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第7話

Penulis: 霧乃吟
その笑い声は、澪の胸を鋭く刺した。

紗耶は、千佳子に頬を打たれた自分の惨めな姿を見ていた。

そして、征司が自分をかばおうとしなかったことまで、画面越しにはっきり見ていたはずだ。

澪は自嘲気味に笑った。

もう、征司に期待などしていない。

それでも、自身の家庭を壊した不倫女にこんな惨めな姿を見られたことはどうしようもない屈辱だ。

征司は冷ややかな目で千佳子を一瞥すると、紗耶に「あとでかける」と告げて通話を切った。それから、澪の赤くなった頬に一瞬だけ目をやった。

しかし何かを言うことはなく、すぐに千佳子へ視線を移した。

「叔母さん、どういうつもりですか」

征司の声は低く、冷たかった。

しかし、その冷たさは澪を思ってのものではない。

澪も期待していなかった。

彼が気にかけてくれないことなど、この七年で嫌というほど分かっている。

だから今さら、彼に優しさを求めることもない。

征司の視線を受け、千佳子は思わず肩を震わせた。

澪はまだ、形式上は征司の妻だ。

たとえ征司が彼女を大切にしていなくても、その妻に手を上げたとなれば話は別だ。

そう考えた千佳子は、すぐに澪を指さした。

「悪いのはこの人でしょう?征司さんが紗耶さんを病院へ連れていったことが、ネットに流れているのですよ。

その病院は澪が勤めている病院じゃありませんか。誰がやったかなんて、考えるまでもないでしょう!

その投稿には揉め事を煽るような生々しいことが、あれこれ書いてあったんですよ。紗耶さんがあなたの子を身ごもっているだとか、あなたたちが……」

その先は、さすがに千佳子も口にできなかった。ただ怒りを抑えきれないまま澪を睨みつけた。

紗耶はまだ千佳子の息子の婚約者という立場にある。婚約を正式に解消するかどうかも、まだ話し合いは済んでいない。

しかし、そんな噂が広まれば、千佳子の面目は丸つぶれになる。

この先、どれほど陰口を叩かれることか。そう思えば思うほど、千佳子は澪への憎しみを募らせていった。

七年も征司の妻でいながら、夫の心ひとつつなぎ止められないうえに、ほかの女へ向いた夫を引き戻すこともできず、挙げ句の果てには、息子の縁談まで壊そうとしている。

澪は内心、少し意外に思った。

たしかに、公の場で紗耶に謝罪するとは言ったが、本当にそんなことをした覚えはない。

とはいえ、このタイミングであんな暴露が出たとなれば、周囲の目には、まるで自分が仕組んだかのように映るだろう。

澪はスマホを取り出し、思い当たる言葉をいくつか打ち込んで検索した。

すると、千佳子の言うとおり、それらしき投稿がすぐに見つかった。

文面を見る限り、投稿者はかなり慎重に言葉を選んでいるようで、征司と従弟の婚約者である紗耶との関係をただの不倫騒動ではなく、禁断の恋であるかのように仕立てていた。

澪は思わず征司に目を向け、そこで初めて気づいた。

征司はじっと澪を見つめている。

やがて、彼はまるで他人事のような口ぶりで言った。

「お前、そこまで紗耶のことが気になるのか?」

征司はそれ以上は口にしなかった。

だが、澪からすれば、その短い言葉だけで十分だ。

征司は澪が嫉妬に駆られて紗耶を陥れようとしているのだと、そう思い込んでいるのだろう。

身に覚えのない濡れ衣を着せられた澪は、すっと表情を消した。

「私があなたたちのことをばらすつもりなら、あんな上品な書き方なんてしないわ」

わざわざ言葉を飾って、二人のことを美しく見せるはずがない。

千佳子は鼻で笑うように言った。

「ただあからさまに罵る度胸がなかっただけでしょう?征司さんに追い出されたくはないものね」

森宮家の人はみんな、澪は征司から離れられない女だと思っている。

澪はその見方にうんざりした。それでも胸の奥が冷えるように感じた。

千佳子の言葉をまったくの的外れだとは言い切れなかったからだ。

かつて自分は確かに征司のことしか見えていなかった。

彼に愛されたい一心で、女としての意地も、妻としての誇りも、いつの間にか手放した。

征司は澪をちらりと見ただけで、彼女の言い分を聞く気などなさそうだ。

赤く腫れた頬に一瞬目を留めると、物音を聞きつけて姿を見せた家政婦の房江へすぐに視線を移した。

「奥様に氷を」

房江は、はっと我に返ったように慌てて動き出した。

征司のひと言で、澪の胸の内に渦巻いていた言葉はそこでふっと途切れた。

しかし、その「気遣い」に、澪の心が動くことはもうない。

助けられたとも、守られたとも、思えない。

それはきっと、征司がこれまで身につけてきた礼儀のようなもので、澪を思ってのことではない。

自分に都合よく受け止めれば、また同じことを繰り返すだけだ。

征司はもう一度千佳子に目を向けた。

その口調は結論というより、ほとんど命令に近い。

「これ以上事が荒立てば、森宮家にとって不利益にしかなりません。家名を守るつもりなら、紗耶と森宮朝斗(もりみや あさと)の婚約は解消してください。表向きには、まだ正式に決まった話ではないということにすればいい」

千佳子の顔がこわばった。

征司がそんな結論を口にするとは、思ってもみなかったのだろう。

彼女は本来、澪を責めるために来たはずだった。それなのに――

しかし、ほかに選択肢がないことも千佳子には分かっている。

澪は氷嚢を手にしたまま、征司の整った横顔を見た。その目には、どこか自嘲めいた色が浮かんでいる。

澪は、そこでようやく気づいた。

征司の狙いは、最初からこれなのだ。

この騒ぎに紛れて、紗耶と朝斗との縁談をなかったことにする。

そうすれば、いずれ紗耶を自分のそばに置くこともずっと容易になる。

征司はもう、紗耶を堂々と自分のそばに置けるようにしたくて仕方ないのだろう。

「房江、叔母さんを玄関まで送ってくれ」

征司は、千佳子の意向を聞くつもりなど最初からないのだろう。

そう言い終えると、彼は感情の読めない目で澪をちらりと見やり、そのまま二階へ戻っていった。

千佳子は悔しげに唇を引き結んだ。

しかし、いずれ森宮家を実質的に動かす立場になる征司に、今さら逆らうことはできない。

去り際、千佳子はなおも憎々しげに澪を睨みつけて言った。

「専業主婦なんて、所詮その程度なのね。台所に立つことくらいしか取り柄がないくせに、せいぜい見た目が少し整っているだけでしょう。そんなもの、何の役にも立たないわ。

仕事でも、人付き合いでも、紗耶さんに一つでも勝てるものがあるなら、こんな惨めなことにはならないでしょうに。澪、自業自得よ」

澪にはもはや、言い返す気力もなかった。

今になって思えば、あの頃の自分はどうかしていた。尽くし方も、期待の仕方も、すべてが間違っていたのだ。

澪は洗面所へ向かった。

もともと肌が白いせいか、千佳子の手はかすめただけのはずなのに、頬はうっすら赤く腫れている。

澪は、千佳子の手が触れた場所を丁寧に洗い流し、それからしばらくその場で呼吸を整えた。

病院の救急での出来事が外に漏れた。だからと言って、澪は黙って濡れ衣を着せられるつもりなどない。

房江に尋ねると、征司は寝室にいるという。

澪はもはや、何も言わずに入っていくような真似はしない。寝室の前まで来ると、足を止めて扉を叩いた。

扉はわずかに開いていて、中から返事はない。

そのまま少し待っていると、やがて部屋の奥から声が聞こえてきた。

「千佳子、澪に因縁をつけたんじゃない?」

スマホのスピーカー越しに、香澄の声が響いている。

征司は浴室から出て、棚の前に立つと、何かを探すように身をかがめた。

「ああ」

「紗耶さんと一緒に病院へ行ったこと、あれを流したのはあなた?それとも紗耶さん?澪に罪をかぶせて、千佳子の怒りの矛先にするつもり?」

その言葉に、澪の表情がかすかに強ばった。

まさか、そんな馬鹿げた話だとは思いもしなかった。

つまり自分は、二人のことが表沙汰になるのを防ぐために、都合よく盾にされているということなのか。

けれど征司はその問いに答えなかった。

認めたのか、それとも答える価値もないと思ったのか、澪には分からない。

香澄が笑って言った。

「たいしたことにはならないわ。まだまだ抑えられる。澪はあなたに惚れきってるもの。あなたが本当に困るようなことを、彼女がするはずないでしょう」

「分かってる」

征司は気のない声で短く答えた。

しかしそれが香澄のどの言葉を受けてのものなのか、澪には分からない。

扉の外で、澪は無言のまま指先に力を込めた。

情けないほど乱れそうになる呼吸をなんとか押しとどめ、少しずつ気持ちを落ち着かせた。

征司が勝手に決めた「ノックする」という規則にこれ以上付き合う気も失せ、彼女は扉を押し開け、そのまま中へ入った。

物音に気づいたのか、征司はちらりとこちらに目をやっただけで、何も言わなかった。

電話は、すでに切れた。

澪は征司に一度も目をくれなかった。今さら弁解して、自分から厄介ごとに巻き込まれにいく気にはなれない。

彼女は金庫の暗証番号を入力して開けると、大切にしまっている医学の本を取り出した。

征司は、澪の頼りない背中をしばらく見つめていた。

彼女の様子がいつもと違うことには気づいたようだが、わざわざ聞くことはせず、バルコニーから部屋の中へ入っていった。

澪のドレッサーの横を抜けようとしたとき、征司は端に置かれた封筒を見つけた。

次の瞬間、彼はぴたりと足を止めた。

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