LOGIN王都を飛び出したツグミは、”流れの治療師カナ”と名を変え、帝国のあちらこちらを旅しながら、治療師として怪我や病に苦しむ人々を救い続けた。
ちなみにカナという名は、ツグミの母親──
現在、ツグミは帝都にほど近い神殿で、臨時の治療師として働いている。
「大丈夫、すぐ良くなるから。ちょっとだけ大人しくし──」
「痛い!痛い!助けてくれ!!」
簡素なベッドに寝かされているのは、足を弓矢で射抜かれた義勇兵の若い男。一刻も早く彼を治癒魔法で助けたいが、こんなに暴れられては患部に手が当てられない。
賢者レベルの白魔導士ならともかく、中の上クラスの治癒魔法しか使えないツグミは、直接傷に触れなきゃ発動できないのだ。
「だから、助けるって言ってるじゃん!大人しく、ズボンを脱がさせて!」
「痛い!死ぬ!もう、いっそ殺してくれぇーーー」
「馬鹿!この程度で死なないからっ。もぉー、無理!おじさん、ごめん。悪いけど、この人の身体がっつり押さえてください!」
堪忍袋の緒が切れたツグミは、たまたま近くにいた壮年の男性に助けを求める。しかし男性は、「え?俺??」という顔をして動かない。
無理もない。彼も義勇兵で、若い男と同じく怪我人なのだ。
しかしツグミは容赦なく、壮年の義勇兵を睨みつける。
「腕は動くでしょ?ちょっと押さえてもらうだけだから、早く来て!」
「ええー」
不満の声を上げる壮年の義勇兵に、ツグミはもう一度「早く!!」と怒鳴る。
観念した壮年の義勇兵は、松葉杖を付きながらひょっこひょっことツグミの隣に移動した。
「ねぇーちゃん、俺、足の骨が折れてんだけど……」
「知ってる。私が治したんだもん」
「ありがとな。あの時は天使かと思ったよ」
「……えへへ。そんなこと言われたら、照れちゃうよ」
「でもさ、骨がくっついたばかりでね、おじさん結構足痛いんだよなぁー」
「大丈夫!この程度動いても、くっついた骨はまた折れたりしないから」
「そうか……そりゃー安心だ……」
トホホと肩を落としても、壮年の義勇兵の手は、若い男の義勇兵の身体を押さえ続けてる。
ツグミといえば、大人しくなった年頃の男性のズボンを手際よく脱がせて、患部に治癒魔法を施している。
息のピッタリ合った二人のコンビネーションにより、若い義勇兵の足は無事に治療を終えることができた。
「よっし!じゃあ、この人のズボンを履かせたら終わりだね……って、ちょっと!」
手に持っていたズボンを壮年の義勇兵に取り上げられたツグミは、非難の声を上げる。
「……ねぇーちゃん、頼む。こいつのズボンを履かせるのは、俺にやらせてくれ」
「どうして?」
キョトンとした顔になるツグミを見て、壮年の義勇兵は複雑な表情になる。
「こいつさぁ、ライドっていうんだけどな、まだ童貞なんだよ」
「……はぁ」
「俺らみたいなおっさんなら、若くてかわいい娘っ子にズボン脱がされて、履かされたら、そりゃあ武勇伝の一つになるんだけどよぉ」
「うん」
「ライドみたいな純情坊やには、ちと刺激が強いっつーか、女を知らないのにその先にある階段上っちまった感じになるんだよ。わかるか?」
「わかんない」
即答したツグミに、壮年の義勇兵は額を手に当てて空を仰いだ。なんだか、ムカつく。
「別に、こんなのただの医療行為じゃん。下履きまでむしり取って中身を見たわけじゃないんだし。見たところで別に私は平気だし。っていうか、戦場でそんなんいっぱい見てきたよ?」
「修羅場くぐってんな」
「まぁ、そこそこに」
なにせ二年間ほど、聖女やらせていただいたもので。という言葉を吞みこみ、ツグミは曖昧に笑う。
復興し始めたばかりの帝国は、治安も整備も整っていない。加えて帝都から離れれば離れるほど、野党や野獣の被害が多発し、怪我人は後を絶たない。
そんな事情から治療師はどこもかしこも人手不足で、ツグミは立ち寄る街や村で重宝されている。
お陰で路銀や宿に困ることはないけれど、人に言えない出自のために、時々こうして会話に困るのだ。
ただ幸か不幸かわからないが、一年前に発動した忘却魔法はツグミが過去最大に魔力を注いだせいで、ツグミ自身が人々の記憶に残らない体質になってしまった。
今では、だいぶこの症状はおさまってくれたが、完全に元に戻るのはいつになるかわからない。
「まぁ、ねぇーちゃんの主張はわかったが、ここは手伝ってやった俺に免じてズボンを履かせるのは諦めてくれや」
片手で拝む真似をする壮年の義勇兵の目は必死だ。
「じゃあ、お願いします。でも、おじさん足痛いのに……大丈夫?」
「これくらい平気さ。ささっ、ねぇーちゃんは他の奴の手当してやってくれ」
早く行けと言わんばかりに背中を押され、ツグミはあっさりと二人の傍から離れた。
フォンハール帝国に点在する神殿は、祈りの場として使われる以外にも、診療所や避難所としての役割も担っている。
森の中にあるこの神殿は、かつては神官の修業の地として建てられたそうだが、今のここは血と膿が混ざった匂いと、負傷者で溢れかえっている。周辺の村々が団結して、野党狩りをしたからだ。
本来なら、騎士団や警ら隊が行わなければならない危険なことを、村民がしなければならないのは、まだフォンハール帝国が復興途中である証拠だ。
聖女の職を辞したとはいえ、傷ついた民を目にするのは辛く、胸が苦しい。
「神官さぁーん!私、代わります」
二日間、不眠不休で怪我人の治療にあたっている常駐の神官は、まだ若いが今にも倒れそうなほど疲労困憊だ。
立っていてもフラフラしてしまう神官は、駆け寄るツグミを見て、ホッと安堵の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。ですが、あなたもお疲れでしょうに……」
「ううん、平気。私は昨日来たばっかりだから、まだ余力があるんです」
「え?昨日?えっと……そうでしたっけ?」
「そうですよ。神官さん、だいぶお疲れなんですね。あとは私が頑張るから、ちょっと仮眠取ってください」
忘却魔法の副作用を強引に誤魔化したツグミは、腕まくりをして気合を入れる。
今度の患者は、先ほどの若い義勇兵より、更に若い。青年というより、少年だ。
まだ成長しきっていない右腕が、あらぬ方に折れ曲がっている。かなり痛いはずだが、暴れず、弱々しい呼吸を繰り返しているだけ。これは、かなり危険な状態だ。
「こんにちは。はじめまして、カナです。ここまでよく頑張りましたね。もう、大丈夫。すぐに良くなりますよ」
つとめて優しい口調で少年に声をかけたツグミは、息を整え患部にそっと両手を置いた。
「エルベルト、もう一度聞くけど、どうして暗殺者になったの?」 どうして拳銃を持っているの?ではない。 どうして、どんな理由で、何を求めて、この帝国の汚れ仕事を引き受けたのか。 ツグミが知りたいものをはっきり理解したエルベルトは、小さく息を呑んだ。 その仕草は、驚きではなく、躊躇いだったことに気づいてしまったツグミは、絶望的な表情を浮かべる。「陛下と取引したんだね」 聖女の記憶を消さずにいられる方法を知っているのは、この帝国でただ一人しかいない。(私なんかを……忘れないために……) その言葉を、ツグミは口に出すことができなかった。 けれどエルベルトは、是も否も言わずに別の言葉を紡いだ。穏やかで、優しい笑みを浮かべて。「俺が望んだことだ。お前に何かを背負わすつもりはない」 エルベルトの言葉は是と言うよりも明確な答えだった。そしてその瞬間、ツグミは罪人となった。 ツグミが犯した罪の名は、【詐欺罪】。エルベルトを含め、聖女と呼んでくれた者たちをツグミはずっと騙していた。 震える両手で、ツグミは顔を覆う。エルベルトを直視することができない。 罪を犯した人は、目を背けていた罪を目の前でさらけ出されたら、どんな行動に出るのだろう。ただ泣くのだろうか、それとも首を垂れ許しを請うのか、それがどうしたと開き直るのだろうか。 選ぶ行動は違うかもしれないけど、間違いなく想像以上の重さによろめくだろう。 そんなことをツグミが考えていたら、ふわりと全身が温もりに包まれた。「……ツグミ」 エルベルトが名を呼ぶと、吐息がツグミの耳朶をくすぐる。 エルベルトの腕の中は、いつの間にかこの世界で、最も安全で安心できる場所になっていた。 けれどツグミは、自分からこの居心地の良い場所を去らなくてはならない。「えっとね……エルベルト」 両手をエルベルトの胸に押し当て、顔を上げる。綺麗な藤色の瞳にツグミの顔が映る。 嘘つきで、醜い顔。だから、これ以上、崩れないようにツグミは無理やり笑みを作った。「一つ、教えてほしいことがあるんだ」「なんだ?」「陛下の魔法ってさ絵とかを実体化したり、置物とかを本物みたいに動かすことができるやつってあったっけ?」「は……?」 唐突なツグミの質問にエルベルトは首を傾げた。でも、すぐに「おそらくだが……」と前置きをして口を
俯いたツグミの頬を、エルベルトの大きな手が包み込む。「そうかもしれない。でも、そうじゃない部分もある」 確信に満ちたエルベルトの声は、ツグミから否定の言葉を奪ってしまう。「母親からどれだけ平和な世界があるという話を聞いたって、お前は俺らと同じように実際にその世界を見たわけじゃない。だけどお前は、どれだけ汚い世界を見ても、心が汚れなかった。絶望しなかった。ずっと平和な世界があるということを信じ続けてくれた。俺にとっては……いや、俺だけじゃなく他の皆も、ツグミのその心が光だった」 エルベルトから優しく囁かれて、ツグミの胸が痛くなる。ギシギシと、心が音を立てて軋む。 でも、エルベルトはツグミの内側の変化に気づけず、言葉を続けた。「きっかけは覚えているけど、いつからなんてわからない。気付けばお前の姿を追う自分がいて、笑いかけられればどうしていいのかわからなくなって……でも、そっけない態度を取る自分にうんざりした」 そこで一旦言葉を切ると、なぜかエルベルトは半目になった。え?なんで。「俺がそっけない態度を取っている時は、無自覚に距離を詰めようとしてきたくせに、いざ俺が腹をくくった途端、お前はトンズラこきやがって」 ちっと、舌打ちまでつけられてしまった。半目になって舌打ちするエルベルトは、やさぐれているというより、拗ねているようにも見える。 「俺が徹夜で山のような書類を片付け、陛下のクソ依頼を寝ずに片付け、無理矢理時間を作って探しても、お前は全然見つからない。人づてに探そうとしても、お前は人の記憶からすぐに消えやがる」「……えっと、ごめん?」「ほんっっっとうに、ごめんだぞ。お陰で俺はこの一年まともに寝てない」「……それも、ごめん?」「ああ。ほんっっっとうに、ごめんだ!」 ツグミが謝れば謝るほど、エルベルトの怒りが過熱していく。彼の怒りを収める方法がわからない。 途方に暮れるツグミに、エルベルトは不満がまだあるようだ。「お前を探し出したくても、探し出せなくて、マジで死にそうだった。戦時中でも味わったことのない絶望に襲われて気が狂いそうになった矢先、お前はのこのこと俺の目の前に現れやがった」「あれは不可抗力だよ……」「黙れ」 ピシャリと言われて、ツグミは頬を膨らませる。言っておくが、こっちだって見たくて見たわけじゃない。エルベルト同様
「あのさぁ、エルベルトさん……」 指をこねくり回しながら、ツグミはエルベルトを上目遣いで見る。「なんだ?」「えっとね……」「ああ」「ええっと……ね?」「だからなんだ?」 早く話せとエルベルトから目で訴えられ、ツグミはグッと拳を握って口を開いた。「つまり、私のこと好きになったのって、私が泣き虫だったからな!?」「そんなわけないだろ!」 食い気味に否定され、ツグミは「だよね」と心の中で呟く。でも──「私もね、的外れなことを言ったなぁーとは思ってるんだけど、私、好かれる要素がないなって思って。っていうか、ガチで嫌われてると思ってた」 訊きにくいことを尋ねたついでに、ツグミはこの際だから言いづらいことも口にしてしまった。「嫌われてるか……まぁ、確かにずっとつれない態度を取っていたのは認めるけど、そうはっきり言葉に出されると、結構、凹むぞ」 暖炉の薪のパチパチはぜる音だけが部屋に響く。 そんな中、額に手を当て溜息を吐くエルベルトの袖を、ツグミはツンツンと引っ張る。「あの……落ち込んでるところ悪いんだけど、できればはっきり好きになったきっかけを教えてください」「お前……鬼畜だな」 信じられないといった顔をするエルベルトに、ツグミは両手を合わせて、スリスリこすり合わせる。「このタイミングで、また変なことを……」「ん?これ、お母さんがお父さんにお願いする時に良くやってたの。これやると大概いけるって教えてもらったんだ」「……はぁー……わかった」 異世界流のお願いの仕方が斬新過ぎたのか、エルベルトは吹っ切れたようだ。「……俺たちは平和というものを知らずに戦っていたんだ」 そう呻くように絞り出したエルベルトの言葉に、ツグミの胸が軋んだ。 それだけ戦争が長かったのだ。エルベルトを含めて全員、戦うことには長けていたけれど、その後をまったく考えていなかった。いや、想像できなかったのだろう。経験したことも、教わったこともなかったのだから。『戦場こそ生き様の象徴で、戦場こそ死に場所で、自分たちは戦場の駒に過ぎない』 騎士の誰かが言った言葉を思い出したツグミの脳裏に、色褪せていた戦争中の記憶が色を帯びて蘇る。 騎士たちは、自分に暗示をかけるように、「駒だ」といつも口にしていた。でも、彼らは駒ではなく人だ。 戦場へ向かうのは、恐ろしかった
呆然とするツグミと、どうだ参ったかと謎の開き直りをするエルベルト。 エルベルトは言いたいことを言い切ってスッキリしているが、ツグミの頭の中は大混乱だ。 時間が経てば経つほど、エルベルトと再会してからのあれこれ───一緒にお風呂に入ったりとか、手を繋いで市場を歩いたこととか、キ……キスされたことなどを、否が応でも思い出してしまう。 もしかしたらと思ってたとはいえ、決定的な証拠がなかった故に、ツグミはエルベルトにデリカシーの欠片もない質問や発言を繰り返していた。 間違いなくエルベルトは内心「人の気も知らないで」思っていたことだろう。 そんなふうに過去を悔いるツグミだが、疑問は残る。だってツグミは、エルベルトに嫌われていると思っていた。それなのに好きだと告白するなんて、全然意味が分からない。「えっと……冗談じゃな──」「ぶっとばすぞ」 静かにキレるエルベルトに、ツグミは項垂れた。「……ごめん」「いや、そこで謝るな」「謝ってごめん」「……お前なぁ」 そうは言っても、”ごめん”しか言えない。 エルベルトに睨まれてツグミは口を噤んでみたけれど、心の中では無理やり言わせちゃって、ごめん。誤魔化そうとして、ごめん。あと、自分なんかを好きになっちゃって……ごめん、という言葉が溢れてくる。「……勢いで言ったことは認める。けど、冗談なのかって聞くな。俺だって……傷付くぞ」 一つ一つ言葉を選ぶようにゆっくり語りかけるエルベルトを、ツグミは直視できない。「うん、そうだね、ごめん。でもにわかに信じられない話だったもんで……その……」 そこまで言って、ツグミは言葉を濁してしまう。けれど、エルベルトが全部吐けよと無言の圧をかけてくる。「つまりさ、エルベルトさんってさ……」「ん?」「やっぱ、ロリコンってことなの?」 おずおずとツグミが尋ねた途端、エルベルトはカッと目を見開いた。「誰がロリコンだ!!二度と口にするなよ!」 エルベルトのキレ方は半端なかった。もしかしたら、本人も気にしているのかもしれない。「……わかった。ごめん」「わかればいい。俺も大声出して悪かった」 互いに謝罪し合った後、再び沈黙が落ちる。しばらくして、ツグミは耐え切れずに口を開いた。「……いちゅかりゃ?」「いつからと聞きたかったのか?」 噛んでしまって赤面するツグミ
「エルベルトさん、助けに来てくれた時、私のことツグミって言ったよね」「……」 黙秘権を行使しているエルベルトだが、思いっきりしまったと顔に出ている。「えっと……誤魔化してるつもりかもしれないけど、バレバレだよ?」「……」 なおも黙り続けるエルベルトに、ツグミはもう一度、問いかける。「説明してくれる?エルベルトさん。どうして、私の本当の名前を知っているの?」 エルベルトの顔を覗き込めば、すっと目を逸らされた。それでもツグミは辛抱強く待つ。「……何言ってんだ、お前?」「いやいやいやいやっ、エルベルトさん!とぼけ方、下手くそか!」 思わずツグミが突っ込みを入れたツグミは、状況も忘れて呆れてしまった。「なんか意外。さっきまでのクールなエルベルトさんはどこ行ったの?……あはっ」 思わず笑い声を漏らしてしまったツグミに、エルベルトはギロリと睨みつける。 そして、ああ、とか、ううっ、とか言葉にならないうめき声を吐いた後、ぼそぼそと何かを呟いた。「…………の……に、決まってるだろ……」「え?何?聞こえないよ」 エルベルトの言葉は小さすぎて、一番大事なところが聞こえない。 じれったい気持ちから、ツグミは猫がすり寄るようにエルベルトに身体を近づける。その時、エルベルトは我慢できないといった感じで、ソファの肘置きを強く叩いた。「お前のことを覚えてるからに決まってるだろ!」「それはわかってる!だから、なんで覚えてるのかって訊いているの!」 逆ギレしたエルベルトに、ツグミもカッとなって大声を出す。しかし返ってきたのは、沈黙だった。 でもエルベルトの表情を見たら、言えない理由が何となくわかった。 だからツグミは、あえて自分から言葉にする。「……私のせいなんでしょ?」 その言葉に、エルベルトの眉がピクリとはねた。 たったそれだけの仕草で、ツグミは理解してしまった。エルベルトは戦争が終わってから、暗殺者になった。ツグミが、原因で。「ごめん、私がエルベルトさんに面倒事を押し付けちゃったんだよね」「……」 うなだれるツグミに、エルベルトは、否定も肯定もしない。でも、何も言わないのは、「そうだ」と言っているようなものだ。 忘却魔法を発動する時、ツグミはいきなり聖女の存在が消えたら、どうなるんだろうっていう不安を抱えていた。でも、誰かが何とかして
これからエルベルトが語るのは、これまでの関係を壊してしまうかもしれない深刻なことなのだろう。 ツグミを抱くエルベルトの腕に力がこもる。「これを持つ者は──」「あ、ちょっと待った!」 どうしよう、めっちゃ緊張してきた。思わず遮ってしまったツグミに、エルベルトがあからさまにムッとする。「お前……ここで、ストップかけるなんていい度胸じゃねぇか」 ジト目で睨まれて、ツグミはつぃーっと視線を避けながら口を開いた。「いや、なんとなく、ちゃんと向かい合って聞いたほうがいいかなって思って……」「俺はこのままでも、かまない」「私が落ち着いて聞いてられないのっ!!」 がんじがらめの状態で傷の手当てをされたまま、二人は今、ソファに座って抱き合うような姿勢になっている。 離れるタイミングがなかったとはいえ、このまま話をするのはチョット心臓が厳しい。 そんな気持ちから、ツグミはエルベルトの承諾を得ずに、さらりと逃げ出した。しかしエルベルトは無言で捕まえようと腕を伸ばす。 結局、並んでソファに座るというところで折り合いをつけたエルベルトは、仕切り直しの合図のように前髪をかき上げた。「これを持つ者は、皇帝の代弁者と言われていて、表沙汰に処理できないことを秘密裏で片づけるもの。まぁ……簡単に言えば、皇帝公認の暗殺者ってわけだ」「……陛下公認で?」「ああ」 エルベルトが暗殺者だというのは、既に知っているツグミは、そこは素直に受け入れる。「そっか。じゃあ、カザード小隊長を殺したのも、陛下の命令だったの?」「ああ、そうだ」「なら、なんで拳銃で撃たなかったの?」「そこに気付いたか。意外だな」 あからさまに驚かれて、ちょっと待って!と言いたくなる。 話の途中だというのはわかっているが、ツグミはついエルベルトを睨んでしまう。 すぐに柔らかく微笑まれてしまい、今日イチの笑顔がコレなんてと、ツグミはちょっと腑に落ちない。 でも言葉にしてしまえば話が脱線するのは目に見えている。言いたいことを、ぐっと飲み込みこんだツグミは、代わりに本題に添った疑問を口にした。「あの時、カザート小隊長を撃たなかったのはわざとってことなの?」 「ああ、そうだ。あれは見せしめに殺した」「っ……!?」 何の抵抗もなく”殺す”という単語を使うエルベルトに、ツグミは背