奏は困ったような顔を浮かべながら、周囲に向けて言った。「彼女はお酒に弱くてね。一口でも飲めば、すぐに酔っちゃう。で、酔うと暴れ出すんだ。口も悪くなるし、テーブルだってひっくり返す。それでも構わないなら、一杯、飲ませようか?」彼の話に合わせて、とわこはすぐさまワイングラスを手に取った。「ちょっ、ちょっと待て!それはやめよう」誰かが慌てて声を張り上げた。「せっかく久しぶりに集まったんだ。酒の席が台無しになったら意味がない、とわこさん、グラスを置いてくれ」しぶしぶながらも、とわこはグラスを置いた。そのとき、ウェイターが料理の乗ったトレイを運び入れてきて、間もなくテーブルいっぱいのご馳走が並べられた。とわこは空腹でたまらなかったので、すぐに笑顔で声をかけた。「みなさん、料理がそろいました!遠慮せずに食べてね」そう言うと、すぐさま箸を取り、肉料理を頬張った。普段から贅沢三昧の彼らは、肉料理など食べ飽きていた。だからこそ、肉ばかりを選ぶとわこの様子が目について不快感を抱いたのだった。とくに彼らの女性の同伴者たちは普段あまり肉を食べないのだ。「とわこ、そんなに肉を食べて、太るの、怖くないのか?」と、ある男性がイラ立ちを込めて声をかけてきた。とわこは笑顔のまま、こう返した。「奏がね、私のこと痩せすぎって言うの。だからお肉を食べると、彼が喜ぶのよ」「でも、俺から見たら別に痩せてないけどな。君の体型なんて、ごく普通......」「あなたは私の旦那じゃないから、どう思われようが関係ない」彼をまっすぐに見つめて、とわこはさらに続けた。「それに、私は人にあれこれ言うオヤジ臭い男が一番嫌い。私は礼儀ってものを重んじてるから、嫌いなことでも黙って我慢してたの。でもそっちが先に口出ししてきたから、私も言わせてもらっただけ」この言葉で、奏以外のテーブルの男たちは全員、完全に敵に回った。場の空気は一気に重くなった。奏はそれを察し、グラスを手に立ち上がる。このまま険悪ムードで料理を無駄にするのは本意じゃない。「とわこはまだ若いし、世間のことをよく知らない。皆さん、広い心で受け止めてやってくれ。この一杯、彼女に代わって俺から。どうか水に流してくれ」彼はそう言って、グラスの酒を一気に飲み干した。ようやく男たちは少し笑顔を見せ、食事が始まった
しばらくすると、奏ととわこは、手をつないだまま階下へと降りてきた。彼らの指を絡めた手に、集まった全員が厳しい目を向ける。「外でご飯でも食べようか」奏が皆の前に立ち、穏やかに提案した。「今出れば、ちょうど店に着く頃だ」「いいね。でも彼女、その格好で行くのか?」誰かがとわこの服装を見て、遠慮のない一言を放った。「奏、お前、そんな格好で連れて行って恥ずかしくないのか?」奏はちらりととわこを見た。彼女はシンプルなパジャマ風のワンピースを着ていて、少しシワも寄っている。足元はフラットな室内履き。確かにカジュアルすぎる格好だが、彼の目には清潔感があり、爽やかにさえ映っていた。今ここには着替えも靴もないし、何より彼女は空腹だった。だからこそ、今は食事に行くのが最優先なのだ。奏はひと言も返さず、ただ彼女を一瞥しただけで、そのまま話題を受け流した。すると、とわこは、問題発言をした男の方へ目を向け、にっこりと微笑んだ。「無理して付き合っていただかなくて結構。私と一緒に食事するのが恥ずかしいという方は、来なくてもいいから」その場の空気が凍る。誰もが反論したそうな顔をしつつも、明確な言葉を返せない。なぜなら、彼女は裸なわけでもなく、服を着てることには変わりない。そして何より、奏本人が全く気にしていない。ならば、他人がとやかく言う筋合いはないのだ。とわこは皆が黙り込んだのを確認し、奏に笑顔を向けた。「行きましょ!お腹ぺこぺこ」まずは腹ごしらえしないと、口での戦いに勝てるエネルギーも出ないわ。一行は車でレストランへと移動した。ほどなくして店に到着した。人数が多かったため、奏は個室のバンケットルームを予約していた。女性連れの客も何人かいたため、男性テーブルと女性テーブルに分けようという提案が飛ぶ。そのタイミングで、ある男が奏を男テーブルへ引っ張っていった。それを見たとわこは、全く動じることなく、そのまま奏の隣へ当然のように着席した。「私たち、交際してから毎回一緒に座って食事してるの。これが愛の約束なんだ」と、とわこは満面の笑顔で他の男性たちのこわばった表情を見渡しながら続けた。「もし私が邪魔だって思うなら、そちらが隣のテーブルに移動してください」本当に「邪魔だ」と思っている者は多かった。でも奏の前でそんな
「お前、よくそんなの我慢できるな?それってめちゃくちゃ損してないか?お前って金あるし、女に困ることなんてないだろ?とわこなんか捨ててさ、他の女と子ども30人くらい作れよ。もちろん全員常盤って苗字でな」奏「......」とわこ「......」「そうだよ!お前、女を見る目どうなってんだ?あのとわこって女、全然礼儀を知らないじゃん。さっきだって俺らがいるの見ても、挨拶すらしなかった。完全に俺らのこと無視だよな」「本当、常識ないよ。傲慢な女なんだろうな。お前、よく我慢してるよ」「奏、とわこなんかやめてさ、俺らがもっといい女紹介してやるよ。結婚スケジュールにも響かないようにするからさ」「そうそう、うちの妹、ずっとお前のファンなんだよ。見た目はとわこより可愛いし、スタイルなんて最高だぜ!間違いなくお前を幸せにしてくれるって」奏は丁寧に断った。「とわことは長い付き合いだ。彼女以外、俺はいらない」階段の踊り場。しゃがみ込んでいたとわこは、その言葉をはっきりと耳にした。普通なら感動するところだろう。でも彼女の頭の中には、さっきの連中の下品で失礼極まりない言葉が繰り返されていた。礼儀がなってない?パジャマ姿で挨拶しに行ったら、それが礼儀っていうの?それに、「妹を紹介する」だの「新しい女にしろ」だの、ふざけるのもいい加減にしてほしい。彼女は奥歯をギリギリ噛みしめながら、立ち上がり、わざと大きな足音を立てて床を踏み鳴らした。そう、わざとだ。「私はさっきからずっとここで聞いてたのよ」って、やつらに思い知らせてやりたかったのだ。案の定、その音が聞こえた瞬間、リビングはシーンと静まり返った。全員が一斉に音のする階段の方へ目を向ける。やがて足音が消えると、みんなようやく視線を戻した。「え?さっきあの女、上に行ったよな?今の足音って誰だよ」「まさかこの家、とわこみたいに非常識な女がもう一人いるとか?」皮肉たっぷりの声が飛ぶ。「ま、少し休憩しよう。俺、様子見てくるよ」奏は笑いを堪えながら、ソファから立ち上がった。二階。とわこは奏のクローゼットで服を探す。昨晩、寝巻き姿のまま来たので、着替えを探していたのだ。確か以前はここに自分の服も置いていたはず。だが、探せど探せど、女性用の服は一枚も見つからない。
とわこはその場に固まってしまった。まさか今日、奏が家に客を招いているとは思ってもいなかった。というのも、奏は普段、自宅に客を招く習慣がない。それに、リビングにいた人たちは声をあまり上げておらず、彼女が階下に来るまで気配すら感じなかったのだ。数秒間、皆の視線が集中したのち、とわこの顔がパッと赤く染まった。彼女は慌ててくるりと背を向け、足早に階段を駆け上がった。下りてくるときはまるで羽のように軽やかだったのに、上っていくときは、ドンドンと雷のごとく大きな音を立てていた。リビングでは、皆が視線を元に戻した。「奏、あの女が君の結婚相手か?」「彼女、前に見たあの女じゃないか?あのとき、君を殺しかけたって話だったよな?」「どうりで見覚えあると思ったら、やっぱりあの女か!おいおい、奏、お前って案外一途なんだな」「まあまあ、彼女、奏の子どもを産んだんだろ?しかも三人も。一応、評価できるんじゃないか」「でもさ、奏って子ども嫌いだろ?」「ははっ、他人の子は嫌いでも、自分の子どもなら可愛いんじゃないか?」みんなが思い思いに口を開き、当事者の前で遠慮なく話していた。奏は少し顔を赤らめながらも、内心は静かだった。過去にどれだけ憎しみ合っていたとしても、今の彼ととわこは、すべてを水に流していた。二階。とわこはもう部屋の前まで来ていたが、ふいに脳裏に何かがひらめいた。その瞬間、足が止まる。彼女の頭に浮かんだのは、さっきリビングにいたあの男たちの顔だった。前に会ったことがある。以前、山林の別荘にいたとき、彼女は彼らのうち数人を見た覚えがあった。何人かは初対面だったが、間違いなく数人はそのときの顔ぶれだった。彼らがどうして突然、ここに現れたのだろうか?奏が招待したのだろうか?それとも勝手に来たのだろうか?奏と彼らの間に、何らかの関係があるのだろうか?とわこは直感的に思った。彼らはまともな人間ではない。実は、彼女が以前関わった患者の一人が、このグループの中にいたことがある。その患者は以前、羽鳥教授の診察を受けており、手術の際には彼女が教授のアシスタントを務めていた。彼女はその患者の大まかな素性を知っていた。アメリカのグレーゾーンで活動する商人だった。医者という立場上、患者が善人か悪人かで診療を拒否するわ
「とわこが言ってたんだ。彼女の患者に、窓辺に赤い物を置いてもらったって。だから、窓に赤い物がある家を見つけたら、俺がそこへ行って探す」マイクはそう言って、ポケットから一枚の写真を取り出した。「ほら、これがその患者の写真だ」子遠はその写真を見て、数秒後、驚いたように言った。「この顔、なんか見覚えあるな?」「ほらな、言うと思ったよ。結菜にちょっと似てるって思ったんだろ?」とマイクが笑って言った。「とわこが彼の治療を引き受けたのも、それが理由の一つなんだ」子遠は写真を受け取り、もう一度じっくり見た。「パッと見たら少し似てるけど、よく見ると、そうでもないな」「ま、とりあえず本人を見つけてからだな。あいつも不憫なやつだよ。家に閉じ込められて、自由もないんだ」マイクは眉をひそめた。「とわこは世話を焼きすぎるところがあるけど、俺はその性格、悪くないと思うよ」「自分の生活を犠牲にしてるわけじゃないし、できる範囲で善いことをするのは素晴らしいと思うよ」ある団地。哲也の妹が洗濯物を干していたとき、ふと空を見上げて叫んだ。「お兄ちゃん!外にドローンが飛んでるよ!」「ドローンくらい、珍しくもないだろ」「でも、すっごいゆっくり飛んでるの。何か探してるみたい。もうすぐこっちに来るよ」その声を聞いた哲也は眉をひそめ、大股で窓際へ向かった。空に浮かぶドローンを見た瞬間、彼の中で警報が鳴り響いた。すぐさま黒介の部屋へ向かい、勢いよくドアを開けると、黒介が窓際に立ち、外のドローンをじっと見つめながら、腕を大きく振っていた。哲也は息を飲み、すぐに黒介の元へ駆け寄って引き戻した。「そのドローン、お前を探してるんだろ。あれはとわこが送ってきたんだな?とわこの会社はドローンを作ってるだろ!なんでこんな場所にドローンが来るんだって思ってたけど、そうか、お前らグルだったのか」怒りに我を忘れた哲也は、黒介を床に突き飛ばした。そしてすぐに窓を閉めた。その際、窓の外に掛かっていた真っ赤なTシャツが目に入り、素早く窓を開けてTシャツを室内に戻した。「ははっ、お前、このバカが!俺に駆け引きしようなんて!最近やけに言うこと聞いてると思ったら、全部とわこが来るのを待ってたんだな!でも無駄だったな、間に合ってよかったぜ」そう言いながら、哲也は足を振り上げ
彼女は涙に濡れた目で首を激しく振った。「違うの......奏、あなたとは関係ないの......本当に、ただ悪夢を見ただけ」彼は焦って説明しようとする彼女の様子を見て、ゆっくりと頷いた。「じゃあ教えて。どんな夢を見たんだ?」彼女は深く息を吸い、乱れた感情を少しずつ落ち着けていった。「私たちの結婚式の日だった。教会に立っていて、周りは招待客でいっぱいで、すごく感動してたの。でもその時、教会の屋根が突然吹き飛んで、まぶしい光の中から、巨大な黒い怪物が現れたの。その怪物が、あなたに向かって大きな爪を伸ばしてきて、あなたを連れ去ったの......」彼女はそこまで話すと、喉が詰まったように再び涙をこぼした。奏は彼女の言葉を信じ、そして心の底から痛ましく思った。「とわこ、それはただの夢だ。現実じゃない。この世にそんな怪物なんているわけないよ。仮に本当に現れたとしても、俺がそいつを倒す。絶対に、連れ去られたりなんてしない」彼の顔がすぐ目の前にあるのを見て、とわこはほっと息を吐いた。「うん、あの夢があまりにリアルだったから、怖くて泣いちゃった。でも、今こうしてあなたがそばにいてくれて、すごく安心した」「君を抱きしめて寝るよ」そう言って彼は明かりを消し、とわこの隣に横たわると、長い腕で彼女を抱き寄せた。彼の温かくてなじみのある匂いに包まれ、とわこは胸の中に身を預ける。すると、少しずつ悲しみが薄れていった。今夜ここに来たのは、彼に会いたかっただけじゃない。和夫の件で、彼が動揺していないか確かめたかったのだ。もし奏が和夫のことで本当に困っていたら、どこかに必ず不安や緊張が見えたはず。でも、彼からはそういう気配がまったく感じられなかった。奏にとって、和夫の存在なんて大したことないってこと?とわこが深い眠りに落ちた頃、奏は目を閉じることができなかった。彼女の泣き声が、まだ耳に残っている。あの声は、あまりにも無力で、あまりにも寂しげだった。これは安心感の欠如?それとも、言えない悩みを抱えている証拠?彼はとわこの最近の生活を改めて思い返してみた。結婚式の準備には一切関わっていない。だから彼女は、会社に行く以外は、時々瞳と会って、あとは子どもと一緒に過ごしている。いや、違う......黒介がいる。とわこは言っていた。黒介は今日本にい