ANMELDEN――今日の放課後、教卓にある進路調査票の余りを持って、屋上近くの階段へ行け。白ブドウのジャスミンスパークリングティーを買っていくのを忘れずに。
昼休みに教室で朔也と昼食を摂っていた陽生は受信したメッセージの内容に箸を止めた。進路調査票の余りを持っていくのはまだいい。しかし、後半の白ブドウがどうとかという飲み物の指定がやけに具体的にすぎやしないか。 「陽生、どうかしたのか?」 食事の手を止めている陽生に気がついた朔也はそう聞いた。彼は陽生の手元のスマホを覗き込むと、ああ、と得心したように頷く。 「例の未来のお前からとかいうメッセージか。……ところで、それってお前から送ったメッセージには一向に既読がつかないのな」 朔也の指摘通り、陽生は未来への自分に何度かメッセージを送り返していた。しかし、陽生が送った内容に既読がつくことはなく、一方通行のやりとりが続くばかりであった。 「お前の推測だと、未来のお前は芦屋と佐倉を引き離そうとしてるんだよな? 優等生の芦屋はともかく、佐倉ってヤバいやつなのか? 見た目が派手なことと十四歳にしてメジャーデビューしたバンドの天才ボーカルらしいってくらいしか知らないんだけど」 「あいつ、もしかしたら、モラハラ彼氏ってやつかもしんねえ。この前、芦屋を送っていったときに出くわしたんだけど……とにかく、芦屋にキツく当たるし、最悪なやつだった」 「芦屋はどうしてそんなやつと付き合ってるんだろうな。あいつの見た目なら、もう少し男選べただろ」 朔也に言われて、陽生は自席で心羽と話している茉莉へと一瞥をくれた。テレビで見る芸能人のような絶世の美少女というわけではないが、茉莉はこの年齢の少女として充分すぎるくらいには可愛らしく、魅力的だ。これは陽生の意見ではなく、あくまで一般論としてだが。あくまで。 「なんか、芦屋がいうには佐倉とは幼馴染らしい。……けど、芦屋があれを普通だと受け入れているのはおれは異常だと思う」 わたしが悪いの。あのときの茉莉の言葉が耳の奥に蘇る。瑠音に向かって土下座をしていた茉莉の姿は今も網膜に焼きついて消えてくれない。 「共依存、って言葉がある。オレが思うに芦屋と佐倉の関係はそれなんじゃないかな。何にしても、芦屋が自分の状況に疑問を覚えない限りは、あの二人を引き離すのは苦労すると思うぜ」 だなあ、と頷くと、陽生は弁当の残りを掻き込んだ。そして、空になった弁当箱をリュックの中にしまうと、机の中から進路希望票を引っ張り出した。 「お、陽生、進路どうすんの?」 「一応進学。だけど、志望校は適当」 陽生はシャーペンで進学に丸をつけると、第三希望まで適当な大学名を連ねていった。D大学、B大学、S大学。就活時に一般的に有利になるとされる大学よりもランクは低いが、今の自分の学力ではこの辺りがせいぜいだろう。 「もうちょっと高みを目指そうぜ。大学も同じとこにしねえ?」 「断る。そもそもこの高校だって、おれからしたら偏差値的にだいぶ背伸びしてるんだかんな」 茉莉に勉強を見てもらってようやく、クラスで三十位という下から数えた方がいい順位の陽生。それに対して朔也はクラスではちょうど真ん中くらいの順位だ。朔也に志望校のランクを下げてもらわない限り、同じ大学に進学するのは難しい。 「ところで、朔也。さっきの白ブドウがどうとかってやつがどこで売ってるか知らねえか?」 「何か美術室横の自販機で見た気がするな。あそこの自販機、なんか変わったドリンク多いから」 「あー……確かにありそうだな」 相槌を打ちながら、陽生は進路調査票を机の中にしまい直す。いつの間にか、茉莉は教室の中から姿を消していた。六限が終わった後、陽生は難解な化学式がびっしりと書き連ねられた黒板を消していた。終業を告げる鈴の音の残響がまだ耳の奥に残っている。
「まだ、進路希望票出してないやついる?」 黒板を消し終わると、教壇の上から教室を降り返り、彼は残っていたクラスメイトたちにそう問いを投げかけた。「やべっ」「そういや今日までだっけ」何人かのクラスメイトたちが志望校を記入した紙を教卓へと持ってくる。 陽生は教卓の上で進路調査票の角を揃える。そして、そういえば、と彼は教卓の中を覗き込むと、無記入の予備の進路調査票の紙を引っ張り出した。そして、それを四つに折ると、ズボンのポケットへと入れる。 席に戻り、自分の分の進路調査票を取り出ると、陽生はそれを紙束の一番上に置いた。そして、彼は進路調査票の束を胸に抱いて、教室を出た。 向かう先は一階の美術室脇の自動販売機だ。きゅっきゅと上履きの底を鳴らしながら階段を降りると、陽生は一階の奥へと向かった。 絵の具で汚れた手洗い場の向かいに白い自販機が見えた。誰がやったのか、自販機の側面には人気のキャラクターが少々不細工な姿で描かれている。 (白ブドウなんちゃら……あった) 白ブドウのジャスミンスパークリングティーなる商品を自動販売機の上段に見つけると、陽生はボタンを押した。制服のポケットから取り出したスマホで決済を済ませると、ごとんと商品取り出し口に五百ミリリットルのペットボトルが落ちてきた。 白ブドウのジャスミンスパークリングティーのペットボトルを取り出すと、陽生は踵を返す。人気のない廊下を引き返し、吹奏楽部と合唱部が織りなすメロディに耳を傾けながら、今度は屋上へと向かって階段を上がっていく。 一階、二階、三階、四階。更にその上へと階段を上がっていくと、締め切られた屋上の扉を背に茉莉が座っていた。その脇には紙吹雪のように細かく千切られた紙片が散らばっている。膝に顔を埋める茉莉のスカートから覗く滑らかな太腿を見ないように視線を泳がせながら、陽生は彼女へと近づいていく。 「――芦屋」 陽生は彼女の名を呼ぶと、その額にこつんとペットボトルをぶつけた。茉莉は顔を上げると、貴嶋くん、と掠れた声で言った。 「やるよ、それ」 「……ありがと」 茉莉は陽生からペットボトルを受け取ると、蓋を開けて口をつけた。陽生は茉莉のそばに身を屈めると、散らばった紙片をかき集める。どうにか繋ぎ合わせた紙片からは、進路調査票の文字が見て取れた。 「貴嶋くん、よくわたしが好きなやつわかったね。それにこれ、校内でも一箇所しか売ってないやつなのに」 「……別に、適当に買ったやつだし。っていうか、この前のメロンソーダ緑茶はナシだったのに、これはアリなのかよ」 「あれから、校内の自販機で見かける珍しいドリンクをいろいろ試してみたの。そしたら、ごく稀においしいものもあるってわかったから。これもその一つ」 「ああそう……」 進路調査票の話題について触れてもいいものか。わざとらしいくらいに明るく振舞おうとする茉莉を前に陽生は逡巡する。 「なあ、進路調査票、さっさと書いてくれねえ?」 陽生はズボンのポケットから四つ折りにした紙を取り出すと茉莉へと押し付けた。え、と彼女の目が見開かれる。陽生はそんな彼女の様子に構うことなく、ぼそぼそとした早口でこう続ける。 「別にお前がここで何してたとか興味ねえし、お前の進路がどうなろうが知ったこっちゃねえけど、進路調査票クラス全員分揃ってねえと先生に怒られんの日直のおれなんだよね」 そっか、と茉莉は目を細める。淡く、儚げな笑みだった。どうしてそんな悲しそうに、寂しそうに笑うのか。ちくりとした痛みが陽生の胸を掠めた。 「貴嶋くんは、進学?」 茉莉は陽生が持ってきた進路調査票を床に広げながら、そう問うた。 「一応な。そう書いておかねえと、先生がうるさそうだから」 「うち、一応、自称進学校だもんねえ」 「マジで自称もいいとこだけどな。で、芦屋、お前はどうすんの? やっぱ進学? クラストップの優等生様だもんな」 わたし、と茉莉の唇から言葉がこぼれ落ちた。伏せた目の長い睫毛は小刻みに震えている。 「進学、しないかも。……たぶん、就職も」 「何それ、勿体なさすぎるだろ。お前の成績なら、W大とかだって指定校推薦狙えるだろ」 「瑠音が……だめだって。わたしには、進学も就職も必要ないだろって」 何だそれ、と陽生は吐き捨てた。茉莉にそんなことを言う瑠音に腹が立った。――そして、それを受け入れてしまう茉莉にも。 「芦屋さ、お前、佐倉がダメって言ったら何でも従うのか? ――あいつに死ねって言われたら死ぬのか?」 「うん。わたし……瑠音の嫌がることはしたくないの。死ねって言われても……瑠音がそれを望むなら、わたしは死ぬんだと思う」 「お前、馬鹿だろ。優等生のくせして、何で自分のことになると、そんなに途端に馬鹿になるんだよ。そんなの、おかしいだろ。――芦屋、お前には自分の考えはないのか?」 「わたしは、瑠音のことが一番大事。瑠音がいれば、それ以外は何もいらない」 薄く色づいた唇が紡ぐ淡々とした言葉に、陽生は狂っていると思った。同時に、朔也が言っていた共依存という言葉は的を射ていたのだということも。 「お前の世界は彼氏だけじゃないだろ。たとえば、天沢は? おれだっている。友達は、お前にとって大事じゃないのか?」 「そんなことは……」 茉莉は口籠った。そして、彼女は俯くと、小さく呟いた。弱々しい声が放課後の静寂に溶けていく。 「瑠音のこと以外になると……わたしは、わたしがどうしたいのかわからないの。わたしには自分がないの」 そんなことないだろ、と陽生は茉莉の傍らに置かれたペットボトルを差し示した。 「少なくともその白ブドウがどうとかってやつを好んで飲むくらいには、ちゃんと自分があるだろ。この前だって、自分で選んでミルクティーを飲んでた。自分自身っていうのはそういう些細なことの積み重ねでできてるんじゃねえのか」 「あ……」 顔を上げた茉莉は唖然とした顔をしていた。そんなことなんて考えたこともなかったとでも言いたげな表情だった。 「話を戻すけど、進路調査票なんて、ミルクティーとレモンティーどっちがいいかくらいのノリで書いていいんじゃねえの。おれだって自分の学力で行けるところで思いついたところを適当に書いただけだし」 「……うん」 茉莉はブレザーの胸ポケットからシャーペンを取り出すと、躊躇うような様子を見せた。彼女がゆっくりと、丁寧な文字で紙面にシャーペンの先を滑らせていくのを陽生は静かに見守る。彼女の手は、汗ばむような気温にもかかわらず、わずかに震えていた。窓から四月の柔らかな春の日差しが差し込んでいた。白いタキシードに身を包んだ陽生は、何かおかしなところはないかと、控え室の鏡を見ながらネクタイや髪をいじったりしていた。 今日の日を迎えるまでのことを思い起こすと、ふいに苦笑が漏れる。茉莉のドレスやブーケ選びに始まり、参列者の選定や席次の決定、式や披露宴で使う曲選びなどやることが盛りだくさんだったからだ。ここ数ヶ月の間、その準備に追われ、休日もろくに休めなかった。 (それもきっと……いつかいい思い出に変わるんだろうな。あのときは大変だったな、って笑って話せる日がきっと来る) 高校一年生の文化祭の日に付き合い始めてから今日まで、自分は茉莉とともに歩んできた。そして、この先の人生も彼女とともに歩んでいくつもりだ。――たとえ、いつか遠い未来に死が二人を別つことがあろうとも。 ふいに、こんこんと控え室の扉がノックされた。陽生はすっと居住まいを糺すと、どうぞと返した。 「茉莉様のお支度が整いました。――どうぞ、こちらへ」 はい、と答えた自分の声が歓喜に震えるのを陽生は感じた。陽生は式場のスタッフに連れられて、部屋を出る。一歩床を踏み締める度に、胸が期待で溢れていく。 「――茉莉様。陽生様をお連れいたしました」 アップスタイルにまとめた髪の上でふわふわと靡くヴェール。レースが何枚も重なり合い、繊細な刺繍が施されたドレスの裾はAライン状に大きく広がっている。それでいて、胸元はすっきりとまとめられ、清楚な美しさが引き立てられている。 式場の入り口の前にウエディングドレス姿の茉莉が父親と共に立っていた。吹き抜けの天井から差し込む日差しを浴びて佇む彼女は、まるで絵画の中から抜け出してきたかのようだった。その美しさに陽生の目は釘付けとなる。 「茉莉――綺麗だ」 そんな言葉が思わず口をついて出た。くす、と茉莉は嬉しそうに笑みを溢す。 「陽生くんもとっても素敵。よく似合ってるよ」 「……まあ、馬子にも衣装って言うからな」 「もう、照れちゃって。素直になれないところはいつになったら治るのかな」 「うるせえ。言ってろ」 陽生が緊張しのぎに軽口を叩いていると、茉莉のそばに立つ彼女の父親が彼の名を呼んだ。陽生は軽口をひっこめると、神妙な面持ちで茉莉の父親へと向き直る。 「――はい」 「陽生さん。娘を
「まったく実行委員長の奴……おれたちに後処理押し付けて美味しいところだけ持っていきやがって……」 十月の空は紺青に色を変え、校庭では後夜祭が始まっていた。実行委員長が表彰を行なう声が窓の外から聞こえてくる。優秀賞、最優秀賞、と該当のクラスが呼ばれる度に歓声が上がる。 陽生と茉莉は多目的室で文化祭の後処理に奔走していた。一般公開時間が終わってから、出し物の内容について後申請してきたクラスが山ほどあったからだ。 「貴嶋くん、SJ放送へのお礼メール終わったよ。そっちの申請書捌くの手伝おうか?」 「わりぃ、頼む……」 陽生は申請書の束を半分、茉莉へと渡した。彼女はブレザーの胸ポケットからシャーペンを抜くと、申請書に目を走らせ始める。 「ねえ、貴嶋くん。文化祭、楽しかったね」 「お前にとっては色々あっただろうけど……楽しかったんだったらよかったよ」 「……うん」 ドン、と音が響き、窓の外の空に光の花が咲いた。陽生は席を立つと、多目的室の電気を消す。 「……貴嶋くん? どうしたの、電気なんて消して」 「このほうが綺麗に見えるだろ、花火。まだやることたくさんあるけど、花火くらいは見ようぜ」 そうだね、と茉莉は微笑むと、シャーペンを置いた。そして、席を立つと彼女は窓辺へと歩いていく。 窓の外を眺める茉莉の隣に陽生は立つ。そして、なあ、と彼は緊張で掠れた声でこう言った。 「――芦屋。前にも言った通り、おれはお前のことが好きだ。もし、お前の気持ちが変わっていないなら、これからもおれと一緒にいてくれないか。――付き合おう、茉莉」 「貴嶋くん……」 茉莉は目を見開くと、陽生を見つめた。暗い教室の中で視線が絡まり合う。 「佐倉と別れたばっかりだっていうのもわかってる。おれは不器用で、こういうことも初めてだから、お前のことを傷つけない保証もない。だけど……お前が笑っていられるように、努力はしたい。こんなに危なっかしくて、放っておけなくて、可愛くて――大事な奴は他にはいねえから」 「わたしで……いいの?」 「お前だからいいんだよ――茉莉」 戸惑う茉莉に陽生は真正面からそう言った。茉莉の目が揺れる。やがて、彼女は心を決めたのか、小さく息を吐いた。 「わたしも、貴嶋くんの――陽生くんの、そばにいたい。一緒にいたい。これから未来(さき)を一緒
「なあ、芦屋。おれたちのシフトって、確かこのまま休憩だったよな。何か軽く見ていかねえか?」 瑠音たちのステージが終わり、取材に来ていたSJ放送のスタッフを見送った後、陽生はそう茉莉に声をかけた。いいよ、と茉莉は微笑んだ。 「どこのクラスがどんなことをしてるのかも確認したかったし。申請書の内容だけじゃわからないことも多いから」 「お前、本当に真面目だよな……」 休憩時間くらい肩の力を抜けばいいのに。そう思いながら、陽生は溜息をついた。束の間の間だけでも、お遊びめいたデートを茉莉と楽しみたかった。 校門から戻ってきた陽生たちは校庭の方へと足を向けた。文化祭実行委員会に提出された書類によれば、校庭では各クラスや部活動有志による飲食系の屋台が出ているはずだった。 「……」 校庭をぐるりと見回すと、陽生は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえた。なんだこれは。揃いも揃ってトンチキな屋台しかない。 暗雲わたあめだとか海賊が作った山賊焼なんていうのはまだ序の口だ。チョコきゅうりだとか桜姫が愛したタピオカコーンポタージュなどという、正気を疑いたくなるものもある。恋するフォーチュンたこやきに至っては、異物混入がないかどうか、文化祭実行委員として心配になってくる。 「芦屋……これ、どっから突っ込んだらいいと思う?」 「突っ込むも何も、文化祭実行委員なのに貴嶋くん知らなかったの? この学校の文化祭の出し物は、伝統的に変わり種が多いんだよ」 「変わり種って……とりあえず、チョコときゅうりって合うのか? しかも、ミルクとホワイトとビターから選べるとか無駄に凝ってるし……」 「きゅうり自体がそんなに主張が強い野菜じゃないから、意外と大丈夫なんじゃないかな?」 「だとしても……何でこんな企画通したんだよ……」 「だって、きゅうりは桜島市の特産品でしょ? 今回のコンセプト的に、地産地消ができるのはいいことだと思うけど」 きょとんとして茉莉は陽生の顔を見上げた。優等生め、と思わず陽生は毒づいた。 「じゃあ桜姫が愛したタピオカコーンポタージュっていうのはどうなんだよ? 桜姫の時代にタピオカもコーンポタージュもねえだろ」 「どうだろう? 桜姫は舶来品が好きだったし、城下町を潤すために南蛮貿易を先頭に立って旗振りしてたって記録が残っていたから、案外近いもの
どうしてこうなったんだ。茉莉が縫ってくれたピンク色の魔法少女の衣装に身を包んで、陽生は呆然と立ち尽くした。 彼女持ちの男子たちがこぞって女子を裏方仕事に回したせいで、文字通りの正しい意味での魔法”少女”は数人しかいない。魔法少女姿を他の男の目に晒すくらいならと、漢気を見せた女装姿の男子たちばかりが教室内を動き回っている。 頭頂部を彩る大きなリボン。胸元にも同じ色のリボンがあしらわれ、袖は大きく膨らんでいる。パニエを何枚重ねにもして、膨らませた衣装の裾にはフリルがこれでもかというくらいに縫い付けられている。そんな愛らしいスカートの裾の下から覗いているのはすね毛まみれの男子の足ばかりで、ここが地獄かと陽生はうんざりとしていた。 「まじかる☆さくや、お客様ご案内ー! あなたのハートをごりごりずどーん!」 他校の制服姿の女子二人組がやってくると、水色の魔法少女の衣装に身を包んだ朔也が画用紙で作ったステッキをハートの形に振ってみせた。客の女子二人は爆笑しながらスマホを取り出すと、ノリノリで決めポーズを取る朔也を撮影する。 「ごりごりずどーんって……」 確か自分たちのクラスは魔法少女カフェであって、間違っても工事現場とかの類ではなかったはずだ。台詞の前半はコンセプトを考えれば辛うじて理解できるが、後半の物騒な擬音は何なんだ。 この謎のセリフを考案したのはノリノリで接客している、クラスの出し物係でもある朔也だ。普段はセンスのいい彼が、どうして今回に限ってはそのセンスの良さを発揮できなかったのか謎すぎる。 担任の岸野が金と銀の魔法少女衣装で呼び込みをしているのが功を奏したのか、客足は途絶えることはない。ひっきりなしにまじかるなんとかという延べ口上が教室内に響き渡っている。――但し、声変わり後の男子高校生の低音ボイスで。 「魔法少女まじかる☆さくや、愛と希望とオレンジジュースをおっとどけー!」 朔也は裏方仕事をしている女子からオレンジジュースの乗ったトレイを受け取ると、そんなことを宣いながらくるりと回ってみせる。ふわりとスカートの裾が広がり、朔也はウィンクを決めた。 ふいに客と思しきこの学校の制服姿の女子が戸口に姿を現した。他の男子たちは接客をしているか、グロッキーな目でキラキラとしたモールのぶら下がる天井を見つめているかしている。自分が行く
西の空を染める残照を見つめながら、陽生は朔也とともに校舎の屋上から垂れ幕を吊るしていた。屋上のフェンスに紐を結わえながら、随分日が落ちるのも早くなったものだと陽生は感じていた。 明日はもう文化祭当日だ。どこからか金木犀が香り、頬を撫でる夕風は秋の冷涼さを帯び始めている。空の端に残る朱色には夏の烈しさはもう残されてはいない。 そのとき、ずるりと垂れ幕の逆の端が重力に従って、下がるのを感じた。陽生は朔也を振り返ると、文句を口にする。 「おい、朔也。ちゃんと支えとけよ。そっちだけ下がってるじゃねえか」 「ごめんって。ちょっと心羽ちゃんから通話きたから出るわ」 朔也は悪びれたふうもなくスマホを取り出すと、もしもしと通話に応じる。「さっくん、今すぐ来て!」離れた位置にいる陽生の耳にも届くほどの音量で切迫した心羽の声が朔也のスピーカーを劈いた。陽生と朔也は思わず顔を見合わせる。 「心羽ちゃん、どうしたんだ?」 朔也が聞くと、スピーカーの向こう側で心羽が早口に何かを説明する。わかった、と朔也は通話を切る。 「陽生、体育館行くぞ。心羽ちゃんが言うには、体育館ステージのリハでトラブルがあって、芦屋が佐倉に因縁つけられてるって」 なんだって、と陽生は顔色を変える。設置途中の垂れ幕を放り出すと、彼は踵を返した。 「朔也、早く来い!」 そう叫ぶと、陽生は錆びかけた屋上の扉を押し開ける。ズボンのポケットの中でスマホが震えた。おそらく、未来の自分が先ほどの心羽と同じ用件でメッセージを送ってきたに違いない。階段を足早に駆け降りていく彼の背中を追いかけながら、朔也はやれやれと肩をすくめた。 「陽生、お前は本当に芦屋のことになると人が変わるな……」 「お前だって、天沢に何かあったら放っておけないだろ?」 「そりゃまあ、当然そうだけどさ」 二人は一気に一階まで階段を駆け降りると、全力で廊下を走る。各クラスから漏れ出してくる話し声に混じるようにして、上履きの底が奏でる靴音が響いた。 渡り廊下を駆け抜けると、陽生は体育館の扉を開いた。「――芦屋!」茉莉の名前を叫びながら、陽生は体育館の中へと飛び込んでいく。その場にいた全員の視線が陽生へと向けられた。 「――さっくん! 貴嶋くん!」 心羽の声が響く。彼女はステージの上で、茉莉を庇うようにして瑠音と対
「茉莉ー、また糸からまっちゃったあ」 人気のない多目的室に心羽の情けない声が響いた。見せて、と茉莉は作業の手を止めると、心羽の手元を覗き込む。 多目的室にいるのは文化祭実行委員の陽生と茉莉、陽生たちのクラスの出し物係である朔也と心羽だけだった。朔也と心羽は新学期になってから陽生たちの手伝いとして多目的室に入り浸るようになっていたが、気がつけば半分自分たちのクラスの作業部屋と化していた。他の実行委員たちが陽生と茉莉に準備を押し付けて、ろくに顔を出さないからこそ成し得たことだった。 陽生はぺたぺたとハケでベニヤ板にペンキを塗っていく。朔也は陽生の作業を横から覗き込むと、うわっと声を上げた。 「何お前その超前衛的なカラーリング」 「洒落ていると言えよ」 「いやでも、その蛍光ピンクはマジでないわ。何で蛍光ピンク?」 「今年のテーマに沿って、桜姫のイメージで……」 陽生がそう答えると、朔也は芦屋ー! と叫んだ。 「芦屋、陽生ほったらかしにしたらやばいって! 看板すげーことになりかけてるから! 早く止めてこい!」 心羽の代わりに魔法少女の衣装を縫っていた茉莉は布と針をその場に置くと、陽生のそばへと戻る。あの形のまま、茉莉の口が固まる。 「……貴嶋くん、ちょっとこれ、真っ白に塗りつぶしてやり直そう?」 「芦屋、何でだ? 今年のテーマに沿ったカラーリングだと思ったんだけど……」 「なんていうか……ちょっと独特すぎるかな。文化祭には地域の人とかもたくさん来るんだから、もう少し万人受けする感じにしないと」 「……」 憮然として陽生は黙り込んだ。そんな彼をよそに、茉莉は塗り掛けのベニヤ板とペンキの缶をどけて、作業スペースを確保していく。ついでに窓を開けるとペンキの匂いが充満した部屋を彼女は換気する。 「看板の塗り直しはペンキが乾いてからじゃないとできないから、今日はきらりん作りしよう。校内のいろんなところに飾るから、量が必要なの」 そう言うと、茉莉は積まれた段ボールの中から、黄色の画用紙の束を取り出した。床に転がっていたハサミを拾い上げると、茉莉はそれを陽生に渡す。 「……なあ、芦屋」 教卓の中から出してきたハサミで画用紙を切る茉莉へと、陽生は話しかける。何、と彼女は作業の手を止めないまま応じた。 「お前、大変じゃねえの? 実行委







