ログイン「な、何だこいつ...!?」
ケーベストが短剣を構えながら退く。現れた怪物からは、肌に刺さるくらいの殺気を感じた。とても近くにはいられない。 「レイナ...? レイナ、どうしたの!?」 アスリィが叫ぶ。彼女の横に立つ黄金色の髪を持つ少女は、血の気の失せた青い顔を浮かべ、その唇は微かに震えていた。 「お、おい、レイナ...?」 「みんな...逃げて...!」 マークが背後に向け声をかけた直後、レイナが悲痛なまでの声を絞り出した。 「あれは...魔族...」 「ま、魔族...だと...?」 セイザンの顔が強ばる。その言葉が真実だとすれば、目の前の存在は恐ろしく強大な敵である。 魔族。それは1000年前、竜と大いなる戦いを繰り広げた魔王に付き従った眷族たちのこと。大きな角と、絶大な身体能力、そして魔力を持つ怪物。かつての大戦では、人間とエルフ族、ドワーフ族などが力を合わせ、これと戦ったとされる。 今ではおとぎ話の中の存在だとされていたが、実際に目の前に立つソレは、確かに魔族だと言っても不思議ではないほどの威圧感を持っていた。 「マジかよ...これはさすがに、逃げた方が良くないか?」 ゆっくりと足を進める魔族。それに合わせて、5人は少しずつ後ろに退く。背中を向けて逃げたい衝動に駆られるが、それは自殺行為だと、本能が告げていた。 「...ダメだ、ここで倒す...!」 しかし、黒髪の剣士だけは、下がる足を止め、正面から怪物の前に立った。 「こいつを、野放しにしておけない...!」 魔族は人の天敵。この場から上手く逃げることができたとして、この怪物は恐らく、人里を探し暴れ回るだろう。そんなことは許せない。 何より、世界一の剣士を目指すマークにとって、敵から逃げるという選択肢は初めからなかった。 「...ったく、しょうがない奴だ...」 隣に、赤毛の親友が立つ。一度決めたら簡単には曲げない。マークの性格は昔からよく知っている。 「援護と回復、任せてね」 背後でアスリィが弓に矢を番《つが》える。 「撹乱...が、効けばいいけどな」 ケーベストも何かを諦めた様子で、低い姿勢を取り構えた。 「みんな...」 最後尾に立つレイナは、仲間たちの覚悟を決めた表情を見て、徐々に顔色を回復させていく。大きく息を吐き、心を落ち着かせる。杖を握る手に力を込め、ついに正面からその瞳を魔族に向けた。 「...うん、やろう...!」 その声を合図に、マークは怪物へ向けて、その刃を振りかざした。 手にした2本の剣、それを全体重を乗せて、怪物の肩口めがけ振り下ろす。 「なにっ!?」 しかし、その刃は怪物の乳白色の肌に、爪で引っ掻いたような傷しか付けられなかった。何か刃が滑るような異様な感触を、マークの手は感じていた。 「愚カナ人間メ...」 「...喋った...!?」 人ならざる者から、人の言葉が紡がれる。その異様な光景に、マークは驚愕するばかりだ。 「潰レロ」 「がっ...!」 怪物が一言だけ発した瞬間、マークの身体が跳ねた。その巨大な腕を無造作に叩きつけられ、黒髪の少年は壁まで吹き飛んでいた。 「が...はっ!」 息ができない。全身に激痛が走り、逆に麻痺している。口からは鉄の味が込み上げてきた。 「マーク!」 セイザンが友の名を叫びながら、魔力の火を宿らせた剣を走らせる。果たしてそれは、怪物の腕に確かな斬撃となって傷を付け、青白い血を流させた。 「よし、これなら...!」 恐らく、魔力を宿した攻撃なら効く。そう判断し、セイザンは小さな笑みを浮かべる。もっとも、そこに余裕など一切ない。額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。 「失セロ」 「ごっ...!」 今度はセイザンの身体が飛んだ。同時に、何かが折れるような乾いた音が響く。 「がっ...あぁぁっ!」 脇腹を押さえ、セイザンは床に蹲《うずくま》っている。肋骨が何本か持っていかれたと、音と痛みで分かった。 「おいおいおい、冗談じゃないぜ...」 ケーベストが怪物の気を引こうと、ダガーナイフを投げる。しかしそれは、やはり全く効果がない。 「待ってて、今回復する!」 アスリィが慌てて、治癒《ヒール》の魔術を飛ばす。直接触れていないため効果は落ちるが、マークとセイザンは、なんとか立ち上がれるほどにはなった。 「魔力付与《エンチャント》!」 レイナの言語魔術が放たれる。マークの持つ2本の剣に、魔力の光が宿った。 「ありがとよ...レイナ!」 まだ痛む身体に鞭を打ち、マークは光り輝く剣を再び振るう。今度は間違いなく、その刃は怪物にダメージを与えた。しかし、まだ浅い。 「ソノ程度カァッ!」 「ぐぁっ...!」 丸太のように太い腕による打撃。単純な暴力による攻撃は、しかし怪物の絶大な力によって、一撃一撃があまりに重い必殺の威力となる。マークは2本の剣を交差させ、なんとかこれを防いだが、衝撃で大きく後退した上に、腕が痺れてしまった。 「みんな、目を閉じろ!」 セイザンの「閃光《フラッシュ》」が輝く。ケーベストとアスリィは初めてだったが、咄嗟に目を伏せることができた。眩い光が空間を包み込む。 だが、それが効果を及ぼすことはなかった。一切怯むことなく、怪物は歩を進める。赤黒いその目には、光など映っていないのか。 「弾ケロォッ!」 怪物が叫ぶと同時に、その周囲に黒い風が巻き起こる。それが衝撃波となって、マークたちに襲いかかった。 5人は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。全身に走る痛みに、全員が悶絶していた。 「こ、これほど...なのかよ...!」 マークが拳を地面に打ち付ける。伝説とされる魔族。それがいかに強大といえど、マークも長年に渡り鍛錬を積んできた身だ。仲間と共に力を合わせれば、勝てない存在ではない。そう思っていた。 だが、あまりにもその壁は高かった。自らの思い上がりに、マークは悔しさと共に自分への怒りを覚えた。 重い足音が響く。マークがハッと顔を上げると、醜悪な怪物が彼を見下ろしていた。その眼窩に宿る光からは、感情を推し量ることはできない。 「滅ビヨ」 怪物が腕を振り上げる。それが振り下ろされれば、マークの頭蓋など容易く粉砕するだろう。奥歯を噛み締め、マークは自らの最期を覚悟した。 「グッ...ムゥ...!?」 瞬間、怪物が呻き声を上げる。よく見れば、振り上げた腕に、青白く輝く鎖のような光が絡みついていた。 「れ、レイナ!?」 振り返ると、片膝をつき、脇腹を押さえながら、レイナが呪文の詠唱を続けていた。肩を大きく上下させ、その表情は苦しそうだ。 魔力の鎖は次々と増え、怪物の全身に巻き付く。身動きの取れなくなった怪物は、それを振りほどこうともがいた。 「コノ程度...ヌルイワァ!」 鎖が1本、その力を抑えきれず弾けて消えた。1本、また1本と、鎖が消えていく。その度に、レイナの身体が小さく震える。彼女の魔力では、怪物の力を抑え込むことはできない。 「レイナ、もういい...逃げろ...!」 マークはなんとか立ち上がり、その剣を怪物に向ける。せめて、彼女だけでも逃がしてやらねば。その想いだけで、身体を支えていた。 「や、やだ...! 私も、戦う...!」 魔力を振り絞り、レイナは必死に怪物を押さえ込もうとしていた。額には玉のような汗が浮かび、呼吸も荒い。限界が近いのは明白だ。 「レイナ!」 「私も、みんなを...」 守りたい。その想いを口にしようとした瞬間。レイナの瞳に光が宿った。 「グッ...オォォッ!?」 怪物が苦悶の声を上げる。 青白い魔力の鎖は、レイナの髪と同じような、黄金色の輝きを放っていた。 「バ、バカナ...コノ魔力ハ...マサカ...ッ!?」 今度は抗うことを許さない。黄金の鎖が怪物の身体に強く巻き付き、その肉体に食い込む。 「コレハ...リ、竜ノ...!」 怪物が何かを喋っていたが、マークにはその意味は分からない。ただ、今この時が千載一遇の好機であることは間違いなかった。 左手の剣を捨て、右手の長剣を両手で構える。深呼吸し、精神を集中。魔術こそ使えないが、代わりにマークは師から、精神集中と呼吸法による一時的な身体強化の術を教わっていた。今こそ、それを使う時。 視覚が研ぎ澄まされ、怪物の姿が鮮明に見える。姿勢を低くし、一気に標的に向けて跳躍。強化された筋力により、マークの身体は一直線に怪物へ向けて跳んだ。 「はぁぁぁぁっ!」 「グォォァァッ!」 裂帛《れっぱく》の気合と共に、魔力の宿る剣を振り下ろす。 断末魔を上げ、怪物の身体はゆっくりと灰となって消えていった──。 「カンパーイ!」 数日後、5人の姿は街の酒場にあった。 彼らは遺跡の事前調査の依頼を完了し、その祝いの宴を開いていた。ケーベストが酒の入ったジョッキを掲げ、乾杯の音頭を取っている。それもすでに3度目だ。 魔族を倒した後、アスリィの術で傷を癒した一行は、最奥の部屋を調べた。そこで判明したのは、どうやらあの遺跡は、魔族の1体を研究のために封印していた施設らしいということだ。どういうわけか、その封印がほとんど解けていて、マークたちが来たタイミングで魔族が出てきてしまったようだ。 数日かけ街に戻り、くたびれた様子で調査内容を報告。魔族の件があったせいか、思っていた以上の報酬を得ることができた。それを使って、戦勝の宴を開くことになったわけである。 「しかし、なかなか良いパーティなんじゃないか?」 セイザンが少し赤い顔をしながら言う。決して酒に強いわけではないが、こんな時くらい、飲まなければ損だと言って、すでにジョッキを2杯空にしている。 「そうね、なかなか楽しかった」 隣に座るアスリィも似たような様子だが、彼女の前にあるジョッキの数はセイザンのそれの数倍はあった。 「じゃあ、これから一緒に行動してくれるのか?」 「えぇ、もちろん!」 同じく赤い顔をしたマークの問いに、エルフの少女は力強く頷いた。直後、すっかり出来上がった様子の大柄な斥候《スカウト》が、マークの肩に腕を回してきた。 「俺は最初から仲間入りする気満々だったぜ! よろしくな、レイナちゃん、アスリィちゃーん♪」 火のついたタバコを咥えながら酒を飲むケーベスト。煙とアルコールの匂いは相当なもので、名前を呼ばれた女性陣は苦笑いした。 「良かったね、マーク」 一息ついたマークの隣から、黄金色の髪の少女が話しかけてくる。彼女はほとんど飲んでいない。酒に慣れていないのもあるが、そういう気分にならなかったのだ。 あの時、魔族を拘束した黄金の光。あれは廃村までの道のりは約半日。 道中、しばしば雑談を挟みながらも、冒険者各位は警戒した様子で行軍した。 いかに相手が弱小なゴブリンといえど、その数が200もいるとなれば話は別だ。こちらはその10分の1程度の人数しかいない。いつもの気軽な害獣駆除とは訳が違った。「よし、ここで野営しよう。明朝、作戦開始とする」 やや開けた場所に来た時、装飾のある金属鎧を着た若い男性が言った。冒険者たちのお目付役として同行した、ラングナー卿配下の騎士だ。マークは記憶を辿り、確か名前はオットーだったと思い出した。「ゴブリンは夜行性だから、朝日が昇る頃合いに寝る...そこを急襲するって感じだったか」「まぁ、やり方自体はいつもの駆除と変わらないな」 隣を歩いていたセイザンに、作戦の内容を確認する。以前も小規模なゴブリンの群れを駆除したことがあるが、その時も朝方を狙った。「マーク、お前さん朝に弱いんだから、早めに寝ておけよ」「う、うるせぇ...」 ケーベストに指摘され、マークは言い返す言葉も見つからずに悪態をつくばかりだった。昔から早起きは苦手なのである。「ねぇ、レイナ、あの人まだあなたを見てるよ」「えっ...」 アスリィから耳打ちをされ、レイナは少し驚いた様子で振り返る。 少し離れたところに、あの青髪の騎士が立っている。まるで感情というものが感じられない眼差しを、移動中もずっとレイナに向けていた。「顔は良いんだけどさぁ、あそこまでじっと見てくるとさすがに怖いよね...」「そう...だね...」 渋い顔をして言うと、エルフの少女は青髪の騎士に向けて舌を見せて煽った。やはりというか、彼女のことは全く眼中にないようで、何の反応も返ってこなかったが。 レイナはしかし、向けられる眼差しをそこまで不快には思っていなかった。下心のある視線とは、どうしても思えなかったからだ。感情こそ感じないが、何かを探るような意図が見え隠れしていた。 虫たちの声、そして焚き火の
「塔」と呼ばれる地がある。文字通り、天に向けて昇る、巨大な石の塔を中心とした都市だ。 魔術師の総本山にして、世界的な研究機関。そこに従事する者はまさに魔術の最先端を行く者で、多くの言語魔術師たちにとって羨望の対象である。 その巨大な石塔の中。まるで貴族の屋敷にある応接間のような部屋に、2人の男性の姿があった。「お前に、「聖女」の捜索を命じる」 顔は40代といったところか。白いものが混じった黒髪をオールバックにして、1つにまとめあげている壮年の男性。しかし、首から下は鍛え抜かれた筋肉に包まれていて、そこに刻まれた無数の傷跡が、男性の屈強さを物語っていた。「歳の頃は16、7ほど...金の瞳を持ち、おそらく髪も同じ色だろう」 低い声で話す男性──アルベルトは、目の前に立つ青年の様子を窺っていた。青い髪の、重厚なプレートアーマーを着た男。その腰には、竜の装飾が施された長剣が下げられている。「場所は王国の東部。発見してもなるべく接触は避けろ。しばらく様子を見る」「......」 男は何も語らず、ただ静かに頷く。その青い目には、光というものが感じられない。感情の読めない相手の様子に、アルベルトは露骨にため息をつく。「...お前のことは信頼している。だが...その、なんだ...もう少し愛想とかはないのか?」 厳格そうな顔が、悩ましげに歪む。対照的に、青髪の男の表情は動かない。 ただ、ほんのわずか。目の前でも気づかない程度に、彼は鼻で笑った。「...必要ない」 それだけ言い残し、重い甲冑の足音が部屋を後にした。1人残されたアルベルトは、バツが悪そうに頭を掻きむしる。「全く...あんな無愛想な奴が「聖剣」の主とはな...」 世の中分からないものだとボヤき、彼も部屋から出ていった。「さて、ここでみんなに重大な知らせがある」 王国東部にある一際大きな街。大勢の客で賑わう真昼の食堂にて、赤毛の少年──セイザンが神妙な面持ちで話し始めた。仲間たち4人は、何事かと聞き耳を立てている。「一言で言うと...金がない」「はぁっ!?」 その報告にいち早く反応したのは、緑の瞳と長い耳を持つエルフの少女──アスリィである。目を大きく開き、その尖った耳もピンと上を向いていた。エルフは感情によって耳が動くことを、仲間たちは最近知った。「え、どういうことだ? この前
「な、何だこいつ...!?」 ケーベストが短剣を構えながら退く。現れた怪物からは、肌に刺さるくらいの殺気を感じた。とても近くにはいられない。「レイナ...? レイナ、どうしたの!?」 アスリィが叫ぶ。彼女の横に立つ黄金色の髪を持つ少女は、血の気の失せた青い顔を浮かべ、その唇は微かに震えていた。「お、おい、レイナ...?」「みんな...逃げて...!」 マークが背後に向け声をかけた直後、レイナが悲痛なまでの声を絞り出した。「あれは...魔族...」「ま、魔族...だと...?」 セイザンの顔が強ばる。その言葉が真実だとすれば、目の前の存在は恐ろしく強大な敵である。 魔族。それは1000年前、竜と大いなる戦いを繰り広げた魔王に付き従った眷族たちのこと。大きな角と、絶大な身体能力、そして魔力を持つ怪物。かつての大戦では、人間とエルフ族、ドワーフ族などが力を合わせ、これと戦ったとされる。 今ではおとぎ話の中の存在だとされていたが、実際に目の前に立つソレは、確かに魔族だと言っても不思議ではないほどの威圧感を持っていた。「マジかよ...これはさすがに、逃げた方が良くないか?」 ゆっくりと足を進める魔族。それに合わせて、5人は少しずつ後ろに退く。背中を向けて逃げたい衝動に駆られるが、それは自殺行為だと、本能が告げていた。「...ダメだ、ここで倒す...!」 しかし、黒髪の剣士だけは、下がる足を止め、正面から怪物の前に立った。「こいつを、野放しにしておけない...!」 魔族は人の天敵。この場から上手く逃げることができたとして、この怪物は恐らく、人里を探し暴れ回るだろう。そんなことは許せない。 何より、世界一の剣士を目指すマークにとって、敵から逃げるという選択肢は初めからなかった。「...ったく、しょうがない奴だ...」 隣に、赤毛の親友が立つ。一度決めたら簡単には曲げない。マークの性格は昔からよく知っている。「援護と回復、任せてね」 背後でアスリィが弓に矢を番《つが》える。「撹乱...が、効けばいいけどな」 ケーベストも何かを諦めた様子で、低い姿勢を取り構えた。「みんな...」 最後尾に立つレイナは、仲間たちの覚悟を決めた表情を見て、徐々に顔色を回復させていく。大きく息を吐き、心を落ち着かせる。杖を握る手に力を込め、ついに
街道を外れ、険しい森を数日間かけて抜けた先。斜面の死角になる場所に、人工的な石造りの入口が確かにあった。「ここが...遺跡の入口」 マークは目の前にぽっかりと空いた洞窟を見て、激しく鼓動が高鳴るのを感じていた。物語でしか読んだことのない、未知への冒険が目前にある。その事実に、心を弾ませない者はいないだろう。「おっと、それ以上はストップな」 ゆっくりと入口に足を進めていたマークを、大柄な体格が遮る。険しい顔をした斥候《スカウト》の青年がそこにいた。数日前に緩い顔を浮かべていた男と同一人物とは思えないほど、真に迫った表情だ。 慣れた雰囲気で、ケーベストは入口の周囲を観察し、実際に手を触れて確認してみる。「あれ、何やってるの?」「多分、何か仕掛けがないかを探ってる...のか?」 アスリィの疑問に、セイザンが曖昧に答えた。何となくの知識では知っているが、実際に斥候《スカウト》の仕事を目にするのは初めてだ、無理もない。「...おい、ケーベスト、まだかかるのか?」「もう少し待っててくれ...っと、よし、OKだ」 遺跡の入口まで来てお預けをくらい、さすがに焦れたマークが急かすと、そこでケーベストが両手を叩いた。「なぁ、マークよ、ちょっとそこに立ってみてくれ」「え、こ、ここか...?」 いつもの軽い表情に戻ったケーベストに促され、マークは指された場所に立ってみた。遺跡の入口の真ん前。先ほどマークが近寄ろうとしていた場所だ。 ガシュッ!「はっ!?」 何か機械的な音が響き、マークは咄嗟に両手で防ぐ動作をしながら屈む。しかし、音が響いただけでそれ以上は何も起きなかった。「ふむふむ、なるほど、やっぱりなぁ」 1人だけ何かを納得した様子のケーベスト。 マークは冷や汗をかいたまま固い表情を作り、他の3人も軽く青ざめている。「な、なんだよ、何があったんだ?」「そこに何かの仕掛け罠があるのはすぐに分かったんだよ」 マークがケーベストの指す場所──つまり自分の足元に目を落とすが、そこは何の変哲もない地面にしか見えない。「でも、1000年前の遺跡なわけだし、仮に発動しても劣化してて、何も起きないと思ったんだよ」 腰に両手を置き、自信満々といった様子のケーベスト。マークの顔がみるみる赤くなっていく。「案の定だったな! どうだ、ビックリしたか?」「
「おらぁっ!」 叫びと共に、強烈な蹴りが炸裂した。 顔面を蹴り飛ばされた人影が、木枠の窓を突き破って外へと投げ出される。醜悪な顔をした緑色の肌を持つ人影──ゴブリンだ。 魔獣《モンスター》と並び、人々の生活を脅かす害獣の如き存在。暴力と略奪しか知らない、知性の欠けらも無い邪悪な者たちである。「マーク、目を閉じろ!」 親友の言葉と同時に、マークはその目を伏せる。戦いの最中に目を背けるなど、本来は自殺行為に等しい。しかし、次の瞬間、眩い閃光が放たれる。「ナイスだセイザン!」 強烈な光に目を焼かれ、ゴブリンたちが悶絶する。夜目が効く分、目眩しの効果は絶大だ。 セイザンの放った精霊魔術の「閃光《フラッシュ》」は、光の力を凝縮して一気に解放し、周囲に強い光を放つ、彼の十八番《おはこ》である。 身動きが取れないゴブリンたちを、マークが両手に持った大小2本の長剣で斬り伏せていく。「マーク、後ろ!」 3体のゴブリンを倒したところで、レイナの鋭い声が届く。目眩しから回復した1体が、マークの背後に回りこみ、手にした棍棒を振りかざしていた。「障壁《プロテクション》!」 しかし、その棍棒は青白い光の壁によって遮られる。レイナの魔術によって作られた、意志力の障壁だ。 魔力とも称される意志の力を、特殊な言語──呪文に乗せることで現実を改変する。それが言語魔術である。「ありがとよ、レイナ!」「ついでに、おまけっ!」 マークの長剣がゴブリンを袈裟斬りにし、さらに追い討ちとばかりにセイザンも背中から剣を振り下ろす。 街の郊外にある廃墟に住み着いたゴブリンの駆除。マークたちが冒険者として依頼された仕事は、これにて完了となった。 その日の夜。 新米冒険者3人の姿は、宿の1階に併設された酒場兼食堂にあった。「やっぱり3人だけじゃ少し厳しいかもしれないぞ」 手にした豚肉の串焼きをクルクルと回しながら、セイザンが話し始めた。「今回みたいな害獣駆除って話ならともかく、例えば洞窟内の探索ってことになると、特にな」 今回の依頼は、廃墟に居座るゴブリンの駆除という、至極シンプルなものだった。10年以上前に起きた戦争の影響で、街の郊外には放棄された空き家が多い。そこを住処にしてしまうゴブリンは後を絶たず、街の住人にしてみれば脅威だ。しかし、冒険者にとっては比較的楽に日銭
かつて、竜と魔王による大いなる戦いがあった。 2人の邪悪なる魔王が、世界をその手中に収めるべく、眷属を放った。 4体の竜がそれに対抗し、人間たちと共に戦った。 大地が引き裂かれ、空が割れるほどの大戦。 果たして、魔王は封印され、竜は深い眠りについた。 しかし、竜たちは知っていた。いつか再び、魔王が目覚めることを。 魔を断つ力──「聖剣」。 魔を封じる力──「聖女」。 来たる時のため、竜はその2つの力を残した。 それから、1000年の時が流れた──。「きゃっ」 朝の柔らかな日差しの中、黄金色の髪がふわりと揺れた。「っと...大丈夫か?」 黒髪の少年が、道に躓《つまず》いた少女の手を取る。少女は少しはにかんだ様子で笑顔を作った。「ありがとう、マーク」 マークと呼ばれた少年は、その笑顔に心を打たれる。昔からよく知っているその表情は、いつも眩しかった。 王国の辺境に位置する、名も無き村。深い森に囲まれ、人の往来こそほとんどないが、豊かな自然と、平穏に溢れている。 今その村から、4人の少年少女が旅立とうとしていた。 冒険者として、未知の世界への期待に胸をふくらませた旅...というわけではない。「マーくんったら、顔が赤いよ?」「そ、そんなわけないだろ! 朝日のせいだよ!」「モタモタしてないで、早く行こうぜ」 ニヤニヤという表現がよく合う笑顔で、ピンクの髪をした少女が茶化す。マークがそれに対し、さらに顔を赤らめて反論。そして赤髪の少年が、やれやれといった風情で促す。 その様子を、真っ赤なローブを着た黄金色の髪の少女──レイナが穏やかな表情で見ていた。 同じ村で育った、4人の幼馴染。 マークとレイナ、そしてピンクの髪のルビアと、赤髪のセイザン。 村の入口に来た彼らは、見送りに来た村人たちに手を振る。「頑張って来いよ!」「ルビアちゃん、身体には気をつけてね」 そんな励ましの声が聞こえてきた。 4人は西にある大きな街へと向けて出発した。片道数日、長くとも往復で1週間ほどのごく短い道のり。 それは街にある神殿に、ルビアを送り届けるための旅だ。 彼女は知識の神の信徒で、その神官になる修行のため、神殿に赴くことになった。 本来は彼女の両親が送り出す予定だったが、村の外に出る良い機会と思ったマークたちが、その役目を代わること