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第19話:語られざる祈り

last update Huling Na-update: 2025-05-26 21:16:46
夜が明けきる前、リリウスは山道をひとり歩いていた。

細く折れた枝、湿った空気、苔に沈んだ足跡。

森の奥に、灯火がひとつ、微かに揺れている。

それが、目指す場所だった。

古びた祠を抜けた先に、小さな庵があった。

屋根は斜めに傾き、扉も重そうに閉じられている。

それでも、そこには人の気配があった。

──あの神父が、生きている。

リリウスが一歩踏み出すと、扉がわずかに軋みを立てて開いた。

「……君か」

静かな声だった。

立っていたのは、白髪の神父だった。

目は細く、皺の刻まれたその表情には、どこかで見たような祈りの残響があった。

「名を」

「リリウス・クラウディア」

その名を聞いた瞬間、神父の目がうっすらと開かれた。

「……やはり。あの時、記録に残した名だ」

「記録……?」

神父は扉を開け、リリウスを中へ通した。

庵の中は、祭壇こそないが、空気が神殿に似ていた。

石壁にかかる古布、焼け跡の残る祈祷具。

それらすべてが、彼の記憶と重なる。

「君は、“視える”のだろう」

「……はい。感応で、神殿の中にいた少女を視ました」

神父は頷き、椅子に腰を下ろした。

「彼女は、祈祷に選ばれた子だった。あの地に封じるために。いや、“彼女自身”を封じるために、あの儀式は行われた」

「なぜ……そんなことを」

「彼女は、視えすぎた。感情の奔流に晒され、世界を取り込むようになってしまった。あのままでは、彼女自身が壊れる……あるいは、“誰かを壊す”」

リリウスは息を呑んだ。

「だから封じた。彼女の“祈り”を鍵としてな」

「その祈りが、今も……」

「続いているのだろう。でなければ、君のような者が、こうして現れるはずがない」

リリウスは拳を握る。

「僕が視た彼女は、まだ“そこ”にいた。崩れる神殿で、祈りを続けていた……」

「それが、封印の証だ。だが、封は弱まりつつある」

神父の目が、深く沈む。

「君は、彼女と“繋がった”のかもしれない。血ではなく、魂の共鳴で」

「……僕の力は、彼女に由来している?」

「断定はできない。ただ、君の名はあの地で既に記されていた」

「それは──」

問いかけようとした瞬間、外から足音が近づいた。

振り返った庵の入口に、ひとりの影が立っていた。

カイルだった。

「……あまり勝手をするな」

カイルの声は低く抑えられていた。

次の瞬間、彼の腕が伸びる。

リリウスの肩に触れ──その
めがねあざらし

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