LOGIN「何しやがんだぁ…っっ!」和哉が足元に広がる血に気づき、ナイフを奪って父親に振りかざす。龍之介は組長の胸ぐらをつかみ、そのこめかみに銃口を当てた。「……悪いことは言わねぇ。坂上を出せ」「そ、それは……」さすがにチャカが出てくるとは思わなかったのだろう。組長は途端にブルブルと震え出した。……それもそのはずだ。俺に拳銃を持たせれば躊躇なく撃ち、しかも急所は絶対に外さず、確実に命を取るから。「……少し急所をはずやしてやろうか、その方がずっと苦しむもんなぁ」こめかみの銃口をわざとチラチラ動かしてやれば、男たちも手出しできずに固まった。「……い、今はうちで仕切ってる店を転々としてる。か、帰らない時もあるが、来たらすぐに……すぐに、連絡する」気づけば組長のデスクと足元には、血溜まりが出来ている。龍之介はデスクの血溜まりに自分の手のひらをバンッとついて、組長を見上げた。「……あの男を俺に差し出すだけだ。簡単だよな?」裏切ったらその報復に来るということ。龍之介の血が飛び散って汚れた顔を何度も縦に振り、組長は後ずさった。「仕留めなかったのか」車に乗ってから和哉に尋ねた。「はい。あんな状態じゃ、すぐにその辺に捨てられるでしょう。どのみち命は終わります」震え上がる組長を尻目に、事務所を出ようとして、自分と同じように足を刺された父親が悶え苦しんでいるのを見た。「なるほど、いい判断だな」坂上の行方がわからなかったのが心残りだが……刺された手のひらと太ももをきつく布で巻かれ、龍之介と男たちは屋敷に帰宅した。「……龍之介っ!!」屋敷に入ったとたん、飛び出してきたのは麗香。「怪我……刺されたの?ねぇ、手のひらって……どういう状態?!」「あぁ……たいしたことねぇよ」血に染まった布を見て心配してくれるのはありがたいが……俺の目は先に、桜の姿を探してしまう。「……龍之介さん、おかえりなさいませ」玄関の正面にある大きな階段。その踊り場に現れた桜に、近づこうと歩みを進めようとして……「だめよ龍之介。動いたら、傷に触るわ」妙にキッパリと、怪我をしていない方の腕を引っ張る麗香。「……うるせぇよ」力任せに腕を引く俺に、燃えるような目を向けてきた。こいつは本当に、いつからこんな女になったんだ……「和哉、肩を貸せ」やり取りを階段で見ている桜に、支え
「楓卿組に行くと……?」「はい。和哉と、何人か連れて行くんで、よろしくお願いします」「自分で仕留める気か?」「……もし、かくまっているようであれば、必ず吐かせます」組長の部屋を出ると、すでに声をかけた何人かが揃っている。「……龍之介、」玄関を出ていこうとした俺を、母親が呼び止めた。「1人で、行くのね」「はい。後のことは、蔵之介に」突然訪ねていけば、奇襲攻撃と取られる可能性がある。そうなれば最悪乱闘になり……命を落とす事も想定しなければならない。蔵之介を連れて行かないのは、2人で死ぬわけにいかないからだ。「そこまでして……あんた、」「……けじめ、つけさせてください」昨夜、部屋を訪れたとき、桜は眠っていた。最近、強い意志をのぞかせるまなざしは静かに閉じられ、寝顔は少し幼く感じる。こんな風に、安心して眠れる環境を守ってやりたい。手放さなければならないなら、今やらなければ。決意は強く、深い愛情の証。すべらかな頬に口づけ、俺は部屋を出た。賑やかな繁華街の裏通りに、楓卿組が事務所を構える物件がある。……ちょうどスーツを着たいかつい男が建物から出てきたので、行く手を塞ぐように後部座席のドアを勢いよく開けた。「……西龍会のもんだ。組長さんはいるかい?」「は?……あんた、若頭の……」「西門龍之介だ」車から降りて男の目の前に立つと、意外と背の小さい男だったようだ。「……組長につないでくれよ」頭をそっと撫でてやると、さすがに機嫌を悪くしたらしく、男は乱暴に手を振り払い、来た道を戻っていく。どうやら素直に案内するつもりらしい。「わりぃな。……お使いの途中だったんじゃねぇの?」「うるせぇっ!黙ってついてこいや」階段で3階まで上がらされ、何の変哲もないドアを開ける。「……おい、」中は思ったより広く、正面に立つ男が焦ったように近づいてくるが、雑魚に用はない。部屋の中に視線を巡らせるのは、坂上と桜の父親の痕跡をさぐるため。……何も見つけられないまま奥へと入っていく。「……こりゃ、とんで火に入る夏の虫だなぁ」俺の顔を見て、愉快そうに言う中年の男が、楓卿組組長、吉野忠雄だ。「夏の虫でも何でもいいや。……おたくのお抱え弁護士ってのは、坂上聡太って先生で間違いねぇか?」「……何を聞きに来たと思えば」タバコを咥え、火をつけてもらう組長
自分の中に巣食う女という性に、最近の私は恐れおののいている……桜が坂上に怪我をさせられたのは、自分に責任がないわけじゃないのに…見たこと無いような優しい表情を浮かべて、毎日飽きもせず桜を見舞う龍之介を見ていたら、意地悪したくなった。『お花、気付いた?』彼女を見舞おうと思ったのは本当。直前まで、励ますような明るい色のフラワーアレンジメントを頼もうと思っていた。なのに直前になって、私が選んだのは、鉢植えのミニバラ。「はい。麗香さんが持ってきてくれたんですね?ありがとうございます。……すごく綺麗です」『よかった!枕元に飾ってね』育った環境が複雑だから、鉢植えの花が見舞いには不適切だと知らないのかと思った。でも多分、桜は知っている。理由は、お礼を言った後についた、静かなため息。送ったこちらの不手際を決して感じさせないようにしているとわかった。そういう気遣いができるところが、きっと龍之介は好きなんだろう。そう思ったら、意地悪な言葉が、矢継ぎ早に私の口から放たれた。避けもせず、矢に打たれる桜。携帯越しにも想像てきる。その姿はさぞ……美しいのだろうと。「龍之介、戻ったの?」「……あぁ」それから、龍之介が部屋に戻るのは確実に早くなった。……けれどそれだけ。結婚式の話はもちろん、櫻川の事も、何も聞いてくれない。おかえりもおやすみもなく、龍之介は部屋に入って鍵を閉める……そして出かける瞬間まで彼は出てこない。それぞれの部屋の間にある広いリビングはどんどん冷え切って、使わないキッチンはホコリをかぶり、やがて錆びついていくのだ。私と、龍之介の関係もきっと……結婚したって何も変わらない。いや、もっと冷たくなるかもしれない。桜の気配が消えた屋敷で、龍之介は悲しみを秘めながら、しがらみを切る策を練るんだ。そんなしがらみの中心は私。子供の頃からの思い出や繋がりも容赦なく切り刻まれる。……そして捨てられる。そんな未来を選ぶなんて……私は、狂っているのかもしれない。「……龍之介、起きてたの」翌日、櫻川から帰ってみると、珍しく明かりが灯るリビングに驚いた。「あぁ、風呂入ってからでいいから、ちょっといいか?」「あ……うん、もちろん」まさか……龍之介の瞳の奥に、感じたことのない炎が灯って見えた気がする。それがどういうことを意味するのか、私だっ
「俺も、お前に待っていてくれとは言わねぇよ」怪我をしていない方の腕を押さえ、胸元のタオルをそっと滑らせながら、龍之介が言う。「桜は自由だ。俺と会えなくなって……お前にどんな出会いがあるかわからねぇ。本音を言えばそんな時出会いはぶっ潰したいが、そういうわけにはいかねぇよな」「そう……ですね」「ハッキリ言うねぇ……」龍之介はわずかに目を見開き、イタズラっぽい微笑を浮かべた。そして少しだけ機嫌を損ねたのか、胸先をつまむようにして、タオルを外した。瞬間、柔い刺激に身をよじる。「ちょ…っと!なにするんですか?」「ふん、肯定されると気に入らねぇや」子供みたいな表情を見せる龍之介に、桜も子供っぽい笑顔を返した。本音では……決して望んでやしない。龍之介と会えなくなること、そして新しい出会いなんてものも。言葉が途切れ、龍之介は自然と桜から目をそらした。桜はその隙に、拭いてもらった胸元に下着をつける。「……ただし、忘れんなよ」Tシャツを手に取った桜から、自然とそれを奪い取り、着せながら続ける。「俺はしつこいぞ。それに一途で、惚れた女にはめっぽう弱い」「はい。それは……わかる気がします」百合さんと同じように、私も愛されたということだろうか。……だとしたら、とても嬉しい。「桜……」目を伏せた思いが伝わったかのように、龍之介は桜の両頬に手を当てる。「俺の最愛は……お前だ」真剣なまなざしが、これ以上ない愛を伝えてくれる。その深く強い思いに触れ、桜の目元は呆気なく涙で濡れた。「もう一度……お前の人生の中に俺が現れたら、考えてくれるか。一緒に、生きていくかどうかを」運命を引き受け、私を手放す覚悟をしたという……これは、別れの言葉なのかもしれない。「はい。……会えなくなっても、私の愛は消えません。だって……」泣いてはいけないと思うのに、どうしても溢れる涙を止められない。気を緩めれば、嗚咽に変わってしまう、号泣してしまう……その前にどうしても伝えたい。「だって、あなたに代わる人はいないもの……」桜…、と低い声で名前を呼ぶ声が、揺れているように聞こえた。怪我を気遣って、優しく抱き寄せる腕の中は、どうしょうもなく安心するのに。私たちの時間は、間もなく終わるのだと……実感した。『また怪我をしたって聞いたわ。大したことはないみたいだけど、どうか
「出血は派手だが、何針か縫って、化膿止め飲んどきゃ大丈夫だろ」「……容態急変、なんてことはねぇだろうな、ヤブ医者」「はっ、今まで1回でもそんなミスをしたことがあったか?」冗談はおととい言え、と、桜にはよくわからない捨て台詞を吐いて、医者は部屋から出ていった。「……おいこら、待てや、」2人きりになり、瞬間的に龍之介と目が合うと、見る見る間に頬を染めた龍之介が医者を追ってゆく。なぜ赤面……?まさか私と2人きりになって照れくさいとか?消毒薬の匂いが漂う部屋に残されて、桜も頬を染めて、ベッドに横になろうと体をずらした。……が、処置の後でうまく横になれない。「……あ、大丈夫かよ」ノックもなく蔵之介が入ってきて驚いた。文句を言う間もなく手を貸してくれたので、甘えてしまうことにする。「あの……坂上さんの行方はわかったんですか?」切りつけられた時、坂上の声だったことは伝えてある。「あぁ。潜伏先を次々に変えてるらしくてな、探り当てた時には移動した後、ってのを繰り返してて、今回も同じなんだよな」「……それでもそろそろ、八方塞がりのはずだ」同じく、ノックもせず龍之介が入ってきて言う。「追い詰められてるのを感じるからこそ、蔵之介がいるにも関わらず、桜に接触したってことだろうよ」「……まぁ、俺もそう考えてたけど。……って、なんだよ?!」桜のベッドに寄り添うように座る蔵之介を蹴散らかし、代わりにそばに座る龍之介。「だからあのマンションは危険だ。怪我のこともあるし、桜はここに戻ってこい」「……はい」素直に言うことを聞くと思っていなかった龍之介は、やや面食らいながらも、怪我をしていない方の手を取る。「坂上は、松白屋の専務がやってるボランティア活動の顧問弁護士も引き受けていた。うちみたいな家業とボランティア活動って、言うなれば真逆の団体だ。なのに言われるまま顧問弁護士を引き受けていたということは……」「それは……」「金だな。弁護士としての仕事をまっとうしようとする前に、積まれた金が欲しいって思いが強いんじゃねぇか」まぁ、奴の背景は知らんが……と言いながら、龍之介の大きな手が頭からするりと頬までを撫でていく。「今や桜は、奴らにとって高額な金と同様だ。……いろいろあって屋敷から出て行けなんて言ったが、ごめんな、やっぱり桜はここにいてくれ」「こちらこ
「あの……大丈夫ですか?」携帯を切った蔵之介がわずかに緊張して見える。目深に被ったキャップの下の目元を、桜はそっとのぞいた。「あぁ、大丈夫だ。で、どうするか?ポップコーンでも買うか?」「え、映画館って、食べ物を持ち込んでもいいんですか?」「……ったり前じゃん。まさか映画観るの初めて?」映画館に来たのは初めてだ。そんなところに連れて行ってもらうような父娘関係じゃなかったし、母がいる頃から金銭的に困窮していて、映画館など夢のまた夢だった。「……田舎、だったので」カッコつけたわけではないが、実際育った町に映画館などなかったことを思い出した。「……そっか」言葉短く答える桜の背景を感じ取った龍之介。子供にするように頭に手を置いて、腰をかがめて目線を合わせる。「そんじゃ、ポップコーンとコーラを買ってやるから、映画観ながら食べようか」「あの、飲み物はお茶がいいです」「なんだよー!子供扱いするなってか?顔赤くして……クソ可愛いな」蔵之介は1人機嫌を良くして桜を引っ張って売店へ向かう。大きなスクリーンで映画を観ながらお菓子を食べられるなんて……桜の頬は嬉しさで緩んだ。「……はぁ、やべーほど怖かったぜ」てっきり推理ものだと思って選んだ映画は、立派なホラーだった。「確かに、見応えありましたね……!」ついクスクス笑ったのは、蔵之介がホラーシーンを大げさなほど怖がって、ポップコーンをこぼすほどビクビクしたから。組員たちに睨みを利かせている人とは思えない……!映画館のロビーは、上映が始まるのを待つ人と、見終わって余韻に浸る人とで賑わっていた。「どっか寄ってくにしても……一旦車に戻るか」駐車場に向かう蔵之介。人混みの中、その背中を見失わないようじっと見つめていたので、自分に伸びてくる手に気づくのが遅れた。「……ちょっと静かにしてて」聞き覚えのある声が間近で聞こえ、驚きでヒュッと締まる喉……とっさ蔵之介を呼べなかった。両腕を背後でまとめられ、肌に触れる冷たい金属を感じる。そのまま後ろに下がりながら、人のいない場所へと引っ張られた。……恐怖で声が出ない。ただ、蔵之介の背中から視線をそらさないように……「大丈夫?……あれ、桜ちゃん?」背後の桜に手を差し出した蔵之介が異変に気付いた。あちこち目線を彷徨わせているのを見て、カラカラに乾いた喉を
何の疑いもなく、黒い車に近づく桜。ボンネットの前に立ち、正面からフロントガラスを見た。…途端に笑顔になる。後部座席を示され、乗り込んだ途端走り出した。「…お久しぶりです。あの、前に屋敷に来られた時…動揺しててろくに挨拶もできなくて、すいませんでした」「いえ…そんなことはまったく、気にしないでください」車は信号に引っかかることなくスムーズに進む。和哉はさらに申し訳なさそうに言った。「遠くないホテルなんですけど…万が一を考えて、少し遠回りします」高速道路に乗り、速度を上げていく車。「2つ目のインターを降りて、引き返しますね」チラチラバックミラーを見るのは、桜の様子を伺うためで
「わかったよ。…何が言いたいの?」自分が職を失っても、美紀のために…と言う桜に、少し心を動かされたらしい昭仁。ようやく聞く耳を持ったようだ。「まず、冷たい言い方と小難しい言い方はやめてください。…バカにされているようで、やる気をなくします」「…冷たく言ったつもりはなかったけど。まぁ、わかった」「それぞれの役割があることはわかっていますが、できるだけ助け合う気持ちを持ってほしいと思います。重い瓶のお酒は一緒に出してもらうとか…その代わり店内のポップは美紀ちゃんが作ってくれるし、事務作業も彼女ならわかってます」熱弁を振るう桜に、昭仁は先ほどまでとは違う笑顔をこぼす。「…もう桜さん
「…え…ッ?!」美紀の言葉がショック過ぎて、思わずスプーンを取り落とした桜。麗香が拾ってくれて、スタッフに替えをお願いしてくれた。「…驚かせてごめんね。でもあの…まだ決まったわけじゃなくて」「それでも辞めることになるかもなんて…普通じゃないよ。昭仁さんと何かあったの?」麗香には話が通じにくいだろうと、昭仁さんの正体と、これまでの経緯をざっくり話して聞かせた。「私はちょっと前から、昭仁さんって美紀ちゃんのこと好きなのかなぁって思ってた」「…そ、そうなの??」心底驚いたように言う美紀の顔が、みるみる赤くなっていく。…これはどういう感情だろう。美紀の言葉を待った。「私…ついこの間
黒いワイシャツのボタンをひとつ、ふたつ…震える手で外していく。頬にキスをしながら「…まだ?」と問いかける龍之介。答えられずにいると、お仕置きのように熱い唇は首筋に移っていく…「震えてるな…寒いか?」「き、緊張しちゃって」やっとボタンをすべて外して…筋肉で形作られた胸をあらわにして…「…やっぱり、ダメ…龍之介さん」しっかり巻かれた包帯は、胸全体をきつく守っているように見える。「痛々しくて、萎えた?」「そんなんじゃ、ない。今はまだ…ダメ。怪我を、早く直してください」再び…やっと外したボタンをひとつずつかけながら…もうひとつの、見てはいけなかったものにそっと視線をやる。左の胸、







