INICIAR SESIÓN「……少し用事だ」
宙は隣で微笑む珠那の手を無造作に外した。突然の行動に珠那は目を丸くする。 「宙? どこへ」 その声にも振り返らない。 引き止める友人たちの声を背中で聞き流しながら、自動ドアを押し開ける。 冷たい夜風が一気に頬を打った。 外にはタクシーが何台も停まり、人の話し声やエンジン音が混じり合っている。 だが、さっき見えた細い背中はどこにもなかった。 宙は辺りを見回す。 歩道。車寄せ。植え込みの陰。 視界に映る一人ひとりを確認するように目で追う。 「……圭?」 思わず名前が漏れた。もちろん返事などあるはずもない。 スマートフォンを取り出し、圭へメッセージを送る。 『どこにいる』 既読はつかない。続けて電話をかける。耳元で鳴る呼び出し音。 通話が切れる。もう一度。そして、もう一度。 何度繰り返しても結果は同じだった。宙はスマートフォンを強く握り締める。 ケースが軋むほど力が入っていた。 (……何だ) たかが『飼い犬』が連絡を返さないだけ。いつもなら、呼べばすぐ来る。 文句を言いながらでも、最後には必ず自分の元へ戻ってくる。 それだけのことなのに。胸の奥が妙にざわついた。理由が分からない。 分からないからこそ、余計に苛立つ。宙は小さく舌打ちすると、再び会場へ戻った。 扉を開けると、さっきまでと変わらぬ笑い声が耳に飛び込んでくる。 友人の斗真がニヤニヤしながらグラスを差し出した。 「神山、顔怖ぇぞ」 「急に飛び出していったけど、何かあったのか?」 別の友人も面白がるように笑う。珠那は心配そうに立ち上がった。 「宙? 具合でも悪いのかしら……」 だが宙は答えない。 空いている席へ腰を下ろそうとした、その時だった。 斗真が思い出したように笑う。 「あ、そういや、まだあいつ来てねぇのか?」 「呼べばすぐ来るのにな。犬って忠実だよなぁ」 周囲から笑い声が起きる。 その瞬間。宙はゆっくり斗真へ視線を向けた。 あまりにも冷え切った眼差しに、斗真の笑みが一瞬だけ固まる。 「……何だよ」 「いや、別に」 宙はそれ以上何も言わなかった。代わりに立ち上がる。 「神山?」 誰かが呼ぶ声も無視し、再び外へ出た。 さっき見えた人影。あれは本当に圭だったのか。それとも酒のせいで見間違えただけなのか。 ホテルの周囲を歩き回る。通りを一本一本確認する。だが、どこにもいない。 十分……二十分。探しても見つからない。 やがて宙は立ち止まり、夜空を見上げた。 「……気のせいか」 自分に言い聞かせるように呟く。 そうだ。圭がこんな場所へ来るはずがない。 まして、自分の婚約発表を見に来るなど。そう思おうとしても、胸のざわめきだけは消えなかった。 結局、宙は重い足取りで会場へ戻る。 席に着くなり、ワインボトルをそのまま手に取った。 グラスには注がない。そのまま喉へ流し込む。 アルコールが焼けるように喉を通る。 一本。また一本。 酔えば忘れられると思った。 だが酔えば酔うほど、脳裏に浮かぶのは泣きそうな圭の横顔だけだった。 その頃圭は静まり返った自室にいた。 床には無数のゴミ袋が並んでいる。宙が「似合う」と言って選んだ服。腕時計。靴。ネクタイ。旅行先で買った小物。 三年間積み重ねられた、「宙の恋人」としての自分を証明するものを、一つ残らず袋へ詰め込んでいく。 圭はぼんやりと右手を見つめた。小刻みに震える指先。 もう思い通りには動かない。崩れ落ちる資材。焼けるような痛み。宙を助けるために突き飛ばしたあの日。 あの瞬間から、自分の人生は止まってしまった。 もう精密な図面は描けない。真っ直ぐな線さえ満足に引けない。 それでも。宙の隣にいられるなら。 そう自分に言い聞かせ続けてきた。 「……っ……」 喉が震える。涙だけは止められなかった。 病室で毎日見舞いに来てくれた宙。 震える右手を包み込み、「一生面倒を見る」と誓ってくれた宙。 手の甲へ落とされた優しいキス。あれは全部、嘘だったのだろうか。 「返して……」 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。 「右手を……未来を……」 そして。 「こんな男を愛してしまった、この心ごと……」 涙だけが静かな部屋へ落ち続けた。どれほど時間が経ったのか分からない。 突然、玄関のドアが乱暴に開かれた。 荒い息。酒の匂い。 そこには宙が立っていた。 泣き腫らした圭を見た瞬間、宙の瞳が一瞬だけ揺れる。 「……結婚、おめでとう。宙」 その言葉に、宙は息を呑んだ。 「……まさか」 ゆっくり圭へ近づく。 「さっき会場の外にいたのは……本当に、お前だったのか」 圭は小さく肩をすくめる。 「さあ?」 笑おうとしても笑えなかった。そんな圭へ向けて、宙は吐き捨てる。 「……みっともないな。泣けばまた同情してもらえると思ってるのか」 そう言い放った、その時だった。部屋の中に並ぶ大量のゴミ袋が視界へ入る。 中には見覚えのある服や時計。すべて、自分が圭へ与えたものだった。 宙の表情が固まる。 「……何をしてる」 圭は静かに答えた。 「片付けてるだけ」 「片付ける?」 「……別れたのに、何しに来たの」 その一言が胸へ突き刺さる。 「は?」 宙は信じられないというように笑った。 「何を言ってる。それより、この荷物は――」 圭は真っ直ぐ宙を見た。 「宙は結婚するんだよね」 震えていた声は、不思議なほど静かだった。 「なら、この荷物をどうしようと、もう関係ないよね」 宙の眉がぴくりと動く。 「関係なくない!」 思わず声を荒らげる。 「それは全部、俺がお前のために――」 その瞬間だった。 テーブルの上でスマートフォンが震え始める。静かな部屋に着信音だけが響く。 画面には一つの名前。 『時田先輩』 圭は息を止めた。藁にもすがる思いで送ったメール。 その返事だった。一方、宙の視線は画面に釘付けになる。 ゆっくりと、その名前を口にした。 「……時田?」シャワーを順番に浴び、二人はまだ日差しが差し込む寝室に。先に海斗がベッドの上へ。「おいで、圭」 と呼ばれると圭もベッドに。 京都の時に大浴場で一緒になった時はよく見えなかった互いの身体。 きっと海斗はこの一ヶ月近く忙しく不摂生だったろう、少し前の時よりも丸みはあったががっしりとした白い肌に圭は寄り添う。「一ヶ月でこんなにも筋肉はつくのかい……」 そこまででもないと思いつつも海斗は圭の身体を優しく撫でる。 そしてキス。何度もキスをして見つめ合う。 カーテンを閉めているが日差しが入って部屋の中は照明をつけていなくても明るい。 互いの表情を確認しあいタイミングを伺う。少し照れる海斗が圭の上に乗った。「大丈夫、きて……」 それを合図に海斗は導かれるがままに圭を愛する。「んっ……そう……」 声はだんだん荒く、息も上がってくる。「圭っ……」「海斗ぉ……」 名前を呼び合う。 優しく丁寧に海斗は圭を愛し続ける。 大きな海斗の背中に左腕を回す圭。海斗はしっかり圭を抱いてる。 圭は今までにない幸福を感じる。本当に好きだった人が自分の名前を呼んで愛してくれていることを。 宙や斗真たちにはない支配的な欲が絡まない、本当の愛を……。 ようやく……ようやく……そう思うだけでも涙が溢れる。「圭……どうだったかい?」 もう一時間は経った。 圭を下にして二人はうつ伏せで重なり合っていた。 二人とも疲れて重力に任せて脱力している。「……気持ちよかった……でも海斗……どんどんペース上げてくるから……」「ごめん……僕も気持ちよくて……」 海斗は圭の背中にキスをした。首筋にも這うように。「……わかったよ、圭」「何がわかったの?」圭はくるっと仰向けになる。「……宙や斗真さんが君を支配したくなる……その気持ちが……」「……」海斗は圭の髪を撫でる。「……だからこそもう僕も他の人に君を渡したくない……」真剣な目で見つめてくる。「ジムは僕も入会するよ。斗真さんと二人きりにさせない……」「海斗……」「ねぇ、圭……」「何……」「斗真さんとしたこと、教えて……」圭の耳たぶを優しく噛む。圭はアッと声を出す。……もちろん思い出す。斗真とどんな形で……どんなふうに……。「そんなことしてどうするの」圭が言うと海斗は真剣な顔をしている。「
冷蔵庫の前で二人で立ち尽くす。 ここからどう動けばいいのだろう。互いにどうしていいのかわからないようだ。 また海斗の口から話が始まった。「圭は僕といる時は幸せか?」 ようやく圭の方を見た海斗。圭は目を合わせたが目を逸らした。「……目を逸らすんだね……」 圭はそう言われて海斗を見る。だがやはり焦点は合わせられない。「幸せじゃない、なんてことはない」「ならなんで目を逸らしたの」 部屋の音はもう静まり返る。「幸せ、それだけ言えばよかったんだよ」 海斗は圭の顔に手を添え自分の目線に合わせるようにした。「そうなら……斗真くんと何してようが、他の誰と何をしてようが僕は平気だよ」 平気、その言葉を聞いて圭はエッとなった。「僕は少なくとも君といて幸せだよ。その幸せに浸りたいのか……こう過保護になってしまう」 そう言う海斗の目から涙が溢れた。 本当は平気じゃないんだろう、とわかっている。「圭、君は不器用だからうまく言えない……それは僕も一緒だから」涙を拭い上を見る海斗。圭は申し訳なさを感じる。「……それに君には幸せでいてほしい。昔から変わってない」「昔から……」「君が後輩としてやってきた時から……」 ああ……と圭は思い出した。海斗と初めて出会った時。 何かとシンパシーを感じていた。この先輩はやたらと自分に構ってくれて優しくて。 助けてくれる人……。「君のことが好きだから……幸せにしてあげたいんだ……」 こんなにもそう思ってくれる人がそばにいた、なんてことをしてしまったのかと圭の目からも涙が溢れ出た。その涙を海斗が拭う。「ごめん……ごめんなさい。海斗……」「圭……僕もちゃんと言わなかったから」圭は首を横に振る。「わかってたよ、わかってたのに……僕も海斗が好きで……好きで……好きなのに……」うまく言葉が出てこない圭。海斗はその圭の唇にキスをする。優しく。だんだん強く、激しく。「……なぁ、圭……」「なぁに?」海斗が少し顔を赤らめる。「僕はこれ以上の、愛情表現を知らない……したこともない……」「……」キス以上の愛情表現……。キスだけでも圭は幸せだった。でもそれ以上のことも宙や斗真のようにしてほしい気持ちはあった。「だから圭、教えてくれないか?」「……うん」「……それ知らないから……その……できなかったと言
朝。 圭はいつもより早く目を覚ました。ほとんど眠れていなかった。 それでもベッドから出る。何かしていたほうがいい気がした。 冷蔵庫を開ける。中身はほとんどない。 冷凍庫に残っていた作り置きをいくつか取り出し、朝食の準備を始めた。「……材料、買いに行かなきゃな……」 呟きながら、卵を手に取る。「あっ……」 手が滑った。卵が床に落ちる。「……あー……」 慌ててしゃがみ込み、片付けようとする。 そのとき、背後から声がした。「あらら。朝から……」 海斗だった。 海斗はすぐにキッチンペーパーを持ってきて、手際よく床を拭き始めた。「大丈夫。僕がやるよ」「……ごめん」「いいよ」 立ち上がった海斗と、目が合った。「……おはよう」「おはよう……」 それだけ。 昨夜のことが、二人の間に残っている。 海斗は夜の間ずっと、自室に閉じこもっていた。 圭も何度か扉の前まで行った。 けれど、声をかけることはできなかった。 そして今も何を話せばいいのか分からない。 沈黙が流れる。「……ありがとう」 圭が小さく言った。「うん」 海斗は何事もなかったように返した。「まだ卵あるよね?」「……うん」「何作ろうとしてた?」「……卵焼き」「なら、まだ余ってるから大丈夫」「うん」 海斗は冷蔵庫を開け、残っていた卵を確認する。「じゃあ、作ろうか」「……うん」 二人でキッチンに立った。いつものことだった。 圭が卵を溶く。 海斗はサラダを作り、冷凍していたおかずを温める。 海斗が包丁を持つ。 りんごの皮を器用に剥いていく。その横顔を、圭は何度も見た。 けれど、海斗は一度も圭を見なかった。「……今日」 圭が口を開く。「うん?」「買い物、行こう」「……そうだな」「僕もそう思ってた」「二人で行こう」「うん」 それだけだった。いつもの会話。いつもの朝。 なのに、何もかもが違っている。 料理ができあがる。二人で食卓に並べる。向かい合って座る。「いただきます」「いただきます」 箸を持つ。 卵焼きを口に運ぶ。サラダを食べる。 ご飯を食べる。ただ、それだけ。以前なら、どちらからともなく今日の仕事の話をした。 海斗が海外であった出来事を話すこともあった。 圭が新しいデザインについて話すこともあった。
家に戻った。 この一ヶ月間はあまり家にいなかった。換気やロボット掃除機での掃除はしていたが生活感のなさは圭自身でもわかるようだった。 海斗もすぐ感じ取った。 だがそれを口にせずまず荷物を片付ける。 冷蔵庫の中身も空っぽ、あるいは冷凍にしてある。 どうせバレてしまうだろう、と思いつつも片付けを手伝う圭。「……圭」 海斗に名前を呼ばれてドキッとする。「なに?」「……この一ヶ月、ジムに行っていた以外はどうしてたんだい?」「……えっと……その」 嘘は隠せなさそうである。狼狽える圭に対して海斗はその表情で察したようだ。だが海斗は眉を下げた。「……ごめん、過保護すぎるよね。ほんとだめだ……」「……だめじゃないよ」「心配しちゃうんだよね。それに宙が君を奪おうとしている……また傷つけようとしてる……尚更過保護になってしまう僕を許してくれないか?」 海斗は圭を抱きしめる。久しぶりの抱擁。この一ヶ月間は斗真に抱かれていた。 抱きかたが違う。……海斗の抱きしめかたはとても柔らかく癒される。何が違うんだろうか。 こうも優しく抱きしめられると黙っている方が悪いと思えてきた圭は一旦海斗から離れた。「圭?」「……海斗……あのね」 目を合わせることができなかった。だが顔を上げ海斗に目線を合わせた。「ジムも行ったよ。体を鍛えた……他にも斗真さんに色んな世代の人たちの集まるコミュニティに誘われて……」「そうなのか……なんとなく雰囲気変わったのも色んな人と会ったからなのかな」 ……圭はもどかしくなる。本当に海斗はそう思っているのか。わざと知らないふりをしているのだろうか。 もっと問い詰めてほしい……。もっと過保護になってほしい。「……違う……」「何が?」 海斗は圭の両手を握る。そして圭は深く息を吸ってとうとう口に出した。「……僕、斗真と関係を持った」 静まり返った部屋の中での告白。 海斗は返す言葉がない。なのに手は握られたままだ。 圭はその手を振り払おうとしたが右手だけだらんと下がり左手だけに。その左手も振り払って海斗との距離を作った。「海斗からの電話に出ない時もあったろ? 電話の着信音が鳴ってる時にも斗真に抱かれている時もあった……」「……」「メールも遅かったでしょ? メールを打ちながらも……斗真は僕の……」「もういい……もう…
オフィスの奥の部屋で待っていた圭は仕事はあったが手につかず作業が進まなかった。 デザイナーとして宙が引き抜こうとしている? そのことが不思議でしょうがなかった。 ……何で今更…… 右手は震えたままだ。「今手分けしてクライアントに連絡してるがあっちに仕事やってもらうんだったらデザインの方は白紙にしてもらうようにしてる。斗真さんからの指示だ」 とスタッフが伝えてくれたがもし白紙になったら自分が一生懸命やってきたことは……無駄になってしまうのかと。 そこに海斗がやってきた。荷物をたくさん持ってきているからそのまま帰ってきたようだ。一直線に圭の元に来た。「圭! 大丈夫かっ」「海斗さん……」 海斗は見た感じ髪の毛が少し伸びて少し痩せているように見えた。だが圭は彼の姿を見てホッとしたのか涙が出た。「家に帰らずすぐここに来た……斗真さんは?」「斗真さんは宙さんのところへ……みんなはクライアントと連絡とってくれてるみたい」 海斗は圭の涙を拭い荷物を置いてみんなの元へ行った。 圭も続いていくと「京都の旅館の支配人と連絡取れました! せっかくのご縁だからと……うちでやはり施工して欲しいと……」 と報告があった。圭は海斗とともにそれを聞いてホッとした。「かなり詰められてしまったらしくて……でも何とかそのままでと」「あとで電話しないとね、よかった……」 だが他は宙の会社に流れてしまった。 デザインは圭のものは使わない、その条件のため圭の労力は無駄になってしまった。 給湯室でコーヒーを飲む圭。「こういうこともあるさ……」 海斗もやってきた。「海斗もお疲れ様……今月は厄月ってことにしよう、お互いに」「良い考えだ、そうしよう。これ以上悪くならなければ良いのだが……」 海斗もコーヒーを作り飲む。「……宙が圭に近づいてるのは確かだ」 頷く圭。しかしじっと海斗は彼を見る。その視線に圭は気づいた。「……どうした?」「いや、圭……体つき変わったな」 ドキッとした。ジムに通って鍛えた、それだけでも良いのだがそれは斗真の紹介で……それも別に言っても良い。 だが……斗真とどうこの一ヶ月弱を過ごしたのかを海斗にどう説明すれば良いのだろうか。「……うん……」 それしか言えない……が……。「圭にジム紹介したんだ」 と斗真が割り込んできた。彼もコ
宙のオフィスに斗真が到着した。まだ真新しいオフィス。広く、かつ多くのスタッフ……ディスプレイもありそこにはリモートスタッフとも打ち合わせをしていた。 それはどうでも良かった。斗真は受付が対応する間もなくオフィスに入って行き「宙……ここの社長のところに通してくれ」「アポをとってないと……」 ふとデスクに目をやると京都の旅館の資料があった。 若い女性スタッフたちがそれを手にして打ち合わせをしていた。「くそ……」 男性スタッフに制止されているさなか「来たか。通してやってくれ。俺の客だ」 そこに宙がやってきた。余裕の表情だ。「……!」 叫びたい気持ちだったが斗真は周りの状況を見て抑えた。 圭を呼び戻してから会社に宙が乗り込んでくると思っていたのだが反対に斗真が乗り込む形になってしまった。 悔しさのあまり何も言えず宙に別室に通してもらった。こちらも広く新しいいわゆる社長室。 モノトーンで抑えており落ち着いたものであった。「すごいだろ、ここにくるのは初めてだろ?」 まずはオフィス自慢から始まった。本題はそこではないが斗真は重く頷く。 男の若い秘書が斗真の前に水を持ってくる。斗真はじっとその男を見る。きっと宙の飼い馴らしてる男だろう……と思いながら。「元気にしてたか?」 椅子に座り机に足を置く宙。「……何でこんなことした……」「ん? なんかかったるい仕事してるなぁと思ってそれぞれのクライアントにもっと最適な提案をしたらこの会社で、って決めてくれたんだ。それだけ」「……しかもさっき……圭もここに引き抜くって」 移動中に知ったことであった。「いい加減圭に合わせてくれないから。そりゃオフィスに行けば会えるってわかってたけどさー、大人気ないし……君みたいに大声張り上げて乗り込むとか簡単にできたよ?」 それを聞いて斗真は自分のしたことを恥じた。「……君が圭を連れ出してコミュニティに参加してるのを知り合いに聞いてね」 スマートフォンの画面を出した。遠くから斗真と圭を盗撮したようなアングルだった。「まぁそれはいいとして……これ」 さらに写真を見せる宙。それを見た斗真は驚く。 圭と斗真がキスをしている写真だった。どこで撮ったのだろうか……二人きりだが酒に酔っていて覚えがない。 画面から目を逸らそうとするが宙は画面を斗真に押し付けて