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なりあすの径

Author: rinsan
last update publish date: 2026-05-04 17:26:02

秋の夜長、東山の麓にひっそりと続くなすありの径。

観光客の喧騒はとうに引き潮のように消え去っていて、

風の声だけが耳に届いてくる。

「ご馳走様でした。京料理というものを…初めて知りました」

「口に合ったならええんやが。どうやった?」

「あまりに美しくて、食べるのがもったいなかったです。ひと口ごとに、

心がすうっと綺麗になるような…そんな感じがしました」

鈴華の弾むような声音は、あたかも真新しい玩具を手にした

子供の無垢を思わせた。

その瑞々しい悦びに触れ、京司の目元は慈しむように、

ゆるやかに細められた。

「気に入ってくれたら、よかったわ。…少し歩こか」

朱色に色づき始めた紅葉の葉が、街灯の淡い光を透かして、

道に複雑な影を落としている。

京司と鈴華の二人の歩幅は、示し合わせたわけでもないのに自然と重なり、

乾いた砂利を踏む音だけが、秋の冷ややかな空気の中に

規則正しく響いていた。

「……もう、すっかり冬の匂いやな」

京司は足を止め、漆黒の闇に沈む白川の流れを見つめた。

「為せば成る……」

「え?」」

「“なすありの径”…この径の由来や」

「どういう意味なのでしょうか?」

異国から来
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  • 洛陽夜曲   見合い話②

    「親父直々の話や。……受けるしかあらへん」京司は苦虫を噛み潰したような顔を歪め、咥えた煙草に火を灯した。立ち昇る紫煙が、彼の諦念を象徴するように重く淀む。「まあ、なんとか適当な理由をつけて、引き下がってもらうつもりやけどな」吐き出された煙は、どこか言い訳めいて白く濁っていた。その甘い目論見を、錨の事務的な打鍵音が淡々と否定していく。錨は顔を上げず、ただ耳だけで京司の迷いを聞いていた。(引き下がる、、、なんて選択はないだろうな。あのお嬢様には)錨の指先が、不意にキーボードを叩く乾いた音を途切れさせた。静寂が室内に染み出し、彼は独り言ちるように、しかし確かな意図を持って言葉を落とした。「……てっきり、あの夜の倉庫にいたお嬢さんと、カシラは睦まじい仲にあるものとばかり」その言葉が呼び水となった。京司の顔に、微かな、だが隠しようのない動揺が走る。彼は何も答えず、ただ手元でひしゃげた空の煙草の箱を、苛立ちを込めて錨へと投げつけた。「余計な詮索は抜きや。仕事せぇ!」吐き捨てるような低い声。京司は逃げるように視線を窓の外、鈍色の空へと投げた。ずきずきと脈打つこめかみの熱を、やり場のない掌で押さえ込みながら。---大阪六穣会事務所大阪六穣会事務所。重厚な静寂が支配するその空間に、鈴華が足を踏み入れた途端、張り詰めた空気がわずかに震えた。「お嬢! お疲れさんでございましたな!」若頭補佐、早緑の弾んだ声が、沈滞していた事務所の空気を鮮やかに塗り替える。その声には、彼女の帰還を心待ちにしていた安堵と、隠しきれない敬愛が滲んでいた。「只今戻りました。カシラ、早緑さん。……長らく留守にしてご不便をおかけしました」鈴華は凛とした佇まいで、深く、静かに頭を垂れた。その所作には、不在の時間を埋めようとする誠実さと、組織の重みを背負う覚悟が宿っている。彼女の言葉を真っ向から受け止めた若頭、宏一は、厳しい表情を崩さぬまま、喉の奥から絞り出すように短く応えた。「……おう」その短い返答は、重く、深く、静まり返った事務所に小さく残響した。宏一の頑なな沈黙と、無関心を装うあまりに硬直した横顔。その「無理」が透けて見える様子に、ついに早緑の抱えていた笑いの袋が弾けた。「くっ……くっくっ……! お嬢、あそこの棚、ちょっと見てみてや

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  • 洛陽夜曲   見合い話

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  • 洛陽夜曲   暗雲

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  • 洛陽夜曲   神野屋敷最後の夜

    大阪への道すがら、鈴華は神野屋敷の追憶に浸っていた。奈良を発つ朝の、あの重苦しくも温かい静寂。門前に居並ぶ面々の、言葉にならない溜息。鈴華は深々と頭を垂れ、「神野の皆さん…短い間でしたが、本当にお世話になりました」そう万感の思いを込めて告げた。旅立ちを翌朝に控えた、ひどく静かな夜だった。鈴華は、神野と並んで月を仰いでいた。冴えわたる月光が、里を縁取る山々の稜線を鋭く切り出している。「鈴華さんがいなくなったら、この里もいよいよ静まり返ってしまうなぁ」隣で神野が煙草を燻らす。吐き出された紫煙が、湿った夜気に溶けては消えた。その独白に近い寂寥感に、鈴華は視線を落とさず、ただまっすぐな声を返した。「神野さんのもとで過ごした時間は、私にとって……学びの多い貴重な時間でした」言葉を選ぶたび、この土地の土の匂いや、ここで交わした血の通った約束が胸に去来する。「その土地に生き、泥を啜ってでも守り抜く。——裏の世界に身を置く者に、これほど純粋で、峻厳な生き方があるのだと知りました。あなたが教えてくれたのは、単なる作法ではなく、“極道”という名の矜持でした」神野は指先の煙草を深く吸い込み、肺の奥で時間を止めるようにしてから、白紫の煙を吐き出した。その煙は、湿り気を帯びた夜の空気に溶けることなく、二人の間に漂っている。「……鈴華さんは、一生その、〝極道の世界”で生きていく気なんか?」問いかけは静かだったが、そこには踏み込んではならない領域に爪先をかけるような危うさがあった。「……私は、裏側の景色しか知らないんです」鈴華の声には、感傷も、あるいは悲劇を気取るような響きもなかった。ただ、それ以外に選択肢など存在しないのだという、乾いた事実だけがそこにあった。神野はそれ以上、言葉を継ごうとはしなかった。ただひたすらに、手元の煙草を燻らせる。赤い火種がじりじりと短くなっていく。その沈黙は、彼女の背負う闇の深さを無言で肯定しているかのようだった。「極道を極めるのも、一つの生き方や。せやけどな、その外側に広がる名もなき景色を、あんたには見てほしいんや」神野の瞳には、峻険な嶺を歩む者の諦念と、深い慈しみが同居していた。その眼差しは、鈴華の足元に広がる血の轍ではなく、もっと遠く、境界線の向こう側を捉えているようだった。

  • 洛陽夜曲   突然の終焉

    賀茂川沿いに建つマンションのエントランスを出ると、鋭い冷気が二人の頬を撫でた。「 寒うないか?」鈴華は首を横に振り、京司と並んで堤防へと続く緩やかな坂を歩く。川面に目を向けると、そこには幻想的な光景が広がっていた。水温と気温の差が生み出した川霧が、白いベールのように水面を這い、対岸の景色を曖昧にぼかしている。二人の足音だけが、小気味よく舗装路に響く。いつもは観光客や学生で賑わうこの道も、今は散歩中の老犬と、数人のランナーが通り過ぎるだけだ。賀茂川と高野川が合流する地点“鴨川デルタ”は、深い霧の底に沈んでいた。亀の形をした飛び石も、今朝ばかりは霧に濡れて黒々と光り、どこ

  • 洛陽夜曲   濃密な夜

    絹のように滑らかな黒髪のなかに、京司は自らの意識を沈めた。溢れる香りは甘い毒のように彼を惑わせる。触れ合う距離で漏れた吐息が、彼女の身体を強張らせた。「拒むんやったら、言葉にして言うてくれ」絞り出すような京司の呟きに、鈴華は答えの代わりにゆっくりと身を翻した。揺れる髪の隙間から覗く彼女の瞳が、射抜くような強さで京司の視線を捉えた。拒む理由なんて、もうどこにも見当たらなかった。ただひたすらに、京司を欲する衝動だけがそこにある。鈴華は逸る心に突き動かされるまま、彼の唇を塞いだ。密着した体温から伝わるのは、もはや言い逃れのできない事実。その無言の接吻が、彼女のすべてを肯定する

  • 洛陽夜曲   鴨川の帳の向こう

    京司がアクセルを踏み込み、鈴華を乗せた車は夜の街へと滑り出した。密閉された車内を支配するのは、重く、粘りつくような沈黙。隣り合う二人の間には、交わされるはずの言葉の代わりに、張り詰めた空気だけが層を成して積み重なっていた。---やがて車は、街の喧騒を遮断するようにそびえ立つマンションのパーキングへと吸い込まれていく。その高級マンションは、静寂な街の奥深くに、まるで時の流れを忘れたかのように佇んでいた。淡い間接照明に照らされたその建物は、周囲の景観から浮き上がるほどに冷徹な高級感を漂わせ、エントランスへと続く静謐な空間に足を踏み入れると、さっきまでの現実がひどく遠い出来事のよう

  • 洛陽夜曲   マコトの末路①

    京司からの召喚に応じ、鈴華は逸る心を抑えきれぬまま、指定された地へと急いだ。サランの安否について、京司の言葉は沈黙を貫いていた。ただ一筋、マコトの身柄を確保したという無機質な事実のみが、彼女の元へ届けられたのである。---約束の場所。京司は漆黒のセダンの運転席で、燻る煙草の紫煙に身を委ねながら、静かに鈴華を待っていた。現れた鈴華の呼吸は乱れ、すがるような眼差しを彼にぶつけた。「サランが見つかったんですか?」……彼女の震える声が、雨上がりの湿った空気に波紋を広げていく。「いや。マコトの身柄を押さえただけや。俺もまだ聞いとらんけど、一緒にはおらんかったみたいやな」「…」「本人に

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