Masuk散歩を終えて部屋に戻ると、既に誰も居なかった。代わりに、脱ぎ捨てられた浴衣と乱れた寝具、それに朝食のつもりだったのだろうか、中身の無いコーヒー飲料の紙パックとお菓子の包み紙が、これまた乱雑に、テーブルの上に置かれていた。 そして、同じ部屋に居たはずの琴音はおそらく、昨日の柊と同様、相模さんが連れて行ったのだろう。 時刻は七時を少し過ぎた頃で、出掛けるにしてはやはり、些か早過ぎる時間である。 まぁ、早朝に散歩に出ていた僕と柊が、言えた義理ではないけれど……「わるいな、若桐。こんな散らかった部屋で……」 そう言いながら、僕はゆっくりと振り返る。 そして振り返った先の視界には、先程遭遇した若桐の姿が、映される。 言われた彼女は少しだけ、戸惑いながら言葉を返す。「いえ、そんな……気にしないでください」 そう言いながらも彼女は、しかしどこに視線を向けるべきなのか、些か困っている様子で、けれどそんな彼女を見て、隣に居る柊が、言葉を紡ぐ。「ほんと、汚い部屋ね……」「……っ」「なによ?」「べつに……」 お前の部屋でもあるというコトは、まぁ言うまい。結局のところ……どう言ったとしても、色々な理由を付けられて、最終的には僕が悪くなるのだから。そんな風に思いながら、僕はとりあえず片付けを始める。そしてそんな僕とは違って、柊は若桐の座る場所を促して、若桐はその導線に沿って小さく座る。チョコンと座る彼女に対して、柊はわざとらしく言う。「ごめんなさい、若桐さん。こんな所に連れてきてしまって、どうせならもっと片付けてある部屋に呼びたかったわ」「……っ」 そう思うなら、少しくらいは手伝ってくれてもいい気がするけれど……「あら、荒木君。手が止まっているわよ?ちゃんとゴミを拾いなさい」 鬼かなこの人は…… そんな風に柊に言われながら、片付けを進める僕を見て、若桐は再び、申し訳なさそうに言う。「すみません。私が来たがってしまったばっかりに……」 そう言いながら少しだけうなだれる彼女に対して、僕は言う。「いや別に、そんな大変でもないし、むしろ部屋を汚している僕等の方が悪いわけだし、それに……」 それに若桐のおかげで、柊の警察への連絡を断念させることに成功したのは、ほんとうにありがたい話なのだ。あの時の柊は間違いなく、あのまま通報しようとしてい
軽めの朝食を済ませた後、座っていたベンチから立ち上る際に、何気なく見ていた目の前の光景に向けて、僕は徐に歩き出した。「荒木君?」 そしてそんな僕を見れば、柊が驚くのも無理はない。 だから振り返りながら、僕は彼女に告げる。「わるい柊、そこで待っていてくれ……」 そう言い終えたすぐ後に、僕はその光景の目の前に到着する。 歩いてそこまでは遠くない、しかし近くもない場所に彼女のことを、昨日行動を共にした彼女の姿を見たものだから、何気なく朝の挨拶というわけではないけれど、声を掛けようと思ったのだ。 見間違える筈がない。 昨日と同様、洋服ではなく浴衣を着ていながらも、それがとても綺麗に似合う女の子など、僕の知る限りでは、彼女以外ありえないので、だからそんな彼女の名前を、僕は躊躇なく口にした。「おはよう、若桐」 そう口にした途端、その僕の声が彼女の耳に届いた後、不意を突かれたからだろうけれど、振り返る彼女の表情は、目を丸くしながらという表現そのままに、驚いていたのだ。「えっ……荒木……さん?」「あぁ、おはよう。昨日ぶりだね……」「おはよう……ございます……どうして……」 そう言いながら、彼女は少しだけたじろいだ。「あぁ……えーっと……たまたまこの近くを散歩していたら、そこまで遠くない場所に若桐の姿が見えたからさ……だからまぁ……知らない振りをするのもなんか変かなって……」 そんな風に一通り、怪しくない程度に概要を説明していると、いつの間にか、待っていてくれと言っておいた筈の柊が、僕の近くまで歩いて来て、言い放つ。「荒木君、こんな朝っぱらから中学生の女の子に声を掛けている二十代無職の男性は、たとえ通報されたとしても文句は言えないと思うけれど、いいかしら?」 言いながら、わざとらしく手には携帯電話を構えている柊に対して、僕は釈明する。「いったん落ち着こう……柊さん。まずは話を聞いてくれ……」「あら……話ならそれこそ、署でするべきじゃないかしら?」 そう言いながら、握られている携帯電話では、既に最初の一が押されていた。 けれど次の一が押されそうになるタイミングで、僕ではなく若桐が、僕ではなく柊に向けて、声を掛ける。「あの……」「えっ?」「昨日たしかに、お会いしてます。荒木さん……ですよね?ごめんなさい。もう会えるとは思っていなかったの
そんな風に、話しながらなんとなく歩いた先には、大学の近くでも見る様なコンビニが見えたので、朝食も食べていない僕達は、何も相談することはなく店内へと吸い込まれた。 そしてそれぞれ買い物をして数分後、そのコンビニから少しばかり歩いた先に置かれていたベンチに二人並んで腰掛けて、おにぎりとかサンドイッチとか、そういうモノを口にする。 口にしながら、柊は僕に言う。「荒木君って、男の子の割にはかなり食が細いわよね?そんな調子で大丈なの?」 その柊の台詞は、僕の手元にある小さなおにぎり向けられていた。 もっとも僕が、食べ物はそれぐらいしか購入していないから、そんな台詞が出たのだろう。 手元のおにぎりを平らげて、僕は言う。「男の割にって……そういう言い方は今のご時世的にはどうなんだ?まぁもともと太い方ではないけれど、この体質になってからは尚更かな……」「尚更って……不死身になったらさらに食が細くなるの?どういう理屈?」「どういう理屈なんだろうねぇ……相模さんは曰く、今の僕の身体は、全体の約八割が異人で、残り二割が人間という組成らしくて……そしてそれ故に、人間的な欲求が薄れているということらしい。だから食欲とかも昔よりさらに減少したっていう……まぁでも、この身体にそんな理屈が、どれほど当てはまるのかも、正直なところわからない」そう言い切って、購入していたお茶に口を付ける。流れ込む液体は、人間の時に感じていたモノと変わらない。食事ではないけれど、それに付随するからなのだろうか。コンビニ売られているペットボトル飲料の緑茶の味、そのモノである。 なのに、やはり、どうしても……人間の時に飲んでいたモノよりも幾分、美味しさを感じづらくなっているように思えるのだ。口を話して、僕は言葉を続ける。「まぁ僕の場合は、本来の異人とは違って、成り方が特殊らしいくてさ……なんて言うのかな、異人に成り果てた切っ掛けが、あまりにも直接的過ぎるって……」 そこまで話して、思い出したのは、やはり琴音のことだった。拳銃を突き付けた時の彼女の表情と、その後に落下した彼女を抱き止めた光景と、それと……「気持ち悪い顔しているわよ、荒木君。まるで初めてのキスでも思い出している様な顔をしているわ」 言いながら柊は、自分が食べていたサンドイッチの最後の一口を食べ終える。 そして僕は
それなりの時間を費やして歩いた先に見えた景色は、昨日と同様の海だった。 しかし早朝というだけあって、さすがに観光地とは言え、昨日程は人が居ない。 故に昨日よりも、海や砂浜が、幾分広く思えるのだ。 そんな景色を視界に映して、ゆったりとした歩幅で歩きながら、少しだけ前を歩く柊に、声を掛ける。「悪くないなぁ……散歩……」 そう言うと柊は、僕の方を振り向いて、言葉を返す。「そうでしょ。でも今日は特別よ、場所がいいわ」「あぁ、まぁそうだろうなぁ……横浜駅の辺りは散歩していても、こんな気持ちにはならないだろうし……」「えぇ……あんな所の早朝なんて、見るに堪えないから……」「……」 彼女が言葉を返した後に、また数分ほど、僕と柊は無言で歩く。 例えとして出した場所が、良くなかった。 僕が挿された場所を、琴音が殺した場所を、彼女の兄が殺された場所を、例えにするべきではなかったのだ。 ただ単に、大学近辺に住む奴に話すのとは違うのだ。 そんな風に考えていると、柊は再びコチラを振り返り、僕に言う「口にした後に、後悔しても遅いわよ」「……あぁ、ごめん」 そう言いながら、僕は彼女から視線を外す。「……そんな風にされたら、私も気まずいわ。もう全部、済んでしまったことなのだから……仕方ないわよ」 そう言いながら、視線を外している僕の方に向けて、いつも通りの声色で彼女は言う。 ほんとうにいつも通りで、冷たい温度を孕ませて…… だから僕も、いつもの様に言葉を紡いだ。「仕方ない……のかもしれないけれど……それでも僕は、やっぱり柊に、ちゃんと謝るべきだ。僕があのとき刺されなければ、柊の家族は死なずに済んだのかもしれないし、少なくともこんなおかしな、異人なんかに関わる様なことには、ならなかっただろう。そう考えると結局、僕が切っ掛けで、柊をこんなおかしな所に連れてきてしまった様な、そんな風に思えて仕方ないんだ……だから……」 そこまで話して、後は最後に『ごめん』と付け足すだけだった。しかし柊は、そんな僕の言葉を待たずに、返答するのだ。「あら、つまりアナタは、自分のせいで私がおかしくなったって、だから責任を感じているって、勝手にそこまで思い詰めていて……けれどそこまで思い詰めはしたけれど、反省の仕方が思いつかないから、とりあえずは謝罪の言葉を述べようと……そ
明朝、耳元に届いた冷たい声は、些か怪訝さを含んでいた。「荒木君……」 しかしその声が、あまりに分かりやすいそれだったから、僕は眠気眼の状態で、声の主に返事をする。「ん……あぁ、あれ……柊、おはよう……」「おはよう……って、あなた……どうしてこんな所で熟睡しているの?」「っ……あぁ、まぁ……色々あって……」 言いながら、身体をゆっくりと動かすと、寝ていた状態が良くなかったのだろうか、はたまたこんなフロントのソファなんかで寝るべきではなかったのだろうか、鈍く重い痛みが身体を襲う。 悲しいことに、そんな痛みが原因で、上手いこと身体を起こすことが出来ないのが現状である。 そしてそんな状態の僕を見ながら、わざわざ視線を合わせるためにしゃがみこんで、柊は僕に言葉を返す。「色々って……ほんと、よく通報されなかったモノね……」「えっ、僕通報されるの?」「されるでしょ、少なくとも私が従業員ならしているわ」「ひどくない?」「深夜に部屋じゃなくフロントのソファで寝ている不審者が居れば、誰だって通報するのは当然じゃないかしら?」 そう言いながら柊は、身体を起こそうとしている僕なんかよりも早い動きで立ち上がり、手をコチラに差し出す。「一応客なんだがなぁ……しかしそう言われると、何も言い返せない気がする」 そう言って、僕は柊のその手を取って、無理矢理身体を起き上がらせた。 起き上がりながら視界に入ったフロントの時計の時刻は、六時を指していた。「それにしても、早くないか?」 その声に対して、柊も時計の方に視線を送って、言葉を返す。「いつもこの時間に目が覚めるのよ……せっかくだから散歩でもしようかと思って、外に出たの」「あぁ、だからそんな……」 そう言い掛けた所で、僕は口を噤んだ。 いつもより明らかに、外に出るには無頓着な格好をしている彼女の装いに対して、危うく口を滑らすところだった。 しかしそんな僕を見て、彼女は言う。「賢明よ、荒木君。それ以上口を滑らせていたら、うっかり殺していたかもしれないわ」 そう言いながら、コチラに視線を送った後に、彼女は外に向かって歩き出した。「だから何も言っていないだろ。うっかり殺されるのは納得がいかない」 そう言いながら僕も、彼女の後を追う様にして、ゆっくりと歩き出す。 どうせ起きてしまったわけだから、同
大浴場での入浴を終えた後、部屋に戻ると、既に灯は消されていた。まぁ旅行初日に、あそこまで予想外な展開になったのだから、それも仕方ない。きっとしばらくしたら、僕も他の奴等と同様、すぐに意識を失って、意図も簡単に眠りにつけるのだろう。「……」 あーまぁ、そうだよね。 この身体になってから、食欲とか性欲とか睡眠欲とか……いわゆる人間の三大欲求が薄れているわけなのだから…… だからまぁ、こうなることは、想像に難くない。「……眠れないなぁ」 天井に向けて呟いた言葉は、空気に溶けて消えていく。 しかしその独り言が、少しばかりうるさかったのだろうか、隣に眠る奴等が、同時に寝返りを打つ。 右隣には柊、左隣には琴音……「……?」 アレ?なんだこの状況? 部屋に戻った段階では、どちらも真ん中には背を向けて寝ていた。 それで僕が眠るのは、もう真ん中のスペースしか見当たらなかった。 だからそのスペースに身を任せて仰向けになった。 うん、大丈夫、ここまでは至って普通の行動である。 しかしそこから数分後、今の様な状況になるわけなのだが…… これはあれか?ん?あっ、そうか……寝返りを打ったのか?「……フゥ」 今度は上を向いたまま、小さく息を吐く。 不幸中の幸いなのは、先に述べたように、今の僕は不死身の異人であるが故に、人間の三大欲求が通常よりも薄れているという点で、異人というモノは、人間とは異なるが故に、人間らしい欲求からは遠ざかっている……らしい…… いや、コレはたぶん、今までの経験からも、そうであると言える筈だ。 ゴールデンウィークの時に、琴音とラブホに行った時も、夏休み前に、柊を家に泊めた時もそうだった。 だからまぁ、この様な状況になったとしても、僕は特に、何も思わない。 そんな風に考えていると、両隣からどういうわけか、薄っすらと異なる甘い匂いが、同じタイミングで鼻に届く。 ほんとうにどういうわけなのだろうか……皆同じシャンプーだろうに…… あぁ、ダメだ、コレはいくらなんでも、たとえ人間でなくても……コレはよくない。「……っ」 僕は静かに身体を起こし、部屋を出た。 出た所で、行く宛などはないけれど、しかしあのままあの状態で、ずっと横になり続けても、眠れるわけがない。 ならいっそ、少しばかりホテルの廊下を歩いて、ロビーでジュース
気がかりだった着替えの件は、近くのコンビニに売られている物を使うということになり、それを買いに行くときは一人でいいから家に居ろと、そう言って彼女は再び僕の家を出ていった。 僕の家から徒歩数分のところに、一軒だけコンビニがあるから、おそらくそこに向かったのだろう。 出て行ってから三十分と経たない間に、柊は部屋に戻ってきた。 そして部屋に入るなり、彼女は言う。「汗をかいたから、シャワーを浴びたいわ」 そう言いながら僕の方を見つめる彼女は、数秒のわざとらしい沈黙の後に、睨みが利いていない無表情な顔で言い放つ。「覗いたら殺すわよ?」「誰が覗くか!」 そういうのはもう少し、表情
現時点での時刻は、おおよそ十六時頃だろうか...... 「......っ」「......」 いや、もしかしたらもう既に、そこから一時間程経過して、十七時になってしまっているのかもしれない。 なぜなら、今いるこの場所を訪れた時よりも、少しだけ周りの人間の数が、多くなって居るからだ。 しかしまぁ、今僕達が居るこの場所を思えば、この時間帯にこれだけ人が集まる現象は、実はそこまで珍しい事柄でもない。 なぜならこの場所は......「......あ、あのさ......」「なに?」「いや......とりあえず、何か頼まないか?」 大学から程近い、所謂ファミリーレストランと言われる
パンケーキを食べに行った次の日 ゴールデンウィーク二日目である今日は、朝からあまり天気が良くなく、一日中雨が降り続く予報が、テレビから聞こえていた。 時間の節目になり、番組が変わる。 そしてまたその番組では、前の番組でも報道していたことを、報道する。 特に見ているわけでもないテレビ、朝起きて身支度をするときの時計代わりである。 これはこれで案外便利だ。 こちらの要望に関係なく、今イチオシのスイーツだったり、芸能人の不倫疑惑や、新しい映画の完成披露試写会、政治家の汚職、ゴールデンウィークにおすすめのテーマパークの情報、通り魔の事件や強盗、交通事故、その他諸々。 そんなモノばかり
流石に朝起きたままの格好で、みなとみらいのオシャレなパンケーキ屋に行くわけにはいかないということになったので、各々一度家に戻り、シャワーを浴びて、再び大学から一番近い駅に集合することになった。 しかしまぁ、急転直下とは、まさしく今日のような日を言うのだろう。 朝目覚めたら、入った覚えのない大学の教室で、見知らぬ少女とおっさんが居て、そして人間であるはずの僕は、異人とかいう化け物になっていて...... まったく、一夜にして色々なことが起き過ぎている。 女子とパンケーキ屋に行くという、今までにないことを経験できると考えれば、この状況も案外そこまで悪くないのかもしれないけれど、それでも