「レラ、どの服を着るか決めた?」とわこは質問に答えず、逆に聞き返した。「お葬式って、だいたい黒い服を着るのよ。この黒のワンピースに黒のタイツを合わせるのはどう?」レラはこくりと頷いた。「ママ、なんか元気ないよ。さっき見てたのって、なに?」とわこはぎこちなく笑ってみせた。「ママの仕事関係の資料よ」「だったらパパに手伝ってもらえば?今、うちに住んでるんだし、手伝ってくれないはずないよ」「ママ一人で大丈夫。さ、着替え手伝うね」とわこは内心の重苦しさを隠しつつ、話題を変えた。「レラ、来週から学校に戻るって本気?」「うん。勇気出さなきゃ。他の子が学校行けてるなら、私だって大丈夫」「えらいね、レラ。ママ、本当にあなたのこと誇りに思ってるよ」とわこはしゃがんで、娘のおでこに優しくキスをした。一方、リビングでは奏のスマホが鳴った。その着信音に、蒼がまん丸な目で驚いたように見つめる。奏は微笑んで蒼に視線を送り、そのまま電話に出た。「社長、直美の母親のインタビュー、見ましたか?」電話の向こうからは子遠の声。「インタビューでは、まるで可哀想な被害者みたいに振る舞っていて、『あなたが三木家の全てを奪い、家族を殺した』『自分まで追い詰められている』って……社会に訴えて同情を買おうとしてます」奏の顔が一瞬で険しくなった。恥知らずなくそババア。まさか自分が手を出さないとでも思っているのか?「社長、あの動画、削除要請出しますか?それとも、こちらから何か反論を出しましょうか?見た目はやつれた感じ出してますけど、言ってることは腹立たしいにも程があります」「金が欲しいだけだろう。なら絶対に一円たりともやらない」奏の声は冷ややかだった。「あんな安っぽいインタビュー動画で俺に何か影響あると思ってるなら、相当なバカだ」「ですよね。あの親子、本当に気持ち悪いです」子遠がため息をつく。「直美も、わざわざ会社で死ぬなんて、やり方がそっくりすぎてゾッとします」その時、とわこがレラを連れて部屋から出てきた。彼女の目は自然と奏に吸い寄せられる。傲慢で、反骨的で、気品のある男。常盤家の名を轟かせ、世間から畏敬される存在に押し上げた彼。けれど、その輝かしい栄光も、今となっては幻に見える。常盤夫人は、きっとすべてを知っていたのだろう。そ
寝室から出てきたとわこは、三浦の言葉を耳にした瞬間、背筋に冷たい汗が流れた。奏と弥の親子鑑定の結果が届いたのだ。彼女のスマホにも鑑定センターからの結果通知が届いていたが、まさか紙の鑑定書まで自宅に送ってくるとは思っていなかった。「三浦、私宛の荷物よね?」何事もなかったかのように近づき、彼女は三浦の手から宅配便を受け取った。その瞬間、三浦と奏が不思議そうな、いや、どこか探るような目で彼女を見ているのが分かった。送り主が「親子鑑定センター」だったのだから、当然の反応だった。普通に考えれば、親子関係の鑑定をしたと思われる。奏がソファから立ち上がり、とわこの方へ歩み寄った。「昔、この鑑定センターに患者さんの遺伝子検査を依頼したことがあって、ちょっと特殊な病気だったから、その続報かな。今はもう病状もかなり良くなってるの」とわこはあくまで落ち着いた様子でそう説明し、奏の方を見ながら話題を切り替えた。「今日はキキちゃんの葬儀があるんでしょ?まだ着替えてなかったの?」奏は腕時計を見て、「葬儀は十時からだろ?今まだ八時だ、時間あるよ」と言った。「そっか。じゃあ蒼と遊んでて。私はレラの着替え手伝ってくるわ」そう言って、とわこは荷物を持ち、レラの部屋へ向かった。ここ数日、レラはずっと家で静養していた。外に連れ出そうとしても、本人が行きたがらない。毎日ピアノを弾いたり、テレビを見たり、おもちゃで遊んだりして過ごしているが、以前と比べるとかなり大人しくなった。まるで、元気に飛び回っていた小鳥が、静かに羽を休めるトンボに変わったようだった。とわこは娘の部屋のドアをそっと開けて中に入り、すぐに静かにドアを閉めた。そして、宅配袋から封筒を取り出し、素早く中の書類を確認する。DNA分析の結果、サンプルAとサンプルBの間に血縁関係は認められない。サンプルAは奏、サンプルBは弥。プライバシーを守るため、名前ではなくサンプル表記にしていた。この結果を目にしたとたん、とわこの体が小刻みに震え始めた。最悪の可能性も考えていたとはいえ、こうして現実として突きつけられると、やはり堪えるものがあった。奏は常盤家の血を引いていない。だから、幼い頃のアルバムの写真で、五歳前後から顔立ちが大きく変わっていたのだ。入れ替わっていたのだ
奏の低く沈んだ声を聞いたとたん、とわこの目頭が突然熱くなった。何も言っていないのに、まるで彼にはそれが分かっているかのようだった。「とわこ、泣きたくなってるんじゃないか?」かすれた声で彼は言った。「今すぐそっちに行こうか?会社のことなんか後回しでいい」とわこは深く息を吸い込んだ。「大丈夫。ただ娘がもう少しで毒殺されるところだったって思うと、胸が苦しくて、もし本当に失っていたらって考えるだけで、怖くて仕方ない」「分かってる。俺もあの子を失うなんて無理だ。これから食事は全部家で食べさせる。学校ではもう一切口にさせない」「うん。あなたはまず会社のことを片付けて。私はレラと一緒に昼寝するわ」「分かった。何かあったらすぐ連絡して」「うん」夕方。みんなが別荘にレラを見舞いに来た。レラはかわいいパジャマを着てソファに座り、大好きなぬいぐるみを抱きしめていた。その表情は、彼女の年齢には似つかわしくないほど沈んでいて、どこか憂いを帯びていた。普段なら家のムードメーカーで、誰が来てもすぐに懐いて笑顔を見せていたレラが、今は一言も発せず、無表情でうつむいている。誰も、どうやって慰めればいいのか分からなかった。「みんなは先にご飯にして。私はレラと一緒に外で蓮を待つわ。今日、ボディーガードに早めに迎えに行ってもらってるの」とわこはみんなにそう言って、レラの手を引いて外に出て行った。みんなは食堂に移動して席に着いた。瞳が尋ねた。「直美の遺体、どうなったの?」「彼女の母親が引き取ったよ」と子遠が答えた。「え、あの家族もう誰もいないと思ってた!じゃあ、あの家の会社はどうなるの?あの母親、ビジネスなんてできなさそうだけど」子遠は奏をチラッと見てから、「うちのボスが買収する予定。もう存在しなくなるよ」と答えた。瞳は笑い出した。「やっぱりね!あの女、絶対報いを受けるって言ったでしょ?悲惨な最期になるって、私の言った通り」裕之は瞳の手をそっとテーブルの下で握りしめた。「瞳、直美のことはもうやめよう。今日はレラがひどくショックを受けたんだから、話題を変えよう」「うん、分かった」しばらくして、蓮が帰宅した。今日あったことを聞いた蓮は、レラをぎゅっと抱きしめた。「お兄ちゃん、わたし、死にかけたの」「でも死んでない
常盤グループ。ビルの下には、野次馬が群がっていた。地上からは、屋上に赤い服を着た人影がかすかに揺れて見えるだけだった。「聞いた?あの赤い服の女、昔はSTグループの広報部マネージャーだったんだって!十年以上も奏の側にいたのに、結局何の立場も得られなくて、傷ついて、だからここで死のうとしてるらしいよ。バカな女ね!」「この前、火傷で顔が変わったって人?」「そうそう!前は結構キレイだったのに、火事で顔がダメになっちゃって、可哀想に。整ってた顔でも奏の心は掴めなかったのに、あんな姿になったら、もう相手にされるわけないよね」「奏に振られた女なんて山ほどいるじゃん。みんながみんなこんな風に飛び降りるわけ?自業自得じゃない?」「でもさ、有名人の私生活なんて分からないし、私は、今の彼女があまりにも惨めで見てられないよ」「でも、可哀想な人には何かしら原因があるって言うじゃん?もし私が死ぬとしても、人の会社でなんて死なないよ。まだビルの中には働いてる人たちもいるのに、非常識すぎるわ」群衆は口々に思い思いのことを話していた。そこへ、消防隊と警察が到着。消防車がビルの前に停まり、隊員たちはすぐに救助準備に取り掛かった。屋上では、直美が下に集まった群衆を見下ろしながら、狂気じみた笑みを浮かべていた。「終わりだ......全部終わった」彼女はつぶやき、そしてそのまま身を投げた。病院。とわこはレラを連れて、検査のために病院に来ていた。検査結果を待つ間、レラはとわこの腕の中で静かに眠っていた。とわこはマイクにメッセージを送り、病院まで来るように伝えた。メッセージを送ったあと、彼女はロビー前方の大型スクリーンを見上げた。スクリーンでは昼のニュースが流れていた。「ここで緊急速報です。大通りにある常盤グループのビルにて、自殺による飛び降り事件が発生し、周辺は深刻な渋滞となっております。ドライバーの皆様は迂回ルートをご利用ください。また、命を大切にしましょう」アナウンサーの声とともに、常盤グループのビルが映し出された。ビルの前はすでに警戒線が張られ、外側には野次馬、内側にはモザイク処理された遺体が見える。赤いドレスを着ていた直美の体は、モザイク越しにも真っ赤に見え、それはまるで血だまりのようだった。とわこの体は緊張で
とわこは呆然とした。「ママ、あのサクランボをもし私が食べてたら、私が死んでたの」レラは完全に崩れて、泣きじゃくった。とわこはすぐに娘をチャイルドシートから抱き上げて、胸にしっかりと抱きしめた。「泣かないで。今は無事なんだから!これからもずっと大丈夫よ!もう学校でご飯は食べなくていいから、ママが毎日ドライバーにお弁当を届けさせる!」レラは息もつけないほどに泣きながら訴えた。「ママ、キキは私の友達だった。私の隣で死んじゃったの、怖いよ、本当に怖かった」とわこの目にも涙が浮かび、感情が抑えきれず一緒に泣き出した。もしレラの言うとおり、キキがレラのサクランボを食べて死んだのだとしたら、毒を盛られたのはレラだったということになる。もしあの女の子がサクランボを食べていなければ、今日死んでいたのはレラだった。京都。一郎は数時間の点滴の後、ようやく目を覚ました。彼が目を開けると、奏が数歩離れた場所で電話をしているのが見えた。「そんな安楽死用の薬が、なぜ学校の食堂にあった?なぜ娘のフルーツボックスに入っていたんだ?説明できないなら、お前は校長を辞めろ」奏は激しい怒りに我を忘れ、病室であることも忘れていた。「奏」一郎は「安楽死」という言葉を耳にして、弱々しく口を開いた。「何があったんだ、レラに何かあったのか?」奏はその声を聞いてすぐに電話を切り、病床に駆け寄った。「体の具合はどうだ?レラの学校で事件が起きた。俺はすぐに戻らなきゃならない。一緒に戻るか?それともここで休んで、ボディーガードに送らせようか?」「レラの学校で何があった?」一郎はただ事ではないと直感し、身を起こした。「安楽死って言ってたよな?」「今日の昼、レラのデザートに、致死量の毒が混入されていた。医師の話では、あれは安楽死用の薬品らしい」奏の顔には怒りと苦しみが浮かんでいた。「直美が逃げた!俺は直美の仕業だと疑ってる!」一郎の顔が青ざめ、すぐに毛布をはね除けた。「疑うまでもない、直美だ!毒は僕が渡したんだ。あいつを苦しまずに逝かせるつもりだった、それが、俺を拉致しやがって、そしてレラに毒を! 許せない」奏は歯を食いしばった。「あの女、俺の手で必ず始末してやる!」「一緒に行く!」一郎は点滴を引き抜き、慌ててベッドを降りた。二人はすぐに病院を出て、
奏は一瞬、胸が締めつけられる感覚に襲われた。そしてすぐに厳しい声で言った。「とわこ!今すぐその場から動かないで!ボディーガードを向かわせるから、君とレラを迎えに行かせる!」彼女に言われるまで、彼は直美がA市に逃げてきた可能性をまったく考えていなかった。危険な場所こそが、もっとも安全だ。しかも直美は、ただ逃げ隠れるつもりではなく、死ぬ前に誰かを道連れにするつもりかもしれない!レラの学校で何があったのかは、まだはっきりとは分からない。だが先生が保護者に迎えを要請している時点で、非常に深刻な事態であることは間違いない。奏の言葉に、とわこの心臓が激しく脈打ち始めた。信号が変わり、青になった。学校に急いで向かっていた彼女は、止まっていられなかった。「私は大丈夫。もし直美が本当に私を狙っていたとしても、簡単には手出しできないはず」とわこは決意を込めて言った。「もうすぐレラの学校に着くところだから、先に迎えに行くわ」奏も娘のことが心配だったため、彼女の焦る気持ちは痛いほど分かっていた。「分かった。気をつけて」「うん」電話を切った後、とわこはアクセルを踏み込み、目的地に向かって車を走らせた。学校の正門前には、警察車両が数台と、救急車が一台停まっていた。とわこは車を道路脇に停めると、急いで車を降り、校門へと駆け寄った。「女の子が一人亡くなったらしい、一年生の」「どうやって亡くなったの?病気?それとも事故?」「さあ、学校からの連絡を待つしかないね。でも子供の心にトラウマが残ったらどうしよう。学校に行けなくなったら困るよ」「亡くなった子って、1年3組だったらしいよ。3組の保護者の方、何か事情知ってますか?」「私は3組じゃなくて隣の2組。3組でこんなことが起きたせいで、うちのクラスも休校よ。運が悪いわ。いつ通常に戻るんだか」「運が悪いなんて言える?本当に気の毒なのは、亡くなった子の家族でしょ」とわこはその会話を耳にして、全身が凍りつくように強張った。レラは、まさに1年3組だったのだ。亡くなった女の子がレラの友達だったかは分からない。だが、たとえ親しくなかったとしても、毎日顔を合わせる同級生だ。そんな子の死は、レラにとってどれだけの衝撃になるだろう。先生はレラをとわこに引き渡しながら、状況を説