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第4話

last update publish date: 2025-12-23 19:00:00

静まり返ったリビングに、神崎さんの問いが重く響いた。

「もし、雇用主が法に触れることをしていると知ったら、あなたはどうしますか?」

「え……?」

予想外の質問に、言葉が詰まる。

「あくまでも、これは仮定の話です。あなたが守秘義務を守れるか、確認しておきたい」

神崎さんの目は、笑っていなかった。

私は、喉の奥が渇くのを感じた。この質問には、何か裏がある。まるで、この家に何か秘密があるかのような……。

だが、ここで曖昧に答えたら、この面接は終わる。

私は、真っ直ぐ彼の目を見て答えた。

「私は……守秘義務を守ります。ただし、人命に関わる場合は別です」

「人命、ですか」

「はい。ホテルで学んだ最優先事項は、お客様の安全です。それ以外であれば、どんなことがあっても口外しません」

神崎さんは数秒間、私を見つめていた。

やがて、小さく頷いた。

「……賢明な答えです」

彼は再びメガネをかけ、タブレットに何かを記入した。

「森川さん、住み込みでのお仕事になりますが、大丈夫ですか?こちらには個室を用意しますが、基本的には24時間体制での勤務となります」

「はい。住み込みでも問題ありません」

正直に言えば、今のアパートを引き払えるなら、むしろ好都合だった。

「料理は?」

「得意です。和食、洋食、中華、基本的なものは一通り作れます」

両親が旅館を経営していたこともあり、子どもの頃から厨房に立っていた。

「掃除や洗濯も、ホテルで学んだ技術があります」

「それは心強い」

神崎さんは頷いた。

「ただ、一つだけ──」

彼の表情が、急に真剣になった。先ほどまでの穏やかな笑顔が消え、厳しいビジネスマンの顔になる。

「絶対に守っていただきたいことがあります」

空気が、ピンと張り詰めた。

「この家で見たこと、聞いたこと、全て外部に漏らしてはいけません。ご家族にも、親しい友人にも、誰にも話さないでください」

神崎さんの声には、有無を言わさぬ強さがあった。

「SNSへの投稿も厳禁。写真撮影も禁止。氷室様のプライバシーは、絶対に守っていただきます」

「承知しました」

「もし、守秘義務を破った場合……」

神崎さんは、一拍置いてから続けた。

「法的措置を取らせていただくことになります。損害賠償請求も含めて」

背筋がゾクリとした。

やっぱり、この月給80万円の裏には、何か隠された事情があるのだろうか。

だけど、今更引き返せない。

「承知しました。ホテルの機密保持と同等、それ以上に徹底いたします」

私は、はっきりと答えた。ここで怖気づいては、家族を救えない。

「ありがとうございます」

神崎さんは、再び穏やかな表情に戻った。

「それでは、森川さん──」

彼は立ち上がり、リビングの奥にある黒い重厚なドアに向かって歩いていく。

「氷室様をお呼びします」

その瞬間、私の全身の緊張が一気に高まった。

いよいよ、この面接の核心だ。

神崎さんが扉をノックした。

「氷室様、森川さんがお見えです」

中から、低い声が聞こえた。冷たく、一切の感情を排した、威圧的な響き。

「入れ」

その一言を聞いた瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。

体が硬直し、わずかに震える。

神崎さんが、ゆっくりと重い扉を開ける。

扉が開いた瞬間、空気が変わった。リビングの温度が、一気に下がった気がした。

そして、奥から現れたのは……黒いスーツに身を包んだ長身の男性。鋭い眼光が、まるでレーザーのように私を貫く。

年齢は30代前半だろうか。黒髪は綺麗に整えられ、彫刻のように整った顔立ちだが──その顔には、驚くほど感情がない。笑顔も、怒りも、好奇心さえも。

まるで、完璧に作られた人形のようだ。

彼が一歩、こちらに近づいてくる。その瞬間、私の体が本能的に警告を発した。

──この人は、危険だ。

「初めまして、森川さん」

低く、冷たい声。まるで冬の湖のような、凍てついた響き。

「俺は、氷室蓮だ」

氷室……蓮。

その名前が、脳裏に刻まれた。

彼は私をじっと見つめたまま、一切表情を変えずに言った。

「君が、俺の家政婦として適任かどうか……」

そこで一度、言葉を切る。そして──

「今から、試させてもらう」

試す?面接ではなく、試験?

「え、あの……」

私の心臓が、バクバクと激しく鳴り始める。

うそでしょ。いきなり試験なんて、いったい何をするの?

氷室蓮……氷室様の冷たい視線が、私を射抜く。

そして、彼は静かに告げた。

「さあ、始めよう」

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