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第二章 前編 「騎士」

作者: ユウユウ
last update 公開日: 2026-06-29 12:37:25

「塔」と呼ばれる地がある。文字通り、天に向けて昇る、巨大な石の塔を中心とした都市だ。

 魔術師の総本山にして、世界的な研究機関。そこに従事する者はまさに魔術の最先端を行く者で、多くの言語魔術師たちにとって羨望の対象である。

 その巨大な石塔の中。まるで貴族の屋敷にある応接間のような部屋に、2人の男性の姿があった。

「お前に、「聖女」の捜索を命じる」

 顔は40代といったところか。白いものが混じった黒髪をオールバックにして、1つにまとめあげている壮年の男性。しかし、首から下は鍛え抜かれた筋肉に包まれていて、そこに刻まれた無数の傷跡が、男性の屈強さを物語っていた。

「歳の頃は16、7ほど...金の瞳を持ち、おそらく髪も同じ色だろう」

 低い声で話す男性──アルベルトは、目の前に立つ青年の様子を窺っていた。青い髪の、重厚なプレートアーマーを着た男。その腰には、竜の装飾が施された長剣が下げられている。

「場所は王国の東部。発見してもなるべく接触は避けろ。しばらく様子を見る」

「......」

 男は何も語らず、ただ静かに頷く。その青い目には、光というものが感じられない。感情の読めない相手の様子に、アルベルトは露骨にため息をつく。

「...お前のことは信頼している。だが...その、なんだ...もう少し愛想とかはないのか?」

 厳格そうな顔が、悩ましげに歪む。対照的に、青髪の男の表情は動かない。

 ただ、ほんのわずか。目の前でも気づかない程度に、彼は鼻で笑った。

「...必要ない」

 それだけ言い残し、重い甲冑の足音が部屋を後にした。1人残されたアルベルトは、バツが悪そうに頭を掻きむしる。

「全く...あんな無愛想な奴が「聖剣」の主とはな...」

 世の中分からないものだとボヤき、彼も部屋から出ていった。

「さて、ここでみんなに重大な知らせがある」

 王国東部にある一際大きな街。大勢の客で賑わう真昼の食堂にて、赤毛の少年──セイザンが神妙な面持ちで話し始めた。仲間たち4人は、何事かと聞き耳を立てている。

「一言で言うと...金がない」

「はぁっ!?」

 その報告にいち早く反応したのは、緑の瞳と長い耳を持つエルフの少女──アスリィである。目を大きく開き、その尖った耳もピンと上を向いていた。エルフは感情によって耳が動くことを、仲間たちは最近知った。

「え、どういうことだ? この前の報酬、かなりあったと思うんだが...」

 怪訝な顔を浮かべる黒髪の少年──マークは1ヶ月ほど前、東の街で受けた遺跡調査のことを思い出していた。あの時は様々な危険があったことから、報酬にはかなり色が付いていたはずである。

「何かに使っちゃったの...?」

 不安そうな様子で、黄金色の髪と赤いローブの少女──レイナが口を開く。しかし同時に、何かに思い当たったのかその視線が動く。

 気がつけば、仲間たちの視線は一点に集められていた。

「いやぁ...ほら、情報収集のためには先立つものが必要だろ...?」

 視線の集中攻撃に耐えきれず、聞いてもいないのに言い訳を始めたのは、長身の斥候《スカウト》であるケーベストだ。その顔には冷や汗がびっしり浮かんでいる。

「そういやオッサン、しょっちゅう女の子のいる店に遊びに行ってたわね...」

「あと酒とタバコ買い過ぎ。嗜好品は高いから減らせって言っただろ、オッサン」

 エルフの少女と赤毛の少年。金銭にうるさい2人からの口·撃·に、ケーベストはたじろぐ。

「お、オッサンはやめてくれ...」

 それだけ言うと、ガックリと肩を落とした。

 彼を除く4人は同時にため息をつく。有能であるのは間違いないが、彼の女好き、酒好き、タバコ好きにはさすがにうんざりしていた。

 とはいえ、無い袖は振れない。

「じゃあ、早いとこ何か仕事を探さないとな」

 即断即決。こういう時のマークは行動が早い。席を立ち、食堂の片隅に足を運ぶ。そこには大きな掲示板が立っていて、冒険者への依頼が書かれた紙がいくつも貼られていた。

「割の良い仕事があるといいんだけどな」

 隣に立ったセイザンが難しい顔をしながら言う。大きな街だから、貼られてる依頼書自体は多い。しかし急ぎで稼げるような、都合の良い依頼はそうそうないものだ。

 唸りながら掲示板とにらめっこする幼馴染2人を見て、レイナは少し笑顔を浮かべる。冒険者になって数ヶ月、色々なことを経験していき、新たな仲間も増えた。大変なことも多いが、楽しいと思う気持ちもまた強かった。

 と、2人の少年が明るい顔で振り返り、足早に戻ってきた。

「面白そうなのがあったぜ!」

 そう言ってマークは、掲示板から剥がしてきた依頼書をテーブルに叩きつけた。

 レイナとアスリィが覗き込み、その上からケーベストも視線を向ける。

 果たして、そこには「急募!ゴブリン掃討作戦」という文字が大きく書かれていた。

 街の領主であるラングナー卿の屋敷。ちょっとした城ほどもあり、そこを囲む塀は、人が3人ほど縦に並ぶくらいは高い。さながら砦にも見えるその屋敷の前に、20人ほどの冒険者たちが集まっていた。

「もっと人が多いと思ったが、そうでもないな」

「面白そうとはいえ、所詮ゴブリン退治だからな...」

 周囲を見回しながら言うマークに、セイザンは肩をすくめた。ゴブリン退治は冒険者の間ではポピュラーな依頼だが、その分、ベテランになるほど受けなくなる。マークたちもかなり若いパーティだが、周りに集まる者たちもまた一様に若く見えた。

「お、あのドワーフは強そうだな」

 巨大な斧を担いだ、小柄だが筋肉質な人物が見えた。主に山で暮らしているドワーフ族の若者が、仲間らしき者たちと談笑している。

「ありゃ見かけ倒しだろ、斧や鎧をよく見てみろよ」

 ケーベストが眉をひそめながら言う。言われてみれば、担いだ斧も、身につけた金属鎧も、不自然なまでに綺麗だった。使い込まれた様子は全くない。

「アタシら以外、頼りにならなそうな連中ばかりね」

 わざとらしく、アスリィは肩をすくめてみせた。

「...あ、あの人...」

「どうしたレイナ?」

 黄金色の髪を持つ少女の目の先には、冒険者たちの輪から外れた、1人の青年が立っていた。

 青い髪を持つ、重厚なプレートアーマーと青いマントを身に纏《まと》った青年。さながら国に仕える騎士のような出で立ちで、他の冒険者と比較して、かなり浮いた雰囲気を醸し出していた。

「...へぇ」

 マークの視線は、その青髪の青年が腰に下げた長剣に注がれている。いわゆる片手半剣《バスタードソード》と呼ばれるその剣には、おとぎ話に出てくる竜の顔のようなものが造形されていた。刀剣にはそこそこの審美眼を持つマークは、遠目に見てもそれが普通の剣ではないことを見抜いていた。

「なんだアイツ、レイナの方を見てないか?」

「え?」

 セイザンの言葉に、マークは視線を少し上げた。確かに、その男の視線は傍らに立つ幼馴染に向けられてるように思えた。

「やっぱりレイナちゃんは可愛いからなぁ、騎士様が見蕩《みと》れるのも仕方ない」

「そういう問題じゃない」

 ケーベストが深く頷きながら茶化す。マークはしかし、それを一蹴して足を進めていた。

「オイ、あんた」

 青年の前に立ち、マークは臆することなく相手を睨みつけた。背はマークよりやや高い程度。しかし纏《まと》っているプレートアーマーのせいか、さらに一回り大きく見える。

「あまり仲間のことをジロジロ見ないでくれるか」

「……」

 マークは眉間に皺を寄せ、いつもよりトーンを下げた口調で威嚇する。レイナの器量が良いのは、村にいた頃から誰もが認めている。だとしても、全くの他人からその視線を浴びせられるのは、あまり良い気分ではない。

 しかし青年は、一瞬だけマークに視線を落として、再びレイナにそれを向けていた。

「...っ...コイツ...!」

 まるでそこに存在していないもののように扱われ、マークは苛立った。相手の眼差しに、なんの感情も見えなかったことも、不気味で不審感を抱かせた。

 コイツは気に食わない。それが彼の第一印象だった。

「...マーク、いいから...行こう?」

 いつの間にかそばにいたレイナに腕を引かれ、マークは渋々引き下がる。それでも最後まで相手を睨みつけ、威嚇を続けた。

 そんな彼の様子を一切気にかけることなく、青年の視線は黄金の髪の少女に注がれていた。

 最終的に集まった冒険者は、マークたち5人を合わせて26人だった。だいたい4、5人でパーティを組む者が多く、それが5、6組ほどいることになる。

 屋敷内の大広間に案内され、そこで冒険者たちはしばし他のパーティとの交流を行っていた。他愛のない世間話ばかりだったが、どこから有益な情報が得られるか分からない。人当たりの良いセイザンや、元よりそれに長けたケーベストは、積極的に話しかけていた。

「レイナ、大丈夫か?」

「う、うん...ありがと」

 マークがそばに立つ幼馴染に声を掛ける。大広間とはいえ、これだけの人数が集まれば熱気も相当なものだ。人混みに酔ったらしく、レイナは顔色を悪くしていた。

「「治癒《ヒール》」しようか?」

「ううん、大丈夫、ありがとう」

 アスリィも気にかけて、彼女の背中を撫でていた。

 そうこうしているうちに、大広間の奥から声が聞こえてきた。屋敷の主にして、依頼主であるラングナー卿が現れたようだ。

「冒険者諸君、待たせてすまなかったな」

 緑を基調とした正装に身を包むラングナー卿は、相手が冒険者とて差別しない公平な人物だと聞いていた。口髭を綺麗に揃え、姿勢よく立つその姿は、まさに貴族といった気品に溢れている。

「あの人、最近息子が出奔したとかで、ストレスで胃痛になったらしいぞ」

 マークの隣から、ケーベストが小さく耳打ちする。どこでそんなどうでもいい情報を仕入れてきたのやら。

 ラングナー卿は、今回のゴブリン掃討作戦についての説明を行った。それによれば、街から南に半日ほどの距離にある廃村に、ゴブリンの群れが住み着いたということだった。

 10数年前に起きた、隣国からの侵略戦争の影響で、国の至る所に放棄された家や集落がある。そこを住処にしてしまうゴブリンは後を絶たず、その駆除が冒険者に依頼されることは多い。だが、今回はその規模が段違いだった。

「報告によれば、その数は100匹...いや200匹いる可能性もあるということだ」

 屋敷の主の言葉に、冒険者たちはザワザワと騒ぎ出す。通常、どんなに多くてもゴブリンはせいぜい10匹程度。文字通り、桁が違った。

 作戦の簡潔な説明が終わり、冒険者たちは早速とばかりに南の廃村に向かうことになった。

「これは思った以上に面白くなりそうだぜ」

 大多数のゴブリンを相手にする光景を想像し、マークは武者震いを起こしていた。セイザンはそんな親友の様子にやれやれと肩をすくめている。

「...でも、さすがにちょっと恐いね...」

 100を超えるゴブリンの姿を想像し、レイナは違う意味で身震いしている。その光景自体もそうだが、血で血を洗う激しい戦いになることに、恐怖を感じていた。

「大丈夫だ、お前には指1本触れさせない」

 マークは震える彼女の肩に手を置き、力強い眼差しを向ける。レイナはその様子を見て安堵すると同時に、彼が無茶をしないか心配していた。

「何があっても、オレが守ってみせる...!」

 1ヶ月前の、無様な姿を見せてしまった戦いを思い起こし、マークは固い決意を口にした。彼が目指す「世界一の剣士」というものは、何者を前にしても逃げず、仲間を守れる存在だった。

「...お前には無理だ」

「はっ...?」

 不意に聞き慣れない声がして、マークは間抜けな反応をしてしまった。

 ふと背後を見ると、そこには青髪の甲冑姿が見えた。先程まで、ずっとレイナを見ていた不届き者。その光のない視線が、今はマークに向けられていた。

「な、なんだよ...どういう意味だ?」

 急なことで、マークは強い口調で返すこともできず狼狽えてしまう。仲間たちも同様に、突然の乱入に困惑している。

「...守るなどと、気安く言うな」

 それだけを言うと、青髪の騎士は踵《きびす》を返し、5人から離れていった。

 何を言われたのか、マークは一瞬分からなかった。しかししばらくして、その顔が赤く染まっていく。

「な、なんだあの野郎...ふざけやがって...」

 レイナをジロジロ見ていたことだけでも不愉快だったのに、意味の分からないことまで言われて、マークの彼に対するヘイトは相当に溜まっていた。

 要らぬトラブルになっては厄介だと、セイザンやケーベストはそんな彼を宥めている。アスリィはただ、怪訝な表情を浮かべていた。

 そんな中、レイナだけは青髪の騎士から視線を離せないでいた。

 一瞬、ほんのわずかだけ彼が見せた、感情の揺らぎのようなもの。それが何かは分からなかったが、レイナにとってはどうしても気がかりだった。

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