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第0903話

Author: 十六子
恋華は艶やかな笑みを浮かべながら、隼人へとさらに近づいていった。彼女の指の間に挟まれた煙草の先からは、白い煙が静かに立ち上っていた。

隼人のぼんやりとした表情を見て満足げな恋華は、そのままキスを仕掛けようと顔を近づけた。だが、その瞬間、視線の端にスマホを構えた瑠璃の姿が映り込んだ。彼女はカメラを恋華に向けながら、ゆっくりと室内へ歩み寄っていた。

「江本さん、どうして続けないの?有名になりたいんでしょう?私、手伝ってあげる」瑠璃は薄く笑いながら、皮肉たっぷりに言った。「この動画、すぐネットにアップするわ。世間の皆さんに見せてあげるの、不倫女が既婚男性をどう誘惑するかって」

瑠璃の冷ややかな声が響いた瞬間、隼人はまるで意識を取り戻したかのようにハッとした。だが、ほんの数秒前のことなのに、記憶が曖昧で自分でも混乱していた。

恋華はつまらなそうに煙草の火を消し、瑠璃に対して鼻で笑った。

「冗談よ、目黒夫人。そんなに本気にしなくても」

「その冗談なら、ほかの男に言って。うちの夫にはやめてちょうだい。そもそも不倫女なんて、誇ることでもないでしょう?」瑠璃の笑顔は穏やかだったが、その瞳には鋭い光が宿っていた。

恋華は子供の頃から宏樹に大切に育てられ、これまで他の女に説教されたことなど一度もなかった。

彼女は顔を曇らせ、皮肉っぽく笑いながら隼人に視線を送った。

「目黒さん、またお会いしましょう」

挑発するようなその笑顔を見た瑠璃は、ようやくこの世に蛍より邪悪な女が存在することを知った。

恋華が立ち去った後、瑠璃はようやくその鋭さを引っ込め、どこか不調を感じて腹部に手を当てた。

それを見た隼人は慌てて彼女のそばに駆け寄った。

「千璃ちゃん、大丈夫か?」

だが、瑠璃は彼の差し出した腕を避け、冷ややかに問いかけた。

「さっき私が入ってこなかったら……あなたたち、もっと先に進んでた?」

隼人は彼女の肩を抱き寄せた。

「千璃ちゃん、変なこと考えるな。あの女がどう思っていようと、俺が愛してるのはお前だけだ」

「あなたが今言ってることが、昔の約束みたいに消えないことを願うわ」

瑠璃はそう言い残し、そのまま背を向けて先に歩き出した。

隼人は慌ててその後を追い、オフィスの外に出てようやく、頭が完全に冴えたような気がした。

翌日、瑠璃は病院で妊婦検診を受けた後
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