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第939話

Author: かんもく
彼女がボディーガードを呼ぼうとしたその瞬間、鋭く光るナイフの刃が、彼女の白く長い首筋にピタリと当てられた。

A市。

とわこは、以前に瞳に紹介した心理カウンセラーを訪ねていた。

だが、「瞳さんからは、一度も連絡がありませんでした」とそのカウンセラーは言った。

その後、とわこは車を運転して、瞳とよく行っていたショッピングモールやカフェ、猫カフェまで回った。

すでに2時間以上探し回っていたが、どこにも彼女の姿はない。

何度電話しても、相変わらず「電源が入っていません」のアナウンス。

メッセージを送っても、返信は一切なし。まるで、深い闇に吸い込まれたかのようだ。

瞳は、いったいどこに行ったの?どこに行けるというの?

とわこは車の中で呆然と前を見つめていた。もうどこを探せばいいのか、分からなかった。

そのとき、突然、スマホの着信音が鳴り響く。

心臓がドクンと跳ね上がる。

スマホを手に取り、画面を見ると、表示されていたのは、奏の名前。彼女はすぐさま電話に出た。

「とわこ、今すぐ家に戻ってくれ。瞳の居場所が分かった」

ピンと張り詰めていた緊張が、一気に緩む。と同時に、彼女は慌てて尋ねる。「瞳は無事なの!?どこで見つかったの?」

「隣町にいる。俺と裕之が、今から迎えに行く」奏の声は冷静だった。

彼は、彼女を安心させたかった。

だが同時に、それでは済まないと分かっていた。

なぜなら、隣町は直美の地元。信和株式会社の本社もそこにある。一方、隣町に瞳の親戚も友人もいない。なのに、彼女がわざわざ隣町へ行ったとなれば、考えられる理由はただひとつ。

直美に会いに行ったのだ。

A市で直美に会うだけでも危険なのに、彼女のホームグラウンドに乗り込んで行くなんて、まさに命知らずの行為だった。

「奏、瞳はどうなったの?正直に言って!」とわこの叫びは、もはや悲鳴だった。

直感で感じた。瞳は、ただ事ではない状況に巻き込まれている。奏が直接隣町に向かうなんて、普通のことではない。

「無事だ」奏は眉をひそめながらも、彼女をなだめようとする。「必ず、安全に連れて帰る。だから、家で待っててくれ」

とわこは、ようやく一息ついた。「嘘だったら許さないから!」

「そんなこと、しない」

奏の断言に、とわこはやっと安心する。

家へ戻ると、三浦がすでに昼食を用意して待ってい
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ウサコッツ
直美に復讐したいだけ 瞳が拘束されるなら 直美が刑務所行かないのはなぜ? 直美こそ死刑になるべき
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