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【第5話】眷属の影、近づく足音

last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-06 21:10:57

宮の空気は、少し違っていた。

神殿の奥で過ごした数日が、まるで長い夢だったかのように、馴染んだはずの寝台も、襖の向こうに聞こえる女官たちの声も、どこか遠く薄く感じられた。

「……おはようございます、殿下」

久しぶりに顔を見せた侍女たちが、一歩距離を置いて頭を下げる。

それは以前と同じような所作に見えて、わずかに――ほんのわずかに――違和感があった。

視線が合わない。

目を逸らすのでもなく、ただ、どこか直視しないように配慮されたような、その態度がむしろ奇妙だった。

琉苑は黙って頷き、部屋へと足を運ぶ。

背後で扉が閉まる音と、衣擦れの気配。

聞こえないふりをしても、耳は勝手に拾ってしまう。

「……番の……」

「神の痕が出たって……」

「では、殿下が現人神(あらひとがみ)となられたと?」

「琉花様がどうなさるのか……」

囁き。

風よりも静かな、だけど確かに存在する言葉の刃。

名指しではないのに、全身に突き刺さってくる。

(……もう、知られている)

噂は早い。

それが“何なのか”はわからなくても、“何かあった”という事実は、どれだけ隠しても滲み出てしまう。

神事の場で倒れ、数日戻らず、戻ってきた王子の肌には“痕”が刻まれていた――

その程度の情報があれば、物語などいくらでも生まれる。

(現人神なんざなったつもりはないが……何もわからない)

宮の廊下を歩くたびに、空気がよじれていくようだった。

表面上は礼を尽くしている者たちも、その目の奥には測りかねる感情が宿っている。

憐れみ、畏れ、あるいは期待。

ただの王族であった頃にはなかった重さが、琉苑の背に静かに降り積もっていた。

「琉苑殿下にご挨拶を申し上げます」

書院の前で、声をかけてきたのは一人の若い神官だった。

名は知らない。だが、顔だけは見たことがある。

神殿の中で、何度かすれ違った。

上位者に随行する立場。いつも影のように目立たぬ振る舞いをしていた男。

「……体調は、すでに回復されたと伺いました」

礼を取る動作も、言葉の選び方も、礼儀正しい。

だが、彼の目はまっすぐ首元を見ていた。

琉苑はわずかに襟を握り、視線を断ち切る。

「……何か用か?」

神官は一歩、琉苑に近づいた。

その足取りが、異様に静かだった。

「私はただ、言葉を伝えるよう命じられております」

「言葉?」

「主より――“迎えの刻、近づきたり”と」

瞬間、背筋が粟立つ。

周囲の音が遠のき、神官の声だけが空気に染み込むように残る。

「……その“主”とやらは……誰だ?」

「申し上げる名……そうですね、紅の御方とでも。ただ、殿下はもう、おわかりかと」

そう言って、彼はふっと微笑んだ。

その笑みに、温度がなかった。

いや、違う。

そこに宿っていたのは、人ではない“何か”の匂いだった。

肌が、自然に逆立つ。

魂が、嫌でも思い出してしまう。

竜の気配。

あの夜の、夢の中の――燃えるような瞳と、焼けつくような声。

琉苑は喉の奥で唾を飲み込んだ。

神官――否、“眷属”としか思えないその存在は、深々と一礼して身を翻す。

そのまま、琉苑の返事を待たず、静かに回廊の奥へと消えていった。

ただの使い。

そう理解しながらも、足が動かない。

あの存在が、目の前に“人の姿”をとって現れたという事実だけで、全身が怯えていた。

そして――惹かれてもいた。

夜、また熱が戻ってきた。

今度は、痕の疼きでは済まなかった。

胸の奥、肺の根が焼けるように熱い。

呼吸が合わさる。

自分の吐息の中に、もう一つのリズムが混ざっている。

(……この感覚……)

身体が、他の“何か”と共鳴している。

目を閉じれば、空気の中に満ちる気配が見えるようだった。

赤黒いものが、遠くからこちらを見ている。

遠いのに、息がかかりそうな距離。

離れているはずなのに、指先が触れ合いそうなほどの、近さ。

首筋が焼けた。

記憶ではない、今の感触。

そこに、熱が落とされた。

声が、また――

『待っていろ、リウ。おまえの運命は、俺が喰らう』

その言葉に、心が震えた。

怒りでも、恐れでもない。

もっと深く、名のない感情で。

息を吐いても、空気はうまく肺に届かなかった。

自分の中の何かが、目覚めようとしている。

それは確かに、理解できた。

けれど、それを受け入れてしまえば、もう戻れない。

この生活を続けたいのならば、璃晏の一皇子として暮らしたいならば……受け入れてはならない。

(……そうだ抗える……はず……)

それでも、言い聞かせるように拳を握る指先は、かすかに震えていた。

そして、気づいてしまった。

次にこの声が届いたとき。

次にこの痕が疼いたとき。

自分はもう、“抗う”という選択肢を――持っていないかもしれない、と。

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