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第219話

作者: 花野めい
三久も、その拉致事件についてはかすかに覚えていた。熾烈な企業間の争いが引き金となった、かなり血なまぐさい事件だった。

だが、名門の酒井家の唯一の跡取りが何者かに拉致されたと知られれば、酒井家にとって大きな汚点になりかねない。そのため、一家は莫大な金をつぎ込み、事件を跡形もなく揉み消したのだ。

三久が当時の記憶を辿っている間、洲人はじっと彼女の顔を見つめていた。だが、その顔からは、驚きも動揺も、何の感情も読み取れなかった。

「お話は以上ですか」三久は姿勢を正し、いつでも客を送り出せる態勢を取った。

「いや、ちょっと待て。もう少しよく考えてみろって!」

洲人は必死に彼女の思考を誘導しようとした。

「よく考えてもみろ。千歳が由樹の命を救ったんだぞ。由樹が彼女と結婚するのは、愛情からじゃなく、単なる恩返しのためなんじゃないか?」

三久はゆっくりと瞬きをした。

そう言われてみれば確かに、その方向では考えたことがなかった。もっとも、恩返しの方法など、金でも地位でもいくらでもあるはずで、自分の一生をそのために差し出す必要まではないはずだが。

「少しは反応してくれてもいいだろ」

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