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第四話「罪悪感の日々と嘘」

Autor: ひなた翠
last update Última atualização: 2026-03-15 17:10:08

 鬼頭さんに無理やり、抱かれてから二日が過ぎた。

 昨日の夜、篤志から連絡が来て急遽、出かける用事が入った。

(初めてのデート)

 鬼頭さんと出会っていなければ、僕はきっと今日の日を飛び跳ねるほど喜んだと思う。今の僕は、嬉しい気持ちと同じくらい罪悪感に胸を苦しめられている。

 父の残した借金のために無理やり犯された身体が、穢らわしく感じられた。お金のためだった――そう言い訳すれば、心は軽くなるのだろうか。

 将来の番となる人のために、綺麗な身体のままでいたいとまでは思っていないが、鬼頭さんとした行為は、好きな人と愛を分かち合うための行為でありたい。

 支配される側の僕にそんな意見を言える権利はないのだろうが、それでも――篤志の前では綺麗なままでいたかった。

(もう……遅いけど)

 駅前で待ち合わせると、すでに篤志がジャージ姿で立っていた。いつもの篤志らしい格好を見て、僕は温かい気持ちになり笑顔になった。

「なに笑ってるの」

 篤志が不機嫌そうに頬を膨らませて、僕の手を引っ張る。温かい手に包まれて、胸が高鳴った。

「ごめん。篤志の私服って想像つかないなあ……って思ってたんだけど、ジャージ姿はしっくりくるなって」

 僕たちは、学校ではいつも一緒にいたけど、こうやってプライベートで会うことはなかった。互いの家で勉強会はしたことはあるが、いつも部活のジャージを着ていて、私服を見たことがない。

 バスケ部のエースとして、一年生のときから部活中心だった篤志。休日は常に部活で、僕たちの会話に「休みの日に遊びに行こう」というワードは出てこなかった。

「妹にマジでないわあって言われたばっかりなんだよ」

 篤志が苦笑しながら話してくれて、僕は首を傾げた。

「何が?」

「ジャージで大学の講義を受けに行くのはマジでないわあ、だって。今までの俺って、ほぼ一日を制服と部活のジャージで生活してたから、私服がこれしかなくて。もしかしてこのまま、大学に行こうとしてる?って妹に冷たい目で聞かれた」

 篤志が自分のジャージを指して、困ったような顔をする。その表情が僕の目には可愛らしく映って、思わず笑ってしまう。

 篤志の妹は、同じ高校の後輩だ。入学当初から可愛いと噂されているアルファの美人女子だ。家にお邪魔させてもらったときに見た私服は、クールで格好良かったのを覚えている。

(お洒落な妹に言われたら、買いに行きたくなるか)

「だから今日、柊に付き合ってもらいたいんだ。服を選ぶの手伝ってほしい」

 照れたように言う篤志に、僕は頷いた。

「いいよ」

「ありがとう」

 二人で駅ビルに入って、男性向けの服が並ぶフロアに向かった。篤志がシャツやパンツを手に取って、僕に似合うか聞いてくる。

「これとこれ、どっちがいいと思う?」

「こっちのほうが篤志に似合うと思う」

 何着か選んで、試着室に向かう篤志を待った。しばらくして出てきた篤志は、さっき選んだシャツとチノパンを着ていて、いつもと違う雰囲気に胸がドキドキした。

「どう?」

「すごく似合ってる」

 素直に答えると、篤志が嬉しそうに笑った。何着か試着を繰り返して、三着ほど購入することになった。

 大学に入学しても、バスケは続けるって話していたから、ジャージ姿の篤志も見れるのだろうなと想像する。

 会計を済ませて店を出ると、篤志が僕の手を握ってきた。人通りの多い場所で手を繋がれて、恥ずかしさと嬉しさが混ざり合う。

「お腹空いた。何か食べよう」

 篤志に誘われて、フードコートに向かった。二人でハンバーガーを食べて、ポテトをシェアする。篤志が自分のポテトを僕の口に運んでくれて、顔が熱くなった。

「美味しい?」

「うん」

 短く答えて、僕も篤志の口にポテトを運ぶ。篤志が笑顔で食べてくれて、幸せな時間が流れた。

 食べ終わると、篤志がトイレに行くと言って席を立った。一人になって、スマホを確認する。鬼頭さんからの連絡はまだ来ていない。

 篤志が戻ってきて、一緒に駅ビルを出た。人気のない路地に入ると、篤志が僕を壁際に押し付けてきた。

「えっ」

 驚く間もなく、唇が重ねられる。柔らかいキスに、身体が熱くなった。篤志の舌が優しく口の中に入ってきて、甘いキスが続く。

「んっ……」

 声が漏れて、篤志がさらに深くキスをしてきた。息ができなくなって、篤志の肩を掴む。やがて唇が離れて、荒い息を吐いた。

「人が見てるかも」

 小声で言うと、篤志が首を横に振った。

「大丈夫。柊が可愛くて我慢できない」

 嬉しそうに言う篤志に、胸がときめいた。

二日前、鷹臣に無理やり抱かれて穢された身体なのに、篤志は愛おしそうに抱きしめてくれる。罪悪感が胸を締め付けて、涙が出そうになった。

「篤志……」

「ん?」

「ありがとう。今日、楽しかった」

 精一杯の言葉を伝えると、篤志が優しく笑った。もう一度抱きしめられて、温もりに包まれる。

(離れたくないな)

 できることなら、このままずっと現実逃避を続けていたい。そんな望みは叶うわけもなく、僕たちは手を繋いで歩き出した。

 駅まで戻ると、篤志が立ち止まる。

「柊、これから俺の家に来ない?」

 恥ずかしそうに聞いてきた。

 家に誘うということは、つまりキス以上の行為があるかもしれない。付き合い始めて数日だけど、絶対にないとも言い切れない。期待と願望が胸の中で膨らんで、思わず頷きそうになった。

 首筋に残るキスマークを思い出して、僕は慌てて首を横に振った。

「ごめん。弟が帰ってくるから、夕食の準備しないと」

 断ると、篤志は残念そうな表情を浮かべた。

「そっか。また今度」

 笑顔を作ってくれる篤志に、申し訳なさが込み上げてくる。

「うん。また今度ね」

 手を振り合って別れて、それぞれ家路についた。

 電車に乗って窓の外を眺めながら、後悔が押し寄せてくる。

 ――抱かれたかった。本当は行きたかった。篤志の腕の中で、優しく愛されたかった。

 それに、もう僕は綺麗な身体じゃない。鷹臣に抱かれて、穢された身体だ。純粋な篤志に抱かれたら、篤志まで汚してしまいそうで怖い。

 家に帰ると、歩がリビングでテレビを見ていた。

「おかえり」

「ただいま」

 笑顔を作って、僕はキッチンに立つ。夕食の準備を始めながら、歩に話しかけた。

「今日は学校どうだった?」

「楽しかった。図工で絵を描いたんだ」

 歩が嬉しそうに答えて、僕も笑顔になった。

「どんな絵?」

「家族の絵。お兄ちゃんと僕とお父さんを描いた」

 家族という言葉に、胸が痛んだ。父はもういない。どこかに逃げてしまった。歩は何も知らずに、父を家族の絵に描いている。

「お兄ちゃん、最近、お父さんの仕事のサイクル変わったの?」

 歩の質問に、包丁を持つ手を止めた。

「うん。実はね、お父さんの職場が変わったんだ」

「え?」

「遠くになったから、歩が学校に行ってる間に帰ってきて、帰宅する前に仕事に出かけるんだって。僕も驚いたよ」

 嘘を重ねながら、歩の反応を窺う。歩は少し考えるような表情を浮かべて、それから頷いた。

「お父さんらしいね。きっと給料のいいお店から引き抜かれたかなあ……」

 あっさり受け入れられて、嘘をついた後ろめたさから少しばかりに解放される。歩を騙している自分が情けなくて、野菜を切る手に力が入った。

「それとね、僕も単発バイト始めることにした」

「バイト?」

「うん。大学生になるから、自分の小遣いくらいは稼ごうと思って。急に呼ばれることもあるけど、大丈夫?」

 鬼頭さんからの呼び出しに対し、歩に勘付かれないように前もって伝えておこうと思った。歩が「頑張ってね」と素直に言ってくれて、笑顔で応援してくれた。

 翌日、学校が休みだった僕は、実際に朝早くから単発バイトを入れてみた。父がいない今、生活費を稼ぐのは僕しかいない。できるだけ夜は歩と過ごしたいから、小学校の時間に合わせて働けるところを選んだ。

 バイトは建築現場での荷物運びの仕事で、重い資材を何度も運び続ける。冬の寒さの中、汗をかきながら働いた。

 夕方に仕事が終わると身体中が痛くて、足を引きずりながら帰路につく。重い資材を持った手は赤く腫れ、マメがいくつもできていた。たった一日働いただけなのに、体力の限界を感じて悲しくなる。

 二日目も同じ現場で働いて、全身が悲鳴を上げていた。腕が上がらなくなって、腰が痛くて立っているのも辛い。給料を受け取って、帰路に着く。二日働いて、もらえた給料は二万円だった。

 駅のベンチに座って、ぼんやりと考えた。このバイトは割と時間給がいいほうだと思うが、身体がもたない。

 大学に通いながらのこのバイトは無理がある。授業を受けて、課題をこなして、さらにこんな肉体労働を続けるなんて不可能だ。体力がもたない。

 別のバイトでも多分、同じだ。

 奨学金を借りればたぶん大学には通える。入学金と前期の学費がどうなっているのかわからないが、家の貯金を使えば前期分は賄えるが――奨学金で大学に通えたとしても、勉強しながら日々の生活費が稼げない。小学校といえども弟の給食費や細々として学用品等の支払いもある。

 それに、鬼頭さんからいきなり呼び出されるのであれば、なおさらバイトがしづらい。シフトを組んでもらっても、急に休むことになる。迷惑はかけたくない。

 自ずと導かれる答えに、気持ちが沈んでいく。

(僕は大学には通えない)

 第一志望に合格したのに、諦めないといけない。

 空を見上げると、曇り空が広がっていた。冷たい風が吹いて、頬が冷える。決意を固めて、僕は立ち上がって電車に乗った。

 大学は諦める。弟が学校に行っている間、単発バイトをしよう。鬼頭さんに呼ばれてもいいように、長期バイトはしない。これが僕のこれからの人生だ。

 家に着いて玄関を開けると、歩の「おかえり」という明るい声が聞こえてきた。僕は笑顔を作ると、「ただいま」と返した。

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