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秋遠きを顧みて
秋遠きを顧みて
Author: 簡図

第1話

Author: 簡図
「俺と結婚する気か?」

電話越しの男の声はどこか茶化すように冷めていた。

ロマンチックなはずの言葉も、彼の口から出ると妙に皮肉めいた響きになった。

それでも、藤原莉子(ふじわらりこ)は一瞬の迷いもなく答えた。「私はそう決めたの」

「ちゃんと考えたのか?俺は遊び人だし、新垣家の若奥様という肩書きと金以外、お前に何も与えられないぞ」

莉子はどこか満ち足りた表情で微笑んだ。「それだけで十分だよ」

風見市の新垣家との縁談は、どれほど多くの令嬢たちが願っても叶わない幻のようなものだった。

海斗の祖父、新垣涼介(あらがき・りょうすけ)が莉子への特別な想いがあったからこそ、彼女のもとに幸運が降り注いだのだ。

男は苛立たしげに舌打ちした。

「ここ数年、お前は高橋大輝(たかはしだいき)っていう、女の金で生活してるイケメンに夢中だったろう。もういいのか?」

その言葉に莉子の声色も同じように冗談めいて言った。

「もういい子でいるのは飽きちゃった。たまにはあんたと、ちょっと刺激的なことしてみたくなったの」

男はその話題には乗らなかった。

「わかった。来月は祖父の誕生日だから、その時に嫁いでこい。きっと喜ぶだろう」

通話はそこで切れた。

莉子はスマホをテーブルに置き、ガラス越しにカフェの中を眺めた。

そこには彼女の婚約者である大輝と一人の女性の姿があった。彼はナイフとフォークを使い、向かいの女性のために丁寧にステーキを切り分けている。

パスタのソースがその女性の口元に付いていた。

二人の距離が徐々に縮まり、やがて唇が重なった。

莉子は指先を強く握りしめ、胃の奥から込み上げる吐き気を感じた。

不倫相手に妻への愛を失う者とは違い、大輝が長年愛し続けた初恋の人は莉子だった。

星野市の誰もが知っている――大輝が彼女を深く愛していることを。

莉子を掌握することは、大輝の運命を握ることと同じだった。

だが、ある交通事故で、彼女は三年もの間ベッドで眠っていた。

再び目覚めたとき、大輝の隣には自分によく似た少女がいた。名前は佐藤真央(さとうまお)と言う。

一目見ただけで、莉子にはすぐに分かった。

それは大輝が見つけた「代わり」だった。

その少女は高橋家で家事手伝いとして働き、莉子の身近に置かれた。

目覚めた翌日、真央は莉子の目の前でわざとらしくカップを割り、かがんで片付けたときに、持ち歩いていたお守りを落とした。

そのお守りは大輝が海外に行くときに、莉子が寺で心を込めて祈り、手に入れたものだった。

しかもそれには彼女自身が刺繍した花の模様が施されていた。

あのとき彼は「一生大切にする」と言ったのに、今は他の女の首にかかっている。

大輝は気配に気づくと真央の頬をいきなり平手で叩いた。

「莉子がやっと目覚めたというのに、誰がここへ来て邪魔しろと言った?」

彼はさりげなく床に落ちたお守りを拾い上げた。

「不器用なだけならまだしも、今度は盗みも覚えたか。さっさと出ていけ」

莉子は彼の一挙一動を見つめ、ふっと薄く笑みを浮かべた。

大輝の芝居は、あまりにも稚拙だった。

本気で騙すつもりなら、せめて指先の震えぐらい隠すべきなのに。

莉子はわざとらしく言った。「彼女が役に立たないなら、解雇して新しい家政婦を雇えばいいわ」

大輝は少し躊躇した。

「莉子、この子は不器用だけど、可哀想な子なんだ」

「家が貧しくて、学費も出してもらえないから、自分でアルバイトしてるんだ。少しぐらい助けてやってもいいだろ?」

ここまで言われたら拒絶すると、こちらが冷たい人間のように見える。

莉子が黙認すると、大輝は嬉しそうに彼女の額にキスをした。

「やっぱり莉子は優しいな」

その夜、莉子は三階のバルコニーに立ち、一階の小さな部屋を見下ろしていた。

柔らかな灯りの下、大輝は真央の傷に薬を塗っていた。

真央は唇を尖らせて泣きじゃくり、彼の胸に顔を埋めていた。

莉子は大輝は、こんな泣き虫の女には一番興味がないと思っていた。

自分自身もそういった媚びた態度には耐えられない性格だ。

だが現実は違った。大輝は真央を優しく抱きしめ、根気強く慰めていた。

大輝のあんなに穏やかで、包み込むような愛情を見たのは初めてだった。

莉子は目を細め、その光景を見つめた。

心臓が大きな手で掴まれ、引き裂かれるような痛みを感じた。

大輝はやはり自分のことを理解していなかった。

どうせ隠すなら、もっと巧妙に隠せばよかったのに。

ばれた以上、莉子がどんな些細なことも許せない性格だということを思い出すべきだった。

莉子は優柔不断が嫌いだった。

翌朝、莉子は真央を呼び出した。

そして、率直に切り出した。

「私、あなたと大輝のこと知ってるわ。私も目覚めたけど、これからどうするつもり?」

責めるでもなく、責任を問うでもなく、莉子は本心で真央と正直に話したかった。

しかし話し終える前に真央の目は赤くなっていた。

真央は唇をかみしめ、今にも泣きそうな声で言った。「莉子さん、私のこと見下してるんでしょ?あなたは家柄も立派だし、私なんか敵うわけない」

「どうせ追い出すつもりなら、わざわざ呼び出して辱める必要ないじゃない」

莉子は大輝とは違い、こうした泣き言には全く興味がなかった。

むしろ苛立ちがこみ上げてきて、ほとんど抑えきれないほどだった。

「もういい」

声を抑えてきっぱりと言った。「私の話をちゃんと聞いて、考えてから返事して」

泣きながら弱者を装い、自分にいじめっ子のレッテルを貼るのはやめてほしかった。

言い終わるか終わらないかのうちに、大輝が慌てて駆け込んできた。

彼はほんの一瞬だけ迷ったがすぐに決断した。

素早くコートを脱いで真央にかけた。

再び莉子を見た瞬間、まるで別人のような冷たい表情になった。

「莉子、どうしてそこまで人を追い詰めるんだ?」

莉子は呆れたように笑った。「彼女をここに呼んだ理由は何か、あなたが一番分かってるはずだ。私たちの会話を聞いてた?事情を知ってる?私の目的を理解してるの?」

大輝は眉をひそめた。「俺がそんなことを知る必要はない」

「何も知らないくせに、どうして私を責めるの?」

大輝は苛立ちを隠そうとしなかった。「そうだよ、俺は何もわかっちゃいない。でも、ひとつだけわかってる。もしあの時、お前が嫉妬しなければ、俺の母さんは死なずに済んだんだ!」

「一人を死なせただけじゃ足りず、今度は真央まで追い詰めるつもりか?」

莉子はその場に立ち尽くした。

この言葉を大輝がどれほど胸の奥に抱え込んでいたのか、今になってようやくわかった。

ここまで憎まれているなら、これ以上ここにいる意味はない。

早く離れて大輝を自由にしてあげた方がいいのかもしれない。
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