공유

序章 第1話 運命の出逢い

작가: 輪廻
last update 최신 업데이트: 2025-05-06 16:13:31

黒衣に身を包んだ神秘的な少女が、村の入り口に姿を現すと、人々は一斉に奇異の眼差しを少女へと向けた。

来訪者など殆どない寒村──そこに突然現れた、巨大な黒い狼を伴った異邦からの幼き旅人。村人たちが警戒するのは致し方のないことではあった。

少女は目深に被っていたフードを取ると、近くで馬の世話をしていた男に声を掛けた。

「あの──」

「…………」

「少し、お尋ねしたいことがあるのですが──」

「…………」

男は心底嫌そうな顔をすると、そそくさと家の中へと入ってゆく。言葉の訛りや外見から、少女が異教徒だと分かったらしい。尤も外見に関しては、同じ異教徒の中にあっても極めて稀有な見た目ではあったが。

男が家の中へと入っていったのを皮切りに、他の村人たちも一斉に少女から目を逸らし、我も我もと家の中に入ってゆく。

──"聖教徒にあらずんば、人にあらず"。

天空の神ソルを信仰する、巨大宗教勢力"聖教会"の教えだ。この村の人間たちはどうやら皆、敬虔なる聖教徒であるらしい。大地の女神シェオルを信仰する巨大な帝国ハルモニアからやって来た少女は、彼らからすれば正に不倶戴天の敵でしかないのだろう。

そもそも、聖教会の定める教義によると、異教徒は人間として扱われない。聖教徒からすれば、彼らは獣畜生と何ら変わらない存在である。人は獣畜生と言葉を交わさない。それはそのまま、少女のような異教徒相手にも適用されていたのである。

「困ったね……どうしたものかな、マルコシアス」

無表情のまま、少女は顎に人差し指を軽く当てながら、傍らに控える黒い狼──マルコシアスに語り掛ける。

「──"村全体から腐敗臭がする"? どうだろう……気の所為だと言いたいところだけど、君の勘は大概当たるからね」

今宵は新月──少女にとって最も危険な夜。可能ならば人のいる安全な場所で休みたかったが、村人たちの反応から察するに、どうやらそれは無理そうだ。

自殺行為に等しいが、魔族や堕罪者が跋扈する荒野で夜を明かすしかない。

少女が諦めて踵を返そうとした、その時だった。

「おやおや──こんな寂れた場所に旅人さんかい?」

若い男の声が、耳に届く。振り向くと、村の外から一人の青年が、悠然とした動きでこちらへと向かってくるのが見えた。

「ほぅ……これは驚いた。まさか、こんな可愛らしいお嬢さんが旅をしているとはね」

「こんなご時世だからね。旅にも出たくなるよ」

「ははっ──違いないね」

遠方にて蜃気楼の如く揺らめく崩壊の砂時計を見ながら、青年は声を上げて笑う。

「それで、お兄さんは何で私に声を掛けたわけ? 訛りで異教徒だって分かるでしょう?」

「宿を取りたいんだろう?」

「そうだね。古傷が痛むから、出来ればそうしたいところ」

淡々とした口調で青年の言葉に同意しながら、少女は自分の左胸にそっと手を当てる。

「恋の痛みか?」

「そんなロマンチックなものじゃないね」

青年のジョークに対しても、少女の反応は冷ややかである。軽い気持ちで冗談を言ったことを後悔したのか、青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、

「……村の奥、小高い丘の上に、俺も世話になってる教会がある。建物自体が古いんで、お世辞にも快適とは言い難いが。そこの責任者をしている修道女(シスター)なら、快く受け入れてくれるはずだ」

「その言葉を、信ずるに値するものは?」

「ない。だから、裏切られたと思ったら遠慮なく俺の首を刎ねてくれて構わない」

「……だって。どうしたものかな、マルコシアス」

少女がマルコシアスに尋ねると、マルコシアスは尻尾を振りながら少女を見つめ返した。

「"少なくとも嘘は言ってない"──なるほど、彼を信用しても良いってことだね」

少女はマルコシアスの頭を優しく撫でると、青年の方へと向き直りながら、

「お言葉に甘えて、暫くの間お世話になろうかな。ええと……」

「──シェイドだ。今はこの村で、自警団の真似事をやってる」

「そう。私はセラフィナ……··は相棒のマルコシアス。宜しくね、シェイド」

「ああ──こちらこそ」

セラフィナが差し出した小さな手を、シェイドはそっと握り返した。その手は華奢で、少しでも力を加えたら壊れてしまいそうな──そんな儚さを、彼女の手から否応なしに感じさせられた。

「それじゃあ──案内を、お願いしてもいいかな?」

「あぁ──お任せあれ」

小高い丘の上に聳え立つ教会へと向かう二人と一匹──家々の窓や扉の陰から、村人たちが血走った目で彼らの後ろ姿をじっと見つめていた。

セラフィナたちが教会の中に入ると、聖教会の修道服を身に纏った二十代半ばと思われる女性が、柔和な笑みを浮かべながら出迎えた。

「戻ったよ、シスター」

「お帰りなさい、シェイドさん──あら、そちらのお嬢さんは?」

シスターが尋ねると、シェイドが答えるより前にセラフィナが動いた。

「初めまして、シスター。ハルモニア帝国、グノーシス辺境伯領より参りました。旅人のセラフィナ・フォン・グノーシスと申します」

スカートの裾を軽くつまみ、白いストッキングに包まれた細い両脚を優雅に交差させながら、セラフィナは恭しく頭を下げる。

「あら、これはご丁寧にどうも……ふふっ」

「……どうか、なさいましたか?」

「いえ……随分と、綺麗で可愛らしい旅人さんだなと思って。まるで、お人形さんみたいな……」

口元を手で隠しながら、シスターはころころと鈴の音のような声で笑う。

「立ち話も何ですし……どうぞ、こちらへ」

シスターはセラフィナの手を取ると、礼拝堂の奥にある院長室へと彼女を招き入れた。必要最低限のものしか備わっておらず、一言で言い表すならば"清貧"という言葉が良く似合う、やや殺風景な部屋であった。

「それで──このような寂れた場所に、セラフィナさんはどのようなご用件があって参られたのですか?」

来客用のソファーにセラフィナを座らせると、対面のソファーに腰掛けながら、シスターは穏やかな声音で彼女に問い掛けた。

「いえ、特には……昔の古傷が痛むので、宿を取って暫し休もうと思いまして。異邦からやって来た異教徒の言うことですから、俄(にわか)には信じて頂けないでしょうが……少しの間、こちらで厄介になっても宜しいでしょうか」

良い返事は期待出来ないだろうと思いつつ、セラフィナはシスターの返事を待つ。村人は話し掛けただけで拒絶反応を示した。それが異教徒に対する、聖教徒の普通の反応だ。況してや聖職者である彼女が、異教徒である自分を受け入れてくれるはずがない。セラフィナはそう高を括っていた。

ところが、シスターからの返答は意外なものだった。

「──構いませんよ、寧ろ大歓迎です」

「……宜しいのですか? 異教徒の私を受け入れて」

セラフィナが問うと、シスターは頷きながら、

「信ずる神は違えど、私たちは同じ"人"です。困っている人に手を差し伸べることこそ、神に仕える者の本懐。大したおもてなしも出来ませんが、傷が癒えるまでの間、どうかごゆっくりしていって下さい」

「……ありがとう、御座います」

「いえいえ。では、私はセラフィナさんの分のベッドを用意してきますので──セラフィナさんは、そちらのソファーで少しお休みになって下さい。夕食の時間になったら、起こしに伺います」

シスターはタオルケットを棚から出すと、そっとセラフィナに手渡した。ソファーは少し古びていたが、頑丈な造りをしており、小柄で痩せ型なセラフィナが横になった程度では軋むことすらなさそうだ。

「分かりました……お言葉に甘えて、少し休ませて頂きます」

セラフィナが再度頭を下げると、シスターは心做しか軽やかな足取りで院長室から退室して行った。

「……な? 快く受け入れてもらえただろ?」

シェイドの言葉に、セラフィナは小さく頷いた。

「うん──聖教会の土地に入って、初めて優しい人に出会えた気がするよ」

「何だ、俺が初めてじゃないのか……」

「冗談だよ、シェイド。そんな不貞腐れないで。君には、本当に感謝してる」

「……無表情な所為で、全然冗談に見えないんだよなぁ」

表情が一切変わらぬセラフィナの顔を見つめ、シェイドは大きな溜め息を一つ吐いた。

「……にしても、セラフィナ・フォン・グノーシスか。まさかハルモニアの地方貴族のご令嬢だとは、思わなかったな」

「そう?」

「しかも、グノーシスと言えばあれだろ? 聖教騎士団の中でも最強と謳われた"剣聖"アレスが、ハルモニアに亡命してから名乗り始めた姓だろう?」

「そうだね」

"剣聖"アレス・フォン・グノーシス。聖教徒で、その名を知らぬ者はいない。否、異教徒でさえも知らぬ者はいないだろう。

崩壊の砂時計が出現して間もなく、聖教会と異教徒勢力との間に大規模な戦争が勃発した。その戦争は、聖教会の側には天使たちが、ハルモニアを筆頭とする異教徒勢力の側には魔族たちがそれぞれ助力しており、対立する天魔両勢力の代理戦争の側面も有していた。

アレスは聖教会側の最強戦力であり、数多の異教徒や魔族を卓越した身体能力と剣技で以て斬り捨てた"剣聖"である。

異教徒側の最強戦力──"死天衆"と呼ばれる、魔族たちを束ねる五人の堕天使たちの総攻撃を受けて敗れるまでは、聖教徒たちにとっての希望であり、異教徒たちにとっての絶望だった男だ。

戦争は結局、死天衆の参戦によって異教徒勢力の勝利に終わり、聖教徒たちは"アレスが本気で戦わなかったから負けたのだ"と彼を非難し、反対に異教徒たちは"若し死天衆たちがいなかったら、危うくアレス一人の前に敗れ去るところだった"と彼を畏怖した。

「後に、ハルモニアへと亡命したとは聞いていたが──彼に娘がいたのは驚きだな。聖教騎士団にいた頃の彼は寡黙で禁欲的な男だったと聞いているから、意外だった」

「養女だから、血の繋がりはないけどね。でもあの人は、私を本当の娘のように愛し、育ててくれた。こうして今の私があるのは、全部あの人のお陰なんだ」

セラフィナは遠くを見つめながら、何処か懐かしそうに目を細めた。左胸に手を当てており、心做しか少し呼吸が浅くなっているような気がした。古傷が痛むと言っていたが、左胸に件の傷があるのだろうか。

「……大丈夫か?」

「……大丈夫、とは言い難いね。どんどん、痛くなってる」

「そうか。長話に付き合わせてしまって、悪かったな」

「良いよ、別に。死にはしないから」

痛みを堪えているのか、セラフィナは左胸を手で押さえたまま、何度か深呼吸を繰り返す。彼女の吐息だろうか、セラフィナが深呼吸をする度、院長室内に仄かに甘い匂いが漂った。

「……少し寝るか?」

「……うん。そうさせて、もらおうかな」

「分かった。じゃあ、また夕食で」

シェイドは軽く右手を挙げながら、院長室を後にする。

「……さて、弱ったな。夜が、一番"辛い"んだけどな……」

静かになった院長室の中に、セラフィナの声だけが微かに響く。

「でも……そうだね。少し寝るのも、良いのかもしれない」

セラフィナは黒のブーツを脱ぐと足元に揃え、そっとソファーに横たわった。そのままシスターの用意してくれたタオルケットを被り、眠りに落ちることが出来るよう祈りながら、静かに目を閉じた。

「──おやすみ。どうか、安らかに……」

そう呟くと共に、セラフィナの意識は少しずつ、闇に呑まれていった。

이 책을 계속 무료로 읽어보세요.
QR 코드를 스캔하여 앱을 다운로드하세요
댓글 (2)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
ハルモニアに亡命したと言われるアレスが今はどこにいるのか、気になります……。
goodnovel comment avatar
狼駄
今度はセラフィナちゃんを描こうかなぁ
댓글 모두 보기

최신 챕터

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第三章 第71話 邂逅……"黒鉄の幽鬼"ラルヴァ

    "冒涜者"バフォメットが帝都アルカディアの自警団組合を壊滅させ、シェイドと面識のある受付嬢のルビィを惨たらしく殺害してから一夜が明けた。 小休憩を挟みつつ、夜通し馬を駆り続けたセラフィナたちは、ハルモニア北方──帝都アルカディアとエリュシオンとの中間地点まで来ていた。 エリュシオンは、帝都アルカディアに次ぐ人口を抱える大都市である。都市の名の意味は"死後の楽園"であり、その名の示す通り国内最大規模の墓地があることで知られている。 死後はエリュシオンに骨を埋めたい。そう希望するハルモニア国民は数多く、今も尚エリュシオンはじわじわと都市の拡大を続けている。 何故、セラフィナたちはエリュシオンのある北方へと進んだのか。それは、"黒鉄の幽鬼"ラルヴァの目撃情報と被害が最も多いのが、アルカディアとエリュシオンとを結ぶ交通路だったことが主な理由である。 果たして、帝都アルカディアとエリュシオンとを結ぶ交通路から少し外れた草原にて、セラフィナたちは異様なる光景を目の当たりにすることとなった。 「──止まって」 ふと、違和感を覚えたセラフィナが馬を止めつつそう言うと、同じ馬の背に跨っていたシェイドとキリエは互いに顔を見合わせる。馬に乗り慣れていないキリエのために、シェイドは彼女を自分の前に乗せた状態で手綱を握っていた。 「……何かあったのか、セラフィナ?」 シェイドが尋ねると、セラフィナは無表情のまま、 「──マルコシアスが、過剰に反応してる。彼女は耳や鼻が利くから、何かを感じとったのかも」 言われてみれば、マルコシアスは背中の毛を逆立てつつ唸り声を発しており、かなり苛立っているようにも見える。

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第三章 第70話 バフォメット

    自警団組合アルカディア本部に併設されている酒場に黒衣の吟遊詩人が姿を現したのは、絶え間なく雷鳴が轟き渡る夜のことであった。 外は激しい雨だというのに、男の衣服は全くと言って良いほど濡れておらず、薄らと笑みを浮かべているのも相まって何処か不気味だった。 彼はカウンターに腰を下ろすと、注文も程々に、その日たまたま酒場の接客業を任されていた受付嬢のルビィに声を掛ける。 余談であるが、人口が百万を超す大都市である帝都アルカディア。そこで働く自警団員は凡そ二千人ほど。商隊護衛などで不在の者もいるので、実際はもっと少ない人数でアルカディア周辺の治安維持を担っていることになる。 近郊の巡回、魔物の討伐、都市内の夜警……猫の手も借りたいほどに、人手が足りていない。 上記の通り深刻な人材不足のため、ルビィのように現場に赴かない者は決まって、書類仕事と酒場の接客業とを兼任していた。 殉職率の高いことで知られる自警団。給料は非常に良いが命は鳥の羽根の如く軽い。そのため、なり手が中々居ないのが実情であった。 「──君。そこの君だよ、可愛らしいお嬢さん」 「えっ……わ、私ですか……?」 人見知りなのだろうか。或いは、まだ酒場での接客業に慣れていないのだろうか。突然甘い顔立ちの優男に声を掛けられ、ルビィは困惑しながらトレイで顔を隠し、頬を赤らめる。 初心な様子の彼女を見つめると、吟遊詩人は何処か微笑ましそうに目を細めながら、

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第三章 第69話 主の温情に縋るが良い

    涙の王国方面にて勃発したハルモニアと聖教会諸勢力の争いは、早くも最終局面を迎えていた。 初戦を快勝した"軍神"エリゴール率いる帝国第三軍は、勢いそのままに各国の軍勢を次々に撃破。複数の国軍で構成された連合軍故、統率が乱れている聖教会勢力は苦戦を強いられていた。 連合軍の主戦力たる聖教騎士団は、第五騎士団・第六騎士団ともに涙の王国の国境付近に布陣して以降、頑なに動こうとはしない。彼らは上官たる騎士団長レヴィの命により、エリゴールとの交戦を避け、睨み合いに徹する考えだった。 ──"彼の軍神と尋常なる戦をしていては、命が幾つあっても足りぬというもの" 。 レヴィの判断は、ことエリゴールを相手にする場合に於いては最良のものであると言えた。聖教会の土地を守るだけならば、国境に兵を配置して睨みを利かせ、帝国第三軍を涙の王国に釘付けにしておけば良いのだから。下手に相手と交戦するだけ、兵や物資の無駄というものである。 果たして、他国の軍勢が軒並み、帝国第三軍の攻撃を受けて補給線を断たれ、前線で孤立してゆく中、聖教騎士団だけは全くの無傷であった。 一方、補給線を断たれた各国の軍中では餓死者が相次ぎ、士気は底をついていた。死んだ仲間の肉を貪り、僅かに残された食糧を巡り、身内同士で不毛な争いを繰り広げる。この世の地獄の全てが、そこにはあった。 後方に控える聖教騎士団に何度も救援を要請するも、未だ援軍の影一つない。余りにも距離が離れ過ぎており、使者の殆どが道中で力尽きて落命、或いは逃亡していたからだ。 補給線は断たれ、前線にて孤立し、周辺には魔族や堕罪者が跋扈。これだけでも十二分に絶望的な状況だと言うのに、それに追い討ちをかけるように、前方にはエリゴール率いる帝国第三軍の主力部隊が布陣し、威風堂々たる陣容をこれでもかと見せ付けてくる。

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第三章 第68話 死兆星より愛を込めて

    その日の夜遅く── ハルモニア皇帝ゼノンとの謁見を終えたセラフィナは黙々と、自らに宛てがわれている客室へと続く回廊を、マルコシアスと共に歩んでいた。 静寂が支配する回廊にコツコツと、セラフィナの履いているパンプスの踵の音のみが響く。シンプルなデザインの黒いドレスに身を包んだ彼女の腕には、少女の華奢な見た目には似合わぬ無骨な大口径の小銃が抱かれていた。 それは、ゼノンから褒美として下賜された世に二つとない逸品だった。装備した者の魔力を吸い取り、それを一点に収束させてライフル弾として撃ち出す。理論上、弾切れを起こす心配がないという優れものである。 何か一つ問題があるとするならば、セラフィナには銃の心得がないことくらいだろうか。尤も今のセラフィナには、シェイドという頼もしい銃の名手がいるので、彼に持たせれば何ら問題はないだろう。 ふと、セラフィナはその場に立ち止まると、無表情のまま腕に抱きかかえた小銃を見つめてホッと一つ溜め息を吐いた。 「──随分あっさりと、あの人を捜す了承を貰えたね、マルコシアス。些か話が出来すぎていて、正直なところ少し不安だけれど」 セラフィナは自らの足に頭を擦り寄せるマルコシアスを優しく撫でながら、ポツリとそう呟く。 スラリと伸びた彼女の細い両脚を覆う、シルク製の黒いストッキングはすっかり相棒の毛だらけになってしまっていた。私生活ではまだ使えるかもしれないが、もう公の場では履けそうもない。 尤も、セラフィナは先程までの謁見の内容へと思いを馳せており、両足が毛まみれになっていることなど気にも留めていなかったが。 養父たる剣聖アレスの行方を捜すため、暫くの間アルカディアを離れ、自由に行動したい──そのように申し出たセラフィナに対し、ゼノンは嫌な顔一つすることなく、やりたいようにやれば良いと承諾してくれた。そればかりか、アレス捜索の一助となるような、ちょっとした助言までしてくれた。 普通なら、喜ぶべきことなのだろう。けれどもセラフィナは、それを素直に喜ぶことが出来なかった。一つ、大きな懸念すべきことがあったからだ。 「……"何時もなら陛下の傍に侍っている筈の性悪堕天使(ベリアル)が、今日に限っては玉座の間に居なかったことが妙に気になる"? うん──確かに、君の言う通りだね。私も、それが一番気になってる」

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第三章 第67話 黒鉄の幽鬼

    その怪物の噂が、まことしやかに囁かれるようになったのは、剣聖アレスの捜索打ち切りが公表されて間もなくのことであった。 血塗られた黒鉄の鎧を身に纏った痩身の大男。身の丈ほどもある巨大な剣を手足の如く自在に操り、自らの前に立った者を容赦なく斬り捨てるという。 まるで、この世の全てを憎んでいるかのように。たとえ眼前に立つ相手が女子供であっても、怪物は躊躇うことなく剣を振り下ろしたと、辛うじて難を逃れた者たちは語る。 ──"目が合ったら、急いで武器を捨てろ"。 ──"そして、祈れ。相手が気まぐれな親切心から、こちらを見逃してくれることを"。 黒き騎士の姿をしたその怪物を、人々は畏怖の念を込めてこう呼んだ。 ──"黒鉄の幽鬼"ラルヴァ、と。 大神殿の敷地内に併設されている練兵場……ハルモニアの誇る精兵たちの中に混じり、シェイドは鈍った身体を鍛え、戦闘勘を取り戻すべく日々鍛錬に勤しんでいた。 この日も練兵場にて、同年代のまだ若い新兵たちを相手に、名うての暗殺者かと見紛うような動きを披露していたのだが、そこに純白の巫女装束に身を包んだ、まだ幼さの残る少女が恐る恐るといった様子で足を踏み入れてきたかと思うと、シェイドに声を掛けてきた。「あ、あの……シェイドさん、で宜しいでしょうか」「うん……? 確かに、俺がシェイドだけど。何か用でも?」「は、はい……その、グノーシス辺境伯アレス様の御息女、セラフィナ様から言伝を預かっておりまして……」 巫女になってまだ間もないのか、周囲の環境に慣れていない様子のその少女は、緊張した面持ちでもじもじしながら言伝の内容をシェイドに伝えた。

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第三章 第66話 緋き異端者

    聖教会自治領、聖地カナン── 教皇執務室の扉がゆっくりと開かれたかと思うと、豪奢な法衣を身に纏った初老の男が入室してくる。 「──お呼びですかな、教皇聖下?」 深刻そうな表情を浮かべ、眉間に皺を寄せている教皇グレゴリオを見つめると、枢機卿クロウリーは白い歯を見せて不敵に笑う。 「……おお、クロウリー卿。其方を呼び寄せたのは他でもない。各地で相次いでおる要人暗殺の件について、其方の見解を聞きたいのだ」 精霊教会の崩壊以後、聖教会勢力の要人が各地で暗殺されている。現場には必ず犠牲者の血で、何やら意味深な文章が残されていた。 ──"女神シェオルは既に亡く、ソルの威信は地に墜ちた"。 「ふむ──」 グレゴリオの言葉を受け、クロウリーは顎に手を当てる。ハルモニアの仕業、という訳ではどうやらなさそうだ。 ここ数日の、各地に展開している異端審問官たちからの報告と照らし合わせながら、クロウリーは現況の整理を試みる。 「──関係があるか否かは、現段階では測りかねておりますが。近頃、各地で自殺者が急増しておるようですな。同時に、堕罪者の数も急増していると」 「うむ……」 実に痛ましいことだ。沈痛そうな面持ちのグレゴリオとは対照的に、クロウリーは如何にも他者の生き死にに興味がなさそうである。 「これらを踏まえて、僭越ながら私見を述べさせて頂きますが……最も可能性が高いのは、···による煽動でしょうな。それも、かなりの遣り手でしょう。現に、我らに尻尾を掴ませておりませぬ故」

더보기
좋은 소설을 무료로 찾아 읽어보세요
GoodNovel 앱에서 수많은 인기 소설을 무료로 즐기세요! 마음에 드는 책을 다운로드하고, 언제 어디서나 편하게 읽을 수 있습니다
앱에서 책을 무료로 읽어보세요
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status