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第3話

Author: ニャーーニャー
この一言で、志蘭の顔色が一気に蒼白になった。

景恒はさらにきっぱりと拒絶した。

「俺は同意しない!」

バシッ……

尚弘は杖で彼の背中を打ち据え、怒気を込めて叱った。

「不孝者め!あの時、どうしても萊と一緒になりたいって願ったのはお前じゃないのか?両親の墓前で、彼女を幸せにすると誓っただろう?今になってこのザマか!

一年また一年と引き延ばして、もう五年が経った。またこれ以上萊の時間を無駄にするつもりか!?」

萊は目を伏せた。

ふと、彼との思い出が脳裏をよぎった。

外では冷静で決断力に富んだ彼が、自分のことになるととたんに慎重になり、彼女の気持ちを最優先してくれた。

萊の「怖い」という一言で、命を狙う敵すら見逃してしまった。

そのせいで、彼に弱みがあることが知れ渡ってしまったのに。

唯物論者で情に流されない彼が、彼女が高熱で倒れた三日目の夜には、わざわざ山へ登り、神に祈りを捧げてくれた。

萊の「桜が好き」という一言で、別荘の周りに桜を植えてくれた。

……けれど、気づけばその桜並木には、志蘭の名前が刻まれるようになっていた。

そして今も、志蘭の目に涙が浮かぶだけで、彼は世界を敵に回してでも守ろうとするような目をしている。

「俺は萊とは結婚しない。俺には……彼女は、ふさわしくない」

彼は志蘭の手を握りしめ、狂気じみた眼差しで言い放った。

「俺が本当に愛しているのは志蘭だけだ。この人生、彼女以外と結婚する気はない。

表向きには萊を婚約者として認めるのはいい。でも、彼女を妻にはできないんだ」

そう言って、彼はドンッと音を立ててひざまずいた。

すぐに志蘭も彼の隣にひざまずき、涙に濡れた目に強い決意を宿らせて訴えている。

「おじいさま、どうか……私たちをお認めください!」

尚弘は呼吸を荒くし、胸が激しく上下した。

「出て行け!外で跪いていろ!」

周囲の誰もが驚愕する中、景恒と志蘭は手を絡めながら外へと向かっていった。

萊は無表情でその一部始終を見届けた。

ただ……滑稽に思えた。

彼女はバッグから小さな木箱を取り出し、中に入っていた高価なエメラルドの腕輪を尚弘に見せた。

それは白鳥家に代々伝わる宝物だった。

尚弘は一瞬、動きを止めた。

「萊、これは……」

萊は二歩下がって、深々とお辞儀をした。

「おじいさま、この五年間、本当にお世話になりました。けれど……もう、景恒のそばにはいられません」

尚弘が何か言いかけたが、萊は未練の色を一切見せず、腕輪を置いてそのまま背を向けて出て行った。

正門を通りかかったとき、隣の庭から荒い息遣いが聞こえてきた。

木の隙間から見えたのは、景恒と志蘭が密着している姿……

彼らはまるで、全世界に向けて「これこそが本当の愛だ」と誇示しているかのようだった。

萊は一度も振り返らず、そのまま白鳥家を後にした。

まず銀行へ行き、5000万すべてを景恒の口座に振り込んだ。

続いて白鳥グループへ向かい、景恒の秘書の職を辞した。

人事部長は萊の数少ない友人の一人だった。

心からの笑顔で彼女を祝福した。

「萊、おめでとう。やっと、苦しみから解放されたわね」

萊もほっとしたように微笑んだ。

彼女はもう、景恒に借りはない。

その夜、別荘に戻った瞬間、目の前でコップが粉々に砕けた。

飛び散ったガラスの破片が萊の足元を切った。

景恒が大股で近づき、彼女の首を力いっぱい締め上げた。

「入江萊!おじいさんはお前を本当の孫のように大切にしてきた。それなのに、お前はおじいさんを階段突き落として殺そうとしたのか!?」

萊の顔はみるみる赤くなり、首筋の血管が浮かび上がった。

本能的に、彼の手を必死に叩いた。

「違う……私じゃない!」

そのとき、上の階から哀れな声が聞こえた。

「入江さん、執事さんがちゃんと証言した。おじいさまを突き落としたのは、あなた。今さら嘘をつくのか?

景恒、これがあなたの選んだ女?やったことを認めないなんて……最低!」

萊は勢いよく壁に叩きつけられ、激しく咳き込んだ。

視界の隅に、志蘭の瞳に浮かぶ勝ち誇った光が見えた。

その瞬間、背筋が凍る思いがした。

考えるまでもなく、尚弘を突き落としたのは志蘭だ!

そのとき、けたたましいベルの音が鳴り響いた。

執事の声が飛び込んできた。

「若旦那様、大旦那様が突然大量出血を……ですが、病院の血液が足りません!」

その後に何を言われたのか、萊にはもう聞こえなかった。

志蘭がさらに油を注ぐように言った。

「景恒、たしか入江さんの血液型、おじいさまと同じだったよね?」

恐怖が、足元から心臓へと一気に広がっていった。

次の瞬間、彼女は景恒に無理やり引きずられ、救急室へと縛り付けられた。

「彼女の血を取れ!おじいさんが助かるなら……こいつが死んでも構わない!」

太い縄で縛られ、冷たい針が血管に突き刺さった。

萊の目には、深い絶望と落胆が浮かんだ。

「景恒……あなたが何も言わなくても、私は自分からおじいさまに血をあげる。

でも、私は突き落としてない!あなたは私の人格を傷つける権力はない!」

景恒は冷たく笑った。

「まだ嘘をつくのか?あれほど良くしてもらって、これが恩返しか?

祈っておけ、おじいさんが助かるようにな。でなければ……お前には、血の代償を払ってもらう!」

怒り、悔しさ、苦しみ、絶望が胸の奥で渦巻いた。

萊ははっきりと感じた……自分の血が流れ出し、体温が急速に失われていくのを。

命の終わりが、すぐそこまで迫っている。

助けを求めても、どこにも手は届かない。

……お母さんも、あの時、こんなに苦しかったのだろうか?

意識が遠のく中、萊は涙を流しながら、ふと微笑んだ。

耳元には、まるで母が呼んでいるかのような声が聞こえた。

……お母さん。

迎えに来てくれたの?

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