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第7話:戦場と化したカフェ②

作者: 花柳響
last update 最終更新日: 2025-10-23 22:00:06

 光と、影。

 太陽と、月。

 学園を代表する二人のイケメンが、私というちっぽけな存在を、まるでサンドイッチの具のように挟み込んでいる。

 私の脳内BLフィルターが、ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音を立てて、フル稼働を始めた。

「(……そういうことか!)」

 天王寺先輩は、やはり氷室くんをデートに誘うための視察に来ていた。そして、氷室くんは、そんな先輩の意図を正確に読み取り、自分からこの店にやってきたのだ。「あなたを待っていましたよ」という、言葉にならない愛のメッセージを伝えるために!

 そして、陽翔くん!彼は、この二人の神聖な逢瀬を、誰にも邪魔させまいとする、忠実な番犬!

 役者は、揃った。戦場と化したこのカフェで、今、三つの恋の物語が、複雑に絡み合おうとしている!

 私の脳内が、壮大な恋の相関図を完成させて一人悦に入っていると、沈黙を破ったのは、やはり学園の太陽だった。天王寺先輩は、後から来た氷室くんにも、敵意むき出しの陽翔くんにも動じることなく、優雅な仕草で私に微笑みかける。

「それじゃあ、改めて。おすすめのコーヒー、淹れてくれるかな」

 その声は、甘く、そして有無を言わせない響きを持っていた。私に向けられた言葉。だが、その真意は、隣に座る氷室くんに向けられている。

「(君が、僕の隣に座る氷室くんにふさわしいと思う、最高のコーヒーを淹れて見せてくれ)」

 そういうことね!これは、私への試験!二人の恋を導くキューピッドとしての、私の手腕が試されている!

「かしこまりました!豆の個性を最大限に引き出す、ハンドドリップで淹れさせていただきます!」

 私がキリッと表情を引き締め、胸を張って答えた、その時。

「……俺も、同じものを」

 静かだが、凛とした声が、私の左耳を打った。氷室くんだ。彼はメニューに視線を落としたまま、ぽつりと、しかしはっきりとそう言ったのだ。

 私の全身に、電流のような衝撃が走る。

 ああ、なんてこと。なんて、尊いの……!

 これは、ただの注文じゃない。天王寺先輩への、彼なりの返答なのだ。『あなたが飲むものなら、私も同じものを。あなたの選ぶ運命に、私も従いましょう』という、健気で、いじらしい、愛の誓い……!

 二人の間に流れる、言葉を超えた魂の交信に、私は涙ぐみそうになるのを必死で堪える。泣いている場合じゃない。私は、彼らの聖なる儀式を、最高の形で執り行わなければ。

「承知いたしました!お二人のための、特別な一杯を……!」

 使命感に燃えながら、私がコーヒーミルのハンドルに手をかけた、まさにその瞬間だった。

「栞先輩」

 ぐい、と私の腕を、隣に立つ陽翔くんが力強く掴んだ。見ると、彼は子犬のような可愛らしい顔を、般若のように歪ませている。

「俺がやります。先輩は、疲れてるでしょ」

「え?だ、大丈夫だよ?」

「大丈夫じゃないです。こいつらのために、先輩がわざわざ手を動かす必要なんてない」

 陽翔くんは、天王寺先輩と氷室くんを「こいつら」と呼び、あからさまな敵意を込めた視線で射抜いた。

 ああ、もう!この子はなんて、分かりやすいの!

「(店長の恋敵になるかもしれない二人に、これ以上媚を売るな、ってことね!)」

 そうだ、陽翔くんは、私が天王寺先輩と氷室くんを丁重にもてなすことで、彼らが店長の恋敵として有利になることを恐れているのだ。だから、自分が代わりにコーヒーを淹れることで、私を彼らから遠ざけ、店長への忠誠心を示そうとしている。

 なんて一途な子なの!わかったわ、陽翔くん。その純粋な恋心、お姉さん(という名のキューピッド)が、ちゃんと受け止めてあげる!

「ありがとう、陽翔くん。でも、これは、私にしかできない仕事なの」

 私は、彼の手にそっと自分の手を重ね、諭すように言った。これは、ただのコーヒーではない。二組の恋の未来が懸かった、聖水なのだから。

 私がそう言うと、天王寺先輩が満足そうに頷き、氷室くんがほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。しかし、陽翔くんだけは納得がいかないようで、唇をぎゅっと噛み締めている。

 豆を挽く、香ばしい香り。お湯を注ぐ、静かな音。全ての雑念を払い、私は、ただひたすらに、目の前の儀式に集中した。

 やがて、二つのカップから、豊かな香りをまとった湯気が立ち上る。完璧な出来栄えだ。

 私がカップをソーサーに乗せ、トレイを持とうとした、その時。

「俺が運びます!」

 陽翔くんが、さっとそのトレイをひったくるように奪い取った。そして、まるで毒でも盛られていないか検分するかのような鋭い目でカップを睨みつけながら、二人の前に、ゴンッ!と叩きつけるように置いたのだった。

 あまりに乱暴な提供の仕方に、私は思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。ガチャン、と音を立てて揺れたカップから、琥珀色の液体がソーサーに数滴こぼれる。陽翔くんの顔は、能面のように無表情だった。ただ、その瞳だけが、獲物を前にした肉食獣のように、ギラギラと燃えている。

「(陽翔くん……!なんて、分かりやすい嫉妬……!)」

 私の脳内BLフィルターは、彼の行動を完璧に翻訳していた。これは、店長の恋敵(かもしれない)二人に対する、あからさまな威嚇。そして、「栞先輩が淹れた神聖なコーヒーを、お前たちなんかが軽々しく飲むな」という、無言の抗議なのだ。可愛い。可愛すぎる。健気すぎて、胸が苦しい。

 そんな陽翔くんの挑戦的な態度に、天王寺先輩は楽しそうに片方の眉を上げてみせる。彼はこぼれたコーヒーを気にするでもなく、カップに優雅に口をつけた。

「……うん、美味い。君が淹れてくれると、一段と美味しい気がするな」

 そう言って、彼は私にだけ聞こえるような甘い声で囁き、完璧なウインクを飛ばしてくる。心臓に悪い。本当に悪い。この人は、自分の顔面偏差値が、どれほどの破壊力を持っているか自覚しているのだろうか。

「(氷室くんへの、当てつけ……!)」

 そう、この甘い言葉は、私に向けられたものではない。隣に座る氷室くんに向けた、「君のことを想って淹れられたコーヒーは、格別に美味いね」という、遠回しな愛情表現なのだ。なんという高度な恋愛テクニック。

 すると、それまで黙って成り行きを見守っていた氷室くんが、静かにカップを持ち上げた。そして、こくりと一口飲むと、その灰色の瞳で、真っ直ぐに私を見つめてきた。

「……悪くない」

 たった、それだけ。

 だが、その短い言葉には、万の言葉よりも重い、確かな感情が込められていた。

「(ツンデレ……!ツンデレの、お手本……!)」

 本当は「最高に美味い」と思っているくせに、素直に言えないのだ。天王寺先輩への対抗心と、照れ隠し。その複雑な感情が、「悪くない」という一言に凝縮されている。尊い。尊すぎて、めまいがしてきた。

 こうして、カウンター席は、静かな戦場と化した。

 私が伝票整理のためにペンを手に取れば、「そのペン、使いやすそうだね」と天王寺先輩が話しかけてくる。私がカウンターの布巾を絞れば、「俺も手伝おうか?」と氷室くんが腰を浮かす。私が新しい豆の袋を開ければ、「先輩、重いでしょう!俺が持ちます!」と陽翔くんが駆け寄ってくる。

 彼らのアピール合戦は、私が何か行動を起こすたびに、ヒートアップしていった。その全てが、それぞれの恋する相手(天王寺→氷室→天王寺、陽翔→店長)への、健気なアピールなのだと、私は信じて疑わなかった。

 やがて、本当の閉店時間がやってくる。私が「そろそろ閉店です」と告げると、三人は残念そうに、しかし素直に席を立った。

 会計を済ませ、三人が店の外へ出ていく。私は、嵐が過ぎ去った後のような静けさの中で、ほうっと安堵のため息をついた。なんとか、キューピッドとしての大役を果たせたようだ。

 しかし、その安堵も束の間だった。

 一人で後片付けを終え、店の裏口から出ると、そこには壁に寄りかかって私を待っている人影が一つ。陽翔くんだった。

「陽翔くん?どうしたの、まだいたんだ」

 私が声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。その表情は、今まで見たことがないほど、真剣で、どこか切実な色を帯びている。彼はまっすぐに私の方へ歩み寄ると、私の目の前でぴたりと足を止めた。そして、逃げ場を塞ぐように、私の両肩をがしりと掴む。

「あの、栞先輩」

 真剣な声。強い眼差し。私は、ごくりと唾を飲み込んだ。まさか、また告白の練習……?

 しかし、彼の口から飛び出したのは、私の予想を遥かに超えた、切実な問いだった。

「あの二人、どっちが本命なんですか!?」

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