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第二章 第46話 狂王が残した爪痕

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-06-01 11:00:45

 それから数日が経過した、ある日の夕暮れのこと。

 アッカドまでの旅路、その最後の中継地点とも言える、少し前までオアシス都市だった場所。死の街と化したその都市の中心部、広場となっている場所にセラフィナたちは立っていた。

 煌々と燃え盛る家々、飛び交う羽虫、鼻の曲がるような強烈な異臭、街の至る所で血を流して倒れている変わり果てた姿の人々。

 そしてセラフィナたちの視線の先では、堕罪者のものと思われる複数の血塗られた生首が、無惨にも幾重もの槍の穂先に突き刺された状態で晒し者となっていた。

「……この街で、一体何が起こったというの?」

 その場に腰を下ろし、目を見開いたまま事切れている幼い少女の瞼をそっと閉じてやりながら、セラフィナはポツリとそう呟く。血で赤黒く染まった少女の身体には何箇所も銃創がある他、槍によるものと思われる深い刺し傷が胸部に刻まれていた。

「……こんな、小さな子まで。可哀想に……」

 セラフィナの隣に腰を下ろし、涙の痕が残る少女の頬を憐れむように指先で撫でながら、キリエが沈痛な面持ちで目を閉じる。

「……まだ、生前の温もりが残っています。恐らく、何者かに襲われてからまだ、それほど時間が経っていないのでしょう」

「だろうね。問題は"誰が何の目的で、この惨劇を引き起こしたのか"だけど。堕罪者だけならば兎も角、無辜の民まで容赦なく手に掛けるのは、とても正気の沙汰とは思えないね」

「そう、だな……堕罪者を割とあっさりと殺していることを考えると、自警団か若しくは国の正規軍か。何にせよその辺の馬賊程度に、こんな大規模な殺戮は不可能だ」

 シェイドの言葉に小さく頷きつつ、セラフィナはゆっくりと立ち上がる。澄んだ青い瞳の奥に、仄暗い怒りの焔が宿っているのが見えた。

「──気になることは色々あるけど、取り敢えずは生存者がいないか、手分けして探そうか」

 反対する者は、一人もいなかった。セラフィナ主導でそれぞ
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