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離婚へのカウントダウン

Autor: 雫石しま
last update Fecha de publicación: 2026-04-15 09:44:07

芍薬の花を手渡した瑞希は昨夜の衝撃的な事実を思い出していた。

 

新婦一人取り残されたスイートルーム。

陸斗のスマホが、慌てて置いていったテーブルの上で、まだ画面が点灯している。

通知が一つ、表示されたままだった。

 

『父より:特別枠の更新確認。真希のデータ、明日理事長室へ提出。配偶者家族限定の条件は変わらず。研究予算の継続には婚姻状態が必須だ。くれぐれも瑞希さんを大切に。』

 

……配偶者家族限定?

私は思わずその文字を凝視した。

大学病院の最上階——一泊六万円もする特別個室。あそこはただの「医師の特権」じゃない。

陸斗の父が理事長を務める臨床研究プログラムで、「医師本人の配偶者およびその直系家族」にしか適用されない全額無料治療枠。

希少疾患である真希の先天性運動機能障害に対する新薬投与、リハビリ、実験的血管治療まですべて病院負担。

その条件の裏側は、製薬会社からの巨額研究費を確保するための「家族ぐるみの協力体制」らしい。

倫理審査を通すための方便だと、陸斗が以前ぼんやりと漏らしたことがあった。

つまり、私と陸斗が結婚している限り、真希は無料で最先端治療を受け続けられる。

離婚すれば——即座に枠から外され、月百五十万円を超える治療費が私たちの、いいえ、真希の実家にのしかかる。
胸の奥が冷たくなった。

新婚初夜に夫が駆けつけたのは、愛する妻のためではなく、「配偶者」という地位が保証する治療枠を守るためだったのか。

 

私はゆっくりとベッドに視線を移し、うたた寝をする陸斗を見下ろした。

「陸斗……あなたは、私と結婚したんじゃない。真希の治療を継続させるために、私と結婚したのね」

 

そこで彼は目を覚まし、瑞希の存在に気づき顔色を変えた。

「陸斗。お父様からのメッセージ、見たわ。『配偶者家族限定』って、どういうこと?」

 

陸斗の肩がわずかに震えた。

彼はゆっくりと振り返り、ため息をついた。

「……説明するつもりだった。でも、タイミングが悪くて」

「今、説明して。全部」

 

陸斗はモニターのデータを指でなぞりながら、淡々と語り始めた。

 

「うちの病院の『希少運動機能障害臨床研究プログラム』だ。父が理事長として製薬会社から年間数億円の研究費を引き出している。条件は厳しい——医師本人の配偶者とその家族にしか、全額無料の治療を提供できない。真希の場合、幼い頃からの誓いもあって、俺が主治医を続けている。婚姻状態が続かないと、枠から外れる。研究の倫理審査も通らなくなる」

 

真希が、甘えるような声で口を挟んだ。

「お姉ちゃん、健康だから大丈夫だよね……。私みたいな足の悪い子がいると、家族みんなが苦労するから。陸斗くんが結婚してくれて、本当に助かったの」

 

瑞希は笑った。声が出ないほど、冷たい笑いだった。

「つまり、私の役割は『配偶者』として真希の治療費をタダにするための鍵だったってこと?

新婚初夜にあなたがここにいるのも、急患じゃなくて、枠を守るため?」

 

陸斗は答えなかった。ただ、真希の手を握り直した。

 

「そう、わかったわ。お大事に」

 

瑞希はそんな茶番劇に付き合っていられないと、マンションへ帰った。

一人きりの新居。

真希の容体が急変するかもしれないと、新婚旅行はなし。

何もかもが、真希中心で回っていた。

 

鏡に映る瑞希の顔は、まだ昨夜の平手打ちの跡が薄く残っていた。

瑞希はゆっくりと化粧を落とし、腫れた部分に指を当てた。
結婚した意味が、ようやく腑に落ちた。

陸斗の父——あの冷たい理事長は、息子の結婚相手に「健康で強い女性」を求めた。

跡取りを産み、家を守れる人間を。

同時に、真希の治療を継続させるための「配偶者」という肩書きも必要だった。

二つの条件を満たす完璧な駒として、瑞希は選ばれた。

 

家族特別枠。

それが続く限り、真希は最上階の特別個室で、羽毛のベッドに横たわり、陸斗に看病され続ける。

瑞希が離婚を考えた瞬間——すべてが崩れる。

月百五十万円の治療費。

研究予算の打ち切り。

病院内のスキャンダル。

瑞希は鏡の中の自分に、静かに囁いた。

 

「新婚初夜、あなたは妹のベッドにいた。

でも本当は、真希の『治療枠』を守るために、私のベッドを空けたのね」

 

瑞希は自分を蔑ろにした両親、義両親、陸斗......そして真希に復讐を誓った。

 

「......一番、酷い形で、離婚してあげる」

 

離婚へのカウントダウンが始まった。

 

 

 

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  • 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた   幕が降りるとき

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