LOGIN「そんなつもりじゃ……」美雨は首を振って、とっさに否定した。「私は何も知りません。ただ監督に頼まれた脚本を、真剣に書いただけです。それに、桜さんに無理強いをしたわけでもありません。彼女が自分から演じたんです。そうよ!彼女は嘘をついてる!わざとああいう演技をして、憐れみで同情を買おうとしてるのよ!」「ふざけないで!」朋花はもう我慢できず、読み終えた資料を美雨の顔に叩きつけた。「石原さん、あんた頭がおかしいんじゃないか!桜さんは芸能人よ!全国にどれだけ男性ファンがいると思ってるの?あんたの元夫が彼女のファンだったってだけで、逆恨みするなんて!離婚されて当然よ!」書類が顔に当たり、美雨は思わず目を閉じた。叩きつけられた顔がヒリヒリと痛んだ。それによって、美雨が必死に保とうとしていた表向きの見栄も崩れてしまったかのようだった。彼女は赤く充血した目をゆっくりと開けた。その視線は朋花に向けられた後、やがて浩平へと移された。この時になって、彼女はようやく状況を理解した。なるほど、浩平も、とっくに安人と桜の関係を知っていたんだ。安人のような男が桜を守っているんだもの。もはや自分にはどうすることもできないだろう。その事実に気づき、美雨は背筋が寒くなって、椅子に崩れ落ちるように座った。もう、終わりだ。完全に、おしまいだ!「美雨さん、桜さんとあなたの元夫には何の接点もなかった。それなのに、中学の同級生だったっていうだけで、彼女を浮気相手みたいに決めつけて!あんたの考え方は歪んでる!」朋花は美雨を睨みつけ、考えれば考えるほど馬鹿らしくなって、怒鳴りつけた。「そもそも桜さんが何をしたっていうの?彼女は有名人なのよ。ファンがいて当たり前じゃない!」「桜さんは無実なんかじゃない!」美雨は突然、感情的になった。そして、顔を上げて朋花に向かって叫んだ。「あの子は生まれつき男を惑わす女なのよ。中学の時からそうだった。どんな男もみんな、あの子に夢中だった!あの子が転校してくる前は、私がみんなの注目を浴びてたのに!でも、あの子が来てから、男たちの目にはあの子しか映らなくなった。私の幼なじみでさえ、桜さんへのラブレターを渡してくれって、私に頼むようになったのよ」そこまで話すと、美雨の表情はだんだんと険しく、憎しみに満ちたものに変わってい
朋花はもともと美雨を疑っていた。でも、安人の今の言葉を聞いて、改めて美雨が最初から桜を陥れようとしていたんだと、ほぼ確信した。ただ、桜を陥れる理由については、きっと安人がもう突き止めているんだろう。そう考えると、朋花はくるりと目を動かし、わざとらしくため息をついた。「桜はどうしてあんなに馬鹿なのよ!いいところを見せたいからって、自分の体で無理するなんて!彼女にもし何かあったら、撮影班全体がどれだけ迷惑するか、考えなかったのかしら!」朋花の言葉を聞くと、美雨はすぐさま同調した。「朋花さん、まあまあ落ち着いてください。桜はすごく努力家の役者なんです。いい映画を作りたい一心で大丈夫だって言ったのかもしれないでしょう。まさかこんな大事になるとは、彼女も思ってなかったはずです」「やっぱり若いからでしょうか!そんな無神経なところがあるって知っていたら、私も全面的に信じるんじゃなかったなぁ……」朋花の言葉を聞き、美雨は一瞬得意げな表情を見せたが、すぐにあきれたような顔に戻った。「撮影が始まる前にも彼女に確認したんです。『本当に大丈夫?』って何度も聞いたんですよ。でも、彼女は大丈夫だって言うし、すごく自信満々だったから、私も信じちゃって。でも今思えば、彼女って昔からそうだったかも。いつも頑張りすぎるんですけど、何でも頑張ればうまくいくってわけじゃないですからね……まぁ、今回の桜のやり方は確かに軽率でしたけど、彼女も悪気があったわけじゃないから……」「そういえば……」突然、安人が美雨の言葉を遮って、漆黒の瞳で彼女を鋭く見つめた。「石原さんと桜は、中学の同級生だったそうだな?」美雨はきょとんとした。少し間を置いてから、ゆっくりと頷く。「はい。桜が中学一年の時、同じクラスで隣の席でした。でも、彼女は一学期だけで転校してしまったんです」「そうか」安人はそう言いながら、彼女を冷たい目で見つめた。「じゃあ、石原さんは桜の地元の人も知っているってことかな?」そう聞かれ、美雨は思わずゾクッとした。彼女は警戒しながら安人を見返して、内心はドキマギしていた!どうして安人は急にそんなことを聞くの?まさか、何か知ってるんじゃ……美雨がそう思っていると、「ちょうどいくつか資料が手元にあって。石原さんなら、見覚えがあるはずじゃないかな」安人がそう
車椅子に座っていても、彼が持つただならぬオーラを隠しきれないでいた。こうして、彼のような重鎮の登場によって、ただでさえ重苦しい会議室の雰囲気が、一瞬にしてさらに険しくなった。一方、美雨は、安人と桜の関係を知らなかった。彼女はこの映画の脚本家だが、浩平と仕事をするのは初めてだ。確かに、浩平は彼女の才能と物語を高く評価したが、プライベートでの接点はこれまでほとんどなかった。そのため、この会議室で、安人が桜のために来たと知らないのは、彼女だけだった。安人は映画のメインスポンサーだ。だから事情を知らない美雨は、彼を見て、誰かの責任を問い詰めにきたのだと無意識に考えた。すると、彼女は俯いて、どうやって全ての責任を桜に押し付けようかと、ひそかに算段を立てていた…………浩平もまた、安人が直接出向いてくるとは思っていなかった。以前の安人は、もっと慎重だったはずだ。桜が交際を公表したがらなかったので、彼はいつも彼女に合わせていた。あの碓氷家の跡取りで、財界のトップに君臨する碓氷グループのトップが、愛のため、名前もない、公にできない恋人であることに甘んじているなんて。それで浩平はあの碓氷家にも、一途で純真な恋愛に溺れるような人間がいるもんだと、プライベートではよく誠也をからかったものだ。それに、桜は今がまさにキャリアの正念場だ。だから、この秘密の関係は2、3年は続くだろうと思っていた。現に、今交際を公にするのは確かに適切ではないからだ。しかし、今日のこの様子では、安人はもう隠すつもりはないようだ。でも昨夜の出来事を思い返せば、浩平には安人の気持ちがすぐに理解できた。桜は、もう少しで命を落とすところだったんだ。安人が顔を出すのを我慢している方が、むしろあり得ないだろう。そう思って、浩平は安人を見つめた。「桜の容態は?」安人は美雨にちらりと目をやり、浩平に向き直った。「まだ危険な状態だ」浩平はきょとんとした。「そんなにひどいのか?」「溺れたことだけが原因じゃない。医者の話では、一番の問題は彼女の心の問題らしい」それを聞いて、浩平はすぐに心理カウンセラーの清美の方を見た。「藤川先生、どういうことですか?桜は問題ないと言っていたじゃないですか?」途端に清美も顔をこわばらせ、慌てて説明した。「この役は役者の心理的
安人が撮影班に戻る道中、ネットではすでに桜が飛び降り自殺を図ったというデマが広まっていた。輝星エンターテイメントもすぐに手を打った。しかし、桜の人気はあまりに高く、いくら事務所が素早く動いても、情報を完全に抑え込むことはできなかった。メディアは注目を集めようと、ここぞとばかりに桜の話題性を利用した。噂はたちまち炎上し、面白がって中には桜のツイッターに、本人からの説明を求めるコメントを残す者までいた。ファンたちはすぐに彼女のために発言をした。しかし、メディアが意図的に話を煽り、桜本人も沈黙を続けたため、事態は悪化する一方だった。わずか半日で、#桜、飛び降り自殺、#桜、生死不明といったデマがトレンドの上位を占めるようになった。道中、安人は綾からの電話を受けた。今回の件は、碓氷家の注目をも惹きつけた。悠翔でさえ、安人に何通もラインを送ってきていた。安人は、桜がすでに危険な状態を脱したことを伝え、家族を安心させた。自分が来たからには、もう桜を傷つけさせないつもりだから。桜を陥れた奴らは、自分がこの手で片付けてやる。昨夜、浩平はすぐに、桜が海に落ちたという情報を絶対に外部に漏らさないよう指示したはずだった。撮影班のスタッフは皆、長年浩平と共に仕事をしてきた仲間だ。だから浩平の指示には、いつも絶対服従だった。つまり、情報を漏らしたのは昨夜の救助に協力してくれた地元の人たちの可能性がある。だが、当時その場にいた地元の人たちは、素朴で正直な人ばかりだ。昨夜、浩平が口止めすると、彼らはすぐに「絶対に誰にも言わない」と約束してくれた。町の人たちは、誰もが映画が無事に完成し、公開されることを心待ちにしている。町の観光を盛り上げる絶好の機会だからだ。だから、彼らはそれを台無しにするような馬鹿な真似はしないだろう。となると、誰が情報を漏らしたのか、その答えはもう明らかだ。安人は窓の外を見つめた。その漆黒な瞳は、氷のように冷たかった。……この時、撮影班の会議室には、浩平と朋花、そして美雨と清美が集まっていた。4人は会議テーブルを囲んで座っており、室内は重苦しい空気に包まれていた。ネットでの炎上は収まらず、映画もクランクインから1ヶ月でこんな事件が起きた。プロデューサーやスポンサーにも、何らかの説明が必要だ。美雨
「君のせいじゃない」安人は桜を見つめ、複雑な表情で言った。「これは事故だが、100%事故とも言い切れない」寧々はきょとんとして彼を見た。「あ、あの……どういう意味ですか?もしかして、桜が溺れたのは、誰かの仕業だってことですか?」「この件は俺がちゃんと始末をつけてくる。今は何も聞くな、何も言うな。もしここ数日、誰かに桜のことを聞かれても、とぼけて黙っててくれ」寧々は理由は分からなかったが、安人がそう言うからには何か考えがあるのだろうと思った。「では、私は先に入院手続きをしてきます。それから、あなたも濡れた服を着替えないとですね。着替えはお持ちですか?」「急いで来たから、用意してない」寧々は尋ねた。「でしたら、あとで町のお店で一式買ってきましょうか?」安人は自分の姿を見下ろした。服はびしょ濡れで体に張りつき、しかも海水なのでベタベタして気持ち悪い。夜が明けたら新太が荷物を届けてくれることになっているが、到着するのは早くても午後になるだろう。それまで濡れたままでいるわけにもいかなかった。少し考えた後、安人は寧々を見て言った。「夏帆に買いに行かせてくれ」「夏帆に?」寧々はわけが分からなかった。「ああ、彼女は新太と親しいから、何を買えばいいか教えてもらえるだろう」寧々は少し鈍いところがあった。ここまで言われてもまだピンと来ておらず、ただぽかんとしながら頷いた。「分かりました。すぐに戻って夏帆に伝えます」それから、寧々が病室を出ていくのを見届けて、安人はナースコールを押した。すぐに看護師がドアを開けて入ってきた。「どうかなさいましたか?」安人は看護師を見て、淡々と言った。「足の裏を何か鋭いもので切ってしまった。悪いが、手当てをしてくれないか」看護師は驚いた。「足の裏ですか?何で切ったんですか?」「よく分からない。多分海の中で傷ついたんだろう」「でしたら、救急外来で診てもらった方がいいですよ」「彼女を一人にしておけない」そう言われ、看護師は安人をじっと見た。男は驚くほど顔立ちが整っており、全身ずぶ濡れでも、その威圧感のあるオーラは隠しきれないでいた。看護師は少し考えて言った。「でしたら、こちらから救急外来に連絡して、当直の先生にこちらに来てもらって手当をしてもらいましょうか。それでよろしいです
「ザブンッ」という音を立てて、男の大きな体が勢いよく海へ飛び込んだ。その後ろから、寧々と夏帆が地元の人を何人か連れて、慌てて駆け寄ってきた。地元の人たちは皆泳ぎが得意で、安人が救助のために海へ飛び込むのを見ると、すぐさま服と靴を脱いで後を追った。荒れ狂う波の中、誰かが叫んだ。「満ち潮だぞ!みんな気をつけろ!」真っ暗な海はうねりを増し、波が次々と高く押し寄せる。泳ぎの達者な地元の人たちでさえ、前に進むのがやっとだった。安人が真っ先に海へ飛び込んだが、今や桜どころか、安人の姿さえも見失ってしまっていた。寧々は真っ暗な海を見つめて、完全に我を忘れて叫んだ。「桜さん!あれは桜さんなの?ううっ」そう泣きながら、後を追って海に入ろうとする寧々を、夏帆が引き留めた。「落ち着いて!碓氷さんが絶対に桜さんを助けてくれるから!」引き止められて、寧々は砂浜にへたり込み、ただただ大声で泣き続けるしかなかった。「桜さんは泳げないのよ!今日の海に落ちるシーンは、スタントを使えばいいって何度も言ったのに!彼女が頑なに聞こうとしないんだから。あなたたちまで彼女の言いなりになるなんて!あの子、小さい頃に溺れたことがあって、本当は水が怖いのよ!このままじゃ彼女死んじゃう……本当に死んじゃうわ!」そんな泣き叫んでパニックになる寧々を、夏帆は強張った表情で抱きしめた。しかし、どんな慰めの言葉も、この状況では虚しく響くだけだった。彼女は真っ暗な海を見つめ、桜の無事を祈ることしかできなかった。浩平と朋花が人を連れて浜辺に駆けつけた、その時。海の方から、ついに地元の人たちの叫び声が聞こえてきた。「見つけたぞ!はやく、こっちに来て手を貸してくれ!」寧々はピタリと泣き止み、よろよろと立ち上がった。「桜さんが見つかった!見つかったのね……」数人の地元の人に手伝われながら、安人は桜を抱いて砂浜に戻ってきた。でも、桜は意識がなく、壊れた人形のようにぐったりと動かなかった。安人は彼女を砂の上にそっと横たわらせると、震える手で彼女の頬を叩いた。「桜?桜、目を覚ませ!」だが、桜は、ぴくりともしなかった。安人は濡れた顔を腕で拭うと、息を深く吸い込み、無理やり自分を落ち着かせた。そしてすぐさま、彼は桜に心臓マッサージと人工呼吸を始めた。寧々
「うん!」......陽斗の生活リズムはとても安定的で、毎日夜九時に寝て、朝六時にきちんと起きる。最近は夜中の授乳もなくなって、朝までぐっすり眠れるようになった。詩乃は、陽斗の寝顔をゆっくり見るのは久しぶりだった。「なんだか、知らないうちにまた大きくなったみたい!」彼女は陽斗のほっぺをそっと撫で、ふと顔を上げて浩平を見た。「ますますあなたに似てきたね」すると、浩平は彼女をぐっと抱き寄せて言った。「もう気が済んだか?」部屋は小さなテーブルランプの明かりだけだったけど、それでも浩平の熱っぽい眼差しは隠せなかった。詩乃は頬を赤らめて目を伏せ、心にもないことを口にしてみた。
我慢できず、優希の後頭部に手を当てると、顔を寄せてまたキスをした。この時、安人がドアを開けて出てくると、ちょうど車のフロントガラス越しにその光景を目にした。すると、彼の顔つきが険しくなり、大股で近づいてきたのだ。突然、車の窓がコンコンと叩かれた。車内で夢中でキスをしていた二人は、はっと驚いた。哲也は優希を離すと、顔を上げた。そこには、険しい顔つきの安人がいた。優希も振り返り、鬼のような形相の兄を見て、びっくりした。彼女は慌てて哲也の肩を叩いた。「あなたはもう帰って。私は、ここで降りるから!」そう言って、優希は車のドアを押し開けて降りた。ドアを閉めると、彼女は
「詩乃、あなたのことを信用していないわけじゃないんだ。ただ、俺の実家のことで、あなたまで嫌な気分になるのが嫌で」浩平はこめかみを押さえて言った。「あなたにまで心配させたくなかったんだ」「お兄さん、人は生まれや育ちの環境を選べないけど、それでも私が一緒に向き合いたいと思うのは、あなたのことが大好きで、大切だからよ。だから、あなたの全てを受け入れたいの」浩平は、詩乃のその言葉に深く心を動かされた。「本当に聞きたいのか?」詩乃は立ち上がると、彼の前まで歩み寄り、両手を広げて言った。「ぎゅってして」浩平はクスっと笑うと、彼女の腰を抱き寄せて自分の膝の上に乗せた。詩乃は浩平の
こうして、由理恵は警察に連行され、事情聴取を受けることになった。音々が突き止めた証拠は十分揃っていた。でも、由理恵は容疑を認めなかった。それに、事件から十年以上経っているため、証拠の裏付けに時間がかかった。蛍の葬儀のことは、浩平がすべて取り仕切った。蛍は亡くなった。しかし、彼女の死は世間の注目を集めた。葬儀には、浩平のファンや、蛍に同情する人たちが自発的に集まり、彼女を悼んだ。浩平の業界の友人や、仕事仲間も葬儀に参列した。浩平は蛍のために、日当たりがよくて見晴らしもいい、素敵な墓を買った。葬儀の日、空はどんよりと曇り、霧雨が降っていた。黒い喪服を着た浩平は、身を







