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捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!
捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!
Auteur: さぶれ-SABURE-

01

last update Date de publication: 2025-08-06 08:16:42

――離婚届って、こんなに軽いんだっけ。

 ペラリとした一枚の紙。緑色の淵で彩られた用紙を、私は区役所の窓口に差し出した。 

 記入漏れも修正印もない。事前に全てチェック済のものだから、問題は無いと思う。

 ふたりで出さないといけないのかと思いきや、夫――いや、正確には【元】夫は欠席だった。定職も就いていないくせに、最後の最後まで逃げて終わった。私の前に姿を見せることなく、予めサインだけ済ませた書類を郵送してきたのだ。あいつは浮気しただけじゃなく、借金までして貯金を食いつぶし、挙句、愛人を妊娠させて私の前からドロン(逃げた)した。

「……これで、終わり、か」

 無意識に漏れた声が書類を受け取った窓口の職員に聞こえたらしく、軽く頷かれた。

「お疲れさまでした」

 まるで区役所を出るときの「よい一日を」くらいのテンションで言われ、私は無言でその場を後にした。

 これで、私、山川ひかり(30)――は、旧姓の中原ひかりに逆戻りし、おひとりさまとなった。

 たった2年の結婚生活にピリオドが打たれた。

 東京の空は晴れている。見上げると憎らしいくらい青かった。だけど胸の内はどんよりと曇っていた。

 ※

「おい、資料はもう送ったのか?」

 声が飛んできたのは、社内で“氷の上司”と噂される本部長――御門蓮司(みかどれんじ)・御年35歳のデスクからだった。

 シゴデキ、ルックス良し、愛想ナシの行き遅れ男。仕事は早く無駄が一切ない。この人のプライベートに関わる女性は、さぞ完璧を求められて大変だと察するに余る。

 私は椅子から立ち上がり、資料の束を胸に抱えて歩み寄る。

「はい。クライアントには先ほどメールで……」

 言い終える前に、彼の視線が私のミスを見つける。彼は一瞥するだけで、間違いを指摘してきた。

「この数値、前回の資料とズレてる。確認したのか?」

「あ……すみません。修正して再送します」

「すみませんで済むなら営業は要らない。次はないと思え」

 怒鳴らないが痛いところを静かに突く。淡々と、鋭く、冷たい。でもそれが彼のいつものスタイル。

 そして部下にとって、なによりも厳しいのは――期待されていない事実だった。

 御門本部長に褒められる部下を、私は見たことがない。

 むしろ、彼の信頼を勝ち取った人間がいるのかすら謎だ。

 私は静かに席に戻り、震える指で修正作業に取りかかった。

 離婚しても会社には来なきゃいけないし、仕事が終わるわけでもない。私の中ではとてつもない決断を下し、旧姓にまで戻り、戸籍が変わった記念すべき日だというのに、周りは通常運転だ。今日くらいミスしてもいいだろう、なんてことにはならない。

(……仕事くらい、ちゃんとやらなきゃ)

 家庭も、愛も、お金も、全て失ったのだから。

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     白のタキシードが驚くほど似合っていた。  背筋を伸ばし、凛とした男らしさを纏いながらも、その瞳だけは私へ向けるときだけ見せる甘さを帯びている。 歩み寄るほど、蓮司の視線が私をすべて受け止めるように優しく細まり——  ついには、息を呑むような小さな声音で囁いた。「……ひかり。綺麗すぎる」「蓮司こそ……格好良すぎ」 伸ばされた手に、自分の手をそっと重ねる。  触れた瞬間、ひんやりとした指輪が指先を撫で、半年間の出来事が胸の奥で光に変わった。「式を始めます」 司祭の声がしんと響く。  参列席には、私たちの人生で出会ったすべての人の笑顔。  だけど不思議と、視界の中心にあるのは蓮司ただ一人。  誓いの言葉。  交換する指輪。  重なった瞳。  その瞬間——今までのことが脳内を駆け巡る。  球児に捨てられ、辛いと思っていた当日、蓮司が偽装結婚話を持ち掛けてくれた。  最初はわけがわからない提案で、断れなくて、後に引けなくて。  それなのに一緒に暮らすと快適で。  偽装という言葉で誤魔化していた想い。  気づかれないように隠した不安。  好きだと気が付いたのに別れを示唆され、明け暮れた特訓の日々。    でも、それはすべて、今日、この日のために経験しなきゃいけなかったことなんだ。「あなたは病める時も健やかな時も 中原ひかりを愛することを誓いますか?」「誓います」 蓮司が堂々と答える。「あなたは病める時も健やかな時も 御門蓮司を愛することを誓いますか?」「誓います」 しっかりを前を向いて伝えた。「それでは……新郎新婦、誓いのキスを」 蓮司が一歩近づいて、私の頬にそっと手を添える。  朝食のキスではない。  寝起きのからかい半分のキスでもない。 これは、夫婦としての誓いのキス。 唇が触れた瞬間、涙が溢れそうになる。  会場いっぱいに拍手が広がり、花びらがふわりと舞った。 離れようとしたら、蓮司が引き寄せて小さく囁く。「ひかり。俺の妻になってくれてありがとう」「こちらこそ。あなたに出会えてよかった」 胸の奥があたたかく満ちていく。  指輪もぬくもりも、すべてが“本物”になった証。「俺はこれから、何度でも言うよ。愛してるって」「じゃあ私も、何度でも返す」 ふたりだけに聞こえるくらいの声で、そっと。

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     半年後。  柔らかな日差しが降り注ぐチャペルのステンドグラスが、虹色の光を床に散らしていた。 季節が変わる間に、私と蓮司の関係も、ぐっと深く濃く変わった。  新居での生活にもすっかり慣れ、毎日の朝食や夕食を一緒に食べるのはもう当たり前になった。 そして今日——  偽装婚として始まった関係は、本物として永遠の形になる。 「準備はよろしいですか?」  ドレススタッフの声に振り向く。  鏡の中には、少し照れたように微笑む花嫁が映っていた。純白のドレスは身体にぴたりと馴染み、胸元のレースが静かに揺れている。 その姿を見たお母さまが、目元を指先でそっと押さえた。私のお母さんとも打ち明け、2人は仲良くなってしまった。そして師匠も駆けつけてくれた。私には3人もお母さんがいる。最高に幸せだ。「……ひかりさん。とても綺麗よ」 「ほんと……」 「素敵な人と再婚できてよかったわねぇ……」  母は口々に歓びの言葉を口にする。ありがたい。心配してくれていたもんね。「ひかりさん。あなたのおかげで蓮司は変わったわ。それに御門家も。古風で凝り固ま

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    「おろすぞ。ゆっくりな」 蓮司がキッチンの椅子に私をそっと降ろす。  まるで壊れ物でも扱うみたいに優しい動作で、胸がじんと温かくなる。「蓮司……そんなに気を遣わなくていいのに」「無理だ。今のお前をひとりで歩かせる方が不安だ」「……昨夜の原因の半分は蓮司だからね?」「半分じゃない。九割九分九厘俺だよ」「自覚あるんだ……!」「あるとも。だから今日は俺が全部やる」 そう宣言すると、蓮司はトースターの前に立った。  寝癖が少し残っている後ろ姿なのに、妙に格好良くてずるい。「はい、本日の朝食は——俺特製の押すだけトーストです」「名前ひどすぎない? せめて『御門家のモーニング』とか言ってよ」

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     感情溢れた蓮司に抱きしめられ、ぐっと奥まで入ってこられた。  肉を打つ音が寝室に卑猥に響き、甘い声が抑えられない。 互いの名を呼び合い、愛を交わし、蕩けていく。「蓮司」 「ひかり」  大好きな旦那様の剛直に貫かれる。  肌を重ねることが、こんなに愛しくて切なくて幸せだと感じたことがなった。  夫の名を呼び、ぎゅっと手を握りしめてふたりで果てる。 なんども絡み合い、ふたりで乱れ、蕩ける夜を過ごした。 翌朝。朝の光がやわらかく差し込み、枕元の空気を金色に照らしていた。  昨夜の余韻がまだ身体の奥に静かに残っていて、動くたびにじんわりと温かさが広がる。 隣を見ると蓮司が薄く笑っていた。 寝起きの癖に、妙に余裕のある顔をしている。「おはよう、ひかり」「ん……おはよう。なんでそんな見てるの?」「いや。可愛いなと思って」「朝からハードル高い言葉やめてよ」 冷徹男だとばかり思っていたのに、激甘男の間違いだった。「事実だから仕方ない」 さらっと言って、私の頬に指を沿わせる。  その優しい触れ方だけで、胸がぎ

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    「ンっ……」 甘い声が鼻から抜けていく。蓮司に優しく体に触れられ、息が乱れていく。 期待を込めて顔を上げると、彼の瞳には、私がしっかりと映っている。  私も同じ。蓮司が映っている。「これから先、どこへ帰ってもいいけど──」 頬に指を沿わせ、蓮司は優しく囁く。「最後に帰る場所は、必ず俺の隣にしてくれ」 胸がぎゅっと締めつけられ、涙が零れそうになる。「うん。約束する」「じゃあ──今日も新婚の夜を楽しもうか」「お手柔らかにお願いします」 腕を絡めてキスを交わす。唾液が絡まり、2人の舌がもつれる。  大きな腕が包み込み、鼓動が耳元で一定のリズムを刻む。  優しくて、温かくて──もう、離れたくなかった。「ひかり」

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     実家でのドタバタ楽しい食事タイムを終え、お母さまとシリウスに惜しまれつつもマンションに戻った。泊っていけばいいのに、としきりにい言われたけれども、蓮司がひとこと。『俺たち新婚なんだから邪魔しないでくれよ』なんて言っちゃったものだから!! お母さまに生温かい目で見られた挙句、うふふ、と微笑まれてしまったのよぉぉっ!!  なんてことッ!! 恥ずかしすぎるっ!!!! 鍵を開けると、静かな部屋が迎えてくれる。  見慣れたはずのリビング。もうここが私の家なんだ。信じられない気持ちがまだあるけれど、でも、ここにいてもいいんだ……。胸が熱くなった。「さ。邪魔者はいなくなったし、2人でイチャイチャしますか」蓮司が私を抱きしめる。 「さっきのアレ、お母さまに変な目で見られたじゃない。蓮司があんなこと言うから……」「好きな女性と暮らしていたのに、手を出さなかった俺を褒めて欲しいくらいだ」 「もう……」  キスが降ってくる。「待って、お風呂……入らなきゃ……」「どうせ汚れる」 言い方っ!!

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     蓮司の喉仏がすこしだけ上下した。ふだん鉄みたいに揺れない男の目に、ほんのわずか光が宿る。「——反則だろ、それ。今の一言で俺は一生戦える」「じゃあ、毎朝言うね。私の夫は世界一素敵、って」

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     私の胃がきゅっと固まるより早く、蓮司の声が真横で落ちた。「その脅し文句、今ここで取り下げろ。全部、虚偽だって」「はぁ? なにが虚像——」「1つ目」蓮司はスマホを出し、画面を私と球児の間に差し込む。弁護士事務所のロゴと、淡々とした文面が映る。「君の妻だと言う妊娠主張について、代理人を通じて医療機関に照会済みだ。妊娠週数を裏づける受診履歴は『無し

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    「ちょっ……蓮司、それダマ残ってる。全然混ざってないよ」「……うるさい。やればできる」「できてないから言ってるの!」 横でお母さまが口元を押さえて笑う。「ふふ。蓮司、小さい頃から混ぜ物だけは苦手だったのよ。ケーキ作りでもホットケーキでも、いつも誰かに代わってもらっていたわね」「母さん、その話は今しなくていいだろ」「いいじゃない、夫婦なんだから蓮司のこと、もっと知りたいよ」 そう言うと蓮司が耳の先まで赤くなる。かわいい。  それを見たシリウスがワンとひと声あげる。まるで「照れてる照れてる!」と笑っているみたいだった。「じゃあ、私が生地は混ぜるから——蓮司はこっち。刻みネギ係」

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     私は《屋外のベンチに行く》と亜由美に返して正面玄関をくぐった。深呼吸ひとつ。吸って、吐いて――いける。 ビル脇の植栽の前、いつものベンチ。亜由美が手を振るなり、私の手をぎゅっと握った。

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