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消えた温もり、戻らぬ日々
消えた温もり、戻らぬ日々
Auteur: 容奏

第1話

Auteur: 容奏
桜庭梨央(さくらば りお)は夫にとって高嶺の花である森本結衣(もりもと ゆい)の運転する車に轢かれた。

病室で目を覚ますと、夫の相良時哉(あいら ときや)が二人の子供を連れて病床のそばに立っていた。

梨央が目覚めたことに気づくと、三人は責めるような表情を浮かべた。

時哉は眉をひそめた。「大丈夫か?なぜあんなに不注意に歩いていたんだ?」

長男の相良悠樹(あいら ゆうき)は唇を尖らせて文句を言った。「ママ、どうして突然結衣さんの車の前に飛び出したの?結衣さんを怖がらせちゃったじゃないか」

次男の相良拓海(あいら たくみ)も頷いて同調した。「そうだよ。結衣さん、ずっと泣いてた。全部ママのせいだ!」

梨央は布団の中の手を固く握りしめた。目の前のまだ若い夫と幼い子供たちを見つめ、涙が溢れた。

神は梨央にもう一度やり直すチャンスを与えてくれて、彼女は50年前に生まれ変わった!

この年、梨央は三十歳、夫の時哉は三十五歳。時哉は学士院の最年少会員になったばかりで、国の未来を担う逸材として、その前途は洋々たるものだった。

二人には十歳になる双子の悠樹と拓海がいた。

梨央が目を赤くしたまま反応しないのを見て、時哉は少し眉を寄せた。「今回のことはこれでお互い様ということにしよう。結衣は運転を習い始めたばかりだ。君が不注意に歩いていたことにも責任がある。

君は大事ないようだが、彼女は驚き、自分を責めて熱を出している。後で君の検査が終わったら、隣の病室に行って彼女に謝ってこいよ」

そう言うと、時哉は静かに梨央を見つめ、彼女の返事を待った。

時哉は梨央がいつものように抗議し、泣き喚くかと思った。しかし、梨央はただ軽く頷いただけだった。「わかったわ。後で彼女に会いに行く」

三人は一瞬呆然としたが、すぐに踵を返し、隣の病室へ向かった。

病室の防音は良くなかった。彼らの話し声が絶えず聞こえてきた。

「結衣さん、少しは良くなった?お水飲む?」

「結衣さん、ママはもう大丈夫だから、心配しないで」

結衣は今にも泣き出しそうな声で言った。「全部、私のせいなの。車で外に出るべきじゃなかった。梨央さんを怪我させてしまって……時哉、ごめんなさい、ご迷惑をおかけして……」

時哉は優しい声で結衣を慰めた。「謝る必要はないよ。梨央が不注意だったんだ。また時間を作って車の練習に付き合うよ。君は賢いから、すぐに覚えられるさ」

「結衣さんは運転もできるんだ!ママは何もできないのに!」

「結衣さんが一番すごい!」

梨央はそれ以上聞くのをやめ、病床から降りると、そのまま退院手続きをした。

それから弁護士に離婚の相談をし、その足で市役所へ寄って、離婚届の用紙を二部もらってきた。

あの三人が病室を離れている隙に、梨央は結衣の病室を訪れ、離婚届を彼女の前に差し出した。

「時哉にこれをサインさせて。これからは、彼も二人の子供もあなたのものよ」

結衣は呆然として梨央を見つめた。目の前の十七年間も時哉を愛し続けた女が自らその座を譲るとは信じられなかった。

結衣は眉をひそめた。「梨央さん、何のつもり?」

梨央は唇の端を上げた。その瞳には何の感情もなかった。「ただ、こんな生活はもう嫌になっただけ。みんながあなたのことを好きなら、私にはもう必要ないわ。私は身を引くわ。あなたたち二人のためにね」

結衣はまだ信じられず、梨央をじっと見つめた。「本気で言ってるの?今、どれだけの人があなたの『学士院会員の奥様』という地位を羨んでいるか、わかってる?」

「わかってるわ」梨央は結衣の目をまっすぐに見つめた。「森本さん、私はいらないの。あなたにあげる」

結衣は離婚届を受け取った。「梨央さん、言っておくけど、私の手に入ったものをもう一度返してもらおうなんて思わないでちょうだいよ」

「安心して」梨央は笑った。「夫も息子たちも、私はいらないから」

梨央は本当にもういらなかった。

なぜなら、前の人生で、彼らをそばに引き留めた結果、孤独な一生を送り、惨めな死を迎えたのだから。

今度こそ、同じ轍は踏まない。
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