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第三話

Author: 深海 涙
last update publish date: 2026-03-11 19:52:03

 わたくしはツェーザルから、ダンスを申し込まれる覚悟をした。大公家の方が身分が高いため、断りづらい。

 しかし、わたくしの予想とは違い、ツェーザルは丁寧なお祝いの言葉をくれただけだった。

 ツェーザルはどこか中性的で美しい顔をしている。塔に来ていた男とは体格が違う上に、瞳も予想している色ではない。

 しかし、穏やかな話し方があc似ている気がした。わたくしは、真偽を確かめたくなり、挨拶だけで立ち去ろうとするツェーザルを引き留め、自らダンスに誘った。誕生日の贈り物としてねだったのだ。

 ツェーザルは戸惑いの表情を浮かべながら「私と踊って問題ないのか?」と訊いてきた。

 公爵家の政治的立場を案じてくれているのだろう。

「この場にいないあの方としか踊れないのであれば、わたくしは自分の誕生を祝う宴で、壁の花になってしまいますわ」

「それは、そうだが……」

「ダンスがお嫌なのであれば、テラスでご一緒にお話しでも」

「いや、踊ろう」

 ツェーザルが手を差し出してくれたので、わたくしはその手に手を載せた。

 ツェーザルのダンスの腕前は、可もなく不可もないといったところだった。

  一度目の人生で、ツェーザルとは一度も話したことがなかった。マクシミリアンとツェーザルの関係が複雑だったからだ。

 マクシミリアンは第一皇子として生まれ、15歳のときには皇太子となった。しかし、貴族の中にはツェーザルを次期皇帝にと画策する派閥があった。

 わたくしも皇后となるまで知らなかったが、皇室の財政は酷いものだった。ひとえに、マクシミリアンの父、アウグストの愚策のせいだった。わたくしが成人した頃、皇室の財政が潤っていると思い込んでいたのも、アウグストが頻繁に贅沢な舞踏会を開いていたからだ。

 わたくしの生家、ローゼンフェルト公爵家は、帝国で指折りの富豪だった。そのローゼンフェルト公爵家も、レマルク大公家には及ばなかった。

 最初の人生で、わたくしは何も知らずに、会場に現れないマクシミリアンを待ち続けた。一度、皇后として国政の一端を担った経験が、当時の無知故の純粋さを奪ってしまった。

 わたくしのための舞踏会は、皇室に対して、公爵家の富を見せつける目的で開かれたのではないかと、穿った見方をしてしまう。それだけでなく、舞踏会を使い、皇太子とわたくしとの婚約を進めるよう催促したのではないか。そうでなければ、わたくしの結婚相手として相応しい年頃の令息を大勢集め、ツェーザルまでも招いた理由がわからない。

 マクシミリアンはきっと、そんな思惑に反感を抱いて遅れてきたのだと、今ならわかる。

 結婚するまで知らなかったが、マクシミリアンにはアカデミー時代から秘密の恋人がいた。皇帝は息子のスキャンダルを隠すため、その恋人カロリーネを、皇太子付きの侍女として皇宮内に住まわせていた。

 もしかしたら、今頃二人は一緒にいて『何も知らない公爵令嬢が皇太子を待ち続ける様』を想像しながらあざ笑っているかもしれない。

 途端に、ふつふつと怒りが湧いた。

「どうした?」

 ツェーザルがわたくしの感情の変化に気づき、訊ねてきた。

「大公子様と踊っているときに、ほかのことを思い出してしまい、失礼いたしました」

「そなたの立場なら、私も同じように憤るであろう」

 マクシミリアンに対する怒りだと察したようだ。

「そなたが足を痛めているから遠慮していたが、余計なことを考えられないようにしてやろう」

 わたくしの手を握る手にツェーザルがほんのわずか力を加えた。手のひらから熱が流れ込んでくる感覚があった。途端に体が軽くなり、足の痛みが消えた。

 その後で、ツェーザルがわたくしの腕を強く引いた。

 ツェーザルのリードが、力強く、速く、変化した。

「ダンス、お上手なのですね」

 わたくしは驚きのあまりつい言葉にしてしまった。

「そなたの兄よりは、上手いかもしれない」

「兄と比べるならば、この会場にいるほとんどの殿方が、お上手かもしれませんわ」

「かもしれんな」

 ツェーザルが笑った。あどけない笑顔を見て、彼がわたくしより、いくつか年下だったことを思い出した。

 数年後には、隣国に侵攻するため出征する運命だ。戦争に勝利し帰還したときの精悍な面持ちの印象が強く残っていたせいで、同一人物だと知りながら、記憶の中で結びつけられていなかった。

 ツェーザルはまだこれから、背が伸びるのだ。

 わたくしはツェーザルが塔に来ていた男なのではないかと感じた。

 男と話した内容を、思い浮かべた。

 一度目の人生のとき、大広間でツェーザルを見かけた記憶はない。わたくしとマクシミリアンが踊るのを遠くから見ていたと話していたのだから、ずっと目立たない場所にいたのかもしれない。

「大公子様が声をかけてくださったのは、わたくしが困っているとわかったからですか?」

「いや、偶然、通りかかっただけだ」

 わたくしは、ツェーザルが人混みをかき分けて近づいてきたことを知っている。

「それは、嬉しい偶然です……」

 もし本当に、ツェーザルが塔に来ていた男ならば、わたくしはどうすればよいのだろう。それに、決めつけるにはまだ早かった。

「もうすでに一つわたくしのお願いを聞き入れていただきましたが、もう一つお願いを聞き入れていただけませんか?」

 音楽が終わり、わたくしたちは向き合ったまま立ち止まった。

「内容を聞いてから答えよう」

「大公子様と、もう少しお話しがしたいのです」

『わたくしの愛する人かもしれない』と思いながら、ツェーザルを見つめた。

 ツェーザルは目を伏せたあと「それは、できない」と言った。

 わたくしは、拒絶され涙が溢れそうになった。

「なぜ、そなたが私と話したがるのかわからないが、この場では人目がありすぎる。それほどに望んでいるのであれば、そのうち、そなたの家に使いを寄越そう」

 わたくしは「ありがとうございます」と、ツェーザルに深々と頭を下げた。

 ツェーザルが立ち去ったあと、わたくしは少し冷静になった。

 マクシミリアンと敵対しているに近いツェーザルとわたくしが親密である印象を持たれると、公爵家にも悪い影響があるかもしれない。

 ツェーザルが塔に来ていた男なのであれば、多少の危険をおかしても関係を築きたいところだが、まだ、確信はない。ツェーザルだと決めつけずに、他の候補者を探す必要がある。一度、考えを整理するために、親しくしている令嬢、マルガレータから情報を得ようと考えた。

 わたくしはマクシミリアン以外の男性に興味をもつことも許されず生きてきたため、他の令息のことはほとんど知らなかった。

 マルガレータは、真っ赤なドレスを着ていた記憶がある。わたくしは会場に目を走らせた。

 そして、お兄様が怒った顔をしてこちらに向かってくるのを見つけた。

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