LOGIN廃村までの道のりは約半日。
道中、しばしば雑談を挟みながらも、冒険者各位は警戒した様子で行軍した。 いかに相手が弱小なゴブリンといえど、その数が200もいるとなれば話は別だ。こちらはその10分の1程度の人数しかいない。いつもの気軽な害獣駆除とは訳が違った。 「よし、ここで野営しよう。明朝、作戦開始とする」 やや開けた場所に来た時、装飾のある金属鎧を着た若い男性が言った。冒険者たちのお目付役として同行した、ラングナー卿配下の騎士だ。マークは記憶を辿り、確か名前はオットーだったと思い出した。 「ゴブリンは夜行性だから、朝日が昇る頃合いに寝る...そこを急襲するって感じだったか」 「まぁ、やり方自体はいつもの駆除と変わらないな」 隣を歩いていたセイザンに、作戦の内容を確認する。以前も小規模なゴブリンの群れを駆除したことがあるが、その時も朝方を狙った。 「マーク、お前さん朝に弱いんだから、早めに寝ておけよ」 「う、うるせぇ...」 ケーベストに指摘され、マークは言い返す言葉も見つからずに悪態をつくばかりだった。昔から早起きは苦手なのである。 「ねぇ、レイナ、あの人まだあなたを見てるよ」 「えっ...」 アスリィから耳打ちをされ、レイナは少し驚いた様子で振り返る。 少し離れたところに、あの青髪の騎士が立っている。まるで感情というものが感じられない眼差しを、移動中もずっとレイナに向けていた。 「顔は良いんだけどさぁ、あそこまでじっと見てくるとさすがに怖いよね...」 「そう...だね...」 渋い顔をして言うと、エルフの少女は青髪の騎士に向けて舌を見せて煽った。やはりというか、彼女のことは全く眼中にないようで、何の反応も返ってこなかったが。 レイナはしかし、向けられる眼差しをそこまで不快には思っていなかった。下心のある視線とは、どうしても思えなかったからだ。感情こそ感じないが、何かを探るような意図が見え隠れしていた。 虫たちの声、そして焚き火の爆《は》ぜる音だけが、その場に響いていた。 ゴブリンが根城にしているとされる廃村までの距離はそうない。あまり騒がしくするわけにもいかないため、冒険者たちは静かな夜を過ごしていた。小声で話す者こそいたが、戦いの前夜ということもあり、口数は少ない。食事の後、早々に眠りについた者も多かった。 マークたちも、激しい戦いになることを予想し、いつもより早く休むことにした。高揚して眠れないと言う親友を、セイザンが窘《たしな》める場面もあったが。 仲間たちが寝息を立てる中、黄金色の髪の少女だけが、その目を閉じられずにいた。毛布にその身を預けてはいるが、眠れる気がしなかった。 ふと周囲を見渡す。いくつかの焚き火が見え、それぞれを他の冒険者たちが囲んでいる。眠っている者が大半だったが、中には武器の手入れをしている者や、素振りをしている者もいた。一応、見張りとしてオットーたち騎士が立っている。 「...あ」 小さく声が漏れる。少し離れたところ。木に背中を預けて座っている、あの青髪の騎士が見えた。さすがに今はレイナに視線を向けていなかったが、眠りについている様子もなかった。ただ、竜の装飾が施された剣をじっと眺めているようだった。 「……」 気がつけば、レイナは音もなく立ち上がり、彼のもとへ近づいていた。自分に向けられる視線の意図も、もちろん気になっている。しかし、彼の持つ剣が目に入った瞬間、奇妙な感覚を覚えた。それが何かを確かめたいと思った時、自然と身体が動いていた。 「...あの」 五歩ほど離れたところから、レイナは小さな声で呼びかけた。騎士は動かない。ただ視線だけ、剣からレイナへと移した。 「あ、あなたは...どうして私を見ていたのですか...?」 意を決した問いかけ。レイナ自身、人見知りしない方ではない。初対面の相手にこうして話しかけるのは、それなりの勇気を要した。 果たして、その勇気が実を結ぶことはなかった。 「...答える気はない」 ただそれだけ。感情こそ感じられないが、明らかな拒絶の意志が込められた言葉だった。マークだったら、きっと今ごろ怒っているだろうと、レイナは内心で想像してしまった。 しかし、彼女はこの程度で引き下がるような人ではない。 「じゃあ、質問を変えます...」 昼間からずっと、ほんの僅かに感じていた違和感。それを確かめるのは今しかないと、レイナを意を決して言葉を続ける。 「あなたは、何をそんなに怖がってるんですか...?」 「...!」 初めて、彼から明確な感情のようなものが窺えた。本当に少しだけ、その目が開かれたのを、レイナは見逃さなかった。 昼に初めて見た時から、青髪の騎士の氷のような表情の中に、怯えのような色が見えた気がした。初めは気のせいかとも思ったが、野営前に見た時も、変わらずその色が窺えた。そして今。剣を見つめる彼から、レイナは確実に「怖れ」の感情を感じ取ったのだ。 「...お前には、関係のないことだ」 髪と同じ黄金色の瞳を真正面に受けて、青髪の騎士は目を逸らした。そしてそのまま、話は終わりだと言わんばかりに、青いマントに身を包んで目を閉じてしまった。 「...そう...ですか...」 これ以上は踏み込んではいけない。そう感じたレイナは、ゆっくりと背を向け、その場を離れる。気にはなるが、自分も明日に備えて早く休まねばならない。青髪の騎士が「何か」を怖れている。それが知れただけでも、収穫だと思うことにした。 「...?」 ふと、視線を感じて振り返る。しかし、騎士は変わらない姿勢で目を固く閉じていた。気のせいかと、レイナは小走りで仲間のもとへ戻っていった。 騎士は確かに目を閉じている。代わりに、彼の持つ剣。その鍔に造形された竜の双眸が、黄金色の少女に向けられていた。 一閃。 赤いマントが翻り、醜悪な緑の人影が倒れる。すぐさま、二刀流の剣士は次の相手に向けて疾走した。 夜がうっすらと明けかけた頃合い。冒険者たちはゴブリンの群れを討伐すべく、住処となった廃村に強襲をかけた。 地面に大の字になって寝ていたゴブリンに、アスリィの放った矢が命中。それが合図となり、20人以上の戦士たちが一斉に仕掛けた。 最初の数体こそ、物音を立てず討つことができたものの、ゴブリンたちとて無警戒ではない。すぐに非常事態と気づき、大声を挙げる者が現れた。 半壊した家々から、続々と緑の人影が飛び出してくる。体格はせいぜい人間の子供ほど。力も弱く、個々の脅威度は高くない。しかし、とにかく数が多かった。 「おいおい、多すぎだろ!」 「200どころか300いるんじゃないの!」 小綺麗な金属鎧を纏ったドワーフが叫び、その仲間である魔術師の女性が続く。聞いていた話より、明らかにゴブリンたちの数は多かった。 「これだけの数...ただ集まったんじゃないな...」 炎を纏った剣でゴブリンの1体を屠り、セイザンは冷静に状況を見ていた。 ゴブリンたちの知能は決して高くない。しかし、その動きには統制のようなものが感じられた。襲撃に気づいて、すぐに警戒を呼びかける早さ。混乱せずに対処する柔軟さ。そして1人に対して必ず複数で襲いかかる戦法。どれも拙いながら、それなりに訓練されたような動きだった。 「オッサン、多分だが、コイツらには親玉がいる」 「あぁ、そうっぽいな...よし、任せろ!」 セイザンの呼び掛けに、ケーベストはすぐに行動を起こす。自らの役割はあくまで斥候《スカウト》。乱戦を掻い潜り、周囲を見渡せる場所を探しに走った。 「マーク!」 「分かってる! ケーベストの合図が来るまで、なんとか耐えるぞ!」 親友の考えなど言わずとも分かる。マークは両手の長剣を振るい、ゴブリンたちを薙ぎ払う。 「魔力矢《エネルギーボルト》!」 レイナの放つ魔力の光が、ゴブリンの1体を貫く。さらにそこに、アスリィの矢も突き刺さった。 「ホント...キリがないわね...!」 矢筒の中身を確認しつつ、エルフの少女は悪態をつく。事前に多めに用意していたものの、この調子では遠くないうちに使い果たす。手近に倒れていたゴブリンから、使えそうな矢を引き抜いた。 「レイナ、アスリィ、大丈夫か?」 マークが2人の前に立つ。相当数のゴブリンを倒したが、彼自身も無傷ではない。胴体を守る軽装鎧には無数の傷が付き、額からは一筋の血が流れていた。 「マーク、怪我してる...!」 「すぐ「治癒《ヒール》」するよ!」 「まだだ、このくらいの傷なら問題ない。2人とも、魔力はまだ温存しておくんだ!」 言いながら、近づいてきたゴブリンに剣を叩きつける。 「オレが必ず...守ってみせる!」 自らの闘志を奮い立たせるように言うと、マークは再び突撃していった。その背中を見送ることしかできず、レイナは唇を軽く噛んだ。 「見つけたぞぉっ!」 その時、頭上から声が響く。 教会だったであろう建物。その屋根の上から、バンダナを巻いた青年が手を挙げていた。 廃村のもっとも奥。 もとは広場だったと思われるそこに、石造りの異質な建物があった。明らかに、人間の手で造られたものではない、粗末ながら歪で禍々しい雰囲気。 他の冒険者たちが戦う声を尻目に、マークたちはその建物へと走る。ケーベストが見つけたその建物の前には、3つの人影が見えた。 2つは、人間より遥かに巨大な筋骨隆々の体躯を持っていた。鋭い牙が、その口角の端からはみ出している。ゴブリンと同様、緑の肌を持ちながら、どう見ても格が違った。 オーガと呼ばれる存在だと、レイナが看破した。驚異的な怪力と生命力を持つ、ゴブリンの上位種である。 そしてもう1つの人影。体格はゴブリンとさほど変わらなかったが、石や骨で作ったと思しき様々な装飾を身につけていた。 「あれは、ゴブリンシャーマン!」 黄金色の髪の少女が叫ぶ。ゴブリンたちの中に稀に現れる、知能の高い上位種。精霊魔術を使いこなし、群れの統括者として君臨する者だ。 「あれが親玉ってわけか...」 マークが額の血を拭いながら、その口角を上げる。その視線はシャーマンよりも、明らかに戦闘力に秀でるオーガに向いていた。強敵との戦いを予感し、彼は高揚するのを感じていた。 「あれを倒せば、他のゴブリンの士気も落ちるはずだ」 セイザンが剣と盾を構える。他の冒険者たちも奮戦しているが、何人か負傷しているのを見かけた。このまま長引いては、恐らくジリ貧となるだろう。 「ここで仕留めてやる...ってね!」 先制攻撃。アスリィは素早く矢を番《つが》え、シャーマンの頭部に目掛けて放った。 「無駄ダァッ!」 しかし、その矢は目標の手前であっさりと落ちた。まるで、強烈な向かい風に煽られたように。 「精霊魔術...「風障壁《ウィンドヴェール》」か!」 セイザンが苦々しい表情で言う。こんな醜いヤツが、自分と同じ...否、下手をすればより高度な術を使えると察して、複雑な心境だった。 「レイナ、防御魔法頼む!」 マークが2本の剣を振りかざし駈ける。セイザンもそれに続き、ケーベストはオーガの注意を逸らすべく、ダガーを投げて牽制した。 「障壁《プロテクション》!」 青白い魔力の光が、マークとセイザンを包む。緑の巨人の力に対し、どれほどの効果かは分からない。それでも、魔術による支援があると思えば心強かった。 「でやぁっ!」 マークとセイザン、3本の剣がオーガの1体を捉える。分厚い胸板が切り裂かれ、紫色の体液が飛び散る。 しかし、巨人はその程度では止まらない。 「ぐぁ!」 巨人は、手にした丸太のような棍棒で赤毛の少年を襲う。セイザンは咄嗟に盾で防いだが、その膂力の前に、円形の盾は粉々に砕かれてしまった。 「セイザン!」 レイナたちのところまで吹き飛ばされる。すぐにアスリィが「治癒《ヒール》」をかけて回復させ、なんとか事なきを得た。 「これは...厳しいか...!」 身を屈め、ケーベストが巨人の一撃を躱《かわ》す。彼の持つ短剣では、相手の薄皮1枚傷付けることも困難だろう。 2体のオーガを相手にマークたちは苦戦を強いられた。シャーマンはその様子を、卑劣な笑みを浮かべ眺めている。 そこへ、青い風が吹いた。 「っ!?」 マークは見た。あの青い髪の騎士が、凄まじい速さで跳躍してくるのを。 マークは見た。騎士が持つ、竜が造形された剣が、オーガの大木のような腕を両断したのを。 その場にいた誰もが、その速さと強さに、一瞬とはいえ目を奪われてしまった。 「...逝け」 抑揚のない声。それだけを発すると、青の騎士はさらに剣を一閃した。 オーガの1体が、その場に膝から崩れ落ちた。 「あ、アイツ...あんなに強かったのか...」 アスリィの魔術で回復したセイザンがゆっくり立ち上がる。その目は、青の騎士の動きから離せなかった。 マークも同様だ。その太刀筋の速さと正確さ。そして何より、迷いのなさ。それら全てが、廃村までの道のりは約半日。 道中、しばしば雑談を挟みながらも、冒険者各位は警戒した様子で行軍した。 いかに相手が弱小なゴブリンといえど、その数が200もいるとなれば話は別だ。こちらはその10分の1程度の人数しかいない。いつもの気軽な害獣駆除とは訳が違った。「よし、ここで野営しよう。明朝、作戦開始とする」 やや開けた場所に来た時、装飾のある金属鎧を着た若い男性が言った。冒険者たちのお目付役として同行した、ラングナー卿配下の騎士だ。マークは記憶を辿り、確か名前はオットーだったと思い出した。「ゴブリンは夜行性だから、朝日が昇る頃合いに寝る...そこを急襲するって感じだったか」「まぁ、やり方自体はいつもの駆除と変わらないな」 隣を歩いていたセイザンに、作戦の内容を確認する。以前も小規模なゴブリンの群れを駆除したことがあるが、その時も朝方を狙った。「マーク、お前さん朝に弱いんだから、早めに寝ておけよ」「う、うるせぇ...」 ケーベストに指摘され、マークは言い返す言葉も見つからずに悪態をつくばかりだった。昔から早起きは苦手なのである。「ねぇ、レイナ、あの人まだあなたを見てるよ」「えっ...」 アスリィから耳打ちをされ、レイナは少し驚いた様子で振り返る。 少し離れたところに、あの青髪の騎士が立っている。まるで感情というものが感じられない眼差しを、移動中もずっとレイナに向けていた。「顔は良いんだけどさぁ、あそこまでじっと見てくるとさすがに怖いよね...」「そう...だね...」 渋い顔をして言うと、エルフの少女は青髪の騎士に向けて舌を見せて煽った。やはりというか、彼女のことは全く眼中にないようで、何の反応も返ってこなかったが。 レイナはしかし、向けられる眼差しをそこまで不快には思っていなかった。下心のある視線とは、どうしても思えなかったからだ。感情こそ感じないが、何かを探るような意図が見え隠れしていた。 虫たちの声、そして焚き火の
「塔」と呼ばれる地がある。文字通り、天に向けて昇る、巨大な石の塔を中心とした都市だ。 魔術師の総本山にして、世界的な研究機関。そこに従事する者はまさに魔術の最先端を行く者で、多くの言語魔術師たちにとって羨望の対象である。 その巨大な石塔の中。まるで貴族の屋敷にある応接間のような部屋に、2人の男性の姿があった。「お前に、「聖女」の捜索を命じる」 顔は40代といったところか。白いものが混じった黒髪をオールバックにして、1つにまとめあげている壮年の男性。しかし、首から下は鍛え抜かれた筋肉に包まれていて、そこに刻まれた無数の傷跡が、男性の屈強さを物語っていた。「歳の頃は16、7ほど...金の瞳を持ち、おそらく髪も同じ色だろう」 低い声で話す男性──アルベルトは、目の前に立つ青年の様子を窺っていた。青い髪の、重厚なプレートアーマーを着た男。その腰には、竜の装飾が施された長剣が下げられている。「場所は王国の東部。発見してもなるべく接触は避けろ。しばらく様子を見る」「......」 男は何も語らず、ただ静かに頷く。その青い目には、光というものが感じられない。感情の読めない相手の様子に、アルベルトは露骨にため息をつく。「...お前のことは信頼している。だが...その、なんだ...もう少し愛想とかはないのか?」 厳格そうな顔が、悩ましげに歪む。対照的に、青髪の男の表情は動かない。 ただ、ほんのわずか。目の前でも気づかない程度に、彼は鼻で笑った。「...必要ない」 それだけ言い残し、重い甲冑の足音が部屋を後にした。1人残されたアルベルトは、バツが悪そうに頭を掻きむしる。「全く...あんな無愛想な奴が「聖剣」の主とはな...」 世の中分からないものだとボヤき、彼も部屋から出ていった。「さて、ここでみんなに重大な知らせがある」 王国東部にある一際大きな街。大勢の客で賑わう真昼の食堂にて、赤毛の少年──セイザンが神妙な面持ちで話し始めた。仲間たち4人は、何事かと聞き耳を立てている。「一言で言うと...金がない」「はぁっ!?」 その報告にいち早く反応したのは、緑の瞳と長い耳を持つエルフの少女──アスリィである。目を大きく開き、その尖った耳もピンと上を向いていた。エルフは感情によって耳が動くことを、仲間たちは最近知った。「え、どういうことだ? この前
「な、何だこいつ...!?」 ケーベストが短剣を構えながら退く。現れた怪物からは、肌に刺さるくらいの殺気を感じた。とても近くにはいられない。「レイナ...? レイナ、どうしたの!?」 アスリィが叫ぶ。彼女の横に立つ黄金色の髪を持つ少女は、血の気の失せた青い顔を浮かべ、その唇は微かに震えていた。「お、おい、レイナ...?」「みんな...逃げて...!」 マークが背後に向け声をかけた直後、レイナが悲痛なまでの声を絞り出した。「あれは...魔族...」「ま、魔族...だと...?」 セイザンの顔が強ばる。その言葉が真実だとすれば、目の前の存在は恐ろしく強大な敵である。 魔族。それは1000年前、竜と大いなる戦いを繰り広げた魔王に付き従った眷族たちのこと。大きな角と、絶大な身体能力、そして魔力を持つ怪物。かつての大戦では、人間とエルフ族、ドワーフ族などが力を合わせ、これと戦ったとされる。 今ではおとぎ話の中の存在だとされていたが、実際に目の前に立つソレは、確かに魔族だと言っても不思議ではないほどの威圧感を持っていた。「マジかよ...これはさすがに、逃げた方が良くないか?」 ゆっくりと足を進める魔族。それに合わせて、5人は少しずつ後ろに退く。背中を向けて逃げたい衝動に駆られるが、それは自殺行為だと、本能が告げていた。「...ダメだ、ここで倒す...!」 しかし、黒髪の剣士だけは、下がる足を止め、正面から怪物の前に立った。「こいつを、野放しにしておけない...!」 魔族は人の天敵。この場から上手く逃げることができたとして、この怪物は恐らく、人里を探し暴れ回るだろう。そんなことは許せない。 何より、世界一の剣士を目指すマークにとって、敵から逃げるという選択肢は初めからなかった。「...ったく、しょうがない奴だ...」 隣に、赤毛の親友が立つ。一度決めたら簡単には曲げない。マークの性格は昔からよく知っている。「援護と回復、任せてね」 背後でアスリィが弓に矢を番《つが》える。「撹乱...が、効けばいいけどな」 ケーベストも何かを諦めた様子で、低い姿勢を取り構えた。「みんな...」 最後尾に立つレイナは、仲間たちの覚悟を決めた表情を見て、徐々に顔色を回復させていく。大きく息を吐き、心を落ち着かせる。杖を握る手に力を込め、ついに
街道を外れ、険しい森を数日間かけて抜けた先。斜面の死角になる場所に、人工的な石造りの入口が確かにあった。「ここが...遺跡の入口」 マークは目の前にぽっかりと空いた洞窟を見て、激しく鼓動が高鳴るのを感じていた。物語でしか読んだことのない、未知への冒険が目前にある。その事実に、心を弾ませない者はいないだろう。「おっと、それ以上はストップな」 ゆっくりと入口に足を進めていたマークを、大柄な体格が遮る。険しい顔をした斥候《スカウト》の青年がそこにいた。数日前に緩い顔を浮かべていた男と同一人物とは思えないほど、真に迫った表情だ。 慣れた雰囲気で、ケーベストは入口の周囲を観察し、実際に手を触れて確認してみる。「あれ、何やってるの?」「多分、何か仕掛けがないかを探ってる...のか?」 アスリィの疑問に、セイザンが曖昧に答えた。何となくの知識では知っているが、実際に斥候《スカウト》の仕事を目にするのは初めてだ、無理もない。「...おい、ケーベスト、まだかかるのか?」「もう少し待っててくれ...っと、よし、OKだ」 遺跡の入口まで来てお預けをくらい、さすがに焦れたマークが急かすと、そこでケーベストが両手を叩いた。「なぁ、マークよ、ちょっとそこに立ってみてくれ」「え、こ、ここか...?」 いつもの軽い表情に戻ったケーベストに促され、マークは指された場所に立ってみた。遺跡の入口の真ん前。先ほどマークが近寄ろうとしていた場所だ。 ガシュッ!「はっ!?」 何か機械的な音が響き、マークは咄嗟に両手で防ぐ動作をしながら屈む。しかし、音が響いただけでそれ以上は何も起きなかった。「ふむふむ、なるほど、やっぱりなぁ」 1人だけ何かを納得した様子のケーベスト。 マークは冷や汗をかいたまま固い表情を作り、他の3人も軽く青ざめている。「な、なんだよ、何があったんだ?」「そこに何かの仕掛け罠があるのはすぐに分かったんだよ」 マークがケーベストの指す場所──つまり自分の足元に目を落とすが、そこは何の変哲もない地面にしか見えない。「でも、1000年前の遺跡なわけだし、仮に発動しても劣化してて、何も起きないと思ったんだよ」 腰に両手を置き、自信満々といった様子のケーベスト。マークの顔がみるみる赤くなっていく。「案の定だったな! どうだ、ビックリしたか?」「
「おらぁっ!」 叫びと共に、強烈な蹴りが炸裂した。 顔面を蹴り飛ばされた人影が、木枠の窓を突き破って外へと投げ出される。醜悪な顔をした緑色の肌を持つ人影──ゴブリンだ。 魔獣《モンスター》と並び、人々の生活を脅かす害獣の如き存在。暴力と略奪しか知らない、知性の欠けらも無い邪悪な者たちである。「マーク、目を閉じろ!」 親友の言葉と同時に、マークはその目を伏せる。戦いの最中に目を背けるなど、本来は自殺行為に等しい。しかし、次の瞬間、眩い閃光が放たれる。「ナイスだセイザン!」 強烈な光に目を焼かれ、ゴブリンたちが悶絶する。夜目が効く分、目眩しの効果は絶大だ。 セイザンの放った精霊魔術の「閃光《フラッシュ》」は、光の力を凝縮して一気に解放し、周囲に強い光を放つ、彼の十八番《おはこ》である。 身動きが取れないゴブリンたちを、マークが両手に持った大小2本の長剣で斬り伏せていく。「マーク、後ろ!」 3体のゴブリンを倒したところで、レイナの鋭い声が届く。目眩しから回復した1体が、マークの背後に回りこみ、手にした棍棒を振りかざしていた。「障壁《プロテクション》!」 しかし、その棍棒は青白い光の壁によって遮られる。レイナの魔術によって作られた、意志力の障壁だ。 魔力とも称される意志の力を、特殊な言語──呪文に乗せることで現実を改変する。それが言語魔術である。「ありがとよ、レイナ!」「ついでに、おまけっ!」 マークの長剣がゴブリンを袈裟斬りにし、さらに追い討ちとばかりにセイザンも背中から剣を振り下ろす。 街の郊外にある廃墟に住み着いたゴブリンの駆除。マークたちが冒険者として依頼された仕事は、これにて完了となった。 その日の夜。 新米冒険者3人の姿は、宿の1階に併設された酒場兼食堂にあった。「やっぱり3人だけじゃ少し厳しいかもしれないぞ」 手にした豚肉の串焼きをクルクルと回しながら、セイザンが話し始めた。「今回みたいな害獣駆除って話ならともかく、例えば洞窟内の探索ってことになると、特にな」 今回の依頼は、廃墟に居座るゴブリンの駆除という、至極シンプルなものだった。10年以上前に起きた戦争の影響で、街の郊外には放棄された空き家が多い。そこを住処にしてしまうゴブリンは後を絶たず、街の住人にしてみれば脅威だ。しかし、冒険者にとっては比較的楽に日銭
かつて、竜と魔王による大いなる戦いがあった。 2人の邪悪なる魔王が、世界をその手中に収めるべく、眷属を放った。 4体の竜がそれに対抗し、人間たちと共に戦った。 大地が引き裂かれ、空が割れるほどの大戦。 果たして、魔王は封印され、竜は深い眠りについた。 しかし、竜たちは知っていた。いつか再び、魔王が目覚めることを。 魔を断つ力──「聖剣」。 魔を封じる力──「聖女」。 来たる時のため、竜はその2つの力を残した。 それから、1000年の時が流れた──。「きゃっ」 朝の柔らかな日差しの中、黄金色の髪がふわりと揺れた。「っと...大丈夫か?」 黒髪の少年が、道に躓《つまず》いた少女の手を取る。少女は少しはにかんだ様子で笑顔を作った。「ありがとう、マーク」 マークと呼ばれた少年は、その笑顔に心を打たれる。昔からよく知っているその表情は、いつも眩しかった。 王国の辺境に位置する、名も無き村。深い森に囲まれ、人の往来こそほとんどないが、豊かな自然と、平穏に溢れている。 今その村から、4人の少年少女が旅立とうとしていた。 冒険者として、未知の世界への期待に胸をふくらませた旅...というわけではない。「マーくんったら、顔が赤いよ?」「そ、そんなわけないだろ! 朝日のせいだよ!」「モタモタしてないで、早く行こうぜ」 ニヤニヤという表現がよく合う笑顔で、ピンクの髪をした少女が茶化す。マークがそれに対し、さらに顔を赤らめて反論。そして赤髪の少年が、やれやれといった風情で促す。 その様子を、真っ赤なローブを着た黄金色の髪の少女──レイナが穏やかな表情で見ていた。 同じ村で育った、4人の幼馴染。 マークとレイナ、そしてピンクの髪のルビアと、赤髪のセイザン。 村の入口に来た彼らは、見送りに来た村人たちに手を振る。「頑張って来いよ!」「ルビアちゃん、身体には気をつけてね」 そんな励ましの声が聞こえてきた。 4人は西にある大きな街へと向けて出発した。片道数日、長くとも往復で1週間ほどのごく短い道のり。 それは街にある神殿に、ルビアを送り届けるための旅だ。 彼女は知識の神の信徒で、その神官になる修行のため、神殿に赴くことになった。 本来は彼女の両親が送り出す予定だったが、村の外に出る良い機会と思ったマークたちが、その役目を代わること