Home / BL / 本当にあった怖い話。 / 【1】くねくね

Share

【1】くねくね

Author: 猫宮乾
last update Huling Na-update: 2025-07-21 17:56:10

 ゴールデンウィークが終わったのは、昨日の事である。連休をわざと外して、印刷会社に勤めている弟が、帰省するのは本日だ。俺は顔を合わせる前に、ひと仕事を終える事にした。

 現在の俺は、在宅でライターをしている。結局、書く事からは、離れられなかったのだ。ただ少し休みたい。この仕事を終えたら、暫くの間は、日課となっている『記録』を書く事に専念したい。

 ちなみに弟と俺は、五歳ほど年齢が離れている。年の差のせいか、あるいは――お互い小さい頃に、別々の場所に預けられて暮らし、寂しい思いをしていたせいなのか、昔から非常に仲が良い。少なくとも、俺はそう感じている。

 俺達は顔を合わせると、酒を飲みながら、必ずと言って良いほど思い出話と――オカルト話に花を咲かせている。俺が学生時代に引き受けた、怖い話のネタ探しが契機だった。

「怖い話を知らないか?」

 俺が弟に、最初にそう尋ねたのは、一体いつの事だったのか。

 話してみると案外、俺と弟の周囲には、怖い話が溢れていた。二人で思い出を掘り返してみると、不可思議な出来事が思いの外、多かったのだ。

 例えば俺と弟は、二度ほど『くねくね』らしき存在と遭遇している。

 ――一度目は、俺が小学三年生の年だった。

 この頃は、毎年夏には、母方の実家がある東北地方の小さな村に、弟と共に遊びに出かけていたものである。

 この村は、O群の――仮に、椚原村としよう。

 山の中にある集落だ。他の集落とは独立した場所にある。別段椚原村が特殊という訳では無くて、町内に独立した集落がいくつもあるという作りは、この界隈では多い。市町村合併の名残だ。その為、公的な町の括りとは別に、『村』と付けられて呼ばれていた。

 どんな村かと言えば、それこそ田舎とでも言うしかない……代々の区長様やら庄屋やらその他数人の名家が存在し、古い因習もあり、今でもなお呪術師の末裔が存在している、そのような土地だ。ムシオクリも近年まで存在していた。

 ホラー小説を読んでいて、古い村と聞くと、どうしても俺は、あの椚原を連想してしまう。

 母方の実家には蔵がある。また居間には、天井の半分を占拠する神棚が存在する。神道の家系だ。寺の住職になっている人間も、家系図を見ると多い。年末年始には、土着した神道の行事をひっそりと行っている。まぁ――ありがちな、嘗ての地主の成れの果てである。長女である母が家を継がなかったので、少なくとも江戸から続く椚原の家が今後どうなるのかは分からない。

 こんな風に書いていくと、俺があの村に対して、否定的な見解を持つように思えるかもしれないが、個人的には祖父の家が大好きだ。弟も椚原が大好きらしい。

 祖父の家の周囲には、田園風景が広がっている。それこそ俺が小学校を卒業する少し前までは、昔話のアニメに出てくるような、整形されていない田畑が広がっていた。形が四角では無かったのだ。歪みながら辛うじて台形を描いていた事を、鮮明に覚えている。案山子も立っていたはずだ。

 だがら最初は――『それ』も、案山子だと思った。

 緑色の田の中で、揺ら揺らと動いている白い物。

 布が風で揺れているのだろうと、俺はあまり気にしなかった。弟の手を握っていた覚えがある。

 弟は幼い頃、それこそ天使と見まごうほど可愛く、いやもう本当、俺はその小さな手と温もりが大好きで仕方が無かった。

 俺だけの評価ではなく、家族、親戚一同、嫌、近隣住人の皆が口を揃えて讃えるほど、愛らしかったのだ。

 俺は勉強が出来るという意味で神童と言われる事はあったが(今思えばただのお世辞である)、弟の顔面は神すら震撼させるくらいの輝きを放っていた。別に今が悪いとは言わないが、幼少時の弟の顔面は、煌めいていたのである。

 そんな弟が、俺の手を握り返しながら、コテンと首を傾げた。

「サトぉ、あれ、何?」

「どれ?」

 弟は俺を、左鳥から取って、『サト』と呼んでいる。俺は弟の右京を見た。すると右京は、田んぼをもう一方の手で指し示す。つられて視線を向け、俺はつい先ほど案山子だと判断した物を、改めて視界に捉えた。

 形は確かに案山子のようで、人の体を模している。だがよく見てみると、白いワンピースでも着ているのか、全てが真っ白く思えてきた。その上、この時にいた位置からでは、距離があるので、材質なども分かるはずが無いと言うのに、ナメクジのような印象を受けた。

「案山子だよ」

 しかし俺は、他に語彙を見つけられなかったので、そう告げた。

 この当時、既に『くねくね』という名称が存在していたのか否かは知らないが、少なくとも俺は、『くねくね』などと言う言葉を当時は知らなかった。なので笑顔で言い切り、俺は弟を見る。すると……号泣していた。何があったのか分からず、俺は表情を失くす。すると小さな指で、俺の手を、ギュッと弟が握った。

「何してんだ?」

 そこへ祖父が声をかけてきた。

 ――虐めていない、確かに俺は弟の泣き顔が好きだからよく泣かせるけど……と、慄きながら、俺は振り返った。右京が泣き出した事にも狼狽えていた。

「案山子が……」

 必死で俺が告げた瞬間、祖父が青褪めたのを覚えている。あの顔色の変わりっぷりは、今でも印象的だ。そのまま俺と弟は、急いで歩くように促された。そしてその後、蔵の中へと連れて行かれた。蔵の中は、壁にしめ縄があり、そのそばには獅子舞の首が鎮座していた。その正面に、二人で座るようにと言われた。

「今から、前昭さんを呼ぶから待ってろ」

 祖父は深刻そうな声を放つと、蔵の戸を閉めた。当時の俺一人の力では、何をやっても開かない。その上何故、父まで呼ばれる事になったのだろうか……幼い俺にはさっぱり分からなかった。そのまま弟が、泣き疲れたのか眠ってしまった。その内に俺も寝た。

 翌朝、両親に泣きながら抱きしめられたのだが、未だにその理由は分からない。

 当時の話を何度か尋ねたのだが、両親は『忘れた』と笑うし、祖父は『案山子だ』と言う。結局あれは案山子だったのだろうか。

「あれって、絶対に『くねくね』だったよね」

 帰省してきた弟が、缶麦酒を手に取りながら笑った。先程出迎えて、現在は二人で居間にいる。こうして今年も、『くねくね』の話が始まった。

 本日は、父は仕事で、母は椚原に出かけている。過去にはこの家に同居していたと言う父方の祖父母は没しているので、今は弟と二人だ。

 ――さて、『くねくね』には、もう一度遭遇した。

 二度目は、一度目の翌年の出来事だった。俺達兄弟と、椚原の祖父宅の近所に住む、晶君という男の子の三人で、肝試しに行った時の記憶である。

 晶君は椚原で生まれ育った少年で、同じ年である事も手伝い、俺の幼馴染みだ。丸い鼻が印象的で、とても小柄だった。

 椚原は、高い道路から幾重にも連なる曲がり角を下った場所に作られている。竪穴式住居のように、家々が道路の一つ下に並んでいた。時折、道路と同じ高さの家があったりする。俺の祖父の家もその一つだった。これは今も変わらない。

 坂道を下から出発し、俺達は上った所にあるお寺を目指した。

 一度火災で焼けてしまったそうで、現在では比較的新しい寺が建っているのだが、昔はそこに江戸時代から続く各家の家系図があったらしい。

 なお父方の家系図は、ごく普通に実家の抽斗の中にある。

 両親共に我が家は農家で、江戸時代くらいには既に現在の土地にいた様子だ。墓石的には、もう少し前から住んでいたらしい。墓地には沢山の、ご先祖様の墓石がある。

 さて……寺へ行く最中に、それは起こった。

 坂の真正面にお寺が見えた時、街灯の正面に、白とも黒とも判別出来ない、強いて言うなら黒を透過させて白に近づけたような色の、人の形をした何かが現れた。

 俺はこんな時間にも、お参りをする人がいるのかと驚いた。人間だと信じて疑わず、見られたら困ると、心配ばかりしていた。

 何せ……俺達は子供だけで肝試しに行く事が露見しないように、嘘をついて出てきていたのだ。

「すぐそばで花火をしてくる」

「お母さんが、近くにいるから平気だよ」

 このように、お互いの家族に言って出てきたのである。

 夜の八時くらいだっただろうか。十時だったかもしれない。忘れてしまった。

「なに!? あれ!?」

 俺とほぼ同時に、蠢くものを視界に入れたようで、晶君が叫んだ。目を見開いていたのを覚えている。弟は俺の手を握りしめた。

「見に行ってみよう」

 何せ『肝試し』だ――と、俺は宣言した。率直に言って俺は当時、怖い話は好きだったが、お化けというものを信じてはいなかった。信じていないから好きだったのだ。

「駄目だよ、お母さんを呼んでくる!」

 晶君はそう言うと、逆走を開始した。弟は、暫く俺と晶君の姿を見比べた後、泣き出した。

「僕も、お母さんを呼んでくる!」

 そして弟も走り出した。取り残された俺は……『ま、肝試しだしな』と、思いながら、お寺へと向かった。正直、こんな時間に寺に行く人物に興味があったのだ。どうせ怒られるならば、見に行ってから怒られても構わないだろう。それに、晶君ですら知らない人間がそこにいるらしいのだ。この村は、全員が顔見知りだと聞いた事があったので、逆に興味が惹かれた。大方村への帰省客だろうが――帰省しているのは俺達だけだと昼に聞いていたから、不思議だったというのもある。

 俺が歩いていくと、『くねくね』としたものがそこにいた。しかし俺が進むと、それもまた後退るように動く。結果、俺が寺の石段の前に立った時には、それは寺の壁の後ろへと行ってしまった。どこか不思議な動きで、浮かぶようにフワフワと遠ざかっていったのだ。

 さて、石段を登るかと、好奇心と恐怖が綯交ぜの状態のままで考える。

 すると――ガシッと手首を掴まれた。

 ……祖父だった。

 そちらの方に、余程心臓が止まるかと思った。

 俺の祖父は、晶君の祖父と、更にもう一軒の隣家のお爺ちゃんを連れて、鉈を持って立っていた。俺はその場で激怒され、怒鳴られながら、他の二人が寺の周囲を、一周するのを見ていた。結局そのまま、『何もいなかった』と言う事で事態は収まった。

 個人的な見解を言えば、『くねくね』らしき存在を見たが、俺も弟も、特に異常をきたしてはいないと思う。何でも、『くねくね』を見ると、人間は異常をきたすらしい。

「あれ、絶対、『くねくね』だよね」

 弟が、再び言った。スマホで、オカルト系のまとめブログを見ている。

 俺は麦酒を弟のグラスへと注ぎながら、深く考え込んだ。

 俺は――時島達とつるむようになってからは、二人から怖い話を聞いた事もあるし、実際に体験した事もあるが……あの二人と深く関わる以前の、自分個人の体験談はさして怖いとは思わない。

 たった一つだけ例外はあるのだが。それは俺が高校を中退する契機となった一件だが、俺は思い出さない事に決めている。意識して記憶に蓋をしているのだ。

 弟がグラスを受け取った。

 そこから怖い話を、互いに挙げるのも、いつもの流れだった。

 そんなわけで――俺個人の、数少ないオカルト体験を、この日も回想した。

 折角なので、それらもまた、『記録』に残そうと考える。

 これは、小説でも仕事の記事でも無く、ただの『記録』だ。本格的に、時島達と関わるようになる前の、即ち非日常が日常になる以前の、平々凡々な俺の毎日の断片であると言える。

 書く事で、それらの思い出を昇華出来ると良いなと、俺は願っている。

 仮名にしている人々や土地は、この『記録』の中において、一度しか名前が出てこない場合もあるが、一人一人が大切な俺の思い出の欠片でもある。なお、現実の舞台が推測出来た場合でも、心の中に留めておいて欲しい。あくまでも、フィクションとして捉えて頂きたい。

 もし仮に、この『記録』を、目にした『誰か』――即ち、『貴方』が、そこにいるのならば。

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 本当にあった怖い話。   【23】山神地区

     山神地区は、東京から車で三時間ほど行ったG県にあった。今回は運転を時島がしてくれる事になり、俺は助手席で地図を眺めていた。途中からGPSが狂ってしまったのか、ナビにノイズが入って使えなくなってしまったので、レンタカーに積んであった地図雑誌を捲っていたのである。携帯電話の電波も入らなかった。 何とか無事に目的地にはついた。そこで俺達は、時島が予約しておいてくれた、民宿に泊まる事になった。 俺はあまりよく知らない場所に来るとお腹が痛くなるタイプなので、恥ずかしながら浣腸を持参した。それですっきりした後、幸い客室にもシャワーがあったので、体の中までしっかりと洗った。お腹の調子が悪いと、旅行を楽しめない。「長かったな。料理が来てるぞ」 時島の前に、浴衣姿で俺は座った。並んでいたのは郷土料理と天ぷら、すき焼きなどで実に食欲をそそる。時島は、俺の前にシャワーを浴びていた。 二人で麦酒を飲みながら、食事を楽しむ。以前高階さんに、「麦酒ばっかりだと、その内、腹だけ太るぞ」と言われた事を思い出したが、気にしない事にした。 それにしても、俺には一つだけ不思議に思う事があった。 即に言う『既視感』は、脳の錯覚だと講義で習っていたのだが……どうしてもこの場所に来た事がある気がしてならなかったのだ。例えば、『曲がり角には地蔵があるはずだ』なんて思ったら実際にあったりした。 ――総髪の破戒僧と、紀想という名の青年の姿もまた頭を過ぎった。「あのさ、時島――……今日は、離れて寝た方が良いと思う。ガラガラだし、もうひと部屋取った方が良いかも……」「何故?」「前に……お前の事を俺、襲っちゃったんだろう? やっぱり」「……夢だと言っただろう?」 ならば、あの時の破れたコンドームは何だったのかと言おうとして止めた。時島がカノジョもいないのにゴムを常備しているのは、まぁ何というか見栄なのだろうと思って、そこだけは時島の男味と言うか人間らしさを感じる。「その夢の感覚がするんだよ」「――……そうか。だろうな」「え?」 ――だろうな? どういう意味かと悩んで、首を傾げると、不意に脳裏を、別の記憶に埋め尽くされた。俺はそこで、時島にそっくりの顔をした法師を見て泣いていた。「いかないで下さい……」 今度は俺は、浴衣を着たまま時島の隣に座り直し、その袖に抱きついていた。 自分

  • 本当にあった怖い話。   【22】N県の薬売り

     ――その頃からだった。 段々……霞がかかっていくように、頭がぼんやりとし始めた。「そうだな……いるな」 朦朧とした意識で、俺は答えた。何故なのか、紫野の言葉は、全て正しいような気になっていた。「だろ?」 俺は気づくと座布団の上に押し倒されていた。ベルトに手をかけられる。体を反転させられ、ボトムスを脱がせられた。ボクサーも足首まで落ちた。空気のひんやりとした感触に、冷房が強いなとだけ、ただ思う。他には何も考えていなかった。恐怖すらない。「安心してくれ。絶対に痛くしないし、怖がらせない」 そう言うと、俺の視界に、紫野がローションの蓋を開けている姿が入ってきた。俺が無意識に眺めていると、紫野がそれを指に塗した。俺は力の入らない体で、何をしているのだろうとだけ考えていた。すると紫野が、俺を確認するように見た。「力、抜けてきただろ?」「ん……」 その事実よりも、意識が曖昧になりつつある事が不思議だった。 そして――……次に気づいた時、俺の後孔には、紫野の指が入っていた。「ンあ」 思わず腰を引こうとする。しかし弛緩した体には、力が入らない。「そんな所、汚――ッ、ああっ」 指がその時二本に増えた。その感触だけに意識が集中していて、不思議と恐怖は無い。 俺は前に、きっと同じような事をされて、怖くなったはずなのに。「あ、うッ」「左鳥の中なら汚いと思わない」「フぁ……ァ……――!!」 紫野の指がその時、俺の内部のある箇所を刺激した。目を見開いた。俺は、その刺激で射精しそうになっていたからだ。「あ、あ、ッううァ、止め、止めろ、そこ、ア」「ここか?」「ンあ――――!! 何だよこれッ」「多分、前立腺」 涙が零れてくる。俺は舌を出して大きく息を吐いてから、力の入らない体を叱咤して、何とか紫野を見た。すると紫野が、微苦笑していた。「色っぽすぎ」「ああっ、ン……ッ、う……出、出る、出るから……ッ、あ、前」「うん、出せよ」 紫野はそう言うと、俺の前を扱いた。そして呆気なく俺は射精した。 まだ息が苦しい。解放感に、クラクラした。 紫野は、ウェットティッシュで俺の下腹部や、後孔を拭いてくれる。「何でこんな事……」「これからは、こっちを思い出せよ」「答えになってない」「……善く無かったか?」「ッ」 多分俺は、気持ち良いと思ってい

  • 本当にあった怖い話。   【21】上書き

     それから、五日が経過した。 ――最近は、お腹の調子が良い。 そんな事を考えながら、珍しく朝、俺は起きた。すると時島が大学に行く準備をしていた。図書館に出かけるらしい。俺は暑い外にわざわざ出たくなかったので、クーラーをつけて、布団の上にいた。「紫野が来ると言っていた」「そっか。じゃあ、俺は部屋でダラダラしとく」 俺は時島を見送ってからトイレに入った。快便だった。すごく気分も良い。 それからシャワーを浴びて、俺は上がると麦茶を飲んだ。紫野が来たのはその時の事だ。「ああ、時島は、大学に行ってるんだってな」 ガチャリと紫野が鍵をかけた。何だろうかと見守っていると、振り返った紫野が溜息をついた。「危ないから、鍵は一人でもちゃんとかけておけよ。時島は合い鍵を持ってるんだからさ。俺まで一個預かってるし。それと、家にいるんならチェーンも」 確かにそれはそうだとも思うのだが――……俺は俯いた。「それだと、何かあった時に、逃げられないだろ?」 強姦された事がまた頭を過ぎった。どれだけ俺は気にしているのだろう。 俺の表情に、紫野は察したようだった。「――中に不審者が入ってくるよりマシだろ」「だよな」 俺は笑って誤魔化して、紫野の分の麦茶を用意した。それから雑談をした。「四年になると、思いの外サークルに顔を出さないな」とか、「暇になったのに不思議だよな」だとか、「就活効果は偉大だ」とか、「新卒採用企業が多すぎる」だとか。紫野は、以前はテレビの話が多かったのだが、この日はしなかった。あまり話が合わないと気づいているのだろう。この家のテレビは、あまり稼動しないのだ。時島はテレビを滅多に見ない。俺はネットで事足りているから、見ようと言わない。見たいドラマがあればレンタルして、まとめて見るタイプだ。朝のニュースを時々、眺めるだけである。「なぁ……左鳥。嫌な話をしても良いか?」「ん? 何?」「お前がタクシー運転手にヤられてから、男と二人でいるのが怖いってやつ」「ああ……」 紫野は優しいから、気にしてくれているのだろう。 ――『格好良い?』と、聞いてきた碧依君の事を不意に思い出しつつ、苦笑してしまった。ただ碧依くんの反応は、あの時の俺には、とても助かったのだが。普通は、紫野のような反応をするのかもしれない。「平気だよ。その……あんまり、気にしないでくれ

  • 本当にあった怖い話。   【20】Yロッジ

     ――Yロッジに向かう事になったのは、その数日後の事である。 そこは有名な心霊スポットなので、分かる人は分かると思う。F県I町にある。 地下一階から四階までがあるペンションだ。 三階に子供の霊が出るだとか、ボイラー室の霊圧が凄いだとか、そんな噂に事欠かない肝試しの名所でもある。「なんか良いネタあった?」 高階さんに呼び出されたのは、四年生の春の事だった。 良いネタ……実際に――この時になってみると、俺のもとには沢山のホラー話が集まっていた。ただ、自分が時島達と経験した事を書くのは、何となく躊躇われる。俺は俯いてから、『本当にあった怖い話。』として書き溜めているファイルの事を、意識して忘れる決意をした。それから俺は顔を上げて、苦笑を返す。するとパシンと高階さんが扇子を閉じた。「無いんやったらさ、ちょっと頼まれてくれへん?」「何をですか?」「心霊スポット行きたいんや」「ああ、良いですよ」 もう大学の出席しなければならない講義はゼミしか残っていないから、週に一度しか大学には行く必要が無い。要するに俺は暇だった。同時に、ネタが出せないという負い目もあった。「俺も行くからさ」 それを聞いて考える。高階さんと二人だけで行くのは、非常に不安である。 高階さんには、霊感みたいなものは、いかにも無さそうだ。信じてさえいないだろう。 しかし俺は、本当に幽霊がいた場合には、それでは対処出来ないと、この頃には考えるようになっていたのだ。黒い人影の事件で、身近に恐怖を感じ取ったというのも大きい。「あの……大学の友人も、二人連れて行っても良いですか?」「ああ、ええよ」 そんなこんなで、俺は時島と紫野に頼み込む事にした。実は俺は、あまり人に物を頼むのが得意ではない。なので、酔いの勢いで言ってしまおうと、二人を居酒屋に呼び出した。 席に着くと何故なのか、紫野と時島は、長い間ずっと視線を合わせていた。見つめ合っているように、見えなくもない。もしや両思い状態となっていて、俺は邪魔なのだろうか? そう一瞬だけ考えた。だがすぐに、何となく二人は、険悪というか……お互いに気まずそうというか、よそよそしいというか――ネガティブな意味合いで視線を交わしているらしいと気づいた。二人の間には、見えない溝がある気がした。もしかして紫野はフラれてしまったのだろうか? そうであるな

  • 本当にあった怖い話。   【19】黒い手

     紫野と飲んでから帰宅すると、もう午前一時に近かった。 だが、時島の姿が無い。 ベッドに寝ているわけでもなく、もう一つの部屋にいるわけでもなく、シャワーに入っている様子も無ければ、キッチンやトイレにもいる気配が無い。 ――こんな時間に、何処に行ったのだろう? 首を傾げつつも、思い当たる場所が、俺には一つだけあった。 紫野は入る事を許されているが、俺には「絶対に入るな」と時島が言う、例の奥の部屋だ。しかもその部屋の中から音がした気がする。だから俺は扉の前まで行き、静かに声をかけてみる事にした。「時島ー?」 しかし、返事は無かった。だとすると、中から聞こえた物音は何なのだろう? まさか、泥棒? 最近この辺では被害が多発していると言うから、そうなのかもしれない。 だが本当に泥棒か分からない以上、いきなり警察に通報する事も躊躇われた。確かめなければならないだろうが……どうしよう。「入るな」と言う時島の声が甦る。 迷った末、結局俺は和室の扉に手をかけた。恐る恐る中を見る。暗いので、電気をつけようと、俺は壁のスイッチを探した。そして、息を呑んだ。「っ」 その瞬間、中から黒い人影が飛び出してきたのだ。 それは俺の体を通り抜けるように通過した。呆気に取られて反射的に振り返った瞬間、顔も何も無い――ただ黒い『それ』が、両手で俺の首を締めた。形だけは人型だ。 冷たい手が俺の首に食い込み、鈍い痛みと息苦しさに襲われる。そのまま俺は転倒した。絨毯に後頭部を打ち付ける。手の力はどんどん強まっていく。影は俺に馬乗りになって、動きを封じてきた。必死で俺は首に、己の指を当てる。 その黒い『ナニカ』も怖かったが、馬乗りになられているという――その体勢にも、恐怖を感じる。タクシー運転手の事を思い出しいた。 ガクガクと俺は震えた時、肩に噛みつかれた。どうやらその黒い物体には、口があったらしい。噛み切られるような、痛みに身が竦む。 ――何だよ、コレ。 恐怖から思考が混乱し始めた時、服の下に冷たい手が入ってきた。「嫌だ、止めろ!」 俺は必死に叫んだ。しかしその手は止まらず、片手で俺の乳首を触り、もう一方の手で俺の陰茎を握った。いよいよ恐怖が強くなり、俺は動けなくなる。目をきつく伏せ、一所懸命に呼吸しようとするのに、過呼吸でも起こしたかのように酸素が入ってこなくなる

  • 本当にあった怖い話。   【18】現在・連絡

    「ねぇ、サト」 パソコンのキーボードを打っていると、缶麦酒を持った弟が部屋に入ってきた。「まだ飲み足りないのか?」「それもある」 そう言うと弟は、ベッドに座って、缶を一つ俺に渡した。 もうすぐゴールデンウィークが終わるから、弟は都内に帰る。俺は転椅子を軋ませて、体ごとベッドへ向けた。そうして弟を正面から見る。その時、ポツリと右京が言った。「時島さんとか、元気にしてるの?」 ――『とか』に含まれるのは、恐らく紫野だろう。一度二人に、右京を紹介した事がある。以来弟は、俺がいない所でも、あの二人と遊んだりしていたようである。「連絡してみたら良いだろ?」 何せ連絡先を知っているのだから。そう考えていると、弟が麦酒を口に含んでから、思案するように瞳を揺らした。「実はさ、『左鳥と連絡が取れない』って言われたんだけど」 弟が言いづらそうに述べた。そうだったのかと、俺は納得した。 俺は……誰にも、実家に引っ越すと告げて来なかったのだ。 事前に伝えたのは、地元で暮らす、寺の――泰雅だけである。「誰に言われたんだ?」「紫野さん。実家にいるって言っといたけど」「あー、その内連絡しようと思って、忘れてたんだよ」「時島さんにも言ってないんだよね? 紫野さん、多分時島さんにも話してると思うよ」「まぁな。別に良いよ」 話さなかった事には、特に深い理由があるわけではない。 俺はただ、在宅でのライター業に集中したくて帰ってきただけである。 現在は、どこで暮らしていても、仕事が可能だ。 だから俺の帰郷は、『あの二人』とは、関係が無い。 ――少なくとも意識的には、現在はそう考えている。「まだ、高校の頃の事件、気にしてるの?」「気にしてないよ」「嘘」 苦笑した右京を見て、俺は缶のプルタブに指をかけた。右京には、隠し事をしても無駄だ。右京はすごく鋭くて、俺に何かがあるとすぐに察するのだ。 大学時代にも、俺が悩んでいた時などに、見計らったかのように電話がかかってきたものである。本人に聞いても、「虫の知らせだった」としか言わないのだが……いつもタイミングが良い。あるいは、非常に俺にとっては悪い場合もある。優しさは嬉しいが、誰にも触れられたく無い時もあるからだ。「そろそろ――期限の時だから、戻ってきたんじゃないの?」 右京が言った。 その声が意味する

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status