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第73話……閉ざされた宇宙

last update Date de publication: 2026-06-11 18:08:52

 薄青い光に満たされた管理室で、ツーシームは壁面をゆっくり見回した。

 古びているはずなのに、どこにも朽ちた気配がない。

 機械とも神殿ともつかぬその空間の中心で、荒鷲の金印を持つ少女が、妙に得意げな顔をして立っている。

 ツーシームは煙草を指で弾き、気のない声で尋ねた。

「こんな僻地に、どうしてこんな場所があるんです?」

 少女は、くすりと笑った。

「ふふふ。ここは外の宇宙との関所じゃよ。このコントロールルームがあるからこそ、我らは外敵から身を隠してこられたのだ」

「……へぇ」

 あまりにも大きすぎる話に、ツーシームは半歩だけ眉を動かした。

 その横で、トロスト技師は機器類へ吸い寄せられるように近づいている。震える指先で端末の縁をなぞり、喉を鳴らした。

 少女は構わず続けた。

「我ら太古の人類は、他次元宇宙への干渉によって文明崩壊を起こした、と言われておるじゃろう?」

 ツーシームは頭をかいた。

「そうだったかな? アタイ、そういう授業は寝てた気がするねぇ」

「実は、あの言い伝えは嘘じゃ」

 その一言で、室内の空気が変わった。

 少女の瞳には、もはや年齢に見合わぬ古さが宿っている。

「かつて人類は、広大な宇宙へ支配を広げすぎた。じゃが、その果てに、さらに先達たる高度文明保持者の怒りへ触れたのだ。人類は滅ぼされた。星も、艦隊も、文明もな」

 トロストが、はっと息を呑む。

「では……人類滅亡譚は、外宇宙からの制裁だったと?」

「そういうことじゃ」

 少女は静かにうなずいた。

「その時、先達の技術で作られた宇宙の鍵を奪い、その中へ逃げ込んだ者たちがいた。隠し部屋のような閉鎖宇宙へな。それを率いたのがノヴァという男。帝国の皇帝や大貴族たちの先祖は、その一団の末裔というわけだ」

 ツーシームは、ようやく少しだけ面白そうな顔をした。

「なるほど。じゃあ、アタイたちの宇宙そのものが、押し入れの奥みたいな隠し部屋ってことかい?」

「まあ、乱暴に言えばそうなるな」

 ビッグベアが腕を組んだまま唸る。

「笑えねえ話だな」

 少女はさらに奥の制御卓へ歩み寄った。

 光る紋様が、彼女の金印に呼応するように微かに脈打っている。

「しかも数年前、外界宇宙に住まう先達の高度文明者たちが、今もなお金印の所持者を探しておることが分かった。ゆえに先代の皇帝は、わらわを作り、親類への被害を避けようとしたのじゃ」

「作った?」

 ツーシームが目を細める。

「ずいぶん引っかかる言い方だねぇ」

 少女は、そこでだけ少し寂しそうに笑った。

「そのままの意味よ。わらわは、先帝の体の一部を受け継いだ機械仕掛けの人形。そして災厄の矢面へ立たされるための器でもあった」

 数秒、誰も何も言えなかった。

 最初に口を開いたのはトロストだった。

「では、パニキア連邦は? あれほど文化も姿も違う連中が、この閉鎖された宇宙に存在しているのです?」

 少女は振り返る。

「パニキアの蛮族どもは、初代皇帝がこの部屋を隠すために作り出した生命体だからじゃ。外敵の目を欺くための番犬であり、偽装であり、周辺宙域を埋めるための種でもあった。だから今も、兵器や道具の規格には帝国と通じるものが残っておる」

「……人工生命の文明だってのか」

 トロストの声は、半ば呆然としていた。

「さらに初代皇帝たちは、不老を目指して新たな肉体を培養した。ところが、その体たちは自我を持ち、支配を拒んで逃げた。彼らの子孫が、今の人類統合共和国のバイオロイド共というわけじゃ」

 ビッグベアが低く呟く。

「帝国も、共和国も、パニキアも、もとは全部つながってるってことか」

「そうじゃ。そして、それを隠すため、昔の帝国は自分たちに都合のいい偽の歴史を作った」

 ツーシームは煙を吐き、制御卓の青白い光を眺めた。

「つまり、いま銀河じゅうで信じられてる歴史ってのは、勝者の作った作り話ってわけだ」

「その通り」

 少女は制御盤へ手を置く。

「この部屋は今も、外界宇宙との扉を閉じる役目を果たしておる。もしこれを開けば、我らは文明水準の違いすぎる外敵に見つかり、たちまち滅ぼされるであろう」

 トロストは顔を青ざめさせた。

「そんなものを、我々はいま目の前にしているのか……」

 だが、その隣でツーシームだけは、ひどくつまらなそうに煙草をふかしていた。

 やがて彼女は、紫煙の向こうで少女を見ながら、面倒くさそうに肩をすくめる。

「で?」

「……何じゃ?」

「世界の秘密がどうとか、人類の祖先がどうとか、そりゃ大層な話ですよ。でもねぇ、アタイにとっちゃ一番大事なのは、明日どう生き延びるかです」

 トロストが目をむいた。

「船長! この話の重みが分かっているんですか!?」

「分かってるさ」

 ツーシームは淡々と答える。

「重すぎる話ってのはね、たいていその場じゃ役に立たないんだよ」

 管理室の機械音だけが、静かに脈打っていた。

 宇宙の秘密を前にしても、飲んだくれの海賊は、変わらずならず者のままだった。

 その現実感だけが、かえってこの場の空気を奇妙に真実らしく映し出していた。

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