LOGINヤバイ奴と知り合いになってしまった。アンズという名の異世界からの移住者の一人である。ルス曰く、移住後の教育期間を終えてすぐに服飾業界に革命をもたらした人物らしく、なのに本職は薬師という色々と変わった人物なのだが、その他にも不可思議な点がある。 彼女という災害に遭った日の夜は、ルスの反応がオカシイのだ。 最初はてっきり変態発言を連発されるせいだと思っていた。深く理解は出来ずとも、いやらしい意味を含む言葉に晒されたせいで体だけが変に反応してしまっているのだろう、と。だが、アンズとの遭遇回数を重ねれば重ねる程に、二人きりになった時のルスの反応が過敏になっていき、とうとう昨夜は、とろんと蕩けた瞳になりながら自分から細い脚を開いて、『……契約印を馴染ませるの、する?』と訊いてきたのだ。 ぶつっと理性の糸が切れそうになったのを咄嗟に引き留め、どうにか事なきを得たが、僕が経験者だったら危なかった……。細い脚を羞恥に震わせ、ショーツで履き隠していながらも尚、真っ白なシーツに愛液が零れ落ちてしまうくらいに溶けきった蜜壺が与えてくれる快楽を、もしこの身で知っていたら、きっと僕は陽の光を浴びる頃合いまでずっと、獣が如くルスの小さな体を貪り尽くしてしまっていた事だろう。 僕が傍に居る限り、ルスはもう一生誰とも結ばれる事が出来ないが、だからって純潔まで奪ってしまうのは道理に反していると思う。僕らは夫婦ではあっても、仮初の関係である以上、一線を超える必要は無いのだ。(……指では散々ヤリ倒してしまったけど、ソレはノーカンだよな?) 契約対象を愛し、愛されているフリならいくらだって出来ても、深くまで体を重ねるのはまた別の話だ。どうせいつかは手酷く裏切って捨てる存在に、僕の純潔を捧げる気なんか無い。……無いんだが……体格差があるから、指程度でも、二本か三本でも入れてやれば、挿れているみたいな反応を返してくれるから、いつも下っ腹が重くなる。そのせいで気を散らすのに毎日苦労しているのだが、気絶するみたいに眠り込んでいくルスの間抜けな寝顔をじっと見て、なんとか理性を保ってきた。 だけど、昨夜みたいな事を毎度毎度されては流石に堪らない! このままでは、生まれてからずっと突き通してきた理念を、本物の嫁みたいに可愛く誘惑してくるルスに砕かれてしまうのは時間の問題だ。獣耳を伏せ、涙目になりなが
少し前に、変質しゃ——もとい、面白い人と知り合いになった。服飾店を営んでいる、あんずさんという女性だ。代償不足で獣化までは出来ない不完全な獣人でしかないワタシの容姿に興味を持たれて話し掛けられ、同郷でもあった流れがあったからなのか、何故か妙に気に入られてしまった。 どうやらスキアとワンセットで。 あの後、商店街などで会った色々な人が教えてくれた話によると、あんずさんはとても凄い人らしい。不可思議な言葉を口にする所が——とかではなく、この世界に移住後すぐの段階でこの世界の服飾生産方法に革命をもたらしたからだそうだ。 最たる功績は“針子の指輪”を考案した事だろう。 空っぽの魔法石を埋め込んだ指輪に服の製作工程やデザイン完成図などといった作成に必要な情報の全てを付与させると、今までに全く縫い物の経験の無かった者がそれを身につけたとしても、きっちり上質な服を完成させる事が出来る様になる装具の考案者なのだ。体に欠損があろうが、盲目であろうが、勝手に手先や腕が動いて服を作る事が出来る為、六年前の魔物達との戦争で後遺症の残ってしまった者達に新たな雇用先を生み出した立役者でもあるそうだ。 機能性や作成の楽さなどに特化してばかりいたせいで見た目は二の次だった今までの装備に高いデザイン性を持たせたり、無難なサイズの既製品を大量生産して安価で販売するなどの方法を取り込んだ手腕も評価されているらしい。『いやいやー。私は先人の叡智を流用してるだけだよー。装備品のデザインなんかも、数多の輝きを生み出した神絵師様達のおかげだしねー』 との、意味不明且つ、謙虚?な発言で好感度を更に上げ、貴族階級の方々からも人気の服飾師に短期間で上り詰めた人なのだ。なのに本業は薬師なので、服飾の方はあくまでも片手間での作業だというのだから、本当に凄い人なのだとワタシも思う。 だが革命的な装具である“針子の指輪”にも、欠点があった。 必要なデータの付与を魔法石に込める事が出来る人が、今の所あんずさんしかいないのだ。技術の無い人でも服を作る為には作業工程の全てを細部まで精密にイメージする必要があるのだが、そこまで出来る人材が全然育っていないらしい。そのせいで、“針子の指輪”は今の所ソワレでしか手に入らない。もし運良く不正なルートで転売品を購入出来ても、作れるのはその指輪の中に入っている
「…… 」 「…… 」 無言のまま、ルスと僕は服飾店を出た。 閉まっていく扉の向こうからは、「ありがとうございましたぁ」と今にも申し訳なさから泣き出しそうな店員の見送りの声と、店長であるアンズの「大急ぎで完成させますねー」の声とが聞こえてきたが、どっちにも振り返ることが出来なかった。手には既製品の服が十着程入った袋も持ち、とにかく此処から離れようと考えて一歩、二歩と前に進む。「す、すごい人……だったね」 率直な感想をルスが言う。あの後、興奮気味に突きつけられた『既製品と同じ価格にしますから、この先の服を全て作らせてー!』と言うアンズの要求を、彼女の勢いに負けて聞き入れてしまったので、この先も確実に長い付き合いになる。だが、ルスはアンズに対して完全に苦手意識を持ってくれたっぽい。 色事の知識が極度に乏しいルスではアンズの発言を半分も理解出来ていないんじゃないかとは思うが、エロい話をされている事くらいは流石にわかっていたのだろう。顔や指先がほんのり赤く染まったままだし、何とも言い難い複雑な顔で再び黙ってしまった。 そんな状態のまま、さっきからずっと視線を僕と合わせてくれないから、腰を折って顔を下から覗き込むと、ルスは「ひゃっ」と可愛い声をあげて勢いよく仰け反った。その勢いのまま後ろに倒れそうになった体を抱きとめて、自分の方へと引き寄せたので、結果的には対面になって抱き締める格好に。「大丈夫か?」 「あ、あり、がとう……」 目抜き通りではないにしろ、それなりには人の行き来がある通りなので、否応なしに視線が僕らに集まる。背後にある服飾店からは絶対に振り返りたくない熱い視線を浴びせられている気が……。だが、恐怖の対象でしかないそっちよりも、照れくさそうに口元を震わせているルスの表情の方にすっかり心を奪われ、目が離せなくなった。「くそっ。可愛いな……」 ぽつりと呟いた一言のせいでルスの顔がさっきよりも一層赤くなってしまった。恥ずかしそうな顔で僕のシャツをぎゅっと掴み、涙目でこちらを見上げてくる。「——んんんっ⁉︎」 どういった反応をするべきなのかわからず、頭の中がパニック状態になっているっぽい。別に『ありがとう』でも『そんなことはない』とでも言って適当に流すか、僕を叩くかして逃げればいいだけなのに、根が真面目過ぎてどうしても何か返事をと考えてしまっ
「——先ほどは失礼しましたー」 謝罪を口にして頭を軽く下げてはいるが、アンズの顔には反省の色がまるで無い。 『お二人にちゃんと謝れ』と従業員に言われたから謝ったといった雰囲気が否応なしに伝わってくる。当人は悪い事をしたと一切思っていないのだろうから、この態度になってしまうのは致し方ないのだろうが、相手が鈍感を絵に描いたようなルスじゃなければ更なるトラブルに発展していそうだ。「あ、頭を上げてください」 困り顔でルスがそう口にすると、つらっとした顔でアンズが「はーい」と言って頭を上げ、「で!オーダーメイドの件ですがー」と流れをぶった斬って、無理矢理話を欲望のままに引き戻した。「そういえば、彫金にご興味があるみたいでしたけど、お二人の結婚指輪とかですかー?」 どちらも指に何もつけていない事に気が付いたのだろう。『結婚指輪』は異世界からきた文化だ。なのでまだ浸透し切ってはいないから僕らはしていないが、夫婦間の贈り物として若い層には人気があるらしい。所有の証にもなるし、独占欲を満たすには丁度良い品なのだろうな。(結婚指輪、か。心を掴むのには悪くない案なのに、完全に失念していたな)「あ、いえ。ワタシ達の品じゃなくて、伝書鳥への贈り物が欲しくって」 両手を軽く横に振ってルスが要望を伝える。期待していたわけでもないのに、何故だかがっかりした気持ちになった。こういった類の感情の出所が不明なままなせいか妙に居心地が悪くなる。「なるほどー。じゃあ、応接室で色々要望をお聞きしてもいいですかー?今はお時間が無いみたいでしたら、そちらのお宅まで今夜にでも、今夜にでも!伺っても、こちらは構いませんよー」 腰に巻いているワーカーズポーチからスケッチブックとペンを取り出し、何故かは知りたくもないが、ルスが生まれた世界で昔人気だったらしい使い捨てのカメラまでアンズが持っている。「「今、お願いします!」」 二度重ねられた言葉のせいで嫌な予感しかせず、ルスと僕は同じ言葉を同時に叫んだ。 ◇ 場所を移し、店の奥にある応接室まで案内された。ゆったりとしたサイズの二人掛け用ソファーが向かい合うようにして置かれていて、その中央には大きめのテーブルがある。デザインを描きながら打ち合わせる事が多いのか、応接室向けの物としては高さのあるテーブルなので、ちょっとちぐはぐな印象の
「こちらも素敵ですよー。ハイネックタイプですが、腕や胸元のギリギリにまでリーフレースを使っているんですー。後方から見た時のシルエットは長めのスカートっぽいデザインですが、前から見るとミニスカートタイプになっているので、魔物との戦闘時にはショーツがチラ見えして滾ること間違いなしですよー。こちらの商品も男性向けを展開しているので、夫婦でお揃いの物を着て、周囲にラブラブアピールすることが可能ですー」 こちらがドン引き状態になっていることに気が付いていないのか、そもそも気にしていないのか。アンズは構わず服を選んでは、次々僕らの元に持って来る。 オススメポイントはイカれているが、デザインはどれも文句なしの品ばかりだ。ルスのまな板胸をちゃんと考慮して選んでいるし、どれも子供っぽい細身のボディラインを綺麗に見せてくれそうでもある。 ……ただ、ルス向けの服を最初にチョイスしているせいで、男性向けに作られたお揃いのデザインの方が僕に似合っているかどうかは、正直ちょっと微妙なものも混じっている。「んー……。だけど、どれも『コレだ!』って感じじゃないですねぇー」 色々と選びながら本人もそのことに気が付いていたみたいで、アンズが棚に服を戻しながら唸りをあげた。「そうだー。いっそ、オーダーメイドにしましょうかー。お二人とも推せるくらいに素敵な雰囲気ですから絶対楽しそうですしー。支払いは材料費と人件費だけで結構なので、どうですかー?」「え?で、でも」 背後から一切出て来ないまま、僕の服をギュッと掴んでルスが困った声色で呟いた。 オーダーメイドの装備はどうしたってお高いので、割り引いてもらえるとなるとどうしたって気になるが、初対面の者にそこまで甘えてもいいんだろうか?という気持ちが邪魔をしているのだろう。もしくは単純に、『こんな変質者に頼んでも大丈夫なんだろうか?』という怖さがあるのかもしれない。「今この場で即ご依頼頂けたら、オマケで総レースのショーツとえっちなデザインのフロントホックタイプのブラも作っちゃいますよー。ここは敢えてのクマさんパンツもアリかもですけど、ソレは追々でー。奥様は脚のラインが綺麗なのでガーターベルトもつけちゃいましょうかー。そちらは靴下を履いたままのえっちとかをするのにオススメしますー。旦那さん向けの装備は雄っぱいを強調する物にしましょうねー。逞しい
ルスが話していた装備品を売る店は討伐ギルドから程近く、同じ並びにある。近隣には他にも彫金ギルドや武器・防具などを作成するギルドもある為、討伐任務や護衛などを仕事にしている者達でそれなりに賑わってはいるが、夕方から開店する飲み屋も多いので目抜通りよりは人が少なく、すぐに辿り着く事が出来た。「いらっしゃいませー」 扉を開けて二人が店内に入ると、後衛職向け装備を中心とした完成品がずらりと並んでいた。 僕が持っている六年前の知識では、服や装備品はデザイン帳の中から気に入った物を選んでからオーダーメイドで注文するか、金の無い者達は布だけ買って来て自分で縫うのが当たり前だったのだが、今では大雑把なサイズ展開をしている既存品の中から好きな物を買うというスタイルが主流になっているようだ。これは異世界からの移住者達がやり始めたシステムだそうだ。「何かありましたら、遠慮なくお声掛け下さいね」 「はい」 店員に対して、笑顔ながらも短く答えると、ルスは早速服を選び始めた。だが、どう見ても彼女が着るには大き過ぎる物ばかりだ。『まさか』と思い、「もしかして、僕の装備を見ているのか?」と訊くと、彼女は迷いなく「うん」と言う。この先討伐にも一緒に行くなら、ちゃんと装備を一式揃えた方がいいとの判断なのはわかる。だけどまずは真っ先に自分の物を選んだらどうだ?だが、当然の様に自分を後回しにしてしまうのは、ルスの性分なのだろうな。「僕は僕で探すから、自分の装備を選んだらどうだ?」 そう言うと、ルスはハッとした顔をして、「そ、そうだよね、好みとかあるもんね」と申し訳なさそうに俯いた。 別に服装なんか、よっぽど酷いデザインでないのなら正直どんな物でもいい。僕の服なんてわざわざ買わずとも、いつも通り無難な物を何処かから拝借すればいいだけの話だから。今此処で買う必要すらもないのだが、楽しそうに選んでいた姿を思い出すと強くは出られない。「……別に、好みとかは。——そうだ、一着ずつ、お互いの服を選ばないか?好きなデザインが、イコールで自分に似合うとは限らないからな」 僕からの提案が余程気に入ったのか、「いいね!」と言ってルスがぱんっと軽く手を叩く。反射的にその目を潰してやりたくなるくらいに笑顔が眩しい。だがそんな衝動的な行動はぐっと堪え、二人で並んで、まずは僕の服から選ぶ事になった。「そ
討伐ギルドのある通りからまた少し奥の方へ進み、広めの路地を住宅が多く並ぶ通りへ向かうと、ルスの弟・リアンを預けている保育所がある。 入口から中に入った途端、開口一番説教されてしまった。『ご自分で、この時間までと言っていた時間通りに迎えに来て欲しい』と。僕らよりも先に討伐ギルドの方から伝書鳥が送られてはいたらしく、深刻な事情があっての延滞である事は理解しているものの、それでも人手が足りていない現状では連絡無しのまま延滞されるのは非常に困るのだとか。(……まぁ、向こうの言い分も理解出来るが、一人寂しく森の中で瀕死にまでなっていた者に対して言う台詞では無いのでは?) ついそんな事を考えて、す
「——つまりは、『助けてもらった優しさに触れて、この人に一目惚れした』と言うわけね?」 腕組み状態にあるシリルが要約を口にしながら訊いてくるが、どう見たってルスの話を信じている感じではない。だが、僕らが所詮は『仮初の夫婦でしかない事』や『契約を交わして、僕がルスの身に取り憑いている状態にある事』をきちんと伏せた上でルスが事実説明をやり遂げたので、ひとまずは良しとしよう。「はい。スキアさんが森の中で倒れているワタシを見付けてくれていなかったら、あのまま獣の餌食になっていたかもしれませんから」 ルスは一言も『一目惚れをした』とは言っていないのだが、反射的に訂正するというバカはせず、話の補足を
ルスの目的地である討伐ギルドは、ソワレの目抜き通りからは一本逸れた通りにある。煉瓦造りのその建物の周辺には薬を扱う店や防具・武器屋、質屋などが数軒あるが、それよりも酒屋や飲み屋の方が多く並らぶ。そのため昼間は比較的静かな通りなのだが、日の暮れた今では酷い有様だ。討伐依頼などをこなして得た稼ぎの全てを使い倒す勢いで酒を煽る者がいたり、喧嘩になって殴り合う奴らもいて、とても騒がしい。 初めて来た町なのに、この通りが昼間どんな様子なのかを僕が知っているのは、全てルスと契約したおかげだ。 “影”を経由して色々な物を入手出来る以外にも、契約対象となった者の“知識”などを読み解く能力を僕
「目を瞑ってろ」と言われ、一秒後には「もう開けていいぞ」とスキアが許可をくれる。指示通りに行動しはしたが、ワタシにとってはただ瞬きをしたにすぎなかった。 なのに、たったそれだけの間でもう、目の前の情景は一変していた。 森の中に響いていた獣の遠吠えも、梟の鳴き声も消えて、耳に届くのは町の騒がしい営みの音に変わっている。喧嘩でもしているかのような怒鳴り声、店への呼び込み、酒を飲んで歌う人達の声が聞こえ、『町に戻って来たんだ』と実感した。平和そのものの音を聴き、ちょっと嬉しくなる。コボルトの群れをこの町から随分遠く引き離したのだ。 かなり大袈裟かもしれないが、今夜のこの光景を守ったのは自分なん