は、なんとか笑顔を作って答えた。「なんでもないの。お腹が空いちゃって。温かいうどんかなんかを作ってくれる?」そして、香織から赤ちゃんを受け取ると、奈緒の荒れ果てた心は、そのあどけない寝顔を見てようやく落ち着きを取り戻した。