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本当にあった怖い話。
本当にあった怖い話。
Author: 猫宮乾

【0】懐かしい契機

Author: 猫宮乾
last update Last Updated: 2025-07-21 17:55:34

 ――これは、俺がライターのバイトで、本格的にオカルトネタを収集しようと決意した頃の話だ。意識して時島に声をかけた時の事である。

「時島」

 俺は、学食の券売機前にいる時島を見つけ、それとなく声をかけた。

 時島昴は、俺の大学では、ちょっと有名な『視える奴』だった。

 すると、かけそばと、トッピングの唐揚げの食券を持っていた時島が、俺に対して顔を向けた。それから正面に立つと、ポンと俺の肩を叩いた。

「左鳥、相変わらず、『つかれてるな』」

 この時の俺はまだ――それが、疲労を指すのではなく、『取り憑かれている』という意味合いだとは、知る由もなかった。

 ――ああ、懐かしい記憶である。

 俺は、パソコンに残していた日記を見て、何気ないこの日の時島を、ふと思い出した。

 怖い話は、日常に満ち溢れている。

 

 その当時――俺は、大学院進学を決意し、その為の予備校に通っていた。一人で暮らしていた家は、六畳一間で、窓には雨戸が付いていた記憶がある。しかしそれを閉める事は滅多に無く、黄色い陽光が、英語を勉強する俺を、強く照らしていたのだったか。既に記憶の中の風景は、曖昧だ。

 

 勉強する机は灰色で、昔からずっと、この机を用いて勉強してきた。幸い、良い結果をもたらしてくれた代物だ。使い続けているのは、一種の願掛けなのかもしれない。現在もこの机は、俺と共に、実家にある。

 

 英語が苦手だった俺は、長文読解を重点的に勉強していた。だから今でも、英語だけは……大嫌いである。

 

 結論から言うと俺は、大学院には進学しなかった。

 予備校にまで行きながら、最終的には残りの数少ない大学生活を、就職活動にあてる事にしたのである。そうと決めてしまえば、後は気が楽だった。就職を決意した途端、運悪く教科書にも載るほどの不況が到来したが、まだ俺の年度は募集があった。採用予定が狂ったのは、その翌年からが多かったと現在では知っている。

 

 それまでの俺は、小説家になりたかった。

 

 年に一作から四作程度、出版社の小説賞に投稿しては、落選を繰り返していた。運が良いのか悪いのか、大学三年の春に、マイナーな小説賞を貰い、その時に、『これで一区切りにしよう』と決意したものである。俺は、諦める事に決めたのだ。

 

 その小さな賞から作家への道が続く訳でも無く、結局俺の中では、『英語』と同じように、『小説を書く事』も、この時に止めた。思えば中学二年生から投稿していたのだから、よく続いた方だとは思う。当時は、Kindleで出版をするといった手法は、俺の頭の中にはまるで無かった。時代は、いつの間にか、様変わりした。

 

 俺は元々、それなりにパソコン作業が好きだった。中学卒業後から大学入学直後までは、趣味でプログラムの勉強をしていた事もある。その為、SEを志望しようと決意し、IT関連に絞って就職活動をした。

 

 とある事情で、俺は高校を中退している。高等学校卒業程度認定試験を経て大学に入学した。就職活動中は、必ずその部分を指摘され、何度も嫌気が差したものである。酔っぱらって帰路につけば、男ながらに強姦被害に遭ったりもした。嫌な思い出だ。その内に、採用してくれる企業が無事に見つかり、お祈りの手紙と向き合う日々が幕を下ろした。

 

 さて、そんな『過去』において――卒業までの残り少ない大学生活を、俺はライターのバイトをしながら過ごす事に決めた。僅かな報酬を手に入れつつ、残りのモラトリアムを、ダラダラしながら暮らそうと考えたのだ。

 

 するとある時、この日はゲームのシナリオを書いていた俺に、専業のライターであるバトの先輩が、飲みに行こうと声をかけてきた。高階さんと言う名の、三十歳手前の青年で、色は浅黒く、手には何故なのかいつも薄緑色の扇子を持っていた。

 

 なお、後に俺が入社してすぐに辞めた、一次受けのIT企業の直属の上司は、青い扇子を持っていた。あの頃は、俺が知らないだけで、扇子が流行っていたのかもしれない。少なくとも、俺の大学では見かけなかったから、社会人特有の現象だった可能性もある。

 

「なぁ、霧生君さぁ、俺、夏コミの原稿で忙しゅうなるから、代わりにやってくれん?」

「何をですか?」

「相生出版の書籍の仕事」

 

 霧生左鳥――これが、俺の名前だ。

 

 それまで俺は、書籍の仕事をした事が無かった。勿論紙に印刷して推敲したり、企画を紙に起こしたものから話し合ったりした事はあったが、書籍に掲載される記事を書いた経験は無かったのだ。主にWebコンテンツやゲーム、配布用のタウン誌のライターをしていたのである。なので高階さんの話を聞き、純粋に浮かれた。

 

 何せ書籍だ。

 

 文筆業に就きたかった過去を持つ身としては、非常に胸が高鳴ったし、大学を卒業するまでの間ならば、もう少しだけ夢を見たって良いのでは無いかと思っていた。もしかしたら、本が出せるかもしれないのだから。そう考えた俺は、内容を聞く前に、二つ返事で引き受けた。

 

「助かるわ。これ、概要。端的に言うとホラーや」

「ホラーですか」

「そ。ここんとこ、毎年来とる案件やし、先に繋がる作業やから、やっといて損は無い。なぁんて、押しつける言い訳に聞こえるか」

「いえ」

「あと、たまってまとまったら多分、後々、夏にうっすい紙で本にするっちゅう話やったから、コンビニに並ぶ。今回の記事の方は、もうプロットを貰っとるけど、今後はこっちからも企画を出してくれって言われとるから、なんか怖い話があったら――ま、ネタを集めといてや」

 

 今でも、この日の会話だけは、鮮明に覚えている。

 

 なお俺がこの時に代理で原稿を書いたのは、『H市の小学校のトイレに出る明太子』と『八月の星占い』だった。書籍に収録される可能性が高いのは、前者のホラー記事で、後者は高階さんに頼み込まれて代筆した記事だ。

 

 俺は都内の出身では無い。なのでH市の小学校のトイレ事情など知らないし、占い師でもない。

 

 ただトイレの方は、元ネタが想像出来たので、打つ際には羞恥が募った。

 

 占いの方は、わざわざ当たると評判の、占いが出来る大学の知人――遠藤梓のもとまで足を運んだ。提携先の占い師から届いた文章の意味が分からず、ある種の翻訳を頼んだのだ。ルーラーとは支配星の事だと教えてもらったが、支配星の意味合いも、俺にはあまり良く分からなかった記憶がある。

 

 その後俺は、原文を、可愛らしい女性口調で書き直し記事にして提出した。

 何よりも俺の心に残っていたのは、『本になる』という高階さんの言葉だった。

 

 別に企画倒れでも良かったし、実際にそうなる時、俺個人への誘いは無いかもしれない。だがそう理性で考えつつも、俺はこの頃には、怖い話を収集しようと決意していた。

 

 以後俺は、怖い話と――……時島昴や紫野眞臣と、大学二年時まで以上に深く関わるようになり、結果としてそれまでとは異なる大学生活が、幕を開ける事となったのである。日常も、いつの間にか、様変わりする。それは、日常の積み重ねが、時代となるからなのかもしれない。

 

 ――懐かしい記憶だ。

 

 思わず両頬を持ち上げながら、現在俺は実家で、灰色の机の上に置いたパソコンに、この文章を打ち込んでいる。

 

 

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