LOGIN野村悠斗(のむら ゆうと)の義姉の息子・野村浩平(のむら こうへい)の誕生会の時のことだった。その日、私の息子・野村和也(のむら かずや)はうっかりケーキを一口、浩平よりも先に食べてしまった。 激怒した悠斗は、和也を地下室に放り込んだ。 「お前ってやつは、何でもかんでも浩平くんのものを取りやがって!今日は浩平くんの誕生日なんだぞ。なのに、泣かすとは。ケーキ一口も我慢できないほど、腹が減ってたのか?」 そう言って、彼は和也の口をガムテープで塞ぐ。 「ここで反省してろ!3日たったら出してやるから!」 地下室には一筋の光さえ差し込まない上に、毒蜘蛛まで出た。和也のような小さな子供にとっては、半日も耐えられない場所だった。 私、野村絢香(のむら あやか)は和也を許してほしいと涙ながらに懇願したが、悠斗の心は微塵も動かなかった。 「そんな手が通用するとでも思ってるのか?玲奈さんが一人で子供を育てるのがどれだけ大変か、何度も言ってるだろ。なのに、お前は聞き入れるどころか、ますますあの親子をいじめて……いい加減にしろ!」 私は悠斗のズボンの裾を掴んで膝をつき、二度と野村玲奈(のむら れな)親子の前に姿を見せないと約束するから、和也を出してほしいと訴えた。 しかし、悠斗はズボンの裾を引き抜き、私を蹴り飛ばすと冷たく言い放った。 「そんな和也のことが心配なら、お前も一緒に反省すればいい。3日後には玲奈さんたちを海外に送り出す予定だ。だがら、お前たちが二度と彼女たちに嫌がらせができないようになってから出してやるよ」 玲奈親子を海外へ送り届け、優雅な生活を整えてからようやく私と息子のことを思い出し、手土産を持って迎えに来ようとした悠斗に、秘書から電話が入る。 「奥さんと和也くんが……見当たりません!」
View More悠斗はそう言って、私を連れて行こうとした。しかし、颯太が悠斗の腕を強く掴んで引き止める。二人の間には激しい緊張感が走り、睨み合いが続いた。すると悠斗が突然、すがるような目で私を見た。私は苛立ちを抑えられず、彼を睨んでバッグを引っ張った。「もう私とあなたとは無関係だし、私はあなたの妻でもない。これ以上嫌われたくなければ、今すぐ手を離して」悠斗は、私が颯太をかばうとは夢にも思っていなかったようだ。さらに泣きそうな顔になった悠斗は、大粒の涙をこぼす。「俺が悪かった。和也の……和也のことは俺のせいだ。絢香、和也のところへ連れて行ってくれないか?」悠斗は死ぬほど苦しそうな顔をしていた。和也の名を聞いただけで、私は感情がどうにかなりそうだったが、必死に堪えた。私は歯を食いしばり、言い放つ。「あなたに和也と会う資格なんてあるわけないでしょ。それに、和也もあなたになんて会いたくないはずだから」そう言って立ち去ろうとしたが、悠斗が私の裾にしがみついて離れない。「絢香。頼む、行かないでくれ。和也がいなくなった今、俺にはお前しかいないんだよ。お願いだ……」悠斗の鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を見て、私は心の底から嫌悪感が込み上げてきた。私は彼を見ないように顔を背ける。「悠斗、何を言ってるの?和也の命を奪ったのはあなた。それに、私も危うく死ぬところだった。私は馬鹿じゃない。同じ過ちは二度と繰り返さないから。これ以上しつこくするなら、心底軽蔑する。もう一生あなたの顔なんて見たくないの」私が身を翻そうとしても、悠斗はなおも必死に服を掴んで離そうとはしなかった。しびれを切らした颯太が、彼を力任せに蹴り飛ばす。「離れろ!野村家として恥ずかしくないのか?」打ちどころが悪かったのか、悠斗が血を吐いた。それでも彼は私を離すまいと、這いながら追いかけてくる。「絢香、本当に反省しているんだ。だから、もう一度だけチャンスをくれないか?お前がいないと、俺は狂ってしまいそうなんだよ」かつての高慢な悠斗の面影はなく、そこにいたのは、まるで犬のように地面に這いつくばる男だけだった。悠斗に触れられるのが耐えられなくなった私は、ヒールで彼の背中を力いっぱい踏みつけた。「絶対にありえない!死んだってあな
私は背を向けて立ち去ろうとした。しかし悠斗はひどく焦った様子で、私の手首を掴んだ。私は無意識のうちに激しく手を振り払い、「汚い!」と叫んだ。悠斗は呆然として私を見つめていた。私の言葉の意味が分からないようだ。「絢香?」悠斗は瞳に涙をためたまま、私をじっと見つめている。私は彼の姿を冷ややかな目で見下ろした。「悠斗、私たちの関係はとっくに終わってるんだよ?もう顔も見たくないから、私に関わらないで。もう、家に帰らなきゃいけないの」悠斗は、私がここまで冷めた態度を取るとは思っていなかったようだ。「絢香。やっと会えたって言うのに、言うことはそれだけなのか?俺がお前を探すのにどれだけ苦労したと思ってるんだよ?」そんなこと知らないし、知りたいとも思わなかった。悠斗は会社のビルを指差して言葉を続けた。「和也はどこにいる?お前がここで働いているっていうなら、和也は誰が見ているんだ?あの子はまだ小さいんだぞ。早く和也を迎えに行こう。そして、家へ帰ろう。家にはあの子の面倒を見てくれる人がいるんだ」和也の名を出された瞬間、怒りが込み上げてきた。私は理性を失い、悠斗の顔を強く叩く。「あなたなんかが和也の名前を口にしないでよ!」拳を固く握りしめた私の体は、震えが止まらなかった。突然叩かれた悠斗は動揺していたが、すぐに我に返った。彼は真剣な眼差しでこう言ってきた。「玲奈さんたちはもう国内にはいないんだから、これからは俺たちと和也だけで暮らせる。今後はお前と和也のためだけに生きるし、これ以上、お前たちを悲しませないと誓う。絢香、許してくれないか?二度とあんなことはしない。なあ、和也は今どこにいるんだ?早く抱きしめてあげたい」私は悠斗を睨みつけたまま、顔をそむけて笑った。その様子を見た悠斗が、途方に暮れた顔をする。悠斗が手を伸ばしてきたが、私はそれを振り払った。心の痛みをこらえながら、彼を冷たく突き放す。「悠斗。和也はあなたのせいで死んだの」悠斗は何か冗談でも聞いたかのような顔をしている。「絢香、変なことを言うなよ」私は思い切り彼の胸を叩いた。「全部あなたのせいだから!あなたがあの日ナイフで和也の頭を叩かなければ……地下室に閉じ込めたうえに、私の言葉も信じないで。あなたがいなければ
だから悠斗が先手を打って、私を選んだ。結婚前、何度も颯太が私を訪ねてきては、「俺と結婚してくれ」と言った。颯太とはほとんど面識がなかったし、なぜ彼が私にそこまで固執するのか理解できなかった。それに、当時は悠斗に好意を抱いていたから、颯太を断って、悠斗を選んだ。颯太は海外へ行く直前、私に連絡先を渡し、もし後悔したらすぐに連絡しろと言った。その番号はずっとスマホに残していたが、一度もかけることはなかった。まさか、最初の電話が命を救ってもらうためにかけることになるとは……私は和也の傍に一晩中いた。夜が明ける。自分の中で残酷な事実を受け入れなければと、必死に気持ちを切り替えた。和也が生前好きだった絵柄の服を選び、おもちゃをたくさん買い揃えた。この子の向こうでの生活が、少しでも苦しくないようにと祈りながら。納骨を終えてからの私は気力を失って、病室で一日中寝て過ごしていた。わずか2週間で、私は別人のようにやつれてしまった。颯太は、暇を見つけては病室へ顔を出し、私に話しかけてくれた。しかし、私はほとんど反応することはなく、彼が一方的に話しているだけだった。ついに颯太も我慢できなくなったのか、私に向かって大声で怒鳴った。「絢香!以前の強気な君はどこに行ったんだよ?この事で、一生を棒に振る気か?」颯太の大声には、私を思う切実な痛みが混じっているのが分かった。彼が溜め息をつき、私のそばにしゃがみこんで、優しく言い聞かせるように言葉を紡いだ。「人にはそれぞれの運命がある。和也くんは、君のような良い母親と共に過ごせたこの数年、間違いなく幸せだったはずだ。あの子も、君がいつまでも悲しんでいる姿なんて見たくないだろうし、君がずっとこんな調子じゃ、胸を痛めているはずだよ。絢香。前を向いて再出発しないか?君には君の人生があるんだ」私自身の人生?悠斗と結婚してから、何年自分を捨てて生きてきたんだろう。もう、思い出せなかった。颯太はそれだけ言うと、しばらく私を見つめていたが、一本の電話に呼び出され、そのまま立ち去っていった。私は寝返りを打ちながら、一晩中考え続けた。一睡もできなかった。頭の中は和也のことでいっぱいだった。しかし、この日から、過去から脱却しようと自分に言い聞かせ始めた。和也はも
悠斗は頭を抱えて泣き叫び、自分の頬を思い切り殴った。もっと早く気づいていれば、どれだけ良かっただろうか。最初の電話で、すぐに二人を出してあげていれば……そうしていれば、絢香が和也を連れて出ていくことはなかっただろう。しかし、現実は残酷なものだ。悠斗は一晩で別人のように落ち込み、部屋に引きこもると飲まず食わずの日々を送った。……目を覚ました私は、すぐさま医師の手を掴む。「息子は?私の息子はどうなりましたか?!」体を急に動かしたせいで、首の治りかけていた傷口が裂けて痛んだ。しかし、そんなことはどうでもよかった。今は和也のことしか考えられなかった。医師が悲しげな目で、黙って私を見つめている。その瞬間、嫌な予感が全身を駆け巡った。私は焦って詰め寄った。「息子は?あの子はどこですか?!私がいないと、泣き出してしまうんです!」医師が私を落ち着かせようと、そっと手を握る。そして静かに言った。「残念ですが、息子さんは……額の傷が致命傷でした。さらに毒蜘蛛にもやられていて。治療を始めた時には、もう手遅れだったんです。ご愁傷様です」その言葉は、耳には入ってきたが、全く意味が理解できなかった。何を言っているのだろう?ご愁傷様?崩れ落ちそうになる心を押さえつけ、呼吸を整える。「あの、私の息子はどこなんですか?」そこへ、悠斗の叔父であり、私を助けてくれた男・野村颯太(のむら そうた)が現れた。彼は痛々しいほど心配そうな顔で近づいてくる。私の肩をしっかりと掴み、まずは落ち着かせようとしてくれた。「君は体力が戻っていないんだ。今泣いては、体に障る」私は涙で視界が霞む中、顔を上げた。「和也が死んじゃった」声は悲痛なほど震えていた。受け入れられるはずがない。なぜなら、ほんの数日前まで私の胸で元気に甘えていたのだから。涙が堰を切ったようにこぼれ落ちる。私は颯太の服を強く握りしめた。「お願い、会わせて。あの子に会わせてよ!」少しためらった颯太が、何か言おうとする。私は目を閉じ、再び大きな声で言った。「どうしても、和也に会いたいの!」颯太は医師の許可を得ると、足元のふらつく私を支えて歩き出した。電気ショックを受けた名残か、全身がまだ痺れている。一歩進む
reviews