Se connecter「……やぁ、めずらしいお客さんだね」あくまでも冷静に、静かに、感情を乗せないよう言ったつもりだろう。だが、俺にはわかる。斎藤がキスをしている俺たちを見て、何を思ったのか。「蔵之介に、桜がカフェを開いたって聞きましてね。……そして俺の子供を産んだとも」「そうですか。龍桜くんは桜さんが愛情深く育てているから心配ありませんよ。……僕もここへは日を置かずに来るようにしてますし」「日を置かずに?……それは、世話になりましたね」火花が見えるようなやり取りだ。初めて会った時の柔らかい印象を残しながら、3年という年月が斎藤を強くしたように感じる。それがもし、年月を重ねた強さだけではないとしたら、面白くない。……例えば、俺と別れて身重だった桜をここまで支えてきた自信、のような。「……これからはそんな気遣いは不要ですから」俺が桜を助け、龍桜を育てる。……当たり前のことだ。子供という強い繋がりを、桜は生み出す決意をしたのだから。「そう、ですか?」「ええ。斎藤さんが次にここへ来たら、俺がエプロンをして迎えるかもしれません」「エプロンって……」それがどういうことかは、わかったようだ。「桜、戸締まりをしっかりして、店の明かりは落とせよ」「あ、はい」窓のひとつひとつを確認してまわる俺に、龍桜を抱いた桜もそばに来た。戸締まりをチェックし終えると、斎藤がいるのも構わず店内の明かりを消す。「それじゃ、僕はこれで。桜ちゃん、龍桜……またね」「はい。……すみません、せっかく来てくれたのに」「いいんだ。じゃあ、いつものように」桜は頭を下げながら斎藤をドアの外に出し、鍵をかける。そしてすぐ隣の窓を覗くと斎藤の姿……窓越しに手を触り合って、斎藤はやっと背を向けた。安全のためなのだろうが、2人の様子が気に入らねぇ……「部屋の中は、来週見せてくれよ」「はい……待ってます」また、置いていかなければならない切なさよ……1人増えた愛しい存在を抱きしめ、俺は将暉と共に桜の住まいをあとにした。「佐竹が龍城の組長を締め上げて、その後どうしたらいいかって……」屋敷に戻ったとたん、麗香が走り寄ってくる。「傘下に入れるに決まってんだろ」「だって、勝手にそんな話をすすめられないでしょ?」麗香に腕を取られた瞬間、龍之介は立ち止まった。「麗香、話がある」「……なによ、帰
どんな風に思われるか不安はあるが、龍桜を隠すようなことはしたくない。「あの、良かったら……将暉さんも、」中へどうぞと言おうとした桜。遮って口を開いた龍之介からの、意外な言葉に驚いた。「桜……結婚、したのか?」「え……?」言ってから後悔したのか、龍之介は複雑そうな表情で下を向いた。「さっき、斎藤さんが子供を抱いて出てきたのを見た。……可愛い子だな、桜に似て」痛々しいほどの作り笑い。龍之介さんがこんな風にぎごちなく笑おうと頑張るなんて……意外だ。「だから、その……俺はもう、これで帰るわ」「……ちょっと待ってください!」行きかけた龍之介の腕を取った瞬間、桜の瞳に涙がにじむ。龍桜と会ってもらえるのが……たまらなく嬉しい。「中へどうぞ。将暉さんも一緒に」「いいのか……」「もちろんです。それと私、斎藤さんと結婚してません。誰ともしてません。でも……」話しながらグイグイ引っ張って、店内に招き入れると……待っていたように、龍桜がそこに立っていた。「……お母さんには、なりました」「お母さんって、」龍桜と桜を交互に見つめる龍之介。やがて……気づいた。「まさか……この子は、俺の?」「そうです。龍之介さんの息子です……名前は、キャ…っ!」大きな花束を抱えているというのに、龍之介は構わず桜を抱き上げる。その勢いで飛んでいった花束を、将暉がうまくキャッチした。「俺の子……俺の子か……!」唖然と見つめる龍桜も同時に抱き上げ、すくそばで2人を見た桜は思わず口元を両手で覆った。「やっぱり龍桜……似てる。目元が龍之介さんにそっくり……」「口元は桜か?……龍桜?ちょっと口をひん曲げてみな?」「ひま、げ?」よくわからないながら、口元をいじって曲げてみせる龍桜。「やっぱり…悪そうに笑うと俺に似てる!ちゃんと笑うと、桜にそっくりだ……!」ぎゅっと抱きしめる腕が、かすかに震えている気がする。……まさか、龍之介さんが泣いてる?見ると、将暉がこちらに背を向けていた。涙を拭っているように見えるのは、気のせいか。「……ひ、1人で、出産なんて、……不安だったろ?そばに、いてやれなくて……」「龍之介さん、」自分の胸に、龍之介の頭を抱く。胸元に吸い込まれる涙が、自分の中にたまるといいと思う。この人の悲しみは、自分が引き受けたい。「私は、1人で産む
「あ、ごめんね、今行くね!」龍桜の手を取り、店の中に戻った。……もしかしたら木の陰で、猫が子供でも産んでたりして。あとで物音がしたあたりを確認することにして、桜はカフェの仕事に戻った。「真理さん……お手伝いありがとうございます!ランチ、食べてください!」忙しい時間が一段落して、洗い物をしてくれている真理に声をかけた。「今日のランチも美味しそうだったね!煮込みハンバーグとチキンソテー、ミニサラダと煮物と……なんだっけコレ?」「自家製の切り干し大根です。めっちゃ和洋折衷なランチですけど、得意な料理が田舎っぽいものばかりで……」「そこがいいんだと思う……手作りパンも美味しいけど、炊き込みご飯とかサイコーだもん!」「今度はピザにも挑戦するので……また味を確かめに来てくださいね?!」少しだけ寂しそうな表情になった真理は、この後仕事で海外に行くことになっている。「帰国はいつ頃になるのか、わからないんですか?」「うん、決めてないの。……私がいなくなったら、無理のない範囲で斎藤さんの活動を応援してあげて?」「はい。お世話になってるし、それはもちろん」キッチンの奥に作った休憩スペースで、龍桜はそろそろサンドイッチを食べ終えようとしている。同じテーブルに、真理のランチをセットした。「でも、蔵之介さんのことは……いいんですか?」「いっぱい、考えたんだけどね……」何か言いたいことがありそうで、桜はじっと真理を見つめ、次の言葉を待った。するとドアが開き、カラン…と鈴を鳴らす。「あ……斎藤さん!いらっしゃいませ」「こんにちは!駅前のスーパーに龍桜が好きなキャラクターが来てるよ?」「……え?」驚く桜の後ろから、素早く姿を見せる龍桜。斎藤を見て、その小さな手を伸ばした。「ちょっと連れてっていい?」「はい、ご迷惑じゃなければ……」斎藤は慣れた様子で龍桜を抱き上げ、一緒になって「ヤッターっ!」と言いながら、外へ出て行った。「……斎藤さん、大真面目だなぁ」ランチを頬張りながら、真理が言う。「何がですか……」「またっ!桜ちゃんもわかってるくせに!」「私は、まだ全然……」龍之介さんを忘れられない。「それより、真理さんはどうなんですか?蔵之介さんのこと置いて海外に無期限で行っちゃうなんて、ショックで寝込んでるんじゃないですか?」「……蔵之介な
蔵之介が、屋敷を出て1週間が過ぎた。「かしら、龍城の組長を佐竹が仕留めました」「そうか。きっちりカタをつけさせろ」「方法は?」「お前の……志田川のやり方でいい」返事をする前に、わずかに嫌味な視線を向けられたことに気づいた。この3年、ずっとこんな調子だ。頭を下げて出ていく組員を見送って、俺は西龍会組長の部屋へ向かう。「お呼びですか……」「蔵之介はどこへ行った?最近姿を見ないが」思ったより早い追求に、西龍会の崩壊が進んでいることを物語っていると感じる。「……破門にしました」「なに?」「女ばっかり追いかけて……使いものにならねぇんで。俺の判断です。どうかご承知ください」組長は唇の端を上につり上げ、龍之介を見た。……どうやら、笑顔を作ったつもりらしい。「龍之介、お前逃げるつもりだな?」「ご想像にお任せしますよ」父親を真似るように唇を歪め、厳しい視線を送り返した。……横にいる母親が何か言おうとしているのがわかる。……が、その前に、言いたいことを全部言わせてもらおう。この機会に。「楓卿組を手中におさめ、龍城の息の根も、間もなく止まります。傘下に収めるはずですよ?……志田川の強者どもが」「お前、それでいいのか」「西龍会と志田川が俺と麗香の結婚を機に手を組んで……3年間死ぬ気で働きました。関東最強と言われた頃を守ろうとして。けどわかったんですよ。そもそもこの結婚が、あんたに仕組まれたものだったと」ふとそらされた視線が、そのとおりだと伝えていることに気づいていないようだ。「若い頃の、色恋沙汰が原因だ。母さん、そうだろ?」母親が、下を向いた。「麗香が知ってました。子供の頃、何度か妖しい場面を目にしたらしいですよ?……もしかして組長、志田川の姐さんを、」「やめろ」「あぁ、やめますよ。確証のない想像の話だ。だが……そんなことが原因で志田川との協力関係が崩れて、それをもとに戻すために俺が使われたとなると、あんまり面白い話じゃねぇんですわ」志田川と手を組んで、奥に引っ込むようになった父親。西龍会の方が規模が大きいはずなのに、どうしてなのか……いつか麗香に聞いて納得した。「要するにここは、志田川にもらわれた組だ。ついでに俺たち兄弟が傘下に入って、俺の血を引いた子供が生まれたら……それで過去の自分の罪はチャラになる。そういうことでしょう?
「……待って、蔵之介」ドアを出ていこうとした俺を、麗香が引き止めた。「なんだよ」「今、また1人女が人生狂わされたって言ったけど……どういう意味?」「お前には関係ねぇことだ」正面に立ってきっぱり言う俺に、さすがの麗香も二の句が継げない。「まぁせいぜい幸せにやれよ。俺は明日から別のところで寝泊まりすっから……酔いが覚めるようなことがあれば、伝えとけ」嫌味を含む言い方……体を曲げ、咳をする龍之介を見下ろして言った俺に、麗香はもう何も言わなかった。翌朝、必要なものをスーツケースに詰め、簡単に部屋の掃除をした。子供の頃は、2階に自分の部屋があった……ここは組の仕事に入り、忙しくなって使うようになった部屋。「いろんな女を連れ込んだわな」時には百合を引き入れて、思いのまま抱きしめた事もあった……たが、もうそういうのはいい。これからは大人の男として、責任ある人生を送りたい。桜を見て、そう思うようになった。「出ていくってことは、蔵之介、お前……うちを捨てる気か?」ドアを開けると……昨夜の酔った姿が嘘のように、龍之介が厳しいまなざしを向け、腕組みをして立っていた。……まぁ、予想していたことだ。簡単に組を抜けるなどできるはずはない。しかも俺はこの家の血を引いた人間だ。「わかってる。抜けるなら、それなりの処分があるって言いたいんだろ?改めて組長には……」「いらねぇよ。挨拶も仁義も何もいらねぇ。お前は今すぐここを出て、2度と帰ってくるな」「……龍之介、」初めて見るまなざしに、蔵之介は少し戸惑った。どうしてそんな目をするんだ?まるで、生きて会えるのは今日が最後だと、覚悟しているような目……「そのかわり、西龍会のことは全部俺に任せろ。組長と母親の事もだ。今後一切、お前には相談なく俺の判断でやっていく。その結果に対して、文句を言うことは許さない」ゴクリと唾を飲み込んだ。龍之介から、強い覚悟を感じる。しかも、決して明るくない覚悟。こんな家業を継いでいれば、明日どころか……一歩外へ出た瞬間の命さえ保証されない。昨夜の酔った姿が目に浮かぶ。もしかしたら龍之介もこの3年、もがいて苦しんで、やっと生きていたのかもしれない。「龍之介、話しておきたい事がある」もう会えないなんて思わないが……それでも今言わなければいけない気がした。「桜のことだ
「……どこ行ってた」「あ?どこだっていいだろ。……オカンか?」「下に示しがつかねぇだろ。龍城の若頭を追い込んでる最中だぞ」……タイミングが悪かった。玄関を開けた正面に、通りかった龍之介がいて、目が合って睨みつけられる。桜の親友の結婚式、そしてカフェウェディングとやらに参加しての帰り……夢を叶えた桜に会えて嬉しかったのに、すべて消し去る景気の悪い龍之介の顔。出かけたことを知っていても、部屋に入ってしまえば、わざわざノックしてまで文句を言うことはないのに。……ほんと、タイミング悪っ!「楓卿組を傘下にしたろ?それでもういいんじゃねぇの?」「アホが……それをやったのは志田川の奴らだ。俺の下はお前だぞ?龍城くらい取ってこなくてどうすんだ」「……若頭がこんなんじゃな?やる気も起きねぇって話だ」「何だと?……」近寄る龍之介から、酒の匂いがプンプンする。落ちくぼんだ目に生気はないし、無精ひげもそのままだ。「俺は、全体を見て指揮をとってる。……補佐が偉そうな口を叩くな」酒瓶を手に入っていくのは、夫婦の部屋だった場所とは別の部屋。俺は苦々しい思いでその後ろ姿を見送った。多分もう、西龍会はダメだ。協力関係を結んだ志田川組が、思いのほか力を持っていた。それに加え、坂上を取り逃がして組員を1人失ったうえ、龍之介が結婚後すぐに別の女のもとに行ったことが引き金になって、志田川が西龍会を舐めるようになった。しばらくは睨みを利かせていた龍之介だったが、麗香との関係も冷えていくはかりで、ついにはあの調子だ。それなのに……麗香は最近機嫌がいい。おかしな夫婦だと思う。ハッキリ言って歪んでいる。そんな屋敷の空気に耐えられなくなって、俺はあることを決断しつつあった。それは、この屋敷から出ていくこと。そして……西龍会を捨て、1人で生きていくことだ。けれど……桜の話を聞いて、そうもいかなくなった。あの男を救う鍵は……やはり桜が握っている。それも、きっと一瞬で生き返るほどの存在がいるんだ。どんな顔をするか、見ものだな。組織の中では上下関係があるとはいえ、そこはやはり血を分けた兄弟。落ちぶれていく兄貴を救うことができるなら、どんな事でもしてやる。龍之介が消えた部屋のドアに手をかけた時だ。夫婦の部屋から突然、麗香が出てきた。「蔵之介!今帰ったの?」「そう