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紗月の遺書

紗月の遺書

Par:  ハリネズミちゃんComplété
Langue: Japanese
goodnovel4goodnovel
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玉木真吾(たまき しんご)と一緒に過ごした十年。私たちは、互いに苦しめ合い続けた十年でもあった。 彼は愛人をよく替え、私はL市中から嘲笑される存在になる。 一方の私は、毎日のように彼のカードを使い、彼の金を散財し、街中を騒がせながら浮気相手を叩きのめし、有名な悪妻と呼ばれるようになる。 がんの診断書が下りたその日、もう何もかもが限界だと悟る。 私は真吾に電話をかけた。「真吾、約束する。私たち、離婚しよう」 電話の向こうで、彼は新しい女を腕に抱き、鼻で笑う。「沖田紗月(おきた さつき )、本気でその作り話を信じると思ってるのか? その手はもう何度目だ。つまらない」

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Chapitre 1

第1話

玉木真吾(たまき しんご)と一緒に過ごした十年。私たちは、互いに苦しめ合い続けた十年でもあった。

彼は愛人をよく替え、私はL市中から嘲笑される存在になる。

一方の私は、毎日のように彼のカードを使い、彼の金を散財し、街中を騒がせながら浮気相手を叩きのめし、有名な悪妻と呼ばれるようになる。

がんの診断書が下りたその日、もう何もかもが限界だと悟る。

私は真吾に電話をかけた。「真吾、約束する。私たち、離婚しよう」

電話の向こうで、彼は新しい女を腕に抱き、鼻で笑う。「沖田紗月(おきた さつき)、本気でその作り話を信じると思ってるのか?

その手はもう何度目だ。つまらない」

……

その頃の私は、彼の愛人である白木瀬奈(しらき せな)の家に立っている。

手にしたバットを強く握りしめ、胸が詰まるように苦しい。「今、愛人の家にいる。戻ってきて離婚の話をする気はないの」

「紗月、冗談にも限度がある」

「冗談かどうか、すぐ分かる」

そう言って、私はバットを振り上げ、リビング中央のテーブルに叩きつける。激しい音が響き、ガラスのテーブルは真ん中から割れ、床一面に砕け散る。

続いて、視線を壁の中央に掛けられたツーショット写真へ向ける。

はは、甘いね。

そう思った次の瞬間、私が容赦なくバットを振り下ろす。

重い音とともに、写真は粉々になり、床に落ちる。

同時に、電話から真吾の声が響く。「紗月、何をしている!」

私は電話を手に取り、軽く答える。「もちろん、二人の部屋をリフォームしてあげてる。10分以内に戻ってきなさい。さもなければ、ここを全部壊してもいい」

「紗月、やめろ」

なぜやめる必要があるの。私にできないことなんてある。

電話を切り、私はバットを手に家の中を歩き回り、壊せるものはすべて叩き壊す。瀬奈の寝室を開けようとした時、真吾が戻ってきた。

後ろには、瀬奈もいる。

「紗月、また何をやらかしてる!」

彼は目を血走らせ、大股で近づいてくる。私はバットを床に突き立て、離婚協議書を取り出す。

「無駄話はいい。早くサインして。終わったら、きれいに別れる」

真吾は書類を見て一瞬固まり、すぐに嫌悪の色を浮かべる。「紗月、こんな手で俺を呼び戻して楽しいのか?」

「騙してない。離婚したい。自由にしてあげる。不満でもある?」

一番激しく喧嘩していたあの数年、離婚を切り出したのは何度も彼のほうだった。そのたびに、私は拒み続けた。

あの頃の私は、死んでも彼に縋りつくつもりで、彼を楽にさせる気などなかった。共倒れか、白髪になるまで苦しめ合うか。

今は違う。私のほうが、先に死ぬ。

だからせめて、残された時間を自分のために使いたい。

「本気か?」

真吾は疑わしげに私を見る。

私は苛立って頷き、胸の苦しさに眉をひそめる。「何が本気かどうか。文字で書いてあるでしょう。サインすれば終わり。くだらないことを言わないで」

「分かった」

その一言で、私の言葉は止まる。

あっさりした返事は予想通りだったが、十年分の情を思うと、少しだけ胸が痛む。

それでも私はペンを差し出す。「サインして」

彼は迷いなく署名し、真吾の名を書き記す。「円満離婚だ。金は十分に渡す。今後は一切、関わるな」

「お望み通りね」

私は協議書をひったくる。

彼の訝しげな視線を背に、足早に玄関を出た瞬間、血が逆流する。思わず吐き出した血が、床に落ちる。

真紅の血は、咲き誇るツバキのよう。

それは同時に、私に残された時間が、もうわずかであることを告げていた。

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松坂 美枝
松坂 美枝
遺書が特に描写がなかったけど心情的なやつかな 激しい憎悪渦巻く両片思い夫婦だった 主人公の気が強くて片っ端から殴りまくるのでそこは良かった 祖母の葬儀に花火、お返しに義父の酸素チューブ抜くのはやりすぎだよなお互い…
2026-02-25 09:27:16
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第1話
玉木真吾(たまき しんご)と一緒に過ごした十年。私たちは、互いに苦しめ合い続けた十年でもあった。彼は愛人をよく替え、私はL市中から嘲笑される存在になる。一方の私は、毎日のように彼のカードを使い、彼の金を散財し、街中を騒がせながら浮気相手を叩きのめし、有名な悪妻と呼ばれるようになる。がんの診断書が下りたその日、もう何もかもが限界だと悟る。私は真吾に電話をかけた。「真吾、約束する。私たち、離婚しよう」電話の向こうで、彼は新しい女を腕に抱き、鼻で笑う。「沖田紗月(おきた さつき)、本気でその作り話を信じると思ってるのか?その手はもう何度目だ。つまらない」……その頃の私は、彼の愛人である白木瀬奈(しらき せな)の家に立っている。手にしたバットを強く握りしめ、胸が詰まるように苦しい。「今、愛人の家にいる。戻ってきて離婚の話をする気はないの」「紗月、冗談にも限度がある」「冗談かどうか、すぐ分かる」そう言って、私はバットを振り上げ、リビング中央のテーブルに叩きつける。激しい音が響き、ガラスのテーブルは真ん中から割れ、床一面に砕け散る。続いて、視線を壁の中央に掛けられたツーショット写真へ向ける。はは、甘いね。そう思った次の瞬間、私が容赦なくバットを振り下ろす。重い音とともに、写真は粉々になり、床に落ちる。同時に、電話から真吾の声が響く。「紗月、何をしている!」私は電話を手に取り、軽く答える。「もちろん、二人の部屋をリフォームしてあげてる。10分以内に戻ってきなさい。さもなければ、ここを全部壊してもいい」「紗月、やめろ」なぜやめる必要があるの。私にできないことなんてある。電話を切り、私はバットを手に家の中を歩き回り、壊せるものはすべて叩き壊す。瀬奈の寝室を開けようとした時、真吾が戻ってきた。後ろには、瀬奈もいる。「紗月、また何をやらかしてる!」彼は目を血走らせ、大股で近づいてくる。私はバットを床に突き立て、離婚協議書を取り出す。「無駄話はいい。早くサインして。終わったら、きれいに別れる」真吾は書類を見て一瞬固まり、すぐに嫌悪の色を浮かべる。「紗月、こんな手で俺を呼び戻して楽しいのか?」「騙してない。離婚したい。自由にしてあげる。不満でもある?」一番激しく喧嘩していたあの数年
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第2話
病院で、医師は深刻な表情を浮かべていた。彼は私に告げる。保存的治療を選んだ場合、残された時間は長くて一か月。短ければ半月、一週間、あるいは数日かもしれない。すべては不確かだという。それでも私は、保存的治療を選択する。医師は小さくため息をつき、部屋を出る前に鎮痛剤を手渡した。病室を出た瞬間、思いがけない光景が目に入る。真吾と、瀬奈。瀬奈は彼の肩に寄り添い、二人はかなり近い距離で何かを話している。真吾の口元には、うっすらと笑みまで浮かんでいた。それは、私と一緒にいた頃には一度も見たことのない表情。脇から看護師の声が聞こえる。「玉木社長が彼女を連れて結婚前の検査に来ているなんて、羨ましいですね。二人はもうすぐ結婚するらしいですよ」私はその場で体が固まる。心の中で思わず毒づいた。最低な男ね。離婚届すら正式に処理していないくせに、もう別の女と結婚する気なのか。「紗月さん」無視して立ち去ろうとした私の前に、瀬奈が立ちはだかる。仕方なく足を止める。「どいて」私の言葉など聞こえないかのように、彼女は一歩も動かず、勝手に話し始めた。「偶然だね、紗月さん。来月は私と真吾の結婚式なんだ。ぜひ来てくださいね」眉を上げるその表情には、露骨な挑発がある。確かに私は病気だ。でも、まだ死んではいない。私は迷わず、彼女の頬を叩く。瀬奈は床に倒れ込んだ。「紗月、いい加減にしろ」真吾が私の襟元を掴み、強く壁に押し付け、声には怒りが滲む。「瀬奈に謝れ」「離してくれたら、謝るわ」私は込み上げる血の気を必死に抑え、彼を見上げる。真吾は半信半疑のまま手を離した。その瞬間、私は彼の頬を打つ。「彼女だけじゃない。あんたも叩く。本当に人でなしね、真吾。十年の結婚生活があったのに、離婚も終わっていないうちから、もう愛人と結婚する気?」瀬奈の瞳に涙が溜まる。「紗月さん、L市中が知ってるよ。真吾にしがみついていたのはあなたなんだ。あなたがいなければ……」「黙れ!」私はバッグを振り下ろし、彼女の悲鳴の中で顎を掴む。「ここで口を出す資格があると思ってるの?あんた、何様?」額から血を流し、瀬奈が怯えた目で真吾を見る。真吾は私を引き離す。「紗月、もう十分だろう」その言葉と同時に、鼻から熱いものが流れ落ちる。真
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第3話
その後の数日、私は実家に戻り、医師から処方された鎮痛薬に頼って日々をやり過ごす。真吾は、珍しく何通もメッセージを送ってきた。【紗月、どこに行った。家に誰もいない】【あの別荘は俺が使う。瀬奈が気に入っていて、結婚後の新居にしたいらしい。お前は別の物件を選べ。どれでも買ってやる】【時間がある時に、私物を取りに来い】……【明後日には離婚届を出す。忘れずに来い】病状が悪化してから、私はよく眠るようになった。たまに目を覚ましても、スマホの振動音に起こされるだけで、うんざりしながら画面を確認し、短く返した。【分かった。荷物は全部捨てていい。もう連絡しないで】それ以降、真吾から連絡は来なくなる。やはり彼は私を気にかけてなどいない。生きて離婚できるかどうか、それを確認したかっただけ。離婚届を出す二日前、私は一度だけL市に戻った。天気が良かったので、厚手のコートを着て外を歩く。まさか、バーで瀬奈たちに出くわすとは思ってもいなかった。彼女のそばには、真吾の仲のいい友人たちがいる。私を見るなり、全員が一瞬固まった。「紗月さん」瀬奈だけは嬉しそうに駆け寄り、私の手を掴む。強い力に顔色が一気に青白くなり、私は振り払って眉をひそめた。「触らないで」瀬奈は数歩後ずさりし、ひどく傷ついた顔をする。その様子を見て、真吾の親友である小栗健人(おぐり けんと)が口を挟んだ。「瀬奈さん、気にしないで。あいつはヒステリー女で、誰にでも噛みつく」真吾に執着してきたこの数年で、私の評判はとっくに地に落ちている。そう思われても、不思議ではない。私はテーブルの酒を手に取り、健人の顔にぶちまけた。彼は悲鳴を上げる。「紗月、頭おかしいのか」「今さら気づいたの?」睨み返すと、健人は口をつぐむ。私が本気で暴れたら、何をするか分かっているから。「何をしている?」入口から真吾が入ってくる。黒いコート姿で、私の着ているものと同じデザイン。それは、かつて私が二人分買ったものだった。「真吾、見て。この女、また瀬奈さんをいじめてる」「違うわ、健人。そんな言い方しないで」瀬奈が真吾の腕を掴む。「こんな所で紗月さんに会うなんて、偶然だね」「偶然なものか。瀬奈さんは知らないだろうけど、紗月は有名なしつこさだ。真吾を尾行して来たのか
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第4話
家で一日中横になって過ごし、目を覚ました時には、すでに翌朝になっていた。真吾からの電話とメッセージは、夜通し途切れることがない。早く来て、離婚届の手続きをしろと催促する内容ばかり。私は医師から処方された鎮痛薬を手に取り、一気に十数錠飲み込む。必要な時だけ使うようにと念を押されていたが、役所で突然口から血を出すわけにはいかない。今日の役所は、やけに人が少ない。天気のせいだろうか。まだ九月の終わりだというのに、冷たい風が肌を刺す。「行こう」私は入口に立つ真吾に声をかける。彼は私をじっと見つめ、ふいに言った。「顔色がひどく悪いな」「あんたに関係ない」その一言で、真吾はようやく黙った。特に揉めることもなく、手続きはあっという間に終わる。私たちは前後して役所を出た。瀬奈が駆け寄り、真吾の腰に抱きつく。二人は再び役所の中へ入っていった。本当に、最低な男、待つ気すらないのね。朝から薬を飲みすぎたせいか、胸が重く、血が一気に込み上げる。私は突然、大量の血を吐いた。胸の奥が、焼けつくように痛む。そのまま地面に倒れ込むと、すぐに人だかりができる。誰かが叫ぶ。「応急処置できる人はいませんか」「救急車を呼んで」意識はどんどん遠のき、血は口と鼻から止めどなく溢れ出す。人は増え続ける。朦朧とする意識の中、人垣の隙間から真吾の姿が見えた。彼は何かを感じ取ったかのように、視線を越えて私を捉える。血は止まらない。遠くから、救急車のサイレンが近づいてくる。彼がこちらへ歩いてくるのが見えた。一歩、また一歩、もうすぐ人の輪を越える、その時。「真吾」瀬奈が後ろから現れ、彼の腕にすがる。「行こう」真吾は一度だけ私を見て、視線を逸らす。そして瀬奈と並んで、そのまま去っていった。背中は、どんどん遠ざかる。私の意識は薄れ、耳に届く音も消えていく。三日三晩の懸命な救命処置の末、私は助からなかった。医師は私の遺体を前に、深いため息をつく。「覆ってください」誰かの手が白い布を引き上げ、私の顔を覆う。魂は身体から抜け出し、自分の遺体が霊安室へ運ばれていくのを、ただ見つめていた。その頃、真吾は瀬奈と結婚式を挙げている。彼の顔には、結婚の喜びは一切ない。代わりに浮かぶのは、焦り。「どうだ。紗月
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第5話
「あり得ない。ついこの前まで会っていたんだ。あんな自己中心的な女が、何かあるはずがないだろう」真吾はなおも信じようとせず、取り乱したように食い下がる。しかし返ってきたのは、冷え切った声だった。「その時点で、彼女はすでに末期でした。無理をして、あなたと離婚手続きをしに行ったのです。本来なら、抗がん剤治療を受けていれば、あと二か月ほどは生きられましたが……残念ですね。結婚式の最中だとは思いますが、ご遺体の安置はあと三日が限界です。三日後には、こちらで処理します」そう告げて、医師は電話を切った。健人は状況が分からず、首をかしげる。「どうしたんだ?」「紗月が……紗月が、死んだ」真吾は胸元のコサージュを引きちぎり、式場を飛び出した。知らせを聞いた瀬奈も慌てて追いかけ、彼の腕を掴む。「真吾、もうすぐ式が始まるのよ。どこへ行くの?」「離せ」真吾は車のドアを開ける。「嫌、離さない」瀬奈は必死に縋りつく。「紗月のことでしょう。でも、もう離婚したじゃない。真吾、彼女はあなたを愛してない。分かってるでしょう。彼女が大事なのは、お金だけよ」「黙れ」真吾は彼女を振り払い、車に乗り込む。エンジン音とともに車は飛び出し、瀬奈は数歩追いかけて転んだ。私は、彼女のヒステリックな叫び声を聞いた。風に乗って、遠くへ散っていく。真吾は猛スピードで病院へ向かい、医師から私の死亡通知状を受け取る。彼の手は震え、紙をまともに持つことすらできない。「違う……あり得ない!これはまた紗月の悪ふざけだ。彼女を出せ。今すぐ出せ!紗月はどこだ?紗月!」真吾は廊下で叫び、次々と病室の扉を開けて回る。「玉木さん、何度も言っています。紗月さんはすでに亡くなっています。どうか、敬意をお持ちください」医師は不機嫌そうに言い、彼を納得させるため、私のカルテと入院記録を差し出した。私は、真吾の表情が、怒りから驚愕へ、そして無言へと変わっていくのを見ていた。彼が涙を流し始めたのには、正直驚いた。涙がぽたぽたと紙に落ち、文字を滲ませる。遅れて瀬奈たちも到着し、泣き崩れる真吾の姿に、皆が言葉を失う。「どういうことだ。紗月は……本当に死んだのか?」健人は呆然と呟く。真吾は病院の廊下にしゃがみ込み、何があっても立ち去ろうとしない。
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第6話
「もう、私と結婚するつもりはないの?」瀬奈の声は、かすかに震えている。彼女は首を振り、目元が赤く染まる。「そんな……やめるなんて、急すぎる。お父さんもお母さんも、友だちも、みんな待ってるのに。どうしてこんなに簡単に、私たちの結婚を捨てられるの。紗月さんがいなくなったから?確かに、あなたたちは長い間一緒にいた。でも、私だってずっとそばにいた。長い間、あなたに合わせて芝居をしてきたのに、どうして……」「芝居だって、自分で言えるんだな」真吾の声は落ち着いているが、どこか荒涼とした響きを帯びている。瀬奈の涙は止まらない。そうだ、最初から全部が芝居だった。ただ、彼女だけが深くのめり込んでいただけだ。「二億円ちょうだい」「いい」真吾は即答する。かつて私が離婚を切り出したとき、彼があっさり同意したのと同じだ。瀬奈は泣きながら外へ飛び出す。十月末の秋で、夜の空気は冷たい。健人はまだ帰らず、物陰に身を潜めていた。泣き崩れながら走り去る彼女を見て、追いかける。「どうだった?」「終わった。真吾とは完全に終わり」その言葉を口にした瞬間、瀬奈は崩れるように泣き出す。乱暴に涙をぬぐい、もう以前の体面はない。「彼は私を愛してない。最初から最後まで、一度も。彼が愛してるのは、ずっと紗月さん。でもどうして、まだ愛し合ってるのに、別れなきゃいけないの?一緒にいられるかもしれないって、希望を持たせたのに」夜風が吹き抜け、やけに物寂しい。彼女は言う。真吾が愛しているのは私だと。私は信じない。彼が私を愛するはずがない。憎まれているだけだ。十五年一緒にいて、結婚生活は十年。互いへの愛情は、日常の中ですり減っている。祖母が亡くなった年、彼は斎場の前で花火を打ち上げ、私が孤児になったことを祝った。それ以来、頼れる人間は彼しかいない。いや、違う。彼も私の拠り所ではない。その後、彼の父親が病気で入院し、私は病院に乗り込み、酸素チューブを引き抜いた。そのことで激しく争い、収拾がつかなくなる。愛情は少しずつ、確実に消えていった。かつての甘い恋人同士は、相手の死を願う敵に変わる。今の私は死んでいる。彼は喜ぶはずだ。「これから、どうするつもり?」健人の言葉は、冷たい風にかき消される。瀬奈は鼻をす
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第7話
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第8話
数日後、真吾は私の葬儀を執り行った。夫としての立場で。彼は、当時私が病気だとは知らなかったという理由で、裁判所に離婚申請の却下を求めた。葬儀は盛大なものとなり、L市中の人間が集まった。かつて真吾のそばで私を嘲笑っていた連中も、例外ではない。彼の仲の良い友人たちだ。彼らは口々に、前を向け、あまり悲しむなと真吾を慰める。正直、慰める必要はないと思う。彼は放っておいても前を向く人間だ。私のために孤独や寂しさに耐えるような男だとは、どうしても思えない。どうせ形だけだ。瀬奈も姿を見せていた。ほんの数日で、大病を患ったかのようにやつれている。かつての華やかさは、影も形もない。彼女は真吾のもとへ行こうとしたが、健人に止められた。「瀬奈、今の真吾の気持ちを考えたら、会うべきじゃない」瀬奈は苦笑を浮かべる。「一目見る資格すら、もうないの。長い付き合いだったのに」健人はそれ以上何も言わず、瀬奈も中へは入らなかった。葬儀の空気は重く、厳粛だ。誰かの声が聞こえる。「若いのに、気の毒だな」「もう離婚していたのに、元夫が葬儀まで出すなんて、義理は通してるね」「本当に、世の中は無常だ」それは確かに。私自身、真吾が葬儀を出してくれるとは思っていなかった。当時は離婚状態だったのだから、無視してもよかったはずだ。野ざらしにされなかっただけでも、上等だと思っていた。まさか、ほんの少しとはいえ、まだ情が残っていたとは。葬儀が終わり、弔問客を一人ずつ見送ったあと、私の遺体は火葬に回された。残ったのは、わずかな灰だけ。私の墓は、祖母の隣に建てられ、寄り添うように並んでいる。それから数日間、真吾は毎日私の遺骨を抱え、墓碑の前に座って話しかける。風の日も雨の日も、彼は動かなかった。やがて訪れる回数は増え、体つきは目に見えて痩せていく。かつての意気揚々とした面影はなく、髪は乱れ、無精ひげが伸び、目は赤く腫れている。唇は乾いてひび割れ、目の下には濃い隈が浮かぶ。「紗月、また来たよ」彼は口元をわずかに引き、かすれた声でそう言う。その声は、晩秋の風にさらわれていく。その頃から、私の姿も次第に薄れていく。きっと、私ももうすぐ去るのだ。彼は墓碑の前に腰を下ろし、お酒を取り出し、飲みながら話し
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