共有

第一章 後編 「魔族」

作者: ユウユウ
last update 公開日: 2026-06-29 12:01:38

「な、何だこいつ...!?」

ケーベストが短剣を構えながら退く。現れた怪物からは、肌に刺さるくらいの殺気を感じた。とても近くにはいられない。

「レイナ...? レイナ、どうしたの!?」

アスリィが叫ぶ。彼女の横に立つ黄金色の髪を持つ少女は、血の気の失せた青い顔を浮かべ、その唇は微かに震えていた。

「お、おい、レイナ...?」

「みんな...逃げて...!」

マークが背後に向け声をかけた直後、レイナが悲痛なまでの声を絞り出した。

「あれは...魔族...」

「ま、魔族...だと...?」

セイザンの顔が強ばる。その言葉が真実だとすれば、目の前の存在は恐ろしく強大な敵である。

魔族。それは1000年前、竜と大いなる戦いを繰り広げた魔王に付き従った眷族たちのこと。大きな角と、絶大な身体能力、そして魔力を持つ怪物。かつての大戦では、人間とエルフ族、ドワーフ族などが力を合わせ、これと戦ったとされる。

今ではおとぎ話の中の存在だとされていたが、実際に目の前に立つソレは、確かに魔族だと言っても不思議ではないほどの威圧感を持っていた。

「マジかよ...これはさすがに、逃げた方が良くないか?」

ゆっくりと足を進める魔族。それに合わせて、5人は少しずつ後ろに退く。背中を向けて逃げたい衝動に駆られるが、それは自殺行為だと、本能が告げていた。

「...ダメだ、ここで倒す...!」

しかし、黒髪の剣士だけは、下がる足を止め、正面から怪物の前に立った。

「こいつを、野放しにしておけない...!」

魔族は人の天敵。この場から上手く逃げることができたとして、この怪物は恐らく、人里を探し暴れ回るだろう。そんなことは許せない。

何より、世界一の剣士を目指すマークにとって、敵から逃げるという選択肢は初めからなかった。

「...ったく、しょうがない奴だ...」

隣に、赤毛の親友が立つ。一度決めたら簡単には曲げない。マークの性格は昔からよく知っている。

「援護と回復、任せてね」

背後でアスリィが弓に矢を番《つが》える。

「撹乱...が、効けばいいけどな」

ケーベストも何かを諦めた様子で、低い姿勢を取り構えた。

「みんな...」

最後尾に立つレイナは、仲間たちの覚悟を決めた表情を見て、徐々に顔色を回復させていく。大きく息を吐き、心を落ち着かせる。杖を握る手に力を込め、ついに正面からその瞳を魔族に向けた。

「...うん、やろう...!」

その声を合図に、マークは怪物へ向けて、その刃を振りかざした。

手にした2本の剣、それを全体重を乗せて、怪物の肩口めがけ振り下ろす。

「なにっ!?」

しかし、その刃は怪物の乳白色の肌に、爪で引っ掻いたような傷しか付けられなかった。何か刃が滑るような異様な感触を、マークの手は感じていた。

「愚カナ人間メ...」

「...喋った...!?」

人ならざる者から、人の言葉が紡がれる。その異様な光景に、マークは驚愕するばかりだ。

「潰レロ」

「がっ...!」

怪物が一言だけ発した瞬間、マークの身体が跳ねた。その巨大な腕を無造作に叩きつけられ、黒髪の少年は壁まで吹き飛んでいた。

「が...はっ!」

息ができない。全身に激痛が走り、逆に麻痺している。口からは鉄の味が込み上げてきた。

「マーク!」

セイザンが友の名を叫びながら、魔力の火を宿らせた剣を走らせる。果たしてそれは、怪物の腕に確かな斬撃となって傷を付け、青白い血を流させた。

「よし、これなら...!」

恐らく、魔力を宿した攻撃なら効く。そう判断し、セイザンは小さな笑みを浮かべる。もっとも、そこに余裕など一切ない。額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

「失セロ」

「ごっ...!」

今度はセイザンの身体が飛んだ。同時に、何かが折れるような乾いた音が響く。

「がっ...あぁぁっ!」

脇腹を押さえ、セイザンは床に蹲《うずくま》っている。肋骨が何本か持っていかれたと、音と痛みで分かった。

「おいおいおい、冗談じゃないぜ...」

ケーベストが怪物の気を引こうと、ダガーナイフを投げる。しかしそれは、やはり全く効果がない。

「待ってて、今回復する!」

アスリィが慌てて、治癒《ヒール》の魔術を飛ばす。直接触れていないため効果は落ちるが、マークとセイザンは、なんとか立ち上がれるほどにはなった。

「魔力付与《エンチャント》!」

レイナの言語魔術が放たれる。マークの持つ2本の剣に、魔力の光が宿った。

「ありがとよ...レイナ!」

まだ痛む身体に鞭を打ち、マークは光り輝く剣を再び振るう。今度は間違いなく、その刃は怪物にダメージを与えた。しかし、まだ浅い。

「ソノ程度カァッ!」

「ぐぁっ...!」

丸太のように太い腕による打撃。単純な暴力による攻撃は、しかし怪物の絶大な力によって、一撃一撃があまりに重い必殺の威力となる。マークは2本の剣を交差させ、なんとかこれを防いだが、衝撃で大きく後退した上に、腕が痺れてしまった。

「みんな、目を閉じろ!」

セイザンの「閃光《フラッシュ》」が輝く。ケーベストとアスリィは初めてだったが、咄嗟に目を伏せることができた。眩い光が空間を包み込む。

だが、それが効果を及ぼすことはなかった。一切怯むことなく、怪物は歩を進める。赤黒いその目には、光など映っていないのか。

「弾ケロォッ!」

怪物が叫ぶと同時に、その周囲に黒い風が巻き起こる。それが衝撃波となって、マークたちに襲いかかった。

5人は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。全身に走る痛みに、全員が悶絶していた。

「こ、これほど...なのかよ...!」

マークが拳を地面に打ち付ける。伝説とされる魔族。それがいかに強大といえど、マークも長年に渡り鍛錬を積んできた身だ。仲間と共に力を合わせれば、勝てない存在ではない。そう思っていた。

だが、あまりにもその壁は高かった。自らの思い上がりに、マークは悔しさと共に自分への怒りを覚えた。

重い足音が響く。マークがハッと顔を上げると、醜悪な怪物が彼を見下ろしていた。その眼窩に宿る光からは、感情を推し量ることはできない。

「滅ビヨ」

怪物が腕を振り上げる。それが振り下ろされれば、マークの頭蓋など容易く粉砕するだろう。奥歯を噛み締め、マークは自らの最期を覚悟した。

「グッ...ムゥ...!?」

瞬間、怪物が呻き声を上げる。よく見れば、振り上げた腕に、青白く輝く鎖のような光が絡みついていた。

「れ、レイナ!?」

振り返ると、片膝をつき、脇腹を押さえながら、レイナが呪文の詠唱を続けていた。肩を大きく上下させ、その表情は苦しそうだ。

魔力の鎖は次々と増え、怪物の全身に巻き付く。身動きの取れなくなった怪物は、それを振りほどこうともがいた。

「コノ程度...ヌルイワァ!」

鎖が1本、その力を抑えきれず弾けて消えた。1本、また1本と、鎖が消えていく。その度に、レイナの身体が小さく震える。彼女の魔力では、怪物の力を抑え込むことはできない。

「レイナ、もういい...逃げろ...!」

マークはなんとか立ち上がり、その剣を怪物に向ける。せめて、彼女だけでも逃がしてやらねば。その想いだけで、身体を支えていた。

「や、やだ...! 私も、戦う...!」

魔力を振り絞り、レイナは必死に怪物を押さえ込もうとしていた。額には玉のような汗が浮かび、呼吸も荒い。限界が近いのは明白だ。

「レイナ!」

「私も、みんなを...」

守りたい。その想いを口にしようとした瞬間。レイナの瞳に光が宿った。

「グッ...オォォッ!?」

怪物が苦悶の声を上げる。

青白い魔力の鎖は、レイナの髪と同じような、黄金色の輝きを放っていた。

「バ、バカナ...コノ魔力ハ...マサカ...ッ!?」

今度は抗うことを許さない。黄金の鎖が怪物の身体に強く巻き付き、その肉体に食い込む。

「コレハ...リ、竜ノ...!」

怪物が何かを喋っていたが、マークにはその意味は分からない。ただ、今この時が千載一遇の好機であることは間違いなかった。

左手の剣を捨て、右手の長剣を両手で構える。深呼吸し、精神を集中。魔術こそ使えないが、代わりにマークは師から、精神集中と呼吸法による一時的な身体強化の術を教わっていた。今こそ、それを使う時。

視覚が研ぎ澄まされ、怪物の姿が鮮明に見える。姿勢を低くし、一気に標的に向けて跳躍。強化された筋力により、マークの身体は一直線に怪物へ向けて跳んだ。

「はぁぁぁぁっ!」

「グォォァァッ!」

裂帛《れっぱく》の気合と共に、魔力の宿る剣を振り下ろす。

断末魔を上げ、怪物の身体はゆっくりと灰となって消えていった──。

「カンパーイ!」

数日後、5人の姿は街の酒場にあった。

彼らは遺跡の事前調査の依頼を完了し、その祝いの宴を開いていた。ケーベストが酒の入ったジョッキを掲げ、乾杯の音頭を取っている。それもすでに3度目だ。

魔族を倒した後、アスリィの術で傷を癒した一行は、最奥の部屋を調べた。そこで判明したのは、どうやらあの遺跡は、魔族の1体を研究のために封印していた施設らしいということだ。どういうわけか、その封印がほとんど解けていて、マークたちが来たタイミングで魔族が出てきてしまったようだ。

数日かけ街に戻り、くたびれた様子で調査内容を報告。魔族の件があったせいか、思っていた以上の報酬を得ることができた。それを使って、戦勝の宴を開くことになったわけである。

「しかし、なかなか良いパーティなんじゃないか?」

セイザンが少し赤い顔をしながら言う。決して酒に強いわけではないが、こんな時くらい、飲まなければ損だと言って、すでにジョッキを2杯空にしている。

「そうね、なかなか楽しかった」

隣に座るアスリィも似たような様子だが、彼女の前にあるジョッキの数はセイザンのそれの数倍はあった。

「じゃあ、これから一緒に行動してくれるのか?」

「えぇ、もちろん!」

同じく赤い顔をしたマークの問いに、エルフの少女は力強く頷いた。直後、すっかり出来上がった様子の大柄な斥候《スカウト》が、マークの肩に腕を回してきた。

「俺は最初から仲間入りする気満々だったぜ! よろしくな、レイナちゃん、アスリィちゃーん♪」

火のついたタバコを咥えながら酒を飲むケーベスト。煙とアルコールの匂いは相当なもので、名前を呼ばれた女性陣は苦笑いした。

「良かったね、マーク」

一息ついたマークの隣から、黄金色の髪の少女が話しかけてくる。彼女はほとんど飲んでいない。酒に慣れていないのもあるが、そういう気分にならなかったのだ。

あの時、魔族を拘束した黄金の光。あれは言·語·魔·術·で·は·な·か·っ·た·。レイナ自身も記憶が曖昧で、まるで自分ではない「何か」に突き動かされていた...そんな感覚だった。

他の4人はそれに気づいていない。レイナは言い知れぬ不安を抱えつつも、それを口にすることはなかった。

「レイナ」

俯いていた彼女に、今度はマークが声をかける。その顔は戦勝の喜びではなく、どこか物悲しい色をしていた。

「あの時は助かった」

「うん...」

素直に感謝を告げられるも、レイナとしては複雑な心中だ。

「ただ、もうあんな無茶はしないでくれ」

「え...」

見ればマークの顔からはすでに赤みが消えている。真剣な面持ちで、レイナの顔を正面から見つめていた。

「お前のことは、オレが守る...だから...」

「...うん」

強い決意を帯びた言葉。

レイナは静かに答えるも、その表情にはわずかな翳《かげ》りがあった。

「そこ」は暗く、しかし広大な部屋だった。

屋敷1つがすっぽりと入りそうなほどの空間に、白いローブを来た者たちが何十名も立っている。そしてそれぞれが、一抱えほどもある水晶玉のようなものを覗いていた。

やがて、その中の1人が声を上げる。

「アルベルト様、反応がありました」

「何だと?」

アルベルトと呼ばれた筋骨たくましい中年男性が、声を上げたローブの者へと近づく。

「どこだ?」

「王国の東部で、詳細は分かりませんが...」

白いものが混じったオールバックの髪を撫でながら、アルベルトはしばし考え、改めて口を開いた。

「分かった、監視を続けろ」

「はっ!」

ローブを纏った者が、再び水晶玉に向き直る。

アルベルトはその場を離れた後、大きく息をつき、天を仰いだ。

そして一言だけ、小さく呟いた。

「聖女...か...」

この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

最新チャプター

  • 竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─   終章 「旅路」

     温かな日差しが降り注ぐ大草原。遥か遠方に、雲を冠して連なる山脈が見える。 その大草原の小高い丘の上。1本の木が立つその傍らに、黒髪の少年──マークの姿があった。 彼の腰には、2本の長剣が下げられている。 片や、竜銀で作られた名剣ヴァトラス。 そして、竜の顔が象られた「聖剣」。「それはお前が持つべきものだ」 あの戦いの後、青髪の聖騎士ロアはそう言って、マークに「聖剣」を託した。自分のような未熟者が、この剣を持つ資格などあるはずがない。そう言って何度も断ったのだが、思った以上に彼は頑なだった。「竜を祀る神殿を探せって…また無茶なことを言ってきたもんだぜ…」 何処かにあるとされる竜の神殿。ロアはそこで「聖剣」を授かった。今度はマークがその場所を探し出し、「聖剣」の正式な持ち主として認められなければならない。 魔族の脅威こそ去ったが、「聖剣」の勇者という存在は、この世界には必要なものだと、ロアは語っていた。「まぁ、あてのない気ままな旅だと思えば、気は楽なもんか」 大きく背伸びをして、マークは「聖剣」の鍔を軽く叩く。 あれ以来、あの謎の声は聞こえない。もしかしたら、ただの幻聴だったのかもしれないと、深く考えないことにしていた。「そういえば、あいつらも元気にしてるかな…」 あてのない旅という言葉で、マークは親友の顔を思い出す。 セイザンとアスリィは、2人でトレジャーハンターとして、一攫千金を狙った旅をすることにした。相変わらず、金銀財宝には目がない奴らだと、その話を聞いた時は苦笑したものだ。 一応、マークは一緒に旅をしないかと誘ったのだが、セイザンは自分だけの目的を見つけたいと言って、やんわりと断った。 その際に、あの半魔の青年がアスリィに「頑張れ」などとエールを送っていた気がしたが、マークには何のことか分からなかった。「アルバも、今はどこで何をしているやら…」 気がついたら、いつの間にかアルバの姿は消えていた。アスリィが言うには、「道」とやらを

  • 竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─   第九章 後編 「聖伝」

    「お、終わった…?」 ちょうど、腰の矢筒が空になった。 アスリィは階下からの敵が来なくなったことを確認し、脱力してその場に座り込む。 広間の中には、10人を超える敵が倒れていた。「上の方は、大丈夫かな…」 背後の扉の先。上階へと続く階段に目を向ける。 戦っている最中、2度ほど轟音が響き渡り、地震のような揺れを感じた。天井からパラパラと砂が落ち、よもや塔が崩れるのではないかと恐くなった。 いったい、上でどのような戦いが行われているのか。 ここで休んでいる場合ではない。再び立ち上がり、アスリィは共に戦っていた半魔の青年の方に視線を向ける。「アルバ…アンタ大丈夫…?」「…あぁ…」 壁に背を預けながら、アルバはその目を伏せていた。一瞬、気を失っているのかと思ったが、彼もまた少しの間だけ休んでいたようだ。 彼の全身は、無数の傷がつけられていた。 多数の敵を相手にして、戦い抜いた彼の身体は、疲労の境地に至っている。アスリィの回復も、最後の方は間に合っていなかった。「…行こう…くっ…」 立ちあがろうとしたアルバが、左太ももの辺りを押さえて苦悶の表情を浮かべる。見れば、大きな刀傷がつけられ、まだ血も完全には止まっていない様子だった。「ちょっと! すぐに治すから!」 傷のことを黙っていた彼にも、傷に気が付かなかった自分にも腹が立つ。アスリィは慌てて「治癒《ヒール》」を発動させた。 しかし、彼女もまた限界が近く、すぐにふらついた様子で術を中断してしまう。「…無理するな…今ので血は止まった…」 なんとか立ち上がると、アルバは足元が覚束なくなったエルフの少女に肩を貸す。 そして、ゆっくりと上へと続く階段を登り始めた。「セイザンたち…大丈夫だよね…」「…あぁ…きっと、な…」 一歩ずつ、2人は足を進める。身体は休みたがっているが、そんなわけにはいかない。 上で戦っている仲間たちの元へ急がなくては

  • 竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─   第九章 中編 「竜剣」

    「大切断《ギロチン》」 巨大な魔力の刃が空中から振り下ろされ、怪物の首が刎ね飛ばされる。青い血を撒き散らしながら、その亡骸が炎となって消えていった。「鉄之処女《アイアンメイデン》」 無数の、まさに数えきれないほどの、しかも目に見えるかどうかというほどに細い針が、怪物を蜂の巣にする。原型を保ったまま、やはり炎となって消える。 魔術師たちの総本山である「塔」。その周囲を取り囲む街を守るべく、魔術師たちの頂点と呼ばれる「四聖賢《しせいけん》」のうち2人が奮闘している。 片や、邪悪な笑みを浮かべながら魔力の刃で確実に敵を仕留める「混沌《カオス》」のミゼー。 片や、涼しげな表情そのままに、洗練されたスマートな魔術を駆使する「魔術博士」のサンジェルマン。 対照的ながら、それぞれの魔術はいずれも強力無比。迫り来る魔族を全く寄せ付けなかった。「あぁ、もう…全くキリがない…!」「ミゼーさん、疲れました? 僕が水薬《ポーション》を飲ませてあげますよ、口移しで」「お前本当に死ね!」 などと言い合いながら戦う2人を見て、防衛を任されていた「塔」の魔術師たちは苦笑いを浮かべる。 とはいえ、余裕があるわけではない。確かに2人は強く、魔族などまるで相手にならないほどだ。 しかし、その魔力とて無尽蔵ではない。まして、魔族を一撃で屠るほどの強大な魔術を連発しているのだ。普通の魔術師なら、とっくに気を失っている。「お主ら、まだ保つな?」 そこに、白い装束を纏《まと》った少女──の姿をした大賢者ファルミナスが現れる。その隣には、双子の姉であるアルテミスもいた。「「聖女様」たちが魔王を封じるまで、何としても死守するのじゃ」「分かってるよ…人使いの荒い婆さんだね」 肩をすくめながら、ミゼーは次の標的を見据える。 街の周囲は魔力の障壁で守られてはいるものの、それとて完璧というわけではない。衝撃を受け続ければ、いつかは破られる。 それほど多くはないが、着実に魔族たちは「塔」に迫りつ

  • 竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─   第九章 前編 「魔王」

     鋭い一閃。 神速とも言える速さで繰り出された刃が、青白い体躯を持つ怪物を沈黙させた。「ふぅ…」 銀髪の剣士が、戦いの終わりを感じて一息入れる。 恐ろしく頑強な怪物だと思えた。いったい何度、剣を振ったことか。 左手に持った長剣の刀身は、もはや使い物にならないくらい刃こぼれしていた。「もう大丈夫ですよ!」 剣士は背後で守っていた村に、大きな声で呼びかける。閉め切っていた扉や窓から、安堵した様子の村人たちが顔を出した。 そして、長い黒髪の女性が駆け寄り、剣士の胸へと飛び込む。「良かった…ご無事で…」「ご心配をおかけしました」 2人がしばし見つめ合う。 その時、村を青白い光が包み込んだ。「こ、これは…?」 魔術の心得のない剣士には知る由もなかったが、その光は魔力を帯びた防壁。同時刻に王都を覆ったものと同様のもの。「な、何が起こっているのです…?」「分かりません…ですが…」 困惑する女性の肩を抱きながら、剣士は空の光を見上げている。 彼は先日、この村から魔術師の老婆が、ローブを纏った数人の男たちに連れて行かれたことを思い出した。その件と、何か関係があるのではないかと。 老婆は村から出る際に、「孫娘のことで用事ができただけ」と言っていた。 その孫娘──黄金の髪を持つ少女レイナは、剣士の弟子2人と共に冒険者として旅立っていた。「マーク…セイザン…」 もしや、弟子たちの身にも何かが起きているのではないか。 銀髪の剣士──ハミルはただ、その無事を祈るしかできないことに、もどかしさを覚えていた──。 アーレスの古城は、縦に長い構造をしていた。 いくつもの塔を、渡り廊下で繋いだような造りで、それぞれの塔の内部は長い階段を使わなければならない。 マークたちのような戦士ですら息を切らすような長い階段。当然、レイナやルビアのような後衛では、もはや歩くこと

  • 竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─   第八章 後編 「仇敵」

    「北門、このままでは保ちません!」「東門もです!」 王都の中央に聳《そび》え立つ王城。その中にある広大なホールに、切迫した声が響き渡る。 ホール内の長大な机の上には、王国の各地を記した地図が大量に並べられていた。そしてそのいずれにも、赤いバツ印が書かれている。 それは、すでに陥落したという報告のあった村や町を表わしていた。「大楯隊を北門に向かわせなさい! それでしばらく保ちます! 東門には、デットーリの隊を派遣!」 報告を受け、瞬時に指示を下す声。王国の英雄王と称される女王シャウナは、まったく動じることない様子で戦況を見極めていた。 かつての帝国との戦いにおいて、16歳という若さで最前線を戦い抜いた女傑は、この未曾有の事態にもその冷静さを欠くことはない。 …というのは、彼女の虚勢でしかなかった。 突如として、各地に出現した謎の怪物。報告によれば、それは伝説に聞く魔族だという。 怪物たちはそれぞれが南西に向けて進軍していて、進路上にある人里は例外なく、その強大な力によって壊滅的な被害を受けているとのことだった。 さらに、報告が本当であれば、この魔族たちは帝国にも現れ、同様の被害をもたらしているらしい。 ほとんど前触れもなく、唐突に訪れた国の危機。否、もしかしたら世界的な危機なのかもしれない。それを前にして、全く困惑しない者など、いるはずがないのである。「…いったい、何が起こってるの…?」 白銀の甲冑に身を包み、剣を手に取ったシャウナは誰にも聞かれることのない程度に、小さく呟く。 直後、窓から青白い光が差し込んだ。「っ…あれは…!?」 見れば、空に光が広がっている。それはすっぽりと、王都を覆う形となっているようだった。魔力の光と思しき青白い粒子が、混乱する王都内に降り注いでいる。「まさか、魔力の防壁…? こんなことができるのは…」 シャウナは自然と、その視線を南西の方角に向けていた。「塔」の魔術師たちを統べる大賢者。その1人を思い浮かべる。

  • 竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─   第八章 中編 「侵攻」

    マークたち一行、そしてロアも加えた7人は、「塔」の最上階にある「四聖賢《しせいけん》の間」へと足を運ぶ。例の移動する床の仕掛けに、初めてだったレイナやルビアは驚きを隠せなかった。 「じゃあ、俺の案内はここまでだ」 相変わらずの巨大な入り口の前で、アルベルトはそう言って去っていく。この最上階に招待されたのは、「聖女」であるレイナと「聖剣」の勇者ロアのみ。本来、マークらは招かれざる客である。 「「聖女」…いや、レイナさん…俺は君の味方のつもりだよ」 「はい…ありがとうございます」 去り際に、アルベルトは片目を閉じて笑顔を浮かべながら、そう言い残していった。レイナとしては、つい先刻会ったばかりの人物。だが、彼の人柄には好感を持っていた。 「では、入るぞ」 ロアが先頭に立ち、巨大な扉をゆっくりと開ける。 その先は、以前までと変わらぬ闇の空間。青白く光る魔方陣がいくつも浮かび、消えてはまた現れる。 ただ、マークらが前に訪れた時とは異なる点があった。 その空間に、少女の姿をした大賢者だけでなく、さらに3人の人物がいたのである。 30歳くらいの短い黒髪をした、鋭い目つきの女性。真っ赤なジャケットを羽織り、黒のタイトスカートをまとっている。 同じく30歳くらいと思われる、茶髪の爽やかな男性。簡素な茶色のチュニックを纏い、穏やかに見える笑顔を浮かべていた。 そして、空間の中央に立っていたのは、マークらのよく知る老婆の姿。 「お、おばあちゃん!?」 「アルテ婆さん!」 その姿を見て、すぐさまレイナが駆け寄る。マークやセイザン、そしてルビアもそれに続いた。 老婆は紛れもなく、故郷の村で馴染み深かった魔術師アルテ。 しかしその正体は、竜の教団の元幹部にして、17年前に「聖女」を連れ去った

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status