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私の彼氏はちょっとだけ心配性。:009

last update Date de publication: 2026-06-15 22:48:51

後ろ髪より少しだけ長い前髪が横頬を擦り、薄い唇がゆっくりと動く。その様子がスローモーションのように見えて、理解するのに時間がかかった。

「好きだ」

またもや言われ。

壱の顔は信じられない程に真剣で冗談を言っているようには見えない。

「そ、そんな……何度も言わなくても……」

「俺は下田葵依が好きだ」

熱い吐息と共にフルネームで名を呼ばれた葵依は口を噤んだ。

どうして壱に告白をされているのか理解が追い付かない。

「俺は何度でも言う。好きだ」

葵依は返事の代わりにギュッと目を閉じる。

どうして告白をされているのか暗闇の中考えようとして目を閉じたのだが……これでは『キス待ち』をしているように見えた。実際、壱は堪えるように眉間に皺を寄せていた。ゴクリと唾を飲み込む音が壱から漏れる。

ふー、と壱は長い息を吐くと、葵依の頬に触れた──全理性を総動員させて葵依の唇に触れるのを止めた。それを知らない葵依は自分の頬にひんやりとした何かの感触に瞼を痙攣させる。目元をなぞる何かの動きが目を開けるようにと催促しているように感じて、葵依はゆっくりと目を開いた。その正体は壱の
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  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   070話

    『まぁ、良いや』(良くない。ううん、良かった) 追求されずに済んで良かった。でも小テストは忘れていたから、良くない。ふたつの相反する気持ちが頭の中グルグル回って一人百面相をしてると『葵依はさ』と楓から話しかけられた。『勉強、頑張らなくて良いんだよ』 声は極めて優しくて、温かい調子だ。頑張り過ぎている葵依を気に掛けている──でも、その優しさは葵依の深い所を抉った。「でも、大学に行かなきゃならないから」『自ら苦労してどうするの?』「楓くんは大学に行ってるよ」『だって僕は跡取りだし。葵依は大学とか就職とか考えんなくても良いんだよ。苦労して欲しくないんだ』 楓の言葉は身体を壊してまでバイトをしながら勉強をしている姿を見て心配してくれている。葵依はそれが分からない程の馬鹿じゃない。純粋に心配してくれている──でも、葵依はその優しさが辛かった。 養子に入り、同じ苗字を継いだら良いと彼らは言う。そうすれば何ひとつ苦労をしないで済むんだから、と。日本中どこへ居ても恩恵を受けられる──彼らの存在はそれだけ偉大で、彼らを知らない日本人は居ない。下手すれば、外国人さえも知っている程の名家だ。一昔前なら彼らが道を通れば、人は道の隅に寄って頭を垂れていただろう。そんな彼らの養子になれば、今までの生活と180度変わる。でも、葵依はそれを望んでいない。 遥はその恩恵を受けていたにも関わらず、十八歳で家を出た。茂達から聞いた訳じゃない。遥も葵依には実家の事を自分が病気になるまで何ひとつ教えなかった。ただ、彼らが自分には伏せている事実を、葵依は知っていた。妊娠した事で遥は破門されたのだ──葵依は遥が亡くなる前から実家の事は知らなくても、追い出された理由は知っていた。 (ママが苦労したのに、自分だけ楽をするなんてあり得ない)  ずっとずっと思っている。  私さえ居なければ、無理してまで仕事を何個も掛け持ちしなかっただろう。きっと煙草も吸っていなかった。 あれは、ストレスを軽減させる為に吸っていたのではないだろうかと。

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   069話

     挨拶もしてくれるし良い人だったのに? と葵依は唖然としてまじまじと巡査の顔を見つめる。「何をされたんですか?」「守秘義務でお話できないんです」  巡査は「すみません」と後頭部を触って頭を下げた。 デカい男が頭を下げたお陰で、隣人の開いた玄関からスーツ姿の男と制服警官が出入りする姿が目に入る。只事じゃない雰囲気に葵依は緊張して、ゴクリと唾を飲み込んだ。 視線を横に向けると自分より背丈が高い枝葉の隙間から駐車場にパトカーが停まっているのが見えて、余計に現実味を帯びた。「彼の家に出入りする怪しい人物を見かけた事ありませんか?」「ごめんなさい。お隣さんが一人のとこしか見た事ないです……あっ!」 昨晩の出来事を思い出して葵依は大声を出す。そう言えば、隣人が自分の家の玄関のドアを叩いて、尋常じゃない様子だったと巡査に昨夜の出来事を話した。「それは気にかかりますね……その後、どうされたんですか?」 あの後、青山がどうなったか葵依は詳しく知らない。知っているのは壱だ。「どうにかする」と言って部屋を出て行って五分で解決してくれた。ただ、それを言って良いものか葵依は言葉に詰まってしまう。今、自分の家に全く他人の男性が居る事を警察官に知られてはいけないような気がした。ほんの数秒前まで、口では言えない事をしていたので、それを暴露しなきゃいけないような気がしたのだ。「うぁ、っと。その後、私は寝ました」 しどろもどろになって、視線を彷徨わせる葵依の姿はどう見ても『何か知っている』だ。それに気付いているのかいないのか、巡査は「分かりました」と発した。 「昨夜、親御さんは一緒でしたか? もし家にいるならお話を伺いたいのですが」「だ、だめですっ!」 バッと玄関ドアの前で両手を開いて立った。これじゃ何か隠しているようなものである。訝し気に見つめる巡査の前で葵依は変な汗を額に掻いてしまっていた。 「あ、あの、私、ママを亡くして一人暮らしなんです。だから、おうちには誰もいませ

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   068話

    「葵依」 葵依の名前を呼んで──壱は彼女の唇に啄むだけのキスをした。ポカンと口を開けた葵依がフルフルと震え出して、「不意打ちはダメ!」と叫ばれてしまう。壱は褒めて欲しかった。このまま葵依の腕を掴んで奥に連れ込んで行為に及ばなかった事を……。我慢した結果が、このキスなのだ。「今日、何度も許可なしでキスも素股もしたのに」「無防備で可愛いな」と葵依の隙を見て今度は右頬にキスをした。葵依がその場所に手を当てながら真っ赤になる。 「あ、うぁあぅ」「……今日、沢山お喋りをしような」 葵依の右耳にそう囁いて、壱はゆっくりと顔を上げる。葵依の目を見つめながら、彼女にふわりと笑いかけた。「行ってらっしゃい」 と言うと、またも葵依は怒ったような照れたような表情から、はにかむように笑って「行ってきます」と言ってくれたのだった。 ♦ 葵依は壱の穏やかな笑みを見ながら、玄関ドアを閉めた。 家を出る時に、誰かが居るって懐かしい。壱の前で昔の記憶が蘇ってつい泣きそうになってしまった。(上手に笑えてたかな) 失態だ。 懐かしい煙草の香りを嗅いでしまって、大好きだったママを思い出してしまった。「でも」と葵依は口の中で呟いた。 壱は自分と同じようにシャワーを浴びたから、煙草の匂いは薄まり代わりに自分と同じ石鹸とリンスインシャンプーの香りがしていた。それなのに、どうして懐かしいと思ってしまったんだろう……どうして、嬉しいと思ってしまったのか。  (ママが亡くなって、寂しすぎちゃってるのかな……) 寂しさはそう簡単に埋まらない。ただそれを必死に誤魔化して生きている。 あまり考えないでおこう、と葵依は長く息を吐く。(それにしても……。壱さんが口を開けて笑う姿って、やっぱり可愛い) 壱を思い浮かべて、

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   067話

    「出しましょうか」と立ち上がって台所へ向かおうとする葵依を壱は呼び止めた。家を出なきゃいけない時間だ、と言えばスマホを見て葵依は顔色を変えた。 慌てて玄関へ向かう葵依に、彼女が忘れて行った学生鞄を手に持ってついて行く。靴を履く葵依の背中を柱に背中を預けながら見届けた。「送って行こうか? 裏道を通れば三十分もかからない」  そう提案をすると、靴を履き終えた葵依がクルリと振り向いた。と同時に、鞄を忘れた事を壱が持つそれを見て、自分の手元にない事に気付いたようだ。照れ臭そうにして鞄を受け取った。「葵依の元バイト先の近くに停めてるからそこまで歩かなきゃならないが、車で送るよ。それにまだ腰とか脚の間が痛いだろ」 葵依は腰と脚の間と聞いて、口をすぼめた。これは、照れている。 「いえっ……大丈夫です。自転車で行きます」 断られてしまい、「そうか」と返した。見た目では納得しているフリをしても内心ではショックだ。葵依から頼って貰えるようになるのはだいぶ先になりそうだ、と壱は思った。まだ付き合って二十四時間も経っていないから、慌てなくてもいいだろうけど、葵依とズブズブのラブラブになりたい。そうなる為には身だけではなく心も手に入れなきゃならない。「私、これでも丈夫なんですよ!」 ニコォ、と右腕を上げて力こぶを作って見せてくれた。「触ってどうぞ」と言うので遠慮なく触る──力こぶではなく、二の腕の柔らかいところを。「もぉ! ここじゃないです!」 バッと腕を引っ込められてしまった。目くじら立てて怒る葵依がちっとも恐くなくて、壱は声を出して笑った。 笑った壱の顔を葵依は目を丸くして見つめる。それからプイッと顔を横に向けた。拗ねてしまった葵依を見て、壱は「ごめん」と手を合わせて謝るも……その彼女の口角が緩やかに上がっている。横髪に隠れてしまって、壱は気付かなかった。「──そろそろ行かなきゃ」 と言った葵依に「行ってらっしゃい」と壱は返す。バッと顔を上げた葵依の表情は驚いていた。

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   066話

     葵依が狐に抓まれたような顔をした。「激務だからって、彼女に会わないなんてそんな事俺はしないよ。やっと葵依と付き合えたんだから」「ぇっ?」「デートはできないけど、会う事は出来るだろ?」「そ、そぉですね……」 葵依は壱の前で、自分の頬を触ったり髪を触ったりと落ち着かない様子だ。平静を取り戻そうとして、足を崩したり膝を突いたり、横を向いたりと忙しなく動いた末、再び正座に戻った。 「私の勘違い、だったんですね……」  カァー、と葵依の頬が徐々に紅潮する。両手で横髪を掴んで顔を隠す仕草をした。「早とちりしました」 葵依がそう言って、はにかみながら伏し目になった。「じゃあ、テスト前とテスト期間中以外は会えるんですね」 まるで、バイト休みの希望理由みたいな内容じゃないか……。 だが、テスト期間中もバイトをさせられていた葵依に「テスト期間中でも俺と会って」だなんて言い辛いな……。葵依の邪魔はしないと言った手前、自分の我儘のような気がして壱は何も言えずに、黙りこくった──が、すぐに閃いた。 パンっ、と両手を叩く。「テスト期間は可能な限り俺が勉強を見るよ。そうしたら会えるよな?」「迷惑じゃないですか……?」「葵依に対して迷惑だなんて思わない。毎回って訳には行かないだろうけど、出来る限り葵依と一緒に居たいんだ」「もしかして、俺が居ると勉強の邪魔になるか?」と嘆くと、葵依はブンブンと首を横に振った。「じゃあ、決まりだな」 壱がニッと笑う。泣き落としにまんまとやられる葵依を見て、この手をずっと使い続けようと壱は思った。 「決まったついでにもう二つ、話があるんだ」「話……」と葵依の大きな目が不安気に揺れる。良い話ではないと思ったのだろう。葵依が不安がる必要

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   065話

     パァッと花が舞う。 壱は「うっ」と唸り声を上げて、思わず胸を押さえる。その笑顔は間近で見ると、危険だ。押し倒したくなる。「今日はひば」「ひば?」 ゴホン、と壱は咳払いをした。 「あーごめん、葵依の笑顔の可愛らしさに心臓をやられて噛んだ。……今日、俺は暇なんだ。仕事が休み」  満面の……力いっぱいの笑顔だ。壱が大好きな葵依の表情で葵依が笑っている。「じゃあ、今日もお喋り出来るんですね!」 飛び上がってもおかしくないくらい、嬉しそうだ。実際、肩が上下に跳ねている。そんなに喜ばれると、壱は何だか照れ臭くなって顔が火照ってくるのを感じた。 さっきまでの葵依の元気のなさが嘘のようだった。もしや、と思う。(俺が帰る、と思って……落ち込んでいたのか……?) 湧き上がってくる想いを堰き止める為、壱はまたも胸を押さえ込んだ。こうでもしないと、葵依が可愛過ぎて、押し倒してしまいそうなのだ。「えっと、十六時に学校が終わるので、それから帰ったら17時半までにはおうちに着きます。晩御飯食べますか?」「食べる!」と叫ぶ。ちょっと……いや、かなり力を込めて言ってしまった。 「今日もお泊りしますか?」(コンドーム用意しとく) 壱は心中でそう返事をして、ただ笑顔で頷いた。 本人はそんなつもりで言ったんじゃない。きっと深い意味はなく訊ねたんだろう。 葵依が嬉しそうなので、水は差さない事にした。「今日は一緒に居られるんですね」 感慨深そうに呟いた葵依の表情を壱は見る。今すぐ、葵依に鏡を見て欲しい、と壱は思った。そんなに切なそうにする理由が分かる筈だ。「今日だけじゃなくて、明日も明後日もそれ以降も会える」「明日も明後日も? お仕事お休みですか?」「いや。あるけど」

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   私の彼氏はちょっとだけ心配性。:004

    ※ コンビニから出て少し歩いた信号で葵依は立ち止まる。赤信号の間、葵依は背負ったリュックから携帯を取り出して画面を見ると不在着信2件とLIMEのメッセージがあった。 『どうして電話をしないんだ?   電話にも出ないし。  何かあったのか?』  というメッセージを読んで葵依は「しまった」と呟く。この不在着信とメッセージの相手は彼女の叔父だ。  葵依は二十二時にバイトが終わってから、この信号を渡る前に必ず叔父へ電話をするのが日課だった。  叔父──門ヶ原茂は葵依の身元保証人だ。彼は妹、即ち葵依の母親が病死して、葵依を引き取るつもりでいたが葵依はそれを断

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   私の彼氏はちょっとだけ心配性。:003

     葵依は小柄なうえ童顔で、小さな顔に仔猫のように大きい目を縁取る長い睫毛、毛先が外側にクルンとカールしたセミロングストレートの髪型……守ってあげたくなるような無垢な高校生。女子高校生というブランドと小柄で童顔というセットはある界隈の男達から絶大にモテた。仕事中何度も遊びに誘われたが、葵依は全て「勉強をしなきゃ」と言って断った。これは下手な断り文句ではなく本当の事である。葵依はバイトが休みの日は友達と寄り道せず、学校が終われば真っ直ぐ家へ帰り授業の予習をするのだ。  可愛いけど男への免疫がない葵依を騙すのは簡単だろう──胸が小さいのは残念だが、世間知らずな見た目だから簡単に堕ちるだろう……そ

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   私の彼氏はちょっとだけ心配性。:002

    葵依は小柄なうえ童顔で、小さな顔に仔猫のように大きい目を縁取る長い睫毛、毛先が外側にクルンとカールしたセミロングストレートの髪型……守ってあげたくなるような無垢な高校生。女子高校生というブランドと小柄で童顔というセットはある界隈の男達から絶大にモテた。仕事中何度も遊びに誘われたが、葵依は全て「勉強をしなきゃ」と言って断った。これは下手な断り文句ではなく本当の事である。葵依はバイトが休みの日は友達と寄り道せず、学校が終われば真っ直ぐ家へ帰り授業の予習をするのだ。  可愛いけど男への免疫がない葵依を騙すのは簡単だろう──胸が小さいのは残念だが、世間知らずな見た目だから簡単に堕ちるだろう……そう

  • 私の彼氏はちょっとだけ愛がオモい。   私の彼氏はちょっとだけ心配性。:001

     高校一年生から二年間勤めたコンビニのバイトを下田葵依は、高校三年生の五月、ゴールデンウィーク最終日をもって円満退職を果たす。  二十二時。終業時間になりバックヤードへ行くと、店長の田中から「みんなからだよ」とプレゼントが入った袋をもらった。バイト仲間たち全員からの寄せ書きが入っていて『一緒に働けて楽しかった』『遊びにきてね』『寂しい』などと書いてある。ガラスドームに入ったプリザーブドフラワーと「受験勉強を頑張って」という気持ちが込められた本革製のペンケースも贈られた。うるっと涙が出てきて、葵依は慌てて手の甲で涙を拭った。 「葵依ちゃん」 『葵依ちゃん』と呼ぶ声

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