Home / ファンタジー / 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う / 予想外の再会からの、あれやこれ②

Share

予想外の再会からの、あれやこれ②

Author: 当麻月菜
last update Last Updated: 2025-10-01 17:39:23

 この神殿に常駐している神官は三人。しかし、治癒魔法が使えるのは、一人だけ。残りの二人も多少は医学の心得があるが、魔法に比べれば手当はどうしても遅くなる。

「はいはい!じゃんじゃん治させていただきますよ!」

 唯一治療魔法を使える神官は仮眠中なので、今はツグミが頼りの綱だ。

 技術面では中の上クラスの治癒魔法しか使えないツグミだが、あまたの激戦区を駆け抜けたおかげで、魔力量だけは自信がある。 

 気が付けば日は沈み、窓の向こうは暗闇だ。一体どれだけ治癒魔法を使い続けたかわからない。でも、確実に負傷者の数は減っている。

「カナ様、このお方が最後の怪我人です」

 神官の一人に声をかけられ、ツグミはベッドの隙間をすり抜け小走りで向かう。

「やっと来たかよ、天使さん。待ちくたびれて、自力で天国に行っちまうところだった。はは……」

 笑えない冗談を飛ばす青年と呼ぶには微妙な年頃の義勇兵は、片目を負傷して顔半分が包帯で隠れている。出血の量からして、失明は免れないだろう。

「おじさん、あのね」

「言葉に気をつけろ。俺は、まだ29だ!お兄さんと呼べ」

「失礼。お兄さん、あのですね」

「待て。やっぱロイドと呼んでくれ」

「……ロイドさん、あのですね。提案があるんですけど、聞いてもらえます?」

「この状況でか?」

「死にかけている状態で呼び方にケチ付けるような人に、状況云々言われたくないんですけど……」 

 ツグミがつい思ったままを口にすれば、へへっとロイドは誤魔化し笑いをする。

 眼球破損は失神レベルの痛みのはずなのに、すごい余裕だ。

 一向に話が進まないことに苛立つよりも、ロイドの強靭な精神力に感心してしまう。彼ならきっと、この提案を受け入れてくれるだろう。

「時間が惜しいんで、端的に言います。やってみたい治療があるんだ。失敗すれば失明確定で、成功すれば視力を取り戻せるんだけど──」

「やらない理由なんてないだろ?天使さん」

「ですよね」

 食い気味にうなずいたツグミは、ローブのポケットから透明な球体を取り出す。

 どっかの村で治療のお礼にもらったガラス玉だ。透明な球の真ん中に青い石があるこれは、眼球代わりにするのに色も大きさもちょうどいい。

 おいおい、なにするんだ?というロイドの不安な視線を無視して、ツグミはガラス玉を両手に包んで魔力を注ぎ入れる。

 ツグミが持つ魔力のないものに魔力を付与できる能力の対象は、人に限らない。手に触れられる全てのものだ。

「よし、いい感じ」

 手のひらにあるガラス玉は、持ち主に視力を与える魔法石になった。

「……な、なぁ……天使さん。まさか、それを……」

 カタカタ震えだしたロイドに、ツグミはニンマリと笑う。

「うん、潰れた目のところに突っ込むね」

「おい、待て!嘘だろ!?」

 ギョッとしたロイドだが、時すでに遅し。

 戦場で培った剥ぎ取りスキルで、あっという間にロイドの包帯を解いたツグミは、迷いなくロイドの潰れた側の目の窪みに魔法石を押し込んだ。

「ぅ……!ぅあっ……!!」

 ロイドが苦痛に顔を歪める。傷口に異物を押し込められているのだ。失神しても、失禁しても、最悪ショック死してもおかしくはない。

 しかしロイドは、意識を保ってくれている。かなりギリギリの状態だが。

「……お、おい……天使さん、不意打ちは……良くないな。小悪魔かよ」

「ごめん。でも、もう終わったから」

 最後の力を振り絞ってロイドがギロリと睨んだ瞬間、ツグミは両手をパッと離した。

「ん……え?……ぅえ??」

 急な状況変化についていけないロイドは、唖然としたままツグミを見つめている。彼の負傷した側の瞳は少々色が異なるが、それでも魔法石は違和感なく身体に定着してくれた。

 とはいえ、完全に成功したかどうかは、本人に自主申告してもらわないとわからない。

「どう?ちゃんと見える?」

「あ、ああ……」

「痛みはどう?おまけで、痛覚遮断魔法もかけたんだけどが効いてる?」

「あ、ああ……」

 同じ返事しかしてくれないロイドだが、片目をつぶったり、遠くを見て「すげぇ」とか言ってるから、おそらく成功したのだろう。

「良かったぁー。久しぶりにやったから、めっちゃ緊張したぁー」

 ホッと胸をなでおろすツグミに、ロイドは微妙な顔をする。

「あんた、すげぇな。こんな魔法、どこで覚えたんだ?」

「戦場」

「……へぇ」

 半信半疑のロイドの視線から逃げるように、ツグミは「お大事に」と言い残して逃げるように神官の元に向かう。

 危ない、危ない。これ以上詳しく訊かれたら、うっかりボロを出すところだった。忘れられやすい体質になったとはいえ、慎重に越したことはない。

 それに土色の顔色をした神官には、治癒魔法が必要なのは嘘じゃない。

 それから朝日が昇るまで、ツグミは怪我人の看病をし続けた。

「──じゃあ、私はこれで」

 すっかり朝になって、神官三名の顔色が元に戻ったのを確認したツグミは、荷物をまとめて神殿の外に出る。

「あの……少し休まれてからの方がよろしいのでは?女性が休むのには快適とは言い難い部屋しかありませんが」

 見送りに来てくれた神官の一人からの申し出に、ツグミは笑顔で首を横に振る。

「ありがとうございます。でも、お気持ちだけで。実は私、帝都にちょっと用があって、急ぎたいんです」

「……さようでございますか」

 名残惜しそうな顔をする神官だが、引き留める理由が見つからなかったのだろう。

 神官三人は胸に手を当て、浅く頭を下げた。対等のものに対して感謝の意を表す礼だ。ツグミも同じように返す。

「あなたの旅路に幸あらんことを」

「皆さんと怪我人に癒しと祝福があらんことを」

 互いに互いの幸福を祈り、ツグミは森を抜けて辻馬車を拾った。

 目指すは帝都ネルシア。皇帝アレクセルの婚約を祝福するために──

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う   暗殺騎士は忘却聖女を恋願う④

    「エルベルト、もう一度聞くけど、どうして暗殺者になったの?」 どうして拳銃を持っているの?ではない。 どうして、どんな理由で、何を求めて、この帝国の汚れ仕事を引き受けたのか。 ツグミが知りたいものをはっきり理解したエルベルトは、小さく息を呑んだ。 その仕草は、驚きではなく、躊躇いだったことに気づいてしまったツグミは、絶望的な表情を浮かべる。「陛下と取引したんだね」 聖女の記憶を消さずにいられる方法を知っているのは、この帝国でただ一人しかいない。(私なんかを……忘れないために……) その言葉を、ツグミは口に出すことができなかった。 けれどエルベルトは、是も否も言わずに別の言葉を紡いだ。穏やかで、優しい笑みを浮かべて。「俺が望んだことだ。お前に何かを背負わすつもりはない」  エルベルトの言葉は是と言うよりも明確な答えだった。そしてその瞬間、ツグミは罪人となった。 ツグミが犯した罪の名は、【詐欺罪】。エルベルトを含め、聖女と呼んでくれた者たちをツグミはずっと騙していた。 震える両手で、ツグミは顔を覆う。エルベルトを直視することができない。 罪を犯した人は、目を背けていた罪を目の前でさらけ出されたら、どんな行動に出るのだろう。ただ泣くのだろうか、それとも首を垂れ許しを請うのか、それがどうしたと開き直るのだろうか。 選ぶ行動は違うかもしれないけど、間違いなく想像以上の重さによろめくだろう。  そんなことをツグミが考えていたら、ふわりと全身が温もりに包まれた。「……ツグミ」 エルベルトが名を呼ぶと、吐息がツグミの耳朶をくすぐる。 エルベルトの腕の中は、いつの間にかこの世界で、最も安全で安心できる場所になっていた。 けれどツグミは、自分からこの居心地の良い場所を去らなくてはならない。「えっとね……エルベルト」 両手をエルベルトの胸に押し当て、顔を上げる。綺麗な藤色の瞳にツグミの顔が映る。 嘘つきで、醜い顔。だから、これ以上、崩れないようにツグミは無理やり笑みを作った。「一つ、教えてほしいことがあるんだ」「なんだ?」「陛下の魔法ってさ絵とかを実体化したり、置物とかを本物みたいに動かすことができるやつってあったっけ?」「は……?」 唐突なツグミの質問にエルベルトは首を傾げた。でも、すぐに「おそらくだが……」と前置きをして口を

  • 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う   暗殺騎士は忘却聖女を恋願う③

     俯いたツグミの頬を、エルベルトの大きな手が包み込む。「そうかもしれない。でも、そうじゃない部分もある」 確信に満ちたエルベルトの声は、ツグミから否定の言葉を奪ってしまう。「母親からどれだけ平和な世界があるという話を聞いたって、お前は俺らと同じように実際にその世界を見たわけじゃない。だけどお前は、どれだけ汚い世界を見ても、心が汚れなかった。絶望しなかった。ずっと平和な世界があるということを信じ続けてくれた。俺にとっては……いや、俺だけじゃなく他の皆も、ツグミのその心が光だった」 エルベルトから優しく囁かれて、ツグミの胸が痛くなる。ギシギシと、心が音を立てて軋む。 でも、エルベルトはツグミの内側の変化に気づけず、言葉を続けた。「きっかけは覚えているけど、いつからなんてわからない。気付けばお前の姿を追う自分がいて、笑いかけられればどうしていいのかわからなくなって……でも、そっけない態度を取る自分にうんざりした」 そこで一旦言葉を切ると、なぜかエルベルトは半目になった。え?なんで。「俺がそっけない態度を取っている時は、無自覚に距離を詰めようとしてきたくせに、いざ俺が腹をくくった途端、お前はトンズラこきやがって」 ちっと、舌打ちまでつけられてしまった。半目になって舌打ちするエルベルトは、やさぐれているというより、拗ねているようにも見える。  「俺が徹夜で山のような書類を片付け、陛下のクソ依頼を寝ずに片付け、無理矢理時間を作って探しても、お前は全然見つからない。人づてに探そうとしても、お前は人の記憶からすぐに消えやがる」「……えっと、ごめん?」「ほんっっっとうに、ごめんだぞ。お陰で俺はこの一年まともに寝てない」「……それも、ごめん?」「ああ。ほんっっっとうに、ごめんだ!」 ツグミが謝れば謝るほど、エルベルトの怒りが過熱していく。彼の怒りを収める方法がわからない。 途方に暮れるツグミに、エルベルトは不満がまだあるようだ。「お前を探し出したくても、探し出せなくて、マジで死にそうだった。戦時中でも味わったことのない絶望に襲われて気が狂いそうになった矢先、お前はのこのこと俺の目の前に現れやがった」「あれは不可抗力だよ……」「黙れ」 ピシャリと言われて、ツグミは頬を膨らませる。言っておくが、こっちだって見たくて見たわけじゃない。エルベルト同様

  • 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う   暗殺騎士は忘却聖女を恋願う②

    「あのさぁ、エルベルトさん……」 指をこねくり回しながら、ツグミはエルベルトを上目遣いで見る。「なんだ?」「えっとね……」「ああ」「ええっと……ね?」「だからなんだ?」 早く話せとエルベルトから目で訴えられ、ツグミはグッと拳を握って口を開いた。「つまり、私のこと好きになったのって、私が泣き虫だったからな!?」「そんなわけないだろ!」 食い気味に否定され、ツグミは「だよね」と心の中で呟く。でも──「私もね、的外れなことを言ったなぁーとは思ってるんだけど、私、好かれる要素がないなって思って。っていうか、ガチで嫌われてると思ってた」 訊きにくいことを尋ねたついでに、ツグミはこの際だから言いづらいことも口にしてしまった。「嫌われてるか……まぁ、確かにずっとつれない態度を取っていたのは認めるけど、そうはっきり言葉に出されると、結構、凹むぞ」 暖炉の薪のパチパチはぜる音だけが部屋に響く。 そんな中、額に手を当て溜息を吐くエルベルトの袖を、ツグミはツンツンと引っ張る。「あの……落ち込んでるところ悪いんだけど、できればはっきり好きになったきっかけを教えてください」「お前……鬼畜だな」 信じられないといった顔をするエルベルトに、ツグミは両手を合わせて、スリスリこすり合わせる。「このタイミングで、また変なことを……」「ん?これ、お母さんがお父さんにお願いする時に良くやってたの。これやると大概いけるって教えてもらったんだ」「……はぁー……わかった」  異世界流のお願いの仕方が斬新過ぎたのか、エルベルトは吹っ切れたようだ。「……俺たちは平和というものを知らずに戦っていたんだ」 そう呻くように絞り出したエルベルトの言葉に、ツグミの胸が軋んだ。 それだけ戦争が長かったのだ。エルベルトを含めて全員、戦うことには長けていたけれど、その後をまったく考えていなかった。いや、想像できなかったのだろう。経験したことも、教わったこともなかったのだから。『戦場こそ生き様の象徴で、戦場こそ死に場所で、自分たちは戦場の駒に過ぎない』 騎士の誰かが言った言葉を思い出したツグミの脳裏に、色褪せていた戦争中の記憶が色を帯びて蘇る。 騎士たちは、自分に暗示をかけるように、「駒だ」といつも口にしていた。でも、彼らは駒ではなく人だ。 戦場へ向かうのは、恐ろしかった

  • 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う   暗殺騎士は忘却聖女を恋願う①

     呆然とするツグミと、どうだ参ったかと謎の開き直りをするエルベルト。 エルベルトは言いたいことを言い切ってスッキリしているが、ツグミの頭の中は大混乱だ。 時間が経てば経つほど、エルベルトと再会してからのあれこれ───一緒にお風呂に入ったりとか、手を繋いで市場を歩いたこととか、キ……キスされたことなどを、否が応でも思い出してしまう。  もしかしたらと思ってたとはいえ、決定的な証拠がなかった故に、ツグミはエルベルトにデリカシーの欠片もない質問や発言を繰り返していた。 間違いなくエルベルトは内心「人の気も知らないで」思っていたことだろう。 そんなふうに過去を悔いるツグミだが、疑問は残る。だってツグミは、エルベルトに嫌われていると思っていた。それなのに好きだと告白するなんて、全然意味が分からない。「えっと……冗談じゃな──」「ぶっとばすぞ」 静かにキレるエルベルトに、ツグミは項垂れた。「……ごめん」「いや、そこで謝るな」「謝ってごめん」「……お前なぁ」 そうは言っても、”ごめん”しか言えない。 エルベルトに睨まれてツグミは口を噤んでみたけれど、心の中では無理やり言わせちゃって、ごめん。誤魔化そうとして、ごめん。あと、自分なんかを好きになっちゃって……ごめん、という言葉が溢れてくる。「……勢いで言ったことは認める。けど、冗談なのかって聞くな。俺だって……傷付くぞ」 一つ一つ言葉を選ぶようにゆっくり語りかけるエルベルトを、ツグミは直視できない。「うん、そうだね、ごめん。でもにわかに信じられない話だったもんで……その……」 そこまで言って、ツグミは言葉を濁してしまう。けれど、エルベルトが全部吐けよと無言の圧をかけてくる。「つまりさ、エルベルトさんってさ……」「ん?」「やっぱ、ロリコンってことなの?」 おずおずとツグミが尋ねた途端、エルベルトはカッと目を見開いた。「誰がロリコンだ!!二度と口にするなよ!」 エルベルトのキレ方は半端なかった。もしかしたら、本人も気にしているのかもしれない。「……わかった。ごめん」「わかればいい。俺も大声出して悪かった」 互いに謝罪し合った後、再び沈黙が落ちる。しばらくして、ツグミは耐え切れずに口を開いた。「……いちゅかりゃ?」「いつからと聞きたかったのか?」 噛んでしまって赤面するツグミ

  • 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う   暗殺騎士と弾丸⑨

    「エルベルトさん、助けに来てくれた時、私のことツグミって言ったよね」「……」 黙秘権を行使しているエルベルトだが、思いっきりしまったと顔に出ている。「えっと……誤魔化してるつもりかもしれないけど、バレバレだよ?」「……」 なおも黙り続けるエルベルトに、ツグミはもう一度、問いかける。「説明してくれる?エルベルトさん。どうして、私の本当の名前を知っているの?」 エルベルトの顔を覗き込めば、すっと目を逸らされた。それでもツグミは辛抱強く待つ。「……何言ってんだ、お前?」「いやいやいやいやっ、エルベルトさん!とぼけ方、下手くそか!」 思わずツグミが突っ込みを入れたツグミは、状況も忘れて呆れてしまった。「なんか意外。さっきまでのクールなエルベルトさんはどこ行ったの?……あはっ」 思わず笑い声を漏らしてしまったツグミに、エルベルトはギロリと睨みつける。 そして、ああ、とか、ううっ、とか言葉にならないうめき声を吐いた後、ぼそぼそと何かを呟いた。「…………の……に、決まってるだろ……」「え?何?聞こえないよ」 エルベルトの言葉は小さすぎて、一番大事なところが聞こえない。 じれったい気持ちから、ツグミは猫がすり寄るようにエルベルトに身体を近づける。その時、エルベルトは我慢できないといった感じで、ソファの肘置きを強く叩いた。「お前のことを覚えてるからに決まってるだろ!」「それはわかってる!だから、なんで覚えてるのかって訊いているの!」 逆ギレしたエルベルトに、ツグミもカッとなって大声を出す。しかし返ってきたのは、沈黙だった。 でもエルベルトの表情を見たら、言えない理由が何となくわかった。 だからツグミは、あえて自分から言葉にする。「……私のせいなんでしょ?」 その言葉に、エルベルトの眉がピクリとはねた。 たったそれだけの仕草で、ツグミは理解してしまった。エルベルトは戦争が終わってから、暗殺者になった。ツグミが、原因で。「ごめん、私がエルベルトさんに面倒事を押し付けちゃったんだよね」「……」 うなだれるツグミに、エルベルトは、否定も肯定もしない。でも、何も言わないのは、「そうだ」と言っているようなものだ。 忘却魔法を発動する時、ツグミはいきなり聖女の存在が消えたら、どうなるんだろうっていう不安を抱えていた。でも、誰かが何とかして

  • 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う   暗殺騎士と弾丸⑧

     これからエルベルトが語るのは、これまでの関係を壊してしまうかもしれない深刻なことなのだろう。 ツグミを抱くエルベルトの腕に力がこもる。「これを持つ者は──」「あ、ちょっと待った!」 どうしよう、めっちゃ緊張してきた。思わず遮ってしまったツグミに、エルベルトがあからさまにムッとする。「お前……ここで、ストップかけるなんていい度胸じゃねぇか」 ジト目で睨まれて、ツグミはつぃーっと視線を避けながら口を開いた。「いや、なんとなく、ちゃんと向かい合って聞いたほうがいいかなって思って……」「俺はこのままでも、かまない」「私が落ち着いて聞いてられないのっ!!」  がんじがらめの状態で傷の手当てをされたまま、二人は今、ソファに座って抱き合うような姿勢になっている。 離れるタイミングがなかったとはいえ、このまま話をするのはチョット心臓が厳しい。  そんな気持ちから、ツグミはエルベルトの承諾を得ずに、さらりと逃げ出した。しかしエルベルトは無言で捕まえようと腕を伸ばす。 結局、並んでソファに座るというところで折り合いをつけたエルベルトは、仕切り直しの合図のように前髪をかき上げた。「これを持つ者は、皇帝の代弁者と言われていて、表沙汰に処理できないことを秘密裏で片づけるもの。まぁ……簡単に言えば、皇帝公認の暗殺者ってわけだ」「……陛下公認で?」「ああ」 エルベルトが暗殺者だというのは、既に知っているツグミは、そこは素直に受け入れる。「そっか。じゃあ、カザード小隊長を殺したのも、陛下の命令だったの?」「ああ、そうだ」「なら、なんで拳銃で撃たなかったの?」「そこに気付いたか。意外だな」  あからさまに驚かれて、ちょっと待って!と言いたくなる。 話の途中だというのはわかっているが、ツグミはついエルベルトを睨んでしまう。  すぐに柔らかく微笑まれてしまい、今日イチの笑顔がコレなんてと、ツグミはちょっと腑に落ちない。 でも言葉にしてしまえば話が脱線するのは目に見えている。言いたいことを、ぐっと飲み込みこんだツグミは、代わりに本題に添った疑問を口にした。「あの時、カザート小隊長を撃たなかったのはわざとってことなの?」 「ああ、そうだ。あれは見せしめに殺した」「っ……!?」 何の抵抗もなく”殺す”という単語を使うエルベルトに、ツグミは背

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status